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早朝から空を覆っていた雲は午後にもなるとすっかりとあつくなり、今にも雨が降りだしそうなそんな天気だった。
校舎から見える校庭では魔法の演習がなされていた。
窓際の席に座ったエイリンビィ=ファベットは魔法陣の理論をと展開についての説明の後に配られたプリントを早々に終わらせ外の演習を見ていた。
魔法学園のクラス分けは能力の持つ特性に寄る。
エイリンビィ=ファベットの能力は水と植物、そして氷。
外で演習をしているのは炎系と未分化の合同クラスだ。
未分化はまだ己の能力の把握が出来ていない時にのみ入れられるクラスだ。転入生の少女エンビィもそこに居た。
校庭では向かい合った二人がお互いに手を結び、出来上がった円のなかで魔力を循環する演習をしていた。
性質が同じ場合や近い場合は引きずられるようにその性質が顕現する。
そのうちエイリンビィ=ファベットのクラスでも、あの少女のいる未分化クラスと合同で演習をする日がくるのだろう。そう思いながらみるともなしに手を繋ぐ彼等を見ていた。
少女と手を繋いでいたその相手が一言、二言話した後、顔を歪め乱暴に手を離した。
円は魔力を安定させる。
属性がわかっていないということは、それを御する方法がわからないということ。演習では、相手の魔力にひぎずられ顕れたばかりの力を暴走させないために、互いの体で円を描く。そうして宥める方法を知る者が直接導けるように。
けれど、急激に振りほどかれた手の先は流れる魔力を受け入れる先がない。
振りほどかれた手のひらはこちらを向いている。
はっ!と息をのみ、エイリンビィ=ファベットは教室に結界を張った。
その次の瞬間、少女の掌がから眩く光が放たれ、バンッ!と叩きつけられる音と共に校舎が揺れた。
あちこちで悲鳴が聞こえる。
校舎には結界が張られていたため、ガラスがわれるようなことは無かった。
けれどかなり揺れたために何か倒れたり落ちたりすることもあつただろう。
エイリンビィ=ファベットの張った結界のおかげてこのクラスは僅かに揺れた程度の体感でしかなかったが。
窓の外を見る。
幸い怪我人は出ていない。
あの力が校舎に向かわずに生徒の方へむいていたら大惨事になるところだった。
少女はへなへなと地面へ座り込み、その側へ
シディオルデ王子と側近のイエフ=ジーエイド、それに同じ授業を受けていたアイジェーイ=ケイエダルが駆け寄るのエイリンビィ=ファベットはざわめく教室の窓から見た。
魔法学園は実力主義。
何も持たないはずの少女は、学園の強固な結界を揺るがすほどの強大な魔力を持つ少女へと変わった。
それはたとえ平民であっても、王子の隣に立つには十分すぎる能力の証明。
物語は進んだ。
生徒達は校舎と結界の安全確認のため、授業は取り止めになり、急遽帰宅することとなった。その日の晩、エイリンビィ=ファベットはファベット公爵である父に書斎へ呼ばれた。
招かれたまま、声を掛けられるまで何も言わずに扉の前で立つエイリンビィ=ファベットを椅子に座りながら書類を読んでいたファベット公爵は見ようとはしなかった。
エイリンビィ=ファベットは声をかけられるまで待つ間、実の父という感覚の薄いファベット公爵をじっとみつめた。年と共に刻まれる皺は深くはなったものの、いくつになっても年齢的な衰えを見せない公爵の姿は壮健という言葉がふさわしい。
「噂の処理はしないのか?」
脈絡なくそう声をかけられた。
何の?とエイリンビィ=ファベットが答える訳もなく、此方を見ないままのファベット公爵に「はい」と答えた。
公爵は「そうか」と答えたあと、何も言わなかった。エイリンビィ=ファベットはそっと礼をとり部屋を出た。
結局、公爵がエイリンビィ=ファベットを見ることは一度もなかった。
翌日、学園でのエイリンビィ=ファベットの立場は急変していた。
あの魔力暴走の切っ掛けを作った生徒がエイリンビィ=ファベットのとりまきの一人であり、魔力暴走自体エイリンビィ=ファベットが仕組んだことだったと、まるでそれが全ての真実だというように語られていた。
婚約者を奪われ、嫉妬に狂ったエイリンビィ=ファベットは公務のためジディオルデ王子が遅れて登校すると知り、その時間に校庭で行われる演習で恋敵である少女、エンビィに魔力暴走をおこさせ、ジディオルデ王子を襲わせようとしたと。
エイリンビィ=ファベットがあの瞬間、結界を張ったことも噂に色を添える結果となった。
誰もが知り得なかった魔力暴走を事前に察知した証拠として。
かくして、エイリンビィ=ファベットの周りには誰もいなくなった。
墜ちていく者に手を差し出すものはいなかった。
どこまでも現実はあの不思議な本の物語をなぞっていく。
ならば、現実はどちらなのだろうか?