Ⅱ Reunion
「奏斗~今日入学式でしょ? 入学式まで寝坊する気じゃないでしょうね」
鳴り響くスマホのアラーム音と母親の声で意識を取り戻した俺はとりあえずアラームを止める。今日は…
「入学式ぃ?」
思わず身体を起こす。母親は学ランに校章を付けていた。
「今日は高校の入学式でしょ?」
冷静に頭を戻す。確か昨日は高校の卒業式で終わってあいつの墓参りにいってそこで…
(アイツに_瞬にあったんだ。)
そこで殴りかかろうとして眩しくなって…
そこからどうしたんだっけ。
全く思い出せない。が、高校の入学式…?
「やーね。あんた寝ぼけてるんじゃない?ご飯食べる前に顔洗ってきなさい。」
怪訝な顔をして母親は出ていった。
確かにスマホを見ると201X年。本当に高校の入学式の年だ。
鏡を見ると心なしか幼い自分がいた。顔を洗う水は冷たい。まさかと思って自分の頬をつねってみると痛かった。
(ま、夢でもなんでもいっか。楽しむか)
こういう時能天気は役に立つ。
「いってきまーす」
母親は車で親父と入学式に向かうと言っていたのでいつも通りの時間に家を出て駅に向かった。 3つ下の妹も今日から中学生だと張り切っていた。街並みも本当にリアルな3年前だった。電車に乗っている同級生ですら3年前の姿だった。
(もしかしたら…)
もしかしたら、あいつが生きているのかもしれない。いや、きっと。絶対。
(学校に早く行きたい…。)
彼女に会えるかもしれない…そう思うと久しぶりに早く学校に行きたいと思えた。それだけ彼女に会いたかったのだ。
昇降口にはクラスが貼られている。3年前の俺は1年3組だった。
ここまで来たらもう変わらないだろう、そう思って1年3組から見ると案の定自分の名前を見つけた。
(あいつは…。)
__向山陽凪。
気がついたら文字がぼやけて見えなくなる。 陽凪に会えるんだ。
陽凪の2.3人上にはあの瞬もいた。
気には食わない。だけど3年前と同じなことに安心した。
出席番号が早い俺は席についたものの後ろにいるであろう陽凪を確認することは出来なかった。式中もうずうずしていた。 ただ呼名で返事をした声は3年前と変わらなかった。
教室についても角度的な問題で陽凪の顔までは確認出来なかった。けれども姿を確認できたことに少し安堵する。
担任はサッカー部の顧問だという明朗活発な日焼けをした若々しい先生だった…と言ってもこれも三年前と同じだ。これでもそろそろアラフォーというのだから驚かされる。心なしか少し若いのは3年のタイムスリップ(?)のおかげだろう。
番号順で自己紹介をすることになった。と言ってもみんな知ってる人なので少しつまらない気もする。
「南中から来ました。久遠奏斗です……えっと。
中学はバスケ部で高校でもバスケを続けたいと思っています。よろしくお願いします。」
3年も見知った顔に自己紹介をするのはとても変な気持ちがした。けれども自己紹介をしている時に見た、陽凪の顔は幼く感じたが可愛いと素直に思った。だからこそ自己紹介の時に少し戸惑ってしまった。
前髪をピンで止め、肩甲骨の下あたりまであるであろうストレートの髪の毛。 パッチリとした目。紛れもなくそれは陽凪だと確信できた。
「西中出身、蓮見瞬です。 中学ではバレー部でした。高校ではバレー部か軽音楽部に入ろうかと考えています。よろしくお願いします。」
長めの黒髪に切れ長の目。人が苦手だと言っていた瞬は人を寄せ付けない何かがあると3年前にも同じ印象を持った。けど、アイツは確かずっとメガネだったはずだ。アイツは陽凪がメガネ男子は嫌い!と言ったのを気にコンタクトにしていたはずだ。 そして高校ではバレー部に入っていたはずで…。
(もしかしたら、アイツも記憶があるのか?)
陽凪は高校時代に軽音楽部に入っていた。そして彼女はかなり楽しそうだったようでいつも部活の話を楽しそうにしていた。
別れたあとも、部室から聞こえる陽凪のバンドの演奏をこっそり聞いたりしたし文化祭の演奏もこっそり聞きに行った。
(アイツ…それで陽凪に接近する気か…?)
でもこれで瞬もタイムスリップしてるであろうことは確実だと思った。
「東中出身の向山陽凪です。 高校で入りたい部活はまだ決まってないです。 1年間よろしくお願いします。」
自己紹介だと言うのに聞いてるこっちが緊張してしまう。心臓がバクバクだ。このままじゃ話すことすら出来ないかもしれないと苦笑する。
(あいつ、最初から軽音楽部に入りたかったわけじゃないのか。)
さすがに3年前に陽凪がどんな自己紹介をしていたか覚えてはいない。陽凪と仲良くなったのは6月の文化祭準備がきっかけで、瞬ともその時期に仲良くなった。それをきっかけに3人はクラスメイトからそこそこ話す人になったのだ。
自己紹介が終わると次の日は早速テストと身体測定があること、土日を挟んで月曜日からはもう授業があることを担任が伝え、解散となった。
母親には友達ができたからそいつらと飯食って帰るから昼ご飯はいらない、とLINEを送り、さっそく瞬に話しかけてみようと思った。陽凪に話しかけるには勇気もいるし陽凪自身、男子が苦手だと言っていたこともあって話しかけるのは躊躇われた。ここで陽凪に嫌われては元も子もないと思った。 瞬なら、この今の状況を分かっているかもしれない。 わからないならそれはそれでいいかと思った。
「瞬…くん!」
早速下駄箱で靴に手をかけていた瞬に話しかける。流石に呼び捨てはまずいと思い、くんを付けたら余計によそよそしくなってしまう。相変わらず瞬には話しかけにくいオーラがある。もともと気に食わないし、一応初対面という体だからもあるが。
「あの…話があるんだけど。」
普段人と話すのに緊張はない。 人見知りしないし人と話すのに緊張するという意味がわからないと思っていたが、はじめてその気持ちがわかった。
瞬はこちらに一瞥すると軽くため息をついた
「僕急いでるんで。じゃあ。」
乱暴にスニーカーを投げるとさっさと履いて出ていこうとする。
「まてよ」
気がついた時にはもう瞬の腕を掴んでいた。
「お前も3年後の、記憶。あるんだろ?今日気がついたら3年前の入学式に戻っていた。違うか?」
はっ と息を飲んで一瞬目を見開いた…かと思うとまたすぐ悪い目付きに戻る。こいつ目付き良くすればそこそイケメンなのにな。
「だからなんだって言うんだ。 そういうならお前も記憶があるんだろ。僕たちはお互い嫌いあってるはずだ。だったら尚更話しかけないでほしいね。」
乱暴にてを振りほどくとそのまま去っていくのを逃がすまいとさらに力を入れる。一言一言が癪に障る。
「待てって。お前、あの時墓にいたってことはあいつに用があったんだろ? あいつに対して後悔があるんだろ? それは俺も同じで…だから、せっかく3年前に戻れたのなら、あいつが後悔ないよう、死なないように俺達がどうにかしなきゃいけないと思うんだ。」
気には食わないけどこれが本心だった。 俺達が協力すれば、陽凪が死ぬ過去が無くなるんじゃないかって。
「お前なんかと一緒にするな。 僕は違う。あいつを傷つけたりなんかしない…。辛い思いなんかさせない……」
今度こそ腕を振りほどき、俺を睨みつけると瞬は逃げるように帰っていく。
無性に腹が立った。 自分を棚に上げたことも、図星を言われたことも。
「だったらせめて、あいつは部活を楽しんでた。そこだけは壊しちゃいけない。お前なんか間近で見てたじゃんか。あいつが楽しんでバンドで演奏してるところ。お前が入ったらそれが変わっちまうかもしれない。そこだけは壊さないようにしよう」
背を向けて去っていく瞬に、このセリフが聞こえていたのかはわからない。
ただ、もしアイツの協力がなくても、陽凪を幸せにしてあげたいと思った。
ぐぅー
緊張から放たれたからか。お腹が鳴る。
「母さんにご飯いらないって言っちゃったしなぁ」
この後、寂しくひとりでファストフード店でご飯を食べた。