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9.身内贔屓がひどいのは遺伝

あけましておめでとうございます。

「アーサー=ホワイト公爵令息様。

 並びにシェリー=ホワイト公爵令嬢様、アリス=ホワイト公爵令嬢様のご入場でございます」


 金銀赤青緑、彩り鮮やかな数多くの宝石が使われている装飾が施された王宮に、アーサーたちが足を踏み入れた途端、案内係の声と共に音楽隊の演奏が鳴り響く。

 アリスは、突然の音に驚き、思わずアーサーの腕に飛びついた。


「アリス、大丈夫だ」

「そうですわ! アリス!イザベル先生に習った通りにしたらよいのです!私たちもついてますわ!」


 不安げなアリスを安心させるようなアーサーとシェリーの言葉に、アリスはおずおずとしながらもゆっくりと顔を上げる。


 アリスの目には、思わず目を閉じてしまうほど、キラキラとした空間が広がっていた。

 アリスにとって、見たこともないような装飾のキラキラと輝いている天井。

 さらには、こんなにも人がいたのかという大勢の人がいる。

 まるで、ここが現実ではないような、非現実的なまでに圧倒的な眩しさにアリスは思わず、目を閉じる。


 おんなじキラキラなら、と。


 目を開けて、隣に立っているアーサーとシェリーを見る。

 彼らの月の光のように優しく輝くような銀色と、新緑の生命力を感じさせる碧瞳と命ある源でもある大海のような青の瞳がアリスを心配そうに見つめていた。


「どうした?アリス、体調でも悪いか?」

「アリス、大丈夫?」

「んん、なんでもないです。兄様、姉様」


 うん、兄様と姉様のキラキラの方がきれいでいちばんすき、とアリスは改めて満足そうに頷いた。


 **


 どこか不安げだったアリスが、いつものようにシェリーと笑いあってるのをみて、アーサーは安堵の息をつく。

 アリスにとって、このように多くの人が集まる場というのは初めてであるため、アーサーとしてもドキドキしていた。小さな妹が緊張や不安になるのも仕方がない。アーサーは、アリスが行きたくないといえばシェリーも連れて全力で家に帰る気満々であった。頭が痛いので帰ります、と真顔で言い切るつもりであった。仮病を堂々と使う所存。

 しかし、アリスはその恐怖を、無事に乗り越えたのだろう。きっと、それは手を握ってくれたシェリーの存在も大きいと思われる。


(うちの妹たち、本当に天使すぎ。はーーー!!本当にいい子達に育っていて、お兄ちゃんは嬉しい!!はーーー!!!かわいい!!)


 アーサーの心中は、通常通りである。すでに語彙力も消失している。

 妹たちの可愛さを脳内メモリーに焼き付けながら、アーサーは会場に入った瞬間に今まで妹たちにのみ発揮していた砂糖菓子よりも甘く柔らかな雰囲気を一気に消し去った。


 アーサーは、普段通り人を寄せ付けない圧倒的なまでの王者としての、魔王としてのオーラに、切り替えたのだ。

 端的にいうと威圧である。

 もちろん妹たちには一切影響が出ないように、範囲をコントロールしている。


 今まで賑やかでであった会場から、一瞬にして音が消え失せる。


 そのあまりにも暴力的な、圧倒的すぎる威圧に会場にいた全ての人の時が止まったかのように固まったのだ。


 そして、理解する。いや、理解させられる。


 あそこに安易に手を出したら、命の保証が無い、と。


 それは瞬きをするかのような一瞬の間であった。まるで、泡沫の夢を見ていたような、そんな1秒にも満たない時間であったが、確実に身体は、頭はその畏怖を感じている。


 会場が一気に緊張感に包まれたが、アーサーが威圧を解いたため、徐々に音が戻ってきた。

 主犯(アーサー)は特に気にせず、何も気づかせていない妹たちと和気藹々と話していた。全くもって、このシスコンはブレない。


「あの、兄様、ご飯食べていいんですか?」

「あぁ、存分に食べていい。だが、イザベラ先生に習った通りに。約束できるか?」

「はい! シェリー姉様!いこう!」

「お兄様、いいのですか?」

「あぁ、構わない。挨拶は主賓たちが来てからでいい」


 2人から花丸満点の返事を貰ったアーサーは、透明化したアイギスに2人の護衛を任せ、嬉々として料理を食べに行く2人を見送る。

 妹達に告げたように、彼らホワイト家から挨拶を行うのは、王たちだけであるため、しばらくはゆっくりできるのだ。

 先程の威圧により思っていた以上に、軽率な行動をする者たちがいないようで、アーサーとしては満足である。何事も、先手必勝が大事なのだ。やったもん勝ち。このシスコンは、恐らく王族がいたとしても威圧はしていただろうが。全くもってこのシスコンは歪みない。

 それにもめげない不躾な強烈な視線が感じられるが、その相手はこちらに近付く事は決してない。

 何せその相手は、改心するまで一切近寄ることを禁じている父親(ローリ)なのであるから。

 血の涙を流す勢いでこちらを見つめているが、アーサーは気にも留めない。ついでに、父付きの執事筆頭(バロン)も縋るように見つめているが、アーサーは無視をする。

 ローリにかけた呪いは正常に作動しているのだろう。

 どんなに父親がこちらに近付こうとしても彼の体が、決して動く事はない。そして、声を発することもできないのだから。

 そもそも、この呪いがかかっているのなら、ローリの姿は妹たちから視えないし、触れられないし、声も届かない。

 ローリがこの呪いを解く条件を満たさないかぎり、彼が妹たちに認識されることはないのである。


(少しは反省してくれたらいいんだが)


 残念なことに、あの父親は全く持って理解していない。呪いを解くことに躍起になってるようだが、この魔法は呪いの条件を満たさない限り、例え術者であっても解除することはできないのだから諦めてほしい。


(根本的なところが、あの父親はズレてるというか、狂っているというか。とりあえず、普通ではないからなぁ)


 恐らく、理解ができないのだから、どうしようもないのだろう。

 そもそも、前世において現代日本を生きた記憶のあるアーサーと価値観が異なるのは当たり前である。アーサーとしても、それを押し付けるものではないとはわかっている。

 しかし、この世界ーー「愛の国のお姫様」の世界観が、実に、都合のいいところだけ、美味しいところだけをつまみとったような感じなのだ。いわゆる、ご都合主義というか。比較的、かの彼が生きていた20世紀の日本に近いところがあるのだ。ゲームだからこその許される世界観ともいうべきか。

 そのため、現代日本の知識を持ち込んで内政チートみたいなのは適さないのだ。概ね、すでに存在してる。アーサーは、純粋に内政としてのスペックが高いので、特に前世の記憶の有無は関係ない。ただのアーサーとしての魔王スペックである。

 そのため、現代日本に近い倫理観があるため、父親においても今ならまだ取り返しがつく可能性もゼロではないのだ。

 アリスに対して劣情を抱いていない、今の父親ならまだ理解ができるだろう。

 それに、父親自身が気がつかなければ何も変わらない。

 具体的にはゲーム開始(10年後)までには。

 ちなみに、もし、仮に、万が一でも、劣情を抱いた場合はアーサーは即座にこの国を切り捨てて、妹たちを連れて安全地帯に行く。第一は、妹たちが健やかに安全に過ごせる国である。存在を抹消しないだけ、アーサーとしてローリへの肉親の情はあるのかもしれない。

 彼の第一は、妹たちなのだから。そこは譲れないし譲る気もない。

 まぁ、その情も万が一ローリがアリスに手を出したのなら、瞬時に消える。アリスを襲ってたりしたら間違いなく存在は抹消させる。これは決定事項だ。

 ちなみに、ローリを1発で気が付かせる方法が無いわけではない。アーサーとしては、あまり好ましくないので自力で何とかしてほしいと思っている。


「リアム=クリア陛下、ベアトリス=クリア妃陛下、ノア=クリア皇太子がお成りになりました」


 照明が落とされて、真ん中の階段へと光が向かう。

 来場客の注目を集め、一気に壮大な音楽と共に、彼らは現れた。


 銀色の短い髪が逆立たされており、しっかりとした体格に、まるで獅子のような風貌で野生的な魅力が感じられる壮年の男性。

 その男性にエスコートされる金色に輝く光のような髪と真っ赤なドレスに身を包んだ豊満な体つきの麗しき女性。


 そして、そんな彼らの後ろから堂々と降りてくる小さな姿がある。


 女性と同じく金色に光輝く髪を持ち、凛々しい表情の美少女と見間違うが、皇太子が身につける服を来ていることから性別は男であることが察される。


 何より目を惹くのが、男性と美少年のその瞳。


 ーーまるで燃え盛る炎のような紅蓮の瞳である。


 そう、その瞳こそが王として資格を持つーー運命眼と呼ばれる瞳である。


 だからこそ、王族の血筋あるアーサーとシェリーは王位継承を持たないのである。

 この運命瞳は、千里眼と未来視、そして死線を見ることができる。この3つ力が複合した瞳である。

 愛姫のゲーム的に言うと、千里眼は遠く離れた相手の居場所がわかる。

 未来視は相手の行動を先読みすることや、起こり得る未来の可能性がわかる。

 死線を見るのは、相手に対して自身の攻撃により相手が死ぬか否かわかったり、その相手の死期、死相がわかる。

 それぞれ、対応する魔法もあるのだが、どの魔法も魔力の消費が膨大であり、上級魔法に位置する。

 アーサーは普通にその魔法を使っているが、それはアーサーだからできることなのだ。魔王スペックは侮れない。


 それに対して、この運命瞳の場合は、魔力も何も消費しない上にデメリットが一切ない固有スキルであるのだ。しかも、この瞳にはまだ隠し玉があったりする。

 流石、アーサーと二代看板と呼ばれるだけの王子のスペック。

 ダークサイドのヒーローがアーサーであるのなら、正統派のヒーローは間違いなく、ノア王子である。

 ノア王子の攻略の場合は、愛姫において王道正規ルートと呼ばれるものであり、攻略難易度は平均であるCである。これは簡単じゃねぇか?と思うだろう。それだけで終わるわけがなかった。

 何せ、彼のルートのみ、どのエンドにおいても、その後のアナザーストーリーがあるのだ。普通ならファンデスクとして組み込まれるものだが、ノア王子の場合のみ、入っているのだ。

 そう、彼の場合は攻略してからが本番のシナリオ。

 ルートはハッピー、グッド、バットとあり、難易度は、SS、SS+、SS、と一気に跳ね上がるらしい。

 前世の妹の推しはアーサーであったので、そこまでノア王子については詳しく話してなかってのであまり覚えてないが、「違うの!!これは違うの!!私の推しはアーサー様なの!!!くっ、ノア王子の天然俺様主人公属性半端ないっ!!」と荒ぶっていたのだ。全く持って萌えに忠実な前世の妹である。そんなところも可愛いと思っていた前世の彼は生粋のシスコンを拗らせている。

 そのため、前世のアーサーが覚えてるノア王子は、なんか天然俺様主人公属性であったことである。こいつはひどい。

 正直、前世を思い出す前のアーサーとしてもノア王子とは全くもって接触がなかったのだ。従兄弟でありながらも、シェリーの婚約者であったということで、特に興味も関心もなかったのだ。


前の俺(アーサー)、もうちょっと興味持って。あのノア王子がいたからこそ、ラスボスになる俺はゲームの主人公(アリス)に倒されるんだならな。ぶっちゃけ、あの眼はずるいんだよなあ)


 何せ、この運命瞳のもう1つの隠し玉は、アーサー(ラスボス)にとっての天敵であったと言っても過言ではなかったのだ。

 自分の魔王スペックを棚に上げながらもアーサーは、やっぱりメインヒーローってずるいよなぁと思っていた。ついでに女子にモテるイケメンにイラっとしてしまうのは、前世の性である。

 しかし、王子を見て、アーサーは別のことに対して眉をひそめていた。


 ノア王子の瞳は、全くもってハイライトがなかったのだ。


 とても5歳がしていい瞳ではない。死んだ魚の目といっても過言ではない。


(おかしい。前世のノア王子(パッケージデザイン)はもっと生命力を感じさせる目だった気がするんだが?)


 間違っても、あんなデスマーチを終えた社畜のような目ではなかった。なんだ、あの濁りきった目は。久しく見てなかった瞳に多少ビビってしまう。

 おかしい。いくら王子とはいえ、まだ5歳児になったばかりにいきなり仕事をさせるなんてことは英才教育としても行なっていないはずである。

 アーサーは、学園の交換条件として国王たちから頼まれていたことを思い出す。


(国王たちがいっていたノア王子の家庭教師をしてほしいっていうのは、安請け合いだったかもしれないな)


 少ない情報量では推測の域を出ないが、恐らく、ノア王子は運命瞳の制御がうまくできてないのだろう。

 正直、あの運命瞳に振り回されているのなら、ゾッとする話だ。

 5歳に、死相や未来などを視るのはあまりにも精神的な負荷が強すぎる。

 しかも、王子の運命瞳に関しては歴代最高の力を持つとも言われてる。一体どれほど明確に、鮮明に視えてしまっているのか。

 さらには、ノア王子の身につけている装飾品は、どれも魔力制御を行う封印系の魔法具である。優に10を超える数をつけていることから彼の魔力も膨大なことがわかる。

 アーサーは、無感動に目を細めた。

 この魔法具は運命瞳に作用は全くしない。前述した通り、この瞳は魔力の消費しない固有スキルだ。魔力を抑えたところで、スキルは問題なく発動させる。この魔法具たちは、運命瞳によるノア王子の暴走を抑えるためのものなのだろう。


 まるで、獣を抑える鎖のように。


 アーサーは、その不快感のあまりに国王に対して殺気を送りかけて、止まる。殺気ごときで許されるものではない。これは後で思いっきり蹴り飛ばさないと気が済まない。


(なんなんだ!!うちの血筋はみんな子育て下手すぎかよ!!!)


 国王たちがノア王子のことを愛しているのだろう、というのは家庭教師を交換条件にしたときに感じていた。なんか妙に推してくるな、何かあるのかと若干怪しんだ。しかし、学園のことを許可してくれるなら、いいかと特に深追いすることなく流してしまったのだ。


 その選択をした自分自身に、アーサーは憤っていた。確かに、彼にとって妹たちが健やかで幸せであるのが何よりも最優先事項ではある。

 しかし、自身の従弟が苦しんでいるのを放っておけるわけがないだろう。


(もう!!叔父も叔母も遠慮しすぎなんだよ!!!相談して!!口に出してくれないとわからないからね!心読むのは面倒なんだから!!確かに前の俺は色々と危険思想だったかもしれないけど!!!ごめんね!!確かに相談できないよね!?でも、従弟がこんな状況であるのなら俺だって、色々と手伝ったよ!!)


 何故なら、現在のアーサーは生粋の兄属性なのだ。

 前世の彼は、妹第一と思われる超シスコンであったが、弟たちに対してもかなりのブラコンでもあったのだ。というか、前世の彼は年下という存在に滅法甘いというのもあった。

 前世の悪友は語る、あいつにとって、兄気質(アレ)はもはや病気、というか、全てがあいつの弟妹になるという恐ろしい現象やで、と。


 ノア王子の現状を知るまではシナリオの強制力を非常にくらってしまいそうな存在を妹たちのそばに、尚且つ自身のそばにおきたくはないなぁと考えていたアーサーは大いに反省した。これは迅速に接触を持たねばならない。ノア王子の瞳に輝きを戻すのは最低限のお詫びであろう。


「今宵は、我が息子であるノアの祝いによくぞ駆けつけてくれた!感謝する! 今宵は、皆楽しんでいってくれ!!」


 低く、威厳のある国王による言葉に、会場が爆発的に盛り上がる。

 王子の目は変わらず澱んだままで、表情はニコリともしない。

 アーサーは、とりあえず国王たちには挨拶後でお話し合いをする事をクロエに言付ける。是と頭を下げたクロエは、迅速に王の側近にアポイントを取ってくれるだろう。


「シェリー、アリス。しっかり食べたか?」

「はい!お兄様!でも、お兄様とうちの料理長の方が美味しいですわ!」

「ん、うちのがいい」


 アーサーは的確に胸キュンを狙ってくる妹たちに対して顔が緩まぬように引き締める。可愛すぎるというのは時に暴力となるのである。完全無欠のアーサーに対して最も有効攻撃手段なのかもしれない。


「嬉しいことを言ってくれる。そろそろ、国王たちに挨拶に行くぞ」

「はい!かしこまりましたわ!」

「シェリー姉様、私大丈夫かな」

「アリスなら大丈夫ですわ!それに私もお兄様もいますもの!」


 不安げなアリスの手をシェリーがぎゅっと握る。

 妹可愛さに耐えきれなくて顔が綻んだアーサーは、2人の髪型が崩れない程度にゆっくりと頭を撫でた。


 その瞬間にざわり、と空気が揺れた。


 そして、目撃してしまった幸せ者(ひがいしゃ)たちは、次々と安らかな顔で倒れていく。

 突然のことで、王宮付きの優秀なメイドや執事たちも固まっていたが、クロエとルーツが迅速にテキパキと動いたため全く騒ぎにはならず、すでに自分たちの世界に入っているアーサーたちも気がつかない。アーサーの固有世界(妹第一)が優秀すぎる。いや、バグりすぎなのかもしれない。

 アーサーは、2人を連れて国王一家の前で臣下の礼をとった。


「国王陛下、並びに王妃殿下、皇太子様。ご機嫌麗しゅうございます。ご挨拶に参りました。アーサー=ホワイトでございます」

「面を上げて良い」


 アーサーは顔をあげて、正直自身の父親よりも見ているだろう国王の顔を見つめる。

 なんとなく機嫌の悪いアーサーに、国王は内心で首を傾げていた。


「ありがとうございます。この度は皇太子様のお誕生をお慶び申し上げます。我が妹たちからも祝いの言葉を伝えさせていただくことをお許しください」

「うむ、許そう」


 アーサーの言葉に促されて、緊張した面持ちのシェリーとアリスが一歩前に出る。


「シェリー=ホワイトです。この度はノア王子様のお誕生日をお慶び申し上げます。おめでとうございます」

「アリス=ホワイトです。ノア王子様、おめでとうございます」


 とても4歳と思えないほど完璧なカーテシーを披露するシェリーと、まだ拙いながらもカーテシーを披露するアリスに、アーサーの心中は拍手喝采であった。


(もう、うちの妹たち本当に素晴らしい!!!ちゃんと勉強してるものな!アリスもあれだけ苦手だったのに!よくぞここまで!シェリーもずっとアリスに付き添って練習してたもんな!よく頑張ったな!!後で思いっきり褒めよう!!)


 シェリーたちの様子に、国王と王妃は満足げに微笑み、ノア王子が一歩前に出る。


「祝いのことば、しかとうけとった。ありがとう」


 全くもって生気を感じさせないノア王子の瞳に、アリスとシェリーは一瞬体を強張らせる。

 そんな2人の様子に気がついたアーサーは、彼女たちを隠すように前に出る。


 そして、碧と紅の瞳が交差する。


 どろりとした紅は、まるで縫い付けられたかのように、その碧を見つめる。


「私からも、祝福を」


 アーサーは、一歩前に出て、ノア王子の髪に触れる。

 そして、ノア王子は何やら自分自身の体がじんわりと暖かな何かに包まれるのを感じた。


「ーー夜会中は、もう気にしなくていい。楽しんでおいで」


 小さく呟かれた言葉にノア王子の瞳が、大きく開かれる。そして、ドロドロとした紅の瞳に、少しずつ光が戻ってくる。

 そんな王子の様子と、魔法が発動していることを確認したアーサーは、後ろに下がる。


「では、後のものが控えているようですので私たちはこれで失礼いたします。また、後で」

「……うむ、そうだな。一通り終わったらまたこい」


 今にも何か言いたげな国王と泣き出しそうな王妃、また呆然としながらこちらを見つめている王子にアーサーは一礼して下がった。


 **


 アーサーたちは、少し離れたソファに座っていた。

 そして、シェリーとアリス「これが美味しいですわ」「こっちもそこそこ」とオススメの料理を教えてもらいながら舌鼓を打っている。ちなみに、周りから遠巻きにされてるが、アーサーの威圧により近く猛者はいない。

 楽しそうな妹たちに、アーサーも薄く微笑んでいると、知った気配を感じて真顔になる。


「あ、いたいた。アーサー!」


 右手を挙げて現れたのは、予想通りウィンであった。

 アーサーとしては、正直なところ妹たちに強烈な興味を抱いているウィンをあまり近づけなくない。何せ、相手は親交のある帝国の第一皇子。ウィンがその意思がなくとも、こちらのポンコツ(貴族)が妹たちへの変な勘違いを起こしてしまう恐れがある。

 その場合、全力で叩き潰す所存である。例え、ウィンとの関係が壊滅したとしても、アーサーは反省はしないだろう。


「あ、もしかしてその子達が例の妹ちゃん?初めまして!アーサーの親友のウィンです!気軽にウィン兄って呼んでね!」

「うちの妹に兄と呼ばれるのは俺だけだ」


 電撃のような魔力がウィンに突き刺さるが、彼はなんて事もないようにさらりと笑う。

 アーサーとしても、特に攻撃意思を持った魔力ではなかったが、やはりこの男の体質、魔力無効(アンチマジック)は敵となる面倒くさいな、と感じた。少しは遠慮というものをしれ。


「うはは!!冗談冗談! で、どっちがアリスちゃんとシェリーちゃんかな?」


 神秘性な雰囲気を纏った正装をしているウィンはどこか人離れしていたのだ。しかし、楽しげに笑う彼の様子にシェリーたちは緊張が解けたらしい。

 そして、シェリーたちは、彼へと頭を下げる。


「私がシェリーです。はじめまして、第一皇子様」

「アリスです。はじめ、まして」


 しっかりと政治学も勉強しているシェリーとアリスはウィンが誰であるかわかっていた。アーサーは、流石うちの子よく勉強しているという気持ちであった。しかし、そんなシェリーたちの様子にウィンは不満げにする。


「うーん!流石、アーサーの妹!完璧!

 でも、僕としてはそんなに堅苦しいのはだめだめ!僕としてはもっと仲良くなりたいし。

 あ、2人は学園でのアーサーとか興味ない?」

「おい」


 悪戯を思いついた子供のような顔をするウィンに、アーサーは良からぬことを言いだす前に止めようと声をかける。アーサーにとって、学園は特に何もしていない、と信じたい。急いで記憶を手繰るが、思い当たる節がない。しかし、このウィンに面白おかしく妹たちに吹き込まれるのは遠慮したいところである。


「学園でのお兄様ですか!!」

「気になる!!」

 

 とてもキラキラとした目の妹たちを前にアーサーは、ピタリと止まった。そして、満足げに微笑むウィンになんとなく腹が立つ。

 そんなアーサーの様子に、妹たちははしゃぎ過ぎてしまった!と気がついたようで、眉を下げる。

 怒られた子犬のようにシュンとしている妹たちにアーサーの心は大打撃である。非常に心が痛い。


「ほらそれにアーサー、国王様たちに用事あるんでしょ?僕が妹ちゃんたちと一緒にいるから行ってきたら?」


 おい、なんで貴様がそれを知っている、と思ったがウィンは楽しげに笑っている。

 恐らく、あの時の魔法を行使したのに気がついたのだろう。全くもって、聡い男である。

 確かに、そろそろクロエが呼びに来る。アーサーとしては、妹たちには国王を蹴り飛ばすシーンは見せたくないので、ウィンの言葉に誠に遺憾であるが、決定打となった。


「シェリー、アリス。少しの間だが、ウィンを頼めるか?」

「ええ、任せてください!」

「がんばるね!」

「え?まって普通逆じゃない?」


 笑顔でうなずく2人の頭を撫でて、アーサーは立ち上がる。


「アイギス、ルーツ。ウィンが変なことしたら全力で叩き潰せ。俺が許す」

『よっしゃー任せろ!我が主!』

「かしこまりました!!」

「え?アーサー無視?無視なの?アーサーひどくない?」


 やってやるぜ!という使命感に燃えているアイギスとルーツを妹たちの側に控えさせ、満足げに頷く。恐らく、この2人ならウィン相手であっても、シェリーとアリスを守り抜くのは可能である。

 アーサーはクロエを伴い、国王たちのところへ向かった。ウィンが何やら不満げに騒いでいたが、全てスルーである。


 **


 アーサーが国王たちのところに向かうと、貴族たちの挨拶も終わっているようだった。

 ノア王子は、光が大分戻った瞳で近い年齢の子どもたち囲まれており、ぎこちないながらも、笑顔を見せていた。どうやら、彼にかけた魔法は問題なく、正常に作用しているようで、アーサーは安心する。


 クロエに案内されながら、会場の外に出て、近衛兵が控えている部屋の前で止まる。近衛兵にクロエが耳打ちして、その扉は開かれた。


「おお!! アーサー!待っていた!」


 喜色満面を浮かべる国王と涙を拭いている王妃がそこにいた。アーサーは、クロエが扉を閉め、結界が張られたことを確認して、その場から跳躍した。


「この馬鹿野郎!!!!!!!」


 そして、アーサーは満面の笑みの国王の顔に、見事ドロップキックを決めた。


「え??あの、アーサーちゃん?」


 王妃の戸惑った声が上がる。

 それもそのはず、彼女に取っては何よりも愛おしい息子の救世主となるであろう可愛い甥が、愛する夫の顔を鮮やかまでのドロップキックを決めたのだから。混乱しないわけがない。


「揃いも揃って子育て下手すぎだろう。叔父上たちは俺の実力知ってるだろう?


 なぜ、俺を利用しなかった……!!」


 普段の冷静沈着なアーサーから想像できないほどの語気の荒い口調に、彼らは茫然とするしかなかった。

 確かに、彼らはアーサーの実力を知っていた。とても、まだ10代とは思えないほどの、圧倒的なまでの才能には感心するしかなかった。


 しかし、彼らは同時に警戒していたのだ。


 国王であるリアムが視た未来の、血に塗られていたラスボス(アーサー)の姿を。

 アーサーの底知れないなにかを、彼らは感じとっていた。そのため、ノアとの接触は最小限にしていたのだ。もしも、アーサーが悪に堕ちたときに対抗できるのはノアしかいない。


 しかし、あの日。

 アーサーがシェリーとノアの婚約を解除するようにやってきたその時、リアムはまた、未来を視たのだ。

 アーサーと、妹たち、そして我が愛する息子であるノアが、学園にて楽しそうにしている姿を。

 もちろん、驚愕した。

 何せ、運命瞳に翻弄されて笑顔を見せなくなった生気の無い息子が、あんなに無邪気に笑っていたのだ。

 正直、ノアの運命瞳は歴代最高と言っても過言ではないほど力の強いものであった。そして、王宮魔導師長や学園長などの造詣の深い見識者たちから「王太子様は、制御ができなければ成長すらも危うい」と告げられていたのだ。

 彼らは、この可能性に賭けたのだ。

 そして、学園の話に関しては、渡り船であり、あの未来の道筋であると確信を抱いたのだ。

 そして、彼らの賭けは、勝利したのだ。

 久方ぶりに見る愛息子の笑顔には、嬉しくて仕方なかった。


 きっとあの未来は確定した。アーサーが助けてくれるのだろう、と。


 浮かれていたとも言える。だからこそ、アーサーのドロップキックからの言葉には、彼らにとって驚愕でしかないい。


 あの、表情の変わらない、感情の起伏などほぼないと人に見せることなかったアーサーが、自分たちに対してこんなにも大きな声を出して、苦々しい表情を浮かべているのだ。

 忘れていた。いや、そもそも念頭になかったのだ。あまりにも、彼が人間離れしていたから。

 だからこそ、彼らは改めて痛感した。

 アーサーは、どうしょうもなく怒っているのだ、と。


「確かに、俺は国への脅威をもたらす恐れのある危険因子だろう」

「それは、」


 王妃は思わず否定の言葉を紡ごうとしたが、続かなかった。それは間違いなく真実であるのだから。アーサーの力はあまりにも巨大である。なによりも、その力をアーサーが完璧に制御しきっているのが更に異質さを、脅威を際立たせていた。


「それなら、もっと、俺を利用しろ……!国王ならば、権力に物言わせられることもできたはずだ、なぜ!最善策をとらない!!」

「「そんなの可愛い甥っ子にできるわけないだろう(でしょう)!!!」」


 国王にとっては、目に入れても痛くなかった可愛い妹の。

 王妃にとっては、唯一無二の大事な親友の。

 忘れ形見でもある大事な可愛い甥っ子なのだ。

 たとえ、警戒していたとしても、可愛いにきまっている。そんな甥っ子に対して権力を振りかざすなど、彼女(アーサーの母)に誓って行いたくなかったのだ。


「ふざけるな!!!!それは俺も一緒に決まってんだろ!?あの子は、叔父上と叔母上の息子で、俺の従弟なんだから!!」


 アーサーの言葉に、国王たちは目が覚めたように彼を見つめる。

 碧の瞳は、ただ真摯に、真っ直ぐと彼らを射抜く。


「貴方たちがずっと俺たち家族を大事に思ってくれたように、俺だって貴方たちが、大事なんだ」


 アーサーたちの母が、亡くなった時、自分たちも悲しかったはずなのに彼らは何よりもアーサーたちを支えてくれた。

 それは、確かに彼らの父親ーーローリが、現実を見ないでいいような甘やかしであった。

 しかし、彼らが支えてくれたからこそ、ローリはまだ生きている。正直、母が死んだ時のローリは、いつ後追いしてもおかしくない。死んでしまうかもしれない状態であったのだ。

 全くもって身内に対しての重すぎる愛には呆れもしたが、アーサーは感謝してるのだ。


「アーサー、すまないが仕切り直させてくれ」


 国王ーーリアムのその言葉に、アーサーはようやく彼の上から退いた。そして、王妃であるベアトリスと目を合わせて、腕を組んだアーサーと向き合う。


「今まですまなかった。アーサー、お願いだ。ノアを助けるのを手伝ってくれ」

「アーサーちゃん、ごめんなさい。お願い、手伝ってちょうだい!!」


 頭を下げるリアムとベアトリスに、アーサーは2人の頭をペシッと叩く。

 軽い衝撃にリアムたちが顔を上げる。


「もちろん、手伝わせていただきます」


 今まで不機嫌です、言わんばかりの顔をしていたアーサーが、まるで麗らかな春の陽射しのような笑みを浮かべていた。

 リアムとベアトリスは、固まる。

 確かにアーサーの容貌が神に愛されすぎているが、幼い時から知っているため今更固まることもない。

 ただ、彼らにとってアーサーのその微笑みは。

 今は亡き可愛い妹(大事な親友)にとても、よく似ていたのだ。

 リアムとベアトリスは改めて理解した。

 やっぱりアーサーはあの子の子どもである、と。


「「アーサー(ちゃん)!!!」」


 リアムたちは堪らず、アーサーを抱きしめた。アーサーとしては、避ける事も可能であったが、ここで避けるのは野暮というものだ。

 大人しく、抱きしめられておく。とりあえず、あと数十秒したらリアムの方は蹴り飛ばすと決意して。

 おっさんに抱きしめられる趣味はアーサーにはない。美女は、場合と時による。アーサーはラスボス系男子であっても、紛れもなく男である。

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