眩暈
一話目の更新です!
「行ってきまーす」
外に出て見送りをしてくれる母に向かって、私は小さく手を振った。教科書が入った鞄を肩に、慣れていないローファーを履き、薄地のコートを身につけ、通い慣れた通学路を歩く。
空を見てみると、気持ち良い快晴で、雲一つない青空が広がっていた。天気予報だと、今日は一日中晴れているらしい。
本格的に寒くなってきていた冬だったけど、珍しく春のように暖かかった。
「……これ、要らなかったかも」
家を出るときに、念の為着てきた紺色のダッフルコート。私の家は日陰よりだから寒かっただけで、日向に出てみるとそうでもなかった。生地はちょっと薄地だけど、歩いていると段々体温が上がってくる。
道中コートを脱ぐと両手に抱える。荷物が増えてしまい邪魔だったが、身は軽くなったし熱さが引いてきた。
「いい天気だなぁ」
ちょっと足を止め空を見上げれば、思わず口からそんな言葉が溢れる。
普段なら空なんて見ない、それ以前にそもそも目に止めないで、歩いて高校に向かっている。けれど、今日はもう少しだけ空を見ていたい気分だった。
もし私が詩人か作家だったら、空をテーマに何か作品を作ってしまうかも。
まあ、悲しい事にそんな才能は全くないんだけど……物は試しで、ちょっとやってみようかな?
「例えばそうだなぁ、青い空、空……」
「あらぁ、もしかして柚月ちゃん?」
「わあっ!?」
時間は精々数分しか経っていないと思う。空をぼんやりと見上げていた私は、突然背後から名前を呼ばれたことにより、どこか別の場所に飛んでいた意識が戻って来た。変な声が出た事についてはスルーでいこうと思う。
慌てて振り向き、誰がいるのかを確認する。
近所に住んでいる世話焼きのおばさんだ。
私が小さい頃から優しくしてくれた人で、よく飴やチョコとお菓子をくれた。今でも付き合いはあるが、会う度に「ちゃんとご飯食べてる?」とか「大きくなったわねぇ」とか「風邪に気をつけてね」とか、何かと気にかけてくれる。
「あら、ごめんなさいねぇ。驚かせちゃった?」
「い、いえいえ、大丈夫ですよ。では、私は学校がありますから失礼します!」
恥ずかしかった。
道の真ん中で空を見上げて詩を考えているとか、私は何処のメルヘンな世界の乙女だろう。
苦し紛れに「大丈夫ですよ」と、言えば挨拶もそこそこに済ませてその場から走って逃げ出した。
*
「……び、ビックリしたぁ」
タイミングが良いというか悪いというか、さっきの私の姿を見られていたと想像しただけで、頰が熱を帯びてくる。
慌てて逃げてしまい、変な子だと思われたかもしれない。一瞬自分が何処にいるのか分からなかったが、周りを見ると高校の近くだと気づく。手首に付けた腕時計で時刻を確認したら、遅刻ギリギリだった。
「やばっ 早く行かなきゃ」
私の通っている高校は時間に厳しい……いや、校則に厳しい事で割と有名だ。スカートや髪色、アクセといった服装は勿論、週に一回必ず持ち物検査を行う。生活指導の教師の目に入った怪しいものは、没収されてしまい中々戻って来ない。
遅刻をした場合、原稿用紙二枚分の反省文を毎回書かされる。それは避けたかった私は、呼吸を整え走り出そうとした。
その時だ。
リィーーン……リィーーン……リィーーン……
どこからか、鈴の音が聞こえた。
驚いた私は咄嗟に辺りを見回す。けれど、周りには私以外に誰もいない、その間にも最初は小さかった鈴の音は大きくなっていく……まるで此方に近づいて来るみたいだ。
♪あーかい月に嗤うのはー……血に飢え果てた異形者ー……あーかい月に嗤うのはー……♪
「……!……やっ……な、何、この歌!?」
鈴の音と共に、聞こえてきた不気味な歌。声の主は子供のように高い声で、ケラケラ笑いを含んだ声で何度も何度も同じフレーズを繰り返している。
その瞬間、立っていられないくらいの眩暈に襲われた。頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃が走り、頭部全体を両手で覆う。
激しい頭部の痛みと眩暈に、気分が悪い。私はギリっと奥歯を噛み締めた。
私が地面に倒れると同時に、景色がぐにゃりと歪み、澄んだ青空は暗い闇に包まれる。
「…………ッ……あ、頭が痛い!」
キィーーンっと、耳鳴りがした。言葉では表し難い【恐怖】が私をの身体と精神をじわじわと蝕んでいく。
頭が割れてしまいそうだ。
リィーーン……
♪あーかい月に嗤うのはー……♪
鈴の音が近くに聴こえた。
歌声が、頭に響く。
全てが歪み、意識を保つ事が難しくなってきた。目の前が霞んで見えなくなり、自然と目から涙が流れる。
このまま私は死んでしまうのではないか……そう思った瞬間、私の意識は無くなった。
二話目に続きます。
少しずつの更新ですが、温かい目で見守ってくれたらうれしいです!