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御礼小話 メイド

8月6日活動報告に載せていた御礼小話。


後半が追加されています。


時系列的には学園に入る前のエイリンビィ=ファベットさん。

お兄さんと彼女つきのメイドのお話。

いわゆるよくいる令嬢の話し相手みたいなメイドさんです。




「お嬢様、本日の御髪はいかがいたしましょう?」

メイドがエイリンビィ=ファベットの髪をひと房持ち上げてそう、聞いてきた。

このメイドはエイリンビィ=ファベットつきになって日が浅い。いつものメイドだったならば何も言わずにその日の予定に相応しいものにしてくれる。けれど、今日はそのメイドが居ないのだからしかたがない。

まだ年若いこのメイドに同じ対応を望むのは荷が重いだろう。

そう思いながらも…珍しくイタズラ心が疼いた。

「たまにはおまかせしてみようかしら?」

そのエイリンビィ=ファベットの言葉に鏡に映るメイドは丸いぱっちりとした若草色の瞳を驚いたように見開いたまま固まった。

そのため、エイリンビィ=ファベットはもう一度同じ意味の言葉を伝える「貴女の好きにしなさい」と。

今日はこれといって外出する予定もないのだから、よほどとんでもない髪型にならない限りはいいだろう。


それに、自分とそう歳の変わらないメイドがどのような髪型がエイリンビィ=ファベットに似合うと思っているのか興味があったのだ。

いつもの古参メイドはどちらかというときっちりとした髪型に仕上げるタイプだったから。


鏡越しに見ると、髪に触れるメイドの顔は真剣そのもので、こちらにまで緊張が伝わってくる。


メイドは正面の前髪を上にあげたあと、残りの左右の前髪もきっちりと編み混んでいく。

その様子にエイリンビィ=ファベットはそっとため息をついた。


落胆


とまではいかないけれど…。

望んだ結果にならないことに気落ちするなんて酷く勝手なことだ。

エイリンビィ=ファベットは己を諫めた。


鏡の中で作られていく髪型はきつい目元がより目立つ、エイリンビィ=ファベットの持つ冷たい色がより際立つかっちりとしたもの。

いつもとさして変わらぬその髪型。


結局、誰がどこから見てもエイリンビィ=ファベットの評価は変わらないのだろう。


さぼど関わりのなかった新人メイドでさえ、イメージするのは硬質な外見に見合うキツく整えられた隙のない髪型なのだから。



…いや、それでいいのだ。



エイリンビィ=ファベットはそう気分を切り替えた。


そう在るべきと決めたのだから。

誰が見ても正しきファベット家の後継としてそう在るべきと。


そう、思い直し、エイリンビィ=ファベットは急に申し訳ない気持ちになった。まるで不馴れな若いメイドを試すような行動をとってしまった、そのことに。彼女はエイリンビィ=ファベットの気に入る髪型に出来なかった時、何らかの罰があると恐れているかもしれない。


エイリンビィ=ファベットの髪をいつもより丁寧に、真剣に一部の隙なく仕上げているのはそういうことなのだろう。


エイリンビィ=ファベットはそう考えながら鏡越しにメイドを見る。そして、彼女の赤みのつよい茶色の髪の毛と若草色の瞳の色はまるで春の森のようだと思った。

彼女の髪の毛はファベット家の領地で採れる樹木の樹皮と同じ色だ。

若草色の瞳は一年中ずっと濃い緑の葉をしげらせたその葉の下で春に芽吹く新緑の色。


生命力溢れる春の森そのもの。


比べて自分の色はどうだ。

灰銀の髪と灰紫の瞳の気の強そうな少女が鏡越しにこちらを睨んでいる。


冬の曇天のような色。

寒々しい全てを凍りつかせてしまうそんな色だ。


エイリンビィ=ファベットはそっと目を伏せた。


「さあ、お嬢様、少し痛むかもしれませんが、我慢してください」

いきなり明るくそう宣言され、メイドはきっちりと編み込まれたたエイリンビィ=ファベットの髪の編み目にぶすりと櫛を入れた。そして、ぐいぐいと容赦なく引っぱられる。

痛い、地味に痛い。

エイリンビィ=ファベットはひっぱられた方向へ頭が体ごと傾かないようにするのに必死だ。

たとえメイドのまえでも無様な姿にはならないように、鏡台の下で必死に足をふんばる。拷問のような時間を耐えた。


「さあ、お嬢様出来ました!」


明るい声でそう言われ、顔をあげるとそこには普段よりも何倍も緩く結われたようにみえる編み込みが、複雑に絡みあうハーフアップスタイルの見馴れぬ少女がいた。

やわらかな後れ毛、ゆるく巻かれた毛先。思わずそっと髪の毛に触れると緩いように見せかけているのに髪はがっしりと結われていた。


「まあ、凄いわ…」


きっちりと結い上げた上で緩める。そうすることで崩れない緩い髪型が出来る。思いもしなかったその方法に驚きに目を見開く。鏡に映ったその姿は普段よりも幼く見えたけれど、だらしなさは欠片もなく、計算され尽くした柔かさがあった。


「お嬢様、とってもお似合いですわ!!私、お嬢様に一度でいいからこの髪型をなさってほしかったんです

!」

そう力説するメイドのソバカスの散る頬は興奮でほんのりと赤く染まっていた。

その顔をにはエイリンビィ=ファベットが考えていたような叱責を恐れる気配は何処にもなかった。


穿ち過ぎたかのもしれない。


エイリンビィ=ファベットは自分の考えが外れたことを不思議と嬉しく感じた。


何時もより時間のかかった身支度、いつものエイリンビィ=ファベットとは少し違う服装と髪型。

けれど今日は父は王城へ、母は慰問へとそれぞれ忙しくしているためそれを家族の誰かに見てもらうことは出来なかった。そのことを少し残念に思い、けれど、心のどこかで安堵もした。



「おや、私の妹はいつのまにか妖精の女王になったようだね」

午後、エイリンビィ=ファベットが温室で本を読んでいると温室の入り口には良く似た色を持つ青年が立っていた。

「ゼド兄さま」

軍に入ってからというもの、滅多に家で顔を合わせることのなかった兄のゼルドラーレ=ファベットがそこにいた。

「珍しいな、リィンがそういった髪型をするなんて、だが、とても美しくて愛らしい」

にっこりと歯が浮くような台詞を言ってのける兄にエイリンビィ=ファベットは少しだけ気恥ずかしげに頬を染めた。

その珍しい姿にゼルドラーレの後ろに控えていた副官が目を見張った。


「新しく私つきになったメイドに、おまかせしたら、このようになっただけですわ」

つんと、そっぽをむきながらの発言にゼルドラーレはにこにこと微笑んだ。

「主の好みが解っているいいメイドがついたんだな」

「主の好み?」

思わぬ兄の発言にエイリンビィ=ファベットは首をかしげた。

「わからないか?」

そう言ってゼルドラーレは紫がかった淡い水色の花をエイリンビィ=ファベットの髪にさした。

「お前は昔から可愛いものが好きだったぞ、大輪のバラよりもこの花のような小さく可憐なものを好むように」


兄の言葉にエイリンビィ=ファベットは首をかしげた。

そうだっただろうか、

自分の好みなど、あまり気にしたことがなかった。

それは必要のないものだったから。


「さあ、あと数刻で父様が帰ってくる。かわいい妖精さん、いつものリィンへお戻り。私は君が傷つくのを好まないよ」

そう背中を押され、エイリンビィ=ファベットは温室から部屋へと戻った。

鏡台に座ると鏡の前には花を飾った普段よりも幼いエイリンビィ=ファベットがいた。

「お嬢様、夕食の前に髪型を夜に合うのものにいたしましょう」

ノックと共にメイドが部屋へと入りエイリンビィ=ファベットにそう声をかけた。

「ええ、そうね。おねがいするわ。」

そう答えたエイリンビィ=ファベットは鏡の中で己で結った髪をほどいていく春の森色のメイドをぼんやりと見た。

兄の言っていた言葉を思い返す。


『主の好みが解っているいいメイドがついたんだな』


そうか、解っていなかったのは自分だったのか。

エイリンビィ=ファベットは急に全てが腑にに落ちた気がした。


メイド達は私に似合う髪型ではなくファベット家の望む髪型にしていたのか。

だから、このメイドも夕食の支度には早すぎる今、髪を結い直すのだ。

父が帰る前に、父と母が望むエイリンビィ=ファベットを作るために。


「残念ですわ。とっても、お似合いでしたのに。お嬢様、また私に髪を結わせてくださいませ」


エイリンビィ=ファベットの髪型をいつものように結い直したメイドはそう言いながらにっこりと笑った。


その邪気のない笑顔を見ながら、このメイドが何を思っていたのかが無性に気になった。

だから彼女に試すように言った。


「そうね、父も母も居ないときに」


その言葉にメイドはにこやかな表情を変えることなく「ええ、そうですね、旦那様と奥様のいらっしゃらないときに」と答えた。


その返事が全ての答えだとエイリンビィ=ファベットは思った。


「ねぇ、貴方の…」


名前は?と聞こうとしてエイリンビィ=ファベットはその言葉を飲み込んだ。

それを聞いて何になるというのだ。


芽吹いた葉のような瞳が不思議そうに言葉の続きを待っていたので、エイリンビィ=ファベットはそれとは違う言葉を紡いだ。

「…貴方の瞳はとてもきれいな色ね」

「まあっ、ありがとうございますお嬢様。この瞳のおかげで私の名前はベダルなんです。いくらなんでも安直すぎだって思うんですけどね」

そういって、メイドは一礼をして、下がっていった。



エイリンビィ=ファベットは思わぬ形で知ることになったメイドの名前をごく小さな声で呟いた。


髪から抜かれ、鏡台の上に置いた小さな花は、薄い花びらが萎れ、端が僅かに茶色く変ってしまっていた。


『私、お嬢様に一度でいいからこの髪型をなさってほしかったんです

『残念ですわ、とてもお似合いでしたのに』

『私は君が傷つくのを好まないよ』



メイドと兄の声が甦る。

そこにあるのは優しさなのか憐れみなのか。




胸がチリリと痛んだ気がした。





ゼルドラーレ=ファベットは暗闇に染まるような暗い露台に立った。


しっとりと湿り気を帯びたひやりとした空気が体をつつむ。

「あの髪型、リィンにとても似合っていたな」


ひっそりと、ひとりごとのように夜の闇に話しかける。

すると、闇だけしかないはずのどこかから「ありがとうございます」と返事が帰ってきた。


若い女の声。


「今度はもう少し長い時間、あの髪型のリィンを堪能できるといいな、父上と母上には旅行を勧めようか」


物言いたげな空気を感じる。

あの力作を公爵になぜ見せなかったのかと言わんばかりだ。


「元々極度に言葉数が少なくリィンに対しては壊滅的なほどに頓珍漢な受け答えのあの父上がまともな誉め言葉を言えると思うのか?」

そう問えば影は何も言わなかった。

むしろ、それもそうか。と言わんばかりだ。

「それにあの頭の硬い古参侍女達もうるさいからな。お前を捩じ込むのも大変だったんだ、クビにされてはたまらん。そう結果を急くな」


妹の周りの偏屈なメイド達に何度、苦虫を噛んだような気持ちにさせられたか…母上の人の見る目はそう悪くはないはずなのに、なぜか妹の周りは思い込みの激しい偏屈なもの達ばかり集まってしまった。


ゼルドラーレとしてはもう少し愛らしい妹を堪能したいというのに。

目を閉じるとはにかんで笑う妹の顔が目裏にうかぶ。


可愛らしい妖精のような妹。


過度な期待に必死で応えようとする素直で真面目で…


愛に餓えたあの子の本質。


「主の好みが解ってるいいメイドだな」


昼間と同じ言葉を繰り返し、くすりと笑う。

闇はなにも言わない。


渇いた地面に与えられる水はさぞ甘美なことだろう。


そうして刻む、あの子の真の理解者は誰なのか。


愛や恋など移ろいやすいものではなく、決して無くならぬ血で繋がった者として。

あの子の奥深くに刻んでいく。


ゼルドラーレ=ファベットが浮かべた表情を見たのは、闇の中でまたたく新緑色の瞳だけだった。





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