7.番犬ならぬ番精霊
アーサー視点です。
地響きを鳴らしながら倒れていく地龍を見つめながら、剣についた血を魔法で洗い流す。戦闘シーン?そんなものあるか。カットだカット。そもそも普通に剣で首を切り落としだだけなので、語るものも描写するものない。
息絶えた地龍を、アイテムボックスで回収し、後は転移魔法で帰って終了だ。
え?チート? そうです、ただの魔王スペックなだけです。
そんな俺を国が有効活用しないわけがなかった。俺もただではやらないけど。色々と条件はつけたけど。未だに俺が討伐に出ることに関しては納得してないから!
現在は、特に戦も無いし魔族と呼ばれる種族たちがこちらにちょっかいをだしてくるのはほぼ無い状態だ。魔王とか普通にいるしな。魔王はまた機会があるときに。
魔物が襲ってくることはあるが俺が駆り出させることはない。基本的に国の騎士たちや冒険者たちの仕事だ。
ただ、さっさと片付けたい敵や内密に片付けたい敵の場合は俺が駆り出されるのだ。
ちなみに今回の地龍は前者に当たる。こいつが居た場所がうちの貿易ルートにひっかかるからスピーディな対応が求められ、俺が出動したのだ。
「クロエ」
「はい、こちらのルートの結界ならびに魔除けは強化しております」
「ルーツ」
「はいはーい!こっちも道の補整ばっちりですよ!ご主人さま!」
淡々と報告をするクロエとえっへんと胸を張って報告するルーツは対照的である。
「はい、は一回です」と目にも止まらなぬスピードでルーツを叩くクロエまじクロエさん。ルーツも涙目になって俺を見つめてくるが、俺では助けられない。だって悪化するし。火を見るよりも明らかだわ。後でお菓子あげるからここは耐えろ。
「近隣に被害はどの程度でている?」
「人的被害としてはゼロです。もともと人里離れてますので。しかし、森への被害が甚大です」
クロエの言葉に、目を細める。あー、これは思ったよりも面倒なことになるな。よりにもよって、この森での被害なんだもの。
なんで、あの地龍も「鍵の森」なんぞに現れやがるのか。まぁ、ここ魔力やら龍脈やらが豊富なのはわかってるがな。
しかし、あの地龍も場所が悪かった。よりにもよって、うちが貿易として使っている転移の道があるところ根城を作ろうとしたんだからな。
この森はその名の通り、あちこちに、何処かへと繋がる道が勝手に作られている。しかし、その道は鍵が無ければ開けられないのだ。その鍵は、その道が示す試練にクリアしなければ手に入れることはできない。
うちが使ってる道はもちろん俺が鍵を手に入れて、安全に使えるのように整備をしたのだ。だって、その道の先に繋がっているのが俺が求めていた味噌や醤油などを作ってる国だったんだもの。下手に錬成しようとして失敗したのは嫌な記憶である。
そのため、尽力するに決まってる。何より和食はアリスとシェリーが大いに気に入っているからな。無論、俺もだが。そのため、この森は大切にしていかねばならないのだ。
「ご主人!ご主人!私が土魔法で元に戻しましょうか!」
「気持ちだけもらっておく」
ルーツの言う通り土魔法を使って活性化させるのも悪くない。しかしそうなると、この森の生態というか、扉がまた変質する可能性があるのだ。完全に制御して整備しているうちの道には影響出ないだろうが、他の場所がわからない。道は鍵を持っているものが所有者となるので、他の道はうちのものではないのもあるのだ。鍵持ちは面倒くさい奴ばっかりだからな。今後のことを考えるとよろしくはない。しゃーねぇな。面倒だが、あれを使うか。
「クロエ」
「すでに森全体に結界を貼り終えております。また人の気配はゼロ。複数の魔獣がいますが問題はありません」
まだ何も言ってないのにクロエさんの察し能力高すぎない?有能すぎ。いつも助かってます、はい。
クロエの言葉に頷き、俺は一気に魔力を解放させた。
そして、パン!と手を合わせ、魔法陣が現れて、消える。
「……よし、帰るぞ」
「かしこまりました」
懐中時計を確認して、ちょうどお昼前である。これなら、お昼ご飯には間に合うな。今日の昼ご飯は何がいいかなぁ。
「え!!いやいや!!まって!!!ご主人何してますの!?」
「……クロエ、構わない」
「…………承りました」
あり得ないものを見るかのように俺を指差すルーツに、即座にクロエが側近としての振る舞いを叩き込もうとするの止める。ルーツ、驚くのもわかるがおちつけ。恐らく帰ってから説教という地獄を見ると思うから、生き残れよ。
「で、ルーツ。お前は何が言いたい。お前こそ俺が何したかなぞよくわかってるだろう」
「えぇ!!えぇ!!わかってしまってるからこそ、あり得ないって言いたいのよ!!無詠唱で時戻しの魔法使える奴が人間なわけないのよ!?普通はその命を対価となるレベルの魔法なのよ!!?」
おう、ご丁寧に説明ありがとうな。
あと口調が素に戻ってるぞ。クロエのオーラが真っ黒になっているのにルーツはそろそろ気がついた方がいいと思うが。まぁ気が動転してるようだから多分、無理だな。
「俺は人間だが」
「ーーっ!!そういうことを言ってんじゃないのよっ!!!!……そうね、ご主人を私ごときの価値観で測ろうとしたのが間違いでしたわ。申し訳ございません!!!!」
あ、クロエの睨みにようやく気がついたか。しかし、恐らく帰ったら説教待った無しだろうな。勢いよく五体投地をするルーツに憐れんだ目を向ける。
「ご、ご主人!!!」
「潔く受け止めろ」
そんな泣きそうな目で見られても無理。言っておくが俺が介入すると恐らく悪化するのは目に見えてる。
俺には何もできねぇからなぁ。
「帰宅する」
「かしこまりました」
「うぅ、かしこまりましたぁ」
地面に魔法陣が現れて、俺たちが瞬きを1つして、目を開けるとそこは見慣れた屋敷であった。
やっぱり、いつ使っても転移魔法って便利です。
え?詠唱???
なんでそんな自ら黒歴史製造しなきゃならんの。正直なところわざわざ詠唱する必要ないならしないほうがいい。……たまに、詠唱したくなる時もあるけど。くっ、静まれ!!俺の厨二心!!
「俺は今から昼ご飯の仕込みをしてくる。クロエとルーツは正午になったら手伝ってくれ。それまで好きにしろ」
「ご、ご主人!!!私に手伝わせてください!!!!!」
「ルーツ、貴方は別の仕事がありますから。アーサー様、かしこまりました。後ほど参ります」
いやぁー!!!もう正座とハリセンはいやなのぉ!!!とクロエに引きずられていくルーツを見送って俺もキッチンへと向かう。大丈夫、骨は拾ってやるから。
さて、今日の昼ご飯はパスタにでもするかな。
調理場にて、料理長とともに昼ご飯を作っていると、裏の森の方でシェリーとアリスの気配を感じた。
現在、裏の森はあの事件から俺が一から調査しなおして、整備し直している。そのため、安全面はクリアしており妹たちの遊び場になっているのだ。
「後は頼んだぞ」
「……」
コクリと頷く料理長を確認して俺はエプロンを外した。ちなみに、料理長は喋れないのではなく、料理関係以外は極度の面倒臭がりという女性なので全く喋らない。腕は俺のスペックを持っても越えられないからな。料理に極振りしすぎだろこの人。かなり美味しいからな。
俺は、何やら2人のそばに別の気配を感じることに、予測を立てながら森へと足を進めた。
目的地に到着すると、座り込んでいる妹たちを見つける。
何やら熱心に見つめているようである。
「シェリー、アリス。何をしてるんだ?」
「「ーーっ!?」」
ビクッ!!!という効果音が聞こえて来そうなほど、驚きを露わにして振り返る妹たちに思わず頬が緩む。すでに可愛い。というか、常時うちの妹たちは可愛いからな。
「お、お兄様!!おかえりなさいませ!!!」
「にに、兄様、おかえりえなさい」
2人が俺から何かを隠すように言い募る妹たちが可愛くて仕方ない。しかも、ちょっと2人の背が足りないから普通に俺が立ったら見えてるのに気がつかないで必死に隠そうとしてるのが可愛い。
お兄ちゃんとしては2人が仲良くなって嬉しいけど、お兄ちゃんだけ仲間外れにされると少し切ない。
俺は屈んで、妹たちに目線を合わせる。
「あぁ、ただいま。2人とも。随分と遊んだようだな」
いたるところに葉っぱやら泥をつけている2人の姿に苦笑する。
「も、もうしわけありません!!淑女としてはしたないことを!!」
「ん、あそびました」
顔を青くするシェリーと満足げなアリスの対照的な反応に俺はまた頬が緩んでしまう。
「シェリー怒ってるわけではない。兄としては、2人が楽しく遊んでいるようで嬉しい」
「おこらないんです、か?」
「シェリーの言う通り外なら少し淑女らしくないかもしれないが、ここはうちだ。怒る必要なぞない。それに楽しかったんだろう?」
「っー!はい!楽しかったです!」
「楽しかった。兄様、あのね。シェリーねぇさま、とても花かんむりを作るのがうまいです!」
「お兄様!アリスも木登りがとても上手なんですよ!!」
顔を真っ赤にさせながら今日の出来事を話す妹たちに、俺は頷きながら召喚させたふわふわタオルで2人の汗や泥を拭いていく。
「それで2人の後ろにいるその生き物はどうしたんだい?」
「えっと、その」
「つかまえた」
素直にいうアリスにシェリーも観念したのかゆっくりと頷く。お兄ちゃんは別に怒らないぞ??
しかし、つかまえたね。
「2人はこれなんの生き物かわかってるかい?」
「え、これって豚さんじゃないんですか?羽が生えてますが」
「にく、おいしい」
アリス、涎がでてるからね。いやぁ、肉なのは間違いないけどもね。お腹空いてるのか?まぁ、お昼ご飯まだだからな。
「2人のいうとおり間違ってないが、こいつは一応精霊だ」
2人の後ろで昏倒しているデフォルメされた羽の生えた豚もとい、精霊であるピグミドルを見つめる。まさかこの精霊がいるとは思わなかった。このピグミドルは精霊の中でも特異精霊に分類されて生息地が大変限られているのだ。豚よろしく、ものすごい綺麗好きなのだ。綺麗な魔力が感じられる尚且つ神気が溢れる土地にしか産まれないのだ。まさか、うちの森で生まれるとはなぁ。
「にく、じゃない」
「そんなお兄様にお料理してほしかったのに」
ショックを受ける2人に迅速に、精霊 調理、と頭の中で検索する。
残念ながら精霊は肉となるものが魔力で構成されてるので食用に向かないのだ。ちっ、この豚ミンチしてやろうか。
『なんや!?ごっつ寒気したで!?』
突然、響く前世でいう関西弁の言葉に思わず顔をしかめる。どうやら、ピグミドルが起きたようだ。こいつ喋れるのか。へぇ、生まれたばかりとはいえ、割と力強いようだな。
「にくさん、しゃべるの?」
「これってこの精霊様が話してるんですか?」
『おおー!嬢ちゃんたちぃ。あっしは泣く子も黙る精霊様やで! 喋るのなんて造作もないで!まぁ、喋ったのは初めてだけどなっ!』
キラキラと目でピグミドルを見つめる妹たちに、なんとなーく予感がしている俺は苦笑する。
「兄様、これほしい」
「お兄様!! 精霊さんとお友達にしたいですわ!」
予想通りの言葉に俺はやっぱりかと思う。まぁ、こいつのフォルムは女の子が好きそうな奴だもんなぁ。ひじょうしょく、と小さく呟いてるアリスはまぁ置いといて。
ピグミドルをシェリーたちの番犬代わりにするのはこれ以上ない適した精霊でもある。ピグミドルは綺麗好きなのだ。そのため、悪意や邪気というものに滅法敏感であり、それを喰うのにも長けている。何せ、闇喰いと呼ばれてるのだ。
『なんやー? 嬢ちゃんたちはあっしと友達になりたいんかぁ。それはそれはごっつ目の付け所がええ嬢ちゃんたちやん?』
なんか微妙にイラっとくるのはなんでだろうか。こう前世の悪友を彷彿させるせいなのか。妹たちの側におきたくねぇんだよなぁ。
『ところで、そっちのあんちゃ……うわ!!!ころさんといてえええええええ!!!!!!!』
やっと俺に気づいたピグミドルは素早い動きでアリスとシェリーの後ろに隠れる。あ、やっべ。ちょっと殺気出てたわ。流石、危機察知能力ナンバーワン精霊と言われるだけあるな。
『え!?なにあのあんちゃん!?人間っ!?え!!????まってわからんで!!???きゃああああ!!!ゆるしたってーー!!!あっしはただのピグミドルやでーー!!!』
「精霊さん、おちついてください。この方は私たちの大好きなお兄様ですわ!!」
「そう、兄様、とても優しいよ?」
ガタガタ震えてるピグミドルに優しく語りかけるうちの子たちがマジ可愛いすぎ。天使か。ほんとまじうちの子たちが可愛くてしんどい。うそ、生きるのが楽しすぎる。はぁあーー!!!!かわいい!!!
こうなってくるとピグミドルとうちの妹たちの組み合わせめっちゃ可愛い。
「アリス、シェリー。ありがとうな。ちょっとお兄ちゃん、その精霊さんとお話したいからいいか?」
俺がそういうと妹たちはにっこりと笑って頷く。はい、可愛い。
スッと妹たちが横にズレると憐れなほどに震えてるピグミドルがいた。ここまでビビられるとは思わなかったな。
「ピグミドル」
『へっ!!へい!!!ころさんでくださいっ!!なんでもしますからあああ!!』
ん? 今、なんでもっていったよね?
嘘だよ。ちょっと言ってみたかっただけである。
とりあえず、俺はそっとピグミドルに手を伸ばした。
『え、』
「お前が、選べ。俺はどちらでもお前が選んだ方を肯定する」
出来るだけ怯えさせないように撫でる。ふおおおお、思った以上にモコモコしてる!!!実は、前世からこの世界の生き物たちを一度もふりたかったんだ。ちょっとテンションが上がりすぎてしまったな。
唖然としてるピグミドルをよそに、満足した俺は手を離して、期待した目でこちらを見てくるシェリーとアリスに向き直る。
「シェリー、アリス。お友達になりたいのならどうするんだっけ?」
俺の言葉に、2人は大輪の花が咲いたように笑った。
「「お友達になってください!」」
花丸満点な妹たちの行動に俺は思いっきり褒めてやりたいのをぐっと我慢する。
差し出された小さな2つの手に、呆然していたピグミドルは、思いっきり突撃した。
『もちろんやで!!!!嬢ちゃんたち!!!!』
「ふふ!よろしくおねがいしますね!」
「いっぱい、遊ぼう」
戯れる妹たちがこれまた可愛い。妹たちの常に可愛さがアップデートしていく。とどまることを知らないのだ。
『そうや! あっしの名前をつけてほしいんや!』
何故か俺をチラッと見るピグミドル。なんでこっちをみる。おいやめろ。お前がチラチラこっちみるからアリスたちもじっとみてくるだろ。
「兄様、兄様。つけてあげてほしい」
「お兄様ならきっと素晴らしい名前をつけてくださいますわ!!」
妹たちの無垢な視線が!!妹たちの頼みを俺が断れるわけがないだろう!!考えるんだ。こいつは妹たちの守る唯一盾になってほしい。その思いを込めるのなら。
「……アイギス」
ふと思いついたのは前世の女神が持つ優れた防具の名前である。
俺がそう呟いたと同時に、ピグミドルが魔法陣に包まれる。そして俺の魔力が抜かれていくのを感じた。あ、やっべ。これもしかしなくても、契約魔法始まってないか!?
パチン!と光がはじけて、現れたのは先程よりも一回りサイズが大きくなり、2翼だったのが6翼になっている。そして、透明なガラス玉のような首飾りをつけている。
『んんんーー!!!ごっつええ!おん!あっしの名前はアイギス!!我が主にいただいたこの名に誓って、嬢ちゃんたちの絶対の味方や!!!』
「アイギスさん、よろしくおねがいしますわ!私はシェリーです!」
「私はアリス。よろしくおねがいします」
『シェリー様にアリス様な!よろしゅうな!! 』
楽しげに親交を深めている2人と1匹を微笑ましく思う。うん、アイギスという名前をつけたことで、なんかめっちゃ進化した気がするけどいいよね!妹たちを守る盾としては申し分ないだろう。ちょっとこの進化は俺としても見たことないんだけどね。ピグミドルって進化するとか知らなかったけどな!まぁ、結果が良ければいいんだ。問題ない。
『我が主!我が主!』
「……俺のことはアーサーで構わない」
『いえ、それはこの身に余る光栄でございます!我が主の名を呼ぶなど僕であるあっしに耐えられませんから!』
「なら、口調はさっきのでいい。言っておくがこれは命令……ではなくお願いだ」
決して、アリスたちがこっちを見てきたから言い直したとかない。
『おん! あっしは役に立つで!我が主!』
自信満々のアイギスの顔が、どこかで酷く既視感を覚える。
そうだ、あいつもいつもこうやって笑っていた。
「あぁ、期待してる。アイギス」
思わず、口元を緩めるとアイギスが充電の切れた機械のように固まった。え?なにこれ。どうした?
「兄様、アイギスさんどしたの?」
「たぶん、疲れたのかもしれん。さて、俺たちも昼ご飯の時間だ。屋敷に戻ろうか」
昼ごはんというと空腹が蘇ってきたのか2人はとても元気よく返事をした。とりあえず、アイギスは回復魔法でもかけとけばなんとかなる。たぶん。