うちの母親と兄は最低だ。
キュッキュッ! と、体育館に、靴のこすれる音がする。
俺は実は、荒冬夜のいるテニス部に入部することにした。
雨が降ったせいで、テニス部の練習はなんか中止になった。
中止にするんじゃなくて、他になんか策とかあんだろ。
そうイライラする気持ちを抑えて、
俺は暇だからバスケ部の練習を見学する。
テニス部はもう帰っていいと言われて、荒冬夜はもう帰った。
けれど俺は、家に帰ってもすることないから、バスケ部の俺の友達でも見てようかと考えたわけだ。
靴と床がこすれる音。
妙に気分が悪くなる。
バンバンッと、ボールをつく音が、
体育館中に響く。
そういえばやけに……女子が見学に来ている気がする。
なんだ?
女子の目線は、黒板を見つめながら授業を受ける生徒たちのように、一点に集中している。
その目線の先を探す。
なんだ。男……か……。
その目線の先は、皆、三年の先輩に集中していた。
夜魔月 叉毅だ。
強そうな名前だが、マジで強い。
ヤンキーっぽくて、イケメンで、
女子には優しくて、だけど決してデレデレはしない。
弱いものいじめをしている男子は、
間違いなくボコボコにする。
なんつーか、正義感が強い。
一回、女子にナンパっぽいのをしてる男子を殴って、病院送りにさせたことがある。
ちょっとしたことでもすぐ手が出るタイプだから、(いい方にね)
だから、ちょっと危険なんだよ。
けど、当然女子には好かれるわけで……。
ま、夜魔月先輩の話はどうでもよくて、俺のダチはどこだ?
キョロキョロ周りを見渡す。
しかしなかなか見つからない。
近くの女子に聞いてみる。
「なぁ、ちょっといいか?
雷(俺のダチ)って知ってる? 」
その瞬間、夜魔月先輩が、ダッシュで俺の方に走って来た。
(ダッシュで走るってどういう意味だろ笑)
「おい、男が女につっかかってんじゃねぇよ」
ん!?
……。なんか勘違いされてる!?
女子たちに、違うと言ってほしくて、
助けの視線を送る。
しかしそんな俺の目線なんか気にせず、女子は夜魔月先輩を見つめている。
な、なんなんだよぉ〜!
その瞬間、後ろから声がした。
「大丈夫か? 凍樹〜」
この声は……。
あ、荒冬夜!!
嬉しすぎて跳ねそうになるのを抑える。
でも、この惨めな状況を荒冬夜に見られるって、なんか屈辱……。
荒冬夜がこっちに、せっせと走ってくる。
「夜魔月先輩、俺の友達の凍樹を離してください」
夜魔月先輩は、少し目を細くした。
コレはなんだ……?
キ、キレてる?
案の定キレていた。
「あ? 女に手を出しといて、離すわけねぇだろ。部外者が口出しすんじゃねぇ」
荒冬夜は、夜魔月先輩にイライラしそうな言葉を言われても、
ずっと真顔だった。
「手を出したって……。
話しただけで手を出したに入るんですか? もしかして、夜魔月先輩、
彼女できたことないでしょ? 」
荒冬夜の口角がわずかに上がる。
夜魔月先輩は、その言葉にカチンときたのか、途端に俺の胸ぐらから手を離し、荒冬夜の胸ぐらを掴んだ。
「あ? んでてめぇにんなこと言われなきゃなんねぇの? 」
「だっていたことないでしょ。
実際」
なんと言われても、淡々と話し続ける荒冬夜。その姿に、何か少し、ドキンとしてしまった。
「てめぇ、俺が手を出さないからって調子乗ってんじゃねぇぞ! 」
夜魔月先輩は拳を思い切り振り上げる。
ここで時間は、一度ストップする。
ん? 待てよ?
普通の男なら、怪我しておしまいだけど、荒冬夜って、忘れてたけど……。
女じゃん。
高校生の女って、だってもう、かなり男と力の差とかがついてるぜ?
殴られて、果たして怪我をする程度で済むのか?
しかも女だったら、傷なんか残っちまったら、将来困るじゃあねぇか。
おい、ヤバくね?
そこで時間が動き出す。
急いで止めようとしても、もう遅い。
荒冬夜の頬に、夜魔月先輩の拳が
当たった……。
と思ったその瞬間、
荒冬夜は片手でパチンと抑えた。
「人を簡単に殴ろうとしてんじゃねぇよ、この雑魚が」
荒冬夜が夜魔月先輩を睨んだ。
夜魔月先輩は、驚きを隠せない表情をしている。
「しらねぇか?
『一寸の虫にも五分の魂』ってことわざ。僕みたいに体の小さいガキにも、すごい力はあるんだよ。
てめぇ、なめてんじゃぁねぇぞ! 」
急に荒冬夜は怒鳴り上げると、
夜魔月先輩のことを持ち上げた。
こんなに体の大きいやつを持ち上げる、体の小さい女子って……。
思い切り地面に夜魔月先輩を打ち付ける。
バンッと、大きな音がなる。
気づけば、ボールをつく音なんてなってなかった。
みんなの視線が荒冬夜に注目していた。
荒冬夜は息を吐き出すと、俺に向かってニッコリ笑いかけた。
「なぁ、もう帰ろうぜ〜。
助けてやったんだから、
オレンジジュース奢れよ〜」
全身に電流が流れるみたいに、
ピリリッとした。
心臓も、なんかドキリとした。
**
「荒冬夜ぁ、帰ったんじゃねぇの? 」
俺がふいにそう言うと、荒冬夜は
ムッとした表情で、俺の心臓を貫くような言葉を言った。
「帰ってほしかったのか? 」
オレンジジュースのフタを開けていた俺は、思わず缶を凹ましてしまった。
そんなわけないだろ!
そう、ぶっきらぼうに言いたくなったが、なんだか子供っぽいような気がしたから、口外には発しなかった。
「違うよ、てっきり帰ったのかと思ったから、ちょっと驚いただけ」
子供をなだめる時のような口調で言うと、荒冬夜はなぁんだと言い、
ニッコリ笑った。
キュンとする。
これはきっと恋だ。
そっからは、二人とも一言も話さなかった。
ずっと黙ったまま、ただただ目の前に永遠と続く道を並んで歩いていた。
俺たちの影が、後ろに伸びる。
日がだんだん落ちてきた。
日中は暑かったのに、夜にもなると、すっかり日中の暑さを忘れさせるぐらい、涼しくなる。
いや、夏だから、涼しくはならないが。
気づいたら家についていた。
荒冬夜は手をヒラヒラっとさせて、
自分の家に入って行った。
俺はふと、武藤さんの家を眺める。
頭をくしゃっとさせ、俺は家の中に入った。
家は、不思議なほどに静かだった。
耳が痛くなるほど静かだ。
どうしたのだろう。
自分の部屋に入ると、カバンを乱雑に置き、兄ちゃんの部屋に入る。
兄ちゃんの部屋には、カバンも部活でたっぷり使われた、汚れた服も、
何もなかった。
再び髪をくしゃりとさせ、髪に皺をつくる。
リビングにも、キッチンにも、トイレにも誰もいない。
イスにガタンと座ると、テーブルの上に置いてある紙に目がいった。
『豹魔へ。
抽選会で、ハワイ旅行が当たったの!
だけどハワイ“ペア”旅行だったの〜!
お父さんは単身赴任でヨーロッパまで行ってるでしょ。
だから、ちょっと塊狸(俺の兄ちゃん)と二人で行くことにしたの!
一週間行けるらしいから、ちょっと行ってくるわね〜! 』
眉間に皺を寄せる。
字と言葉遣いからして、母が書いたものだろう。
紙の右下の方には、ハワイとかにありそうな木が描かれている。
はぁ。こっちの気もしらねぇで。
ふとスマホを取り出す。
ラインを開く。
ラインには、あの兄の事件のあとに追加した、『みっちー』という名前を押す。
みっちー『んじゃ、よろしく笑』
ヒョーマ『ん。よろ』
みっちー『で? どうだった?
テニスは。難しかったか? 』
ヒョーマ『まーまーだな』
ヒョーマ『けど、相手が荒冬夜じゃなければ勝てた』
ヒョーマがスタンプを送信しました。
みっちー『けっ。よく言うぜ笑』
みっちーがスタンプを送信しました。
こんな会話しかしていない。
そこに、俺が文章を追加する。
ヒョーマ『なんか、うちの親とうちの兄がハワイに行ったんだが』
ヒョーマ『マジ笑える笑』
はぁ。と一息つき、ラインの返事を待つ。そして10分ぐらいだった時、スマホが震えた。
みっちー『え、どういうことよ笑』
ヒョーマ『抽選会的なので当たったらしい驚』
みっちー『おいてかれる凍樹笑』
ヒョーマ『一週間も暇なんだけどー』
そこで、しばらく会話が止まる。
どうしたんだろう。
既読マークは付いている。
けれど、返信がこない。
しばらく待ってみる。
再び10分ほどだった時だった。
みっちー『一週間、うち泊まる?
僕一人っ子だし、暇だったから。
あ、けど、お母さんがいる。
お父さんはいないけどっー』
イスから落ちそうになる。
スマホを二度見してしまう。
思わずその荒冬夜の言葉をコピーしてしまう。
荒冬夜の家に……泊まる?
夢のような言葉だ。
急いで荷造り的なのを始めてしまう。
行くに決まってるじゃないか!
返信するのも忘れて、荒冬夜の家に行ってしまう。
勢い余ってピンポンしてしまった。
ドアがガチャリと開く。
頭にタオルをかけ、口にアイスを咥えている女の子が出て来た。
ん? だれ?
荒冬夜、一人っ子って言ってたよね。
けど、出て来た子は、半袖にショーパンの、色白で髪の長い、普通の女の子だった。
髪の毛からは水が垂れている。
お風呂上がりなのだろうか。
けれど顔は荒冬夜に似ている。
お姉ちゃん?
いや、でも一人っ子なんだよなぁ。
ん?
「どうした? 外にいると暑いだろ?
中に入れよ」
その声は、確かに荒冬夜だった。
口を動かしているのは、口にアイスを咥えている女の子。
ん?
頭が混乱してしまう。
目の前にいる女の子はだれ?
そして、荒冬夜はどこなの?
荒冬夜の家のお泊まり会(笑)は、
なんだかすごい楽しくて、
たくさん秘密を知ることになりそうだ。
読んでくださりありがとうございます!
実は、第三話はもう少し、
いや、かなり違うお話にする予定だったのですが、書き終わった瞬間に書いた本文が消えてしまって……。
(なぜ!? 笑)
なので、予定とはかなり違うお話にしてしまいました笑