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学園はいつになくざわめいていた。
保たれていた均衡が崩れ、それぞれが己の思惑で動きだしたからだろう。
その状態を招いた張本人であるジディオルデ王子は、その行動を変えることなく、一人の平民の少女エンビィを側におき続けた。
そして、それをジディオルデ王子の側に居るもの達が容認している。
そのことで噂が噂を呼び、様々な憶測と思惑が飛び交った。
彼女はその名の通り平民の羨望の的となり、その名の通り貴族の妬みを買った。
そしてまた、エイリンビィ=ファベットも何故か不思議なほどに、渦中へと巻き込まれていた。
「ねぇ、エイリンビィはさ、あのコが殿下の側に居ることを許しちゃうわけ?」
「そんなわけないよねぇ?建国から続く公爵家、ファベット家のお嬢様の君がそんなこと許すわけ無いよねぇ?」
オレンジの濃いブロンドに海の底を覗くような青い瞳の美しい双子。
ゆるいウェーブのかかったその髪型は寸分の狂いなく同じ型になるように調整されているため、二人を見分けることは非常に難しい。
非常に難しいが、二人が、揃っていれば僅かな差で瞳の色が違うのが解る。
瞳の色が僅かに淡いのが兄のエムロダ=オピキュターナ、兄よりも濃いのがエヌリド=オピキュターナ。
建国から続く公爵のファベット家と冷やかすように言っているけれど、オピキュターナ家も同じ立場だ。
質実剛健なファベット家に対してオピキュターナ家は芸術や文化の面でこの国に多大な貢献をしている。
そんなファベット家と対等な立場の双子とは親同士がさほど親しくないせいか同年代とはいえあまり交流する機会は無かった。
「私には殿下の行動を制限する権限はありませんわ」
そう答えたエイリンビィ=ファベットに兄のエムロダがあえて作られた愛らしい表情で笑った。
「模範的な回答だね」
兄のその言葉を弟のエヌリドがすぐさま否定する。
「違うよ、つまらない答えだよ。そんなこと微塵も思ってないくせにさぁ」
くつくつと性悪な猫のように笑う二人は、年よりも幼く見える外見とは異なり不思議と老成してみえた。
「素直に言えばいいのに、私の王子様手を出さないでってさ」
エヌリドは兄ムエロダの肩にしなだれかかりながらエイリンビィ=ファベットへ、試すような視線をなげかけた。
さらりと揺れる二人の向日葵の花びらような色の髪。
それは、色の薄いくすんだ銀色の髪を持つエイリンビィ=ファベットが幼い頃に欲しかったもの。
小さな願いごとを諦め続けた幼い日々が脳裏によぎる。
兄のエムロダは弟の髪に頬をよせ、エイリンビィ=ファベットを冷ややかな瞳で見た。
「優等生のふりは大変だねぇエビィ」
とうの昔に呼ばれなくなったその愛称。
今は違う相手を呼ぶその愛称。
かすかにエイリンビィ=ファベットの肩がぴくりと動いたのを見て二人は童話の猫のように笑った。
そうして寸分の狂いなく教本通りの姿勢で立つエイリンビィ=ファベットの横を通りすぎた。
「ねぇ、あの子を虐めてるのは君なんだろう?」
通り過ぎざまに囁かれた言葉は、エヌリドとエムロダのどちらの声だったか。
エイリンビィ=ファベットは物語のページが捲られる音を聞いた気がした。
それから数日、さざめく学園ですごしていたエイリンビィ=ファベットは偶然にも渦中の人物達、アルルナ=エスティーユとかの少女が揉めている場面に遭遇した。
アルルナ=エスティーユは艶やかなヘーゼルの髪と瞳。ありふれた色だというのにその絶妙な色の美しさが印象的な名門エスティーユ家の問題児。
滴るような色気溢れる外見で、常に見目のよい女性を侍らせている。彼の隣にいる相手は毎回違い、夜遊びを繰り返すその姿は誠実さとはかけ離れている。
けれど、今は
「エンビィは君のことを思う私の気持ちを疑うのかい?」
「もうっ!いっつもそんなことばっかり!アルルナ様のお言葉はもう信じられません!!」
一人の少女に振り回されているようにも見えた。
「酷いなぁ」
くつくつと笑いながら、走り去る少女をみつめるその顔をエイリンビィ=ファベットの場所から伺うことはできなかたった。
王家に忠実な伯爵家のエスティーユ家の4男のアルルナは庶子だ。
エスティーユ家の第2夫人は非常に控えめな人で、常にアルルナには伯爵家の迷惑になる行動は慎むようにと言い含めてきた。
アルルナは第二夫人の思惑とは別の方向へと進んだ。
夜な夜な夜街に繰り出す遊び人、気楽な四男。そう揶揄されるアルルナ=エスティーユ。
けれど、実際はエスティーユ家の諜報員に近いことアルルナがしていると影からの報告でエイリンビィ=ファベットは知っていた。
夜の街で振る舞う女好きなその姿がポーズなのか、それとも単に諜報活動家故なのかはエイリンビィ=ファベットにはわからなかったが。
「おや、お恥ずかしいところをみられてしまいましたねファベット嬢」
くるりと振り返った色気溢れるその男は、一筋縄ではいかない顔をしていると思った。
「追いかけなくてよろしいの?」
小さくなった彼女の背中。
「いいんですよ、彼女には私より相応しい相手がいる。…あぁ、貴女には酷なことですが」
これから彼女の行く先にジディオルデ王子がいるのだと、そう暗に示してくるアルルナ=エスティーユに不快感を示すべく口許を扇子でかくした。
「全ては王子がお決めになることですわ」
いつも通りの言葉をのせるエイリンビィ=ファベットにむけられるのは試すような視線。
アルルナ=エスティーユに好かれた人は大変ね。そう思いながら、それ以上会話することなくエイリンビィ=ファベットはその場から離れた。
あのときアルルナ=エスティーユはどんな表情をしていたのだろうか。
見えなくて良かった。
もしも、あの癖のある瞳が一途な想いを僅かでも語っていたならば…
脳裏をよぎるのはあの日に読んだ不思議な本。
あの一度だけ読んだ物語を本気にするなど愚かなことだ。
己に言い聞かせるけれど、エイリンビィ=ファベットは思うことを止められなかった。
いまは何章目なのだろうか、と。
活動報告にて恒例の御礼小話がありますのでよろしければそちらもお楽しみください。
読まなくても本編に影響はありません。
では、
読んでくださる皆様に感謝をこめて☆