御礼小咄 ダース <上>
ブックマーク2200人超え御礼小咄。
いつもお読みくださりありがとうございます~
なかなか続編に入らない悪役令嬢です。
他の連載が落ち着いたら…って落ち着くのいつなんだろ~(遠い目)
とりあえず待ってくださっている皆さんへの御礼として、久しぶりに番外編を更新です。
クール担当ブルーイ=ダンブリュッケ氏とエイリンビィ=ファベットさん
クール担当だったはずが…あれ?みたいな。
では、どうぞ~
1ダースとは12のことである。
もう少し細かく言うと同じ様なものが12集まったひとかたまり、だろうか。
日常にはあまり関係ないけれども、12は10より約分が多いから箱に入れやすいという利点がある。
つまり、なにがしかの商売をする者にとっては親しみのある数、ということ。
6個を2列であったり3個づつを4列だったり、その逆もしかり。
そうして、整然と箱に詰められたチョコレートや砂糖菓子はとても美しい。
エイリンビィ=ファベットの目の前には箱がある。
おそらく何かが入っている。
薄さは初級魔導書くらいだろうか。
蓋の上からうっすらと見える仕切りで4個を3列に並べたちょうど1ダース。
ただ、中身が可愛らしいチョコレートや砂糖菓子ではないことは確実だ。
なぜなら…
ギィィーッ、キュイッキュイッ、クックク~、キチチチチ…
箱から非常に賑やかな音がするからである。
これは開けてはいけないものだと、本能が告げるまでもなく明確に伝わってくる。
先程まではとても静かだったその箱は、日差しが箱に当たり出したとたん急に騒ぎ出したのだから対処に困る。
そもそもエイリンビィ=ファベットはチョコレートを頼んだのである。
頼んだはずだというのに…謎の生物の入った箱が出てくるとは一体何事だろうか。
厨房で取り違えてたのかしら?
そう思うがこのような小動物を食用にするなどという話は聞いたことがない。
困ったわ…
給仕係に返却させようとベルを鳴らすも何故か人が来ない。
というかベルが鳴らないのだ。
魔力が込められたはずの特殊なベルはただの鳴らない金属塊になっていた。
しかも今日は学園内がざわついている。
人が行き交っているのはいつものことながら今日は特に騒がしい。
特に甲冑を着た者たちがやたらと走り回りガシャガシャと耳障りな音を立てているのだから。
そっとため息をついて温くなったお茶に口をつけた。
ギュイイイー!
ひときわ高い鳴き声が上がり、ガタガタッと箱の蓋が揺れ、エイリンビィ=ファベットは慌てて魔力で箱を覆った。
可愛いものならばいいが物凄い気持ち悪い生き物が出てきたらうっかり醜態をさらしそうだからである。
今でさえ嫌な汗をかいているのを必死でとりつくろっているのだから…物凄くぬるぬるしたものとか、脚がやたらと多いものとか…嫌な想像は考え出したらキリがない。
困ったわ…
エイリンビィ=ファベットは再度ため息をついた。
給仕係に持っていかせようと先ほどまでは思っていたのに…思いの外、蓋を開けようよする力が強いのも気になる。
これではこの箱のを厨房まで運べる者などそうそういないだろう。
そもそもこれは厨房に持っていけばどうにか出来るものなのかすら怪しい。
おそらくこれは魔物…それもかなり力のあるもの。
…こんなに小さいのに?
何かが頭の片隅をよぎった気がする。
どこかで読んだような気がする。
確か…
ーーあら?
エイリンビィ=ファベットの思考は急に中断することとなった。。
魔力でむりやり蓋をされて静かになっていた中のものたちが箱を纏わせているエイリンビィ=ファベットの魔力そのものを食べ始めたのだ。
たらり、と背中に冷や汗がながれる。
箱の中に収まるほど小さいというのに、ずいぶんと容赦なく魔力を吸っていく。
魔力を吸った分を比例するように膨らもうとするその生き物をぎゅうぎゅうと力業で抑えつける。
これは不味い。
箱の中で高純度の魔力が12個ぐるぐると渦巻いているのだ。
やはり、分割数は12個だったのか。
どうでもいい読みが当たったことに少しだけ嬉しさを感じる。
密かな喜び…だが、こんな状況でなければなお良かった。
くらり、とめまいがした。
魔力を急速に吸われ過ぎている。
エイリンビィ=ファベットは平静を装いすっかり冷たくなった紅茶に口をつけた。舌を刺すざらつくような苦味に意識がぴりっと引き締まる。
そして少しイラッとした。
…小動物の分際で…
エイリンビィ=ファベットはこの時点で少しハイになっていた。
急激な魔力量の変化で理性のネジが数本飛んでいたのだ。
そこから、エイリンビィ=ファベットと12匹の謎の生き物の喰うか喰われるかの争いが始まったーーー。
チリン
エイリンビィ=ファベットは給仕係をよぶベルをつまみ上げ軽く鳴らした。先ほど鳴らなかったのはこの生き物にこっそり魔力を食べられていたからだろう。
「お茶を新しくしてちょうだい」
のしかかる疲労感を隠しつつ、去っていく給仕係の背中を見送り、エイリンビィ=ファベットはこめかみをそっともんだ。
箱からはプー、プーと生き物の寝息が聞こえる。
魔力をごっそり持っていかれたエイリンビィ=ファベットは深いため息をついた。
大人げなくむきになってしまったわ。
開いたままの本は頁を捲られないままだった。
本を読んでいるふりをしていたものの頁を捲る余裕がなかったとは。
全く至らないことばかりだ。
パタリと本を閉じ、届けられたばかりの新しいお茶に口をつけため息をふかくついた。
ああ、ものすごく疲れたわ…
そこへガシャガシャと甲冑を鳴らしながら見覚えのある男が歩いてきた。鈍色の髪の毛とさえざえとした淡青の瞳。
「おくつろぎのところ申し訳ないファベット孃、少しいいだろうか?」
ブルーイ=ダンブリュッケが騎士の礼をとる。
「今日は騎士の皆さんがずいぶんいらっしゃるわね」
「探し物を。小さな生き物をみかけませんでしたか?」
このくらい。と指で示されたのはまさにチョコレートトリュフほどの大きさ。
「あら、それならばその箱の中に」
そういって扇子で箱を指をさす。
「え!?」
ブルーイ=ダンブリュッケは酷く驚いたようにこちらを見た。そして、中を確認しようと開けようとする手をそっととめる。
「そのまま箱を開けないままお持ちされた方が良いですわ。よく寝ておりますし、ここ開けて起こすのは少し障りがありますでしょう?」
「…え?寝てる?」
多分、憶測だけれども、開けた瞬間にエイリンビィ=ファベットの魔力を最大まで吸ったこの生き物が急激に成長すること間違いなしだ。
ブルーイ=ダンブリュッケは呆然と寝てる…と呟いた。
「ええ、今は良く寝ておりますわ、起こすのでしたらあるべき場所で」
ここで騒ぎを起こさず、さっさと持っていけと案に匂わす。
ブルーイ=ダンブリュッケはひきつった笑顔を浮かべ箱をなるべく水平に保つように抱えて慌てて走っていった。
しまった、中身が何か確認し忘れたわ。
今さらそう気づくが疲労困憊な体を動かすのも億劫なので諦めてブルーイ=ダンブリュッケを見送った。




