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花のように柔らかく、ひだまりのように暖かく、天使のように純真で、慈悲深く、愛らしくありなさい。だれよりも愛されるために。


はい、おかあさま。


わかっております。




『お前…つまらない奴だな』


初めて合った天使のように愛らしかった男の子は大人達と別れた瞬間、外見とは裏腹に辛辣な言葉を投げつけた。

エイリンビィ=ファベットは困惑した顔で先ほど婚約を結んだばかりの婚約者を見た。

「お前の兄も姉も才気あふれる素晴らしい人だというのに、お前は話しかければ微笑んで「はい」か「そうですね」しかいわぬではないか」


苛立たしげにそう言うその自由さが羨ましくてエイリンビィ=ファベットは思わず笑った。


「殿下も、第一王子とは違いますね」

そう、恐れ多くも第一王子は友であり、側近候補でもあるエイリンビィ=ファベットの兄を訪い、時おり遊びに来るのだ。

青い氷のようなあの冷やかな瞳が少し苦手なエイリンビィ=ファベットは、暖炉の炎のような暖かみのあるシディオルデ王子の瞳の方が好きだと思った。


そういった意味で発した言葉だったが、真逆の意味…つまり、嫌味と捉えたジディオルデ王子はむすりとした顔を隠すことなく不機嫌そうにエイリンビィ=ファベットから顔をそらし、その後見ようとはしなかった。


エイリンビィ=ファベットもジディオルデ王子のその態度に己の失敗に気づきはしたものの、言い訳をする前に侍女が迎えに来てしまい結局、そのまま帰宅することとなった。


『お前は己というものがないのか?』

『追従はいらない、お前はどうおもっているのか聞いてるんだ』

『俺は人形と話す気はない』


ジディオルデ王子は会うたびにエイリンビィ=ファベットに辛辣な言葉を投げつけた。けれど、エイリンビィ=ファベットは王子の素直さを羨ましくおもった。

エイリンビィ=ファベット自身は、ローマン公国建国より続く由緒ある公爵家にうまれたとはいえ、四人兄弟の末子。

領地経営や権力闘争というものからは比較的距離を置いた場所にいた。

けれど、常に兄と姉を立て、でしゃばらず、かといって過剰に卑屈にもならぬようにと常に節度を求められる兄達とは異なる窮屈な幼少期を過ごしていた。


エイリンビィ=ファベットの婚約者のジディオルデ王子は第三王子であった。

天使のように愛らしい容姿をした彼はけれど、その容姿とはうらはらにとてもひねくれた少年だった。

婚約者であるエイリンビィ=ファベットの前では。

そう、天使のように愛らしく可愛らしいと褒め称えられている王子は一部の人間の前ではとんでもなく辛辣だった。


天使のような外面。


それは内面まで天使でいるには第三王子という彼の置かれた環境は過酷であったことの現れであった。第三王子ではあったものの、母君は側室。王位継承権は第六位。王宮内でのジディオルデ王子の立場は決して高いものではなかった。

この婚約事態、不遇の王子を救済する意味合いが強かった。



エイリンビィ=ファベットはファベット家の末子として、駒となるべく育てられた。

従順であれ、慎ましやかであれ、愛らしくあれと常に求められ、どこに嫁がされようと身を慎み、家と国の為にならぬことはせぬようにと教育された。


綺麗な大人しい繰り人形。


それが、エイリンビィ=ファベットに求められたものだった。

愛らしさと、謙虚さと、少ない指示から意図をくみとり、忠実に従う頭脳。

そして、男心をくすぐる愛らしい仕草、飽きさせぬ話術とそのための膨大な知識。


幼いながらエイリンビィ=ファベットは窮屈さとむなしさを抱いていた。

本来の自分を圧し殺し、ファベット家が求める駒になることに。


誰も自分をみてくれない現実に。

本当は高級なティディーベアよりも、愛らしいウサギのぬいぐるみがほしかった。あまやかなピンクの服よりも水色が着たかった。

編み込まれた痛い髪型よりも、ゆるくリボンですまとめられた髪型をしたかった。

キラキラ光る宝石のネックレスよりも、ガラス玉を転がしてみたかった。

満点をとったテストを誇りたかった。兄や姉のように領地経営の視察についていきたかった。兄達のように学んだことを生かしてみたかった。

おもうままに振る舞いたかった。


けれど、それは出すぎたこと。


謙虚さと愛らしさという檻に入れられたエイリンビィ=ファベットにできることはただ柔らかく、あどけなく微笑む以外、全てが許されないこと。


そう思い込んでいたのだ。

ジディオルデ王子に会うまでは。


目の前の、誰もが想像するような愛らしさと聡明さと謙虚さと思いやりに満ちた王子の、小さな隙をつくように時折はがされる天使の皮から出てくる、どちらかというと性格の悪い子供としての姿ははエイリンビィ=ファベットにとって非常に興味深く、そして、先達としてとても尊敬をした。


己の心まで檻にいれなくていいのだと。


エイリンビィ=ファベットは王子と会う時は少しづつ彼女らしさを出すようになった。

求められる理想的な答えではなくエイリンビィ=ファベットの心のうちを素直に。


けれど、そうしたからといって、ジディオルデ王子の態度が変わることはなかった。


変わらないことが何よりも嬉しかった。



エイリンビィ=ファベットが本当は飾りの華やかな歯が浮くほど甘い砂糖菓子よりも、地味で甘さ控えめなチーズタルトや苦味のあるチョコレートが好きだと言ってからお茶会には必ずそれが用意されていた。

本当は花の図鑑ではなく魔物の生態に興味があるといったら二人で会う時はさりげなく魔獣学の本を出していていた。


ファベット家では叶えられないささやかなわがままを王子は許してくれた。


そして、人の居るときは明るく華やかな話術を披露するジディオルデ王子もまたエイリンビィ=ファベットと居るときに殆ど話すことはなかった。


二人はソファーに座り静かに本を読んだり、時折チェスをしたりと非常に静かに交流しつつ、お互いの存在を認めていった。


対外的には天使のように愛らしい幼い二人の婚約。


ままごとのような、大人の望む清らかな愛らしい子どもを演じる子どもらしからぬ二人は、たった二人の時だけは何の柵のない己でいられた。


それが変わったのはエイリンビィ=ファベットが9歳になった頃。




ローマン公国を襲った疫病だった。





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