8.どこまでも澄み切った感情
引き続き、アーサー視点(冒頭は違う)
暗闇の中、2人の人間がいた。
1人は、まるで太陽のような髪色の乙女。
もう1人は、その暗闇に紛れてしまいそうなほど漆黒の髪色を持つ執事。
『……勘違いをしないでいただきたいのですが』
どこか不機嫌そうな雰囲気を纏っているが、表情は全く持って無のままで変わらない執事がゆっくりと乙女に向かって歩いていく。
彼らの距離が0になるといったところで、彼は止まる。
『例え、御方が悪に墜ちたとしても。
例え、御方が魔に染まったとしても。
あの御方が我が唯一であることには変わりません。
私がこの身を、この命を捧げた御方は、未来永劫ただ1人でございます』
闇よりもさらに深いながらも、歪みや淀みが見られない美しき漆黒の瞳に映るのは、乙女ではなくーー。
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そもそも学園を卒業している俺の基本的な生活で行う仕事は、時期公爵として父上の補佐をすることである。
変な仕事も回されてくるけど。確実に俺の仕事じゃねぇ奴がくるのはちょっと意味わからない。王様まじふざけんなよ。あと、補佐と言っても好き勝手にしている。
時折、父上が休んでいるときに上から生暖かいタオルを顔に落としたり。
またある時は、父上が歩いているときに足を引っ掛けて倒れそうなところを魔法で地面に着く寸前で止めたり。
あと基本的には、父上が俺に話し掛けようとする度に、妨害をして、会話できないようにしている。
父上付きの執事筆頭から、「お願いですから、少しでもお情けを!ご慈悲を与えてくだされ!!」と懇願されたが、知ったことではない。というか、お前も同罪なんだからな。
何度も言うが、別に父上のことは嫌いではない。好きでもないけど。そもそも、前回のこと許したわけじゃない。改心もしてないのに俺に話しかけてくるじゃねぇわ。
だけど、本当に嫌いではないんだよ?相容れないだけだから。
正直なところ、別に父上と仲が良くても悪くてもどっちでもいい。基準は妹たちに害があるかないかだ。有害、ギルティで別に変わんないし。というか、今回の件はすでに王様たちには伝えてある。めっちゃ真顔で「最後までやりきれ」とゴーサインの書面貰ったからな。彼らとしても思うところがあったようだ。
そのため根回しは問題ない。俺は周りから非常に、優秀な時期公爵として名を馳せているから。人脈も学生の時に色々と問題はない。魔王スペックは、内政でも有効でした。
そもそも、俺の家つまり、ホワイト家のポジションはこの国で司法のトップに位置する。綺麗事だけでは、国は回らないということがよーく実感してる。今の王は、優秀すぎる賢王ではあるし、他の中枢のトップたちも問題は見られないけどな。
寧ろ、「国を守り、豊かにする」という意味ではスペシャリストたちが揃っているとも言える。……まぁ、全員の性格が善良という訳が無いが。甘い蜜を吸いに来ましたー、という生半可な奴がきたら、平気で人間不信か廃人になる。というかなっていた。 怖い。頭の可笑しい奴らが蔓延っているのな。
まぁ、その筆頭が国王と宰相なんだがな。本当に嫌すぎ。やだ、うちの血筋嫌すぎ。
確かに、仕事での父上は非常に有能であり、頼りにはなる。俺も学ぶことが多いからかなり勉強になる。本当に仕事をしている時限定で尊敬している。だがしかし、妹たちに関して許す気も譲る気も妥協する気もない。
国王たちに学園の計画も大体伝えたし、回されている仕事はすでに終了している。隣の国の宰相たちとの対談とかあるらしいが、俺は居なくていいという指示を貰った。決して、脅したとかそんなことはない。拒否の姿勢を示しただけである。俺としてもあそこの宰相とは会いたくないから有難くその指示を受けた。本気で会いたくない。
それでも、今夜の夜会には参加しないといけないのだが。王子の生誕パーティーだからな。行きたくねぇ。
嫌すぎる。どうにか逃亡できないかと策を講じたいところだが、残念なことに不参加とはいかない。
なぜなら、可愛い妹たちも出席するからである。それなら俺も出なければならない。ちっ、早くに出席の旨を国王に伝えやがって。まじであのクソジジイは一回死なないかな??言っておくが、妹たちが参加してもテメェは改心するまで接触できない呪いかけてるから、近付けると思うなよ。
「クロエ、今夜の準備はどうなっている」
「滞りなく。シェリー様、アリス様のご準備もご指示の通りに」
お茶の準備をしていたクロエからカップを受け取り、口をつける。相変わらず、完璧な俺好みのお茶である。
さて、今夜の夜会はいかにして過ごすか。正直、さっさと帰りたいんだが。シェリーたちのお友達作りを考えるとなぁ。俺としては大事に大事に育てる事は異論はないが、成長を妨げたり彼女たちを籠の鳥にしたい訳ではない。まぁ、今回はアイギスも同行させるからな。国王たちには事前に通達してるから問題ない。アイギスは透明化も可能であり、普段はなんら変わらないピグミドルを装っているからな。ちなみに、アイギスを見たルーツは「は!!!!??????え!????特異精霊の進化とか意味わかんない!!!やっぱり人間じゃないわっ!!!」と床ドンしてまたクロエに連れていかれていた。そろそろ学習しろ。ルーツ。
ふと、こちらを見つめてくるクロエに俺は首を傾げた。
「どうかしたか、クロエ」
「いえ、私事ですので」
「俺が許す。言え」
一礼をして顔を上げて、まっすぐにこちらを見つめるクロエに、俺は少しだけ心臓が跳ねた。相変わらず、目力がありますね。
「貴方様は間違いなく我が主人、我が至高であるアーサー=ホワイト様です。それは、変わらず私の中での最上であり唯一でございます。しかし、貴方様は私が、忠誠を誓った御方ではない」
深淵のようにどこまでも暗く、しかし淀みは一切見られない漆黒の瞳は真っ直ぐに俺を見つめる。
「今一度、誓いを告げることをお許しください。
貴方様は、間違いなくアーサー=ホワイト様であるのです。私の心は変わりません。私の唯一の主人。この身が朽ち果てるその時まで、永遠の忠誠を」
膝をつき、頭を垂れるクロエから魔法陣が現れる。
ちょっとまってくれ?俺の思考が追いつかないんだが。え、バレてたのか。いや、違うな。バレてはない。根拠があった訳ではないのだろう。ただ、ただ確信があっただけだろう。俺が俺ではないと。たがしかし、どちらもアーサー=ホワイトには違いないと。
ちょっとクロエさん、すごすぎでは?
「クロエ=ブラックの全てを捧げます」
一気に高密度の魔力が集まり、弾け飛ぶ。
ちょっとちょっと、クロエさん待って。
これって俺がルーツにした創造魔法並にやばい奴じゃないか。契約魔法や隷属魔法、従属魔法なんてものとは比べ物にならない。禁忌魔法の1つである命約魔法。その名通り命をもって契りを交わす魔法である。しかも、これはクロエが俺に一方的に捧げているのだ。自分自身のみを命約魔法で縛ったのだ。
「全ては、我が唯一の御方。アーサー=ホワイト様のご随意に」
献身過ぎるにもほどがあるぞクロエさん。ヤベェよ、この人。アーサーのことになると果てしなく理解がありすぎる。もはや、信仰というのか。まぁ、それを受け止められるのは確かに、アーサー=ホワイトという存在なのだろう。
「人形は不要だ」
「心得ております」
ここはしっかりと伝えておかなければ。ただのイエスマンならいらない。俺は人形遊びをしたい訳じゃない。
「顔を上げろ」
全くもって畏れいる忠義である。そこまでされちゃあ、こっちはもう腹をくくろう。
「ならば俺の執事はお前だ、クロエ=ブラック」
これは他でもない俺の意思だ。
元々、クロエさんしか俺の執事を務まるわけがないしね。
「畏まりました。この名誉に恥じぬように務めさせていただきます」
俺以上に全く動かないクロエの表情筋であったが、纏う雰囲気が柔らかなものになる。相変わらず、雰囲気は素直である。しかし、うん。そのね。やっぱり、重い。ひたすらに重いぜ、クロエさん。ゲームでのクロエもこんなに献身だっただろうか。いや、うんだいぶアレだったけど。命約魔法まではしたのは焦るわ。原作のアーサーすごいな。というか、よくこのクロエをクリアできたなプレイヤーたち。
主人公ってすごい。
**
さて、改めて主従関係が更に厚く強固になり、夜会に行かねばならない時間となったわけだが。
俺も正装に着替え、妹たち準備が終わるのを今か今かと待機していた。俺の服装なんざどうでもいいんだよ。それよりも妹たちだ。何せ、妹たちの衣装並びにスタイリストの監修は俺だからな。絶対に可愛い。
「ご主人ー! 終わりました!」
『あっしの才能が怖いわ!!』
シェリーたちの準備をしていたルーツが扉から出てくる。実は手先がめっちゃ器用であったアイギスがヘアアレンジを担当しているようだ。一体その手でどうやってしたのかめっちゃ気になるけど。
俺はその言葉に頷き、そっと扉の向こうへと向かった。
そこは、太陽と月の精霊が舞い降りていた。
「え、兄様?」
太陽の光を浴びた金色に輝く髪はそのふわふわな髪質を活かしつつ編み込みのハーフアップをしており、銀色の蝶があしらわれた髪飾りをつけている。
ドレスは澄み切った青空を映したような淡い空色であり、スカートのところはオーガンジーのフリルがあしらわれている。さらには、ワンストラップの白の靴には銀の糸で刺繍された花が咲いている。
「お、お兄様?」
月の光を優しく包み込んだような銀色の髪は編み込まれておりシニヨンで1つに纏め上げられている。そこには金色の花があしらわれた髪飾りをつけている。
ドレスはみずみずしい若草から色をとったようなライトグリーンであり、スカートはきれいにたたまれたタックがある。さらに、ワンストラップの白い靴には金色の糸で刺繍された花が咲いている。
これを太陽と月の精霊と呼ばずになんと呼べと。
俺の持てる語彙を全て費やしても語りきれないほどのこの神秘的とも言える愛らしさ、可愛いらしさをどう伝えるべきか。
尊い、これに尽きる。
満足げなルーツと何故か同じく満足げなアイギスに、後で思う存分褒めてやる。お前に任せてよかった。ここまで俺の予想通りに仕上げてくれるとは思わなかった。
「2人とも、とても似合っている」
2人の精霊の前に、跪く。
ああ、本当に連れて行きたくない。それとうちの子たち可愛いだろ!という自慢したい気持ちがせめぎ合う。しかし、これは絶対に変な虫が湧く。叩き潰すがな。
「お、お兄様ですよね?」
どこか不安げなシェリーと、シェリーの後ろに隠れてしまったアリスがおずおずとこちらを伺っている。
え?なんか俺警戒されてないか?はっ、もしかして俺の格好か!?最近髪の毛切ってねぇなと思って髪型はオールバックにしたからか!?
「似合わないか?」
迅速に元に戻すぞ!!
「い、いえ! とても似合っていると思いますわ!」
「かっこういい、です」
その割にはなんか俺から距離とってない!?思わず、クロエを見ると普段通り無表情で頷いていた。ルーツとアイギスを見ると、あーー、わかるわかるって言う顔で頷いている。お前ら仲良くなりすぎじゃない?
「……髪型だけでも元に戻し「「だめです!」」そうか」
必死に首を縦に降る妹たちに安心する。今後オールバックはやめておくか。
俺は居住まいを正して、妹たちと向き直る。
「麗しい姫君たち。貴女たちのエスコートをする名誉をいただけますか?」
そっと、手を差し出す。
これはちょっとキザすぎると言うか、くさ過ぎるか。俺としてもちょっとやらかした気がするけど!!女の子たちは好きだって言われたんだよ!ただし、イケメンに限るがな!!
「お願いしますわ!」
「お願いします!」
シェリーとアリスは顔を真っ赤にさせながらも、ギュッと握り返してくれた。
あーーもう、うちの子本当に可愛い!!うちの子に近づきたければ俺を超えていけよ!簡単にやらんがな!
両手に華という状態で馬車に乗り込み、いざ夜会へと向かった。
続きます。