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なろうに数多ある悪役令嬢モノにチャレンジ。
完結済みなので安心してお読みください。
しばしのお付き合いをよろしくお願いいたします。
「あら、この本は…」
エイリンビィ=ファベットは図書室の人気のない棚の奥にまるで隠すように置かれた本を見つけた。
中は恋愛小説のようだ。
「間違えて置いたのかしら?」
活版印刷が巷にあふれるようになったけれど、今もあえて手書きで写されていく本もある。印刷に使う紙とは違うなめらかで美しい上質な紙に描かれたその本の文字は非常に達筆でまるで手習いの教本のようだ。
そういえばエイリンビィ=ファベットも幼い頃に手習い用にと渡された最初の本はこのように美しい装丁の本だった。内容も子供が好きな妖精や姫、魔法使いのおばあさんといった子供の興味を引くような内容にしてあったことを思い出す。
ただ、この本にはそういったものは出てこなかったけれど…
「この本の舞台はこの学園なのね」
そう気づいたエイリンビィ=ファベットはこの不思議な本を腰を据えて読むことにした。
最近、領地経営の本ばかり読みすぎて年頃の女の子らしい華やかさがかけていたことを反省する。
もしかしたらこの本も茶会で話題に上がっていた本なのかもしれない。
こんな『国訪録』などというマイナーな本のある本棚に置く理由が不可解ではある。
『国訪録』は王から勅命をうけたとある役人が国内外の各地を訪れその地の地形、産業、特色、特産品、料理などを書いたものである。
この作者は非常に話術に長けいたのか、その地の由来や伝承、起きた事故、特産品生産のコツなどの裏話を聞き出すのがとにかく上手かった。
聞き出すのは上手いけれど、致命的なほど文才がなかった。そのため、酒屋で聞いたガセに近い噂話、その日の夕飯の味、街の可愛い女の子のいる店、掃除についての主婦の知恵など、その情報はまさに玉石混合。
けれど、その冊数の多さや情報の希少さ故に一部のマニア垂涎の希少本でもある。
そんな希少本も学園の図書館ではあまり意味もなさず。うっすらとほこりがつもっている。
そんな国訪録の間に隠すように置かれたその本の装丁はしっかりしたものだった。
柔らかでなめらかな鹿の革ばりの表紙とは珍しい。角は装飾金具で美しく整えられている。
パラパラと頁を進めるとこの学園を舞台にした華やかな恋の話のようだった。
とある少女がこの学園へ転校生として編入してくる。彼女は平民にしては高い魔力を持ち、その能力を買われとある中流貴族の養子となった。
彼女の平民らしい自由奔放な行動はこの国の重鎮達の息子達をことごとく虜にしていった。
そして、言い寄る彼らを袖にして彼女が選んだのはこの国の王子。
はじめての恋に熱を上げた王子と彼女は人目を憚らず学園で寄り添い、その姿に王子の婚約者が厳しい態度をとりはじめる。
貴族が平民を妾にすることはよくあること、けれど、それは本妻あってのこと。平民の、しかも施設上がりのものを未来の王配にするなどという、国政のバランスが崩れることは看過できることではない。せめてその、娘は寵妾とするようにと。
しかしそんな彼女の意見に耳を貸すことなく王子は婚約を破棄、婚約者だった彼女は社交会から姿をけすこととなった…
そんな話だ。
「随分と辛辣な内容ね」
王道のラブストーリーとみせかけて、現状の身分制度への批判、孤児院上がりの子供達の将来の不安、学園を卒業した生徒達が最初に直面する徒弟制度という名のもとに行われる賃金の不払い問題。
市民の目線で描かれているのかと思いきや、それだけではなかった。学園に通う貴族の生徒の殆どが抱える、己では選ぶことのできない家同士のしがらみそのものの婚約、そして結婚までにいたる道に引かれたレールを進む間にある学園生活という僅かな自由を満喫するモラトリアム。
現実と理想の間に横たわる溝、それらを埋めようと足掻く学園に通うものたちの心情までも非常に巧みに描かれていた。
「この作者…とても文才があるわね」
それになにより不思議なことに、この本は今、実際にこの学園に居る生徒を描いているのだ。
特に主人公の恋の鞘当ての相手となるのは、この国の次世代を担う重鎮の息子達。
しかも、その描かれ方が素晴らしい。
それぞれが持つ悩み、家族との軋轢、抱えたコンプレックス、彼らの性格を形成する大きな分岐点となった出来事…それらを克明に描き、かつ、彼らの心を強く揺さぶる美しい少女の唇が紡ぐ甘い口当たりのよい諫言の数々。
彼らの強さも弱さも把握したかのような、自尊心を擽る的確な言葉を描くためにい生かされたであろうこの作者の情報力。
「凄い…」
エイリンビィ=ファベットは引き込まれるように読み進めた。
日が傾き始めたころにパタンと本を閉じふう、とため息をついた。
「とても…とても素晴らしい本だったわ」
思わず再びほぅとため息をついてしまった。
いい本に出会えた満足感とほどよい疲労感。
けれど…ひとつ納得がいかないことがあった。
「なぜ、私が悪役なのかしら?」