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コツコツと廊下を磨かれた靴を鳴らしながらエイリンビィ=ファベットは歩いていた。

目的地は講堂と呼ばれる全生徒が入る大きな会場だ。学園では時折講堂で集会が行われる。

エイリンビィ=ファベットは足を止め講堂の正面入り口に吸い込まれていく者達を見送る。

エイリンビィ=ファベットを含め、高位貴族や王族は一般生徒とは入り口が違うのだ。

講堂の2階席にある貴族専用フロアに繋がる階段へ見覚えのある艶やかなブルネットの髪の少女が吸い込まれていくのを見て、エイリンビィ=ファベットはすうっと大きく息を吸った。


事態が動くとしたら今日だろう。


決して何があっても動揺はしまい。

エイリンビィ=ファベットはそう心に誓う。

毅然とした態度で、優雅に冷静にと。



階段を登りながらエイリンビィ=ファベットは考える。物語の行き着く先を。


エイリンビィ=ファベットが断罪されるならばいったいどのような罪だろうか。


あの本に描かれた物語のエイリンビィ=ファベットならば、いざしらず、今ここにいるエイリンビィ=ファベットに問える罪などひとつもない。


ディオルデ王子の不可解な行動の意味も未だに解らないままだ。

ジディオルデ王子はあの少女、エンビィを使って何をしたいのだろうか?


貴族専用の入り口をくぐり中へ入る。このフロアはずらりと並んだ椅子のどこに座ってもいいことになっている。


貴族専用フロアは利用できる貴族が指名したものは誰でも入れる。

そのため、ジディオルデ王子の側には位の低いブルーイ=ダンブリュッケやイエフ=ジーエイドも居る。もちろん先ほど見たブルネットの髪の少女エンビィも。


にこやかに話すジディオルデ王子の様子を椅子を3列ほど離れた場所なら見ながらふと、エイリンビィ=ファベットはあることに気付いた。


今まで、二人を間近で見ていなかったからこその盲点。



ジディオルデ王子は少女を全く愛しては居ないのではないか?ということに。

その考えのもと二人を観察すると見えてくるものがあった。

ジディオルデ王子と少女の間には恋というには何か足りない。


恋をしたことのないエイリンビィ=ファベットには、見知らぬ二人が恋に落ちているかどうかなど判断できはしない。


けれど、少なくともジディオルデ王子の瞳に燃えるような情熱はないように見える。


幼い頃からジディオルデ王子の天使の皮が剥がれている場面を幾度となく見ているエイリンビィ=ファベットには、あの少女に向けられた微笑みが本物かどうかの判断くらいはつく。

それこそ、あの少女にジディオルデ王子が素顔を見せているのか、それすらも怪しい。

少女に向けられるのは美しく甘やかな、美し過ぎるほどの完璧な表情。


それこそが演技だとエイリンビィ=ファベットは思った。


ジディオルデ王子は恋をした相手にあのような表情をきっと向けない。

むけるのはもっと違う顔だ。



ならば、ジディオルデ王子の求めるものは他にある。


エイリンビィ=ファベットは昔から知っていた。

ジディオルデ王子が一番望んでいないものを。

エイリンビィ=ファベットが一方的にジディオルデ王子に抱いていた同士のような感覚。

その原点。

望まずとも与えられていたその役割と重圧。


ジディオルデ王子が望んでいるのは王位継承権の放棄だ。


もし、自由を求めて王位継承権を捨てるというのならば、公爵令嬢との婚約を蹴ったあと、駆け落ちするのだとしたら、ただの魔力がある程度の市井の少女では役不足にも程がある。


それではすぐに連れ戻されてしまう。

継承権をもつ者はもう今の王族にはほとんど居ないのだから。


それこそ、高位貴族の命を公衆の面前で奪うくらいの罪を犯さなければならない。

そして、その罪には万が一罪に問われた場合に備え叙情酌量の余地が、罪を犯すに足る、解りやすい動機が必要だ。


それらが揃ってはじめて王子は望む形で地位を捨てられる。


もし、真実、それこそが王子の目的ならば、この現実で紡がれている物語が求めているのは、図書館で見たあの本のような『幸せな娘が王子に見初められ、結婚する』夢物語のようなものではなく、

『嫉妬に狂った女に殺される少女と、愛する者の仇をとる男』の姿だろう。


安易だけれど、だからこそ、解りやすい動機。

誰もが同情をするような明解な悲劇。


その悲劇において、愛する者として殺されるのはあのブルネットの少女エンビィであり、

彼女を殺すように指示をする嫉妬に狂った女は、婚約者を奪われたエイリンビィ=ファベットが誰よりも相応しい。


この国に居る高位貴族の中でエイリンビィ=ファベットほど替えのきく、ほどよい重さの命はなく、 なにより、これほどわかりやすい動機付けの容易い者は他にはいないのだから。


これが真実ならば何て滑稽なことだろう。


エイリンビィ=ファベットが真実、罪を犯していようと、犯していまいとそのことは大した問題ではないのだ。


ジディオルデ王子が紡ぐ物語がどんな物語になるにせよ、エイリンビィ=ファベットに未来はない。


まるでエイリンビィ=ファベットの存在そのものが罪である、とでもいうかのように。



あの不思議な本の物語通りだ。



悪役としての道に進もうと、進むまいと、結局は行き着く先は同じ。



エイリンビィ=ファベットには最初から破滅という終わりしか用意されていなかったのだ。



くすりとエイリンビィ=ファベットは笑った。


ならば、悪役らしく闇に染まろう。

悪役として滅んでいくエイリンビィ=ファベットをジディオルデ王子が望むのなら、そう望むものがいるなら、エイリンビィ=ファベットは悪になろう。


エイリンビィ=ファベットはそうして作られてきたのだから。

そうやって、他者が望む通りの言葉を、行動を、姿を、演じ続けてきたのだから。



そうしてこれで終わりにしよう。


エイリンビィ=ファベットを終わりにしよう。


私はなれなかったから。


父の望む駒に、母の望む人形に、家庭教師達の望む傀儡に、王妃に、公爵に、冷酷な貴族に、高慢な少女に、皆が望むものに。


なれなかった。


だから逃げた。


殻に閉じこもって、エイリンビィ=ファベットを演じた。演じて演じて演じ続けて、



結局は悪役として終わるのだ。



未来ある少女が戯れに殺されると知りながら、それが自分を滅ぼすものと知りながら、エイリンビィ=ファベットはただ、与えられた役割を演じ続けるだけだ。



だって私は知らない。



誰かが望むエイリンビィ=ファベット以外の姿を。


私はわからない。


私の選ぶべき道が。


私にとって何が正しいのか、

私が何をするべきなのか、

私が何がしたいのか。



なにひとつわからない。



わからないの。





ゆがむ視界の端でキラリと光るものがあった。

それは、まっすぐに少女を狙う光の刃。

彼女の周りに居るもの達は一人として、彼女を守りはしないだろう。

ひとつの命を終わらせる光。

ジディオルデ王子の望む未来を紡ぐ光。




私はきつく目を閉じた。




もう何も、何も見たくなかった。














お読みくださりありがとうございます。

いよいよクライマックス。


本日も活動報告に御礼小話がありますので、よろしければどうぞ~☆







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