6.フラグを叩き潰すなら徹底しましょう
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「……ということだ、学園長。これは貴方にとっても悪いことではないはずだ」
実に、メリットデメリットが明確に示され、必要性について論理的に、理論整然としたアーサーの説明は終わった。
アーサーの前には、地に着くほど長く白い髭にずんぐりむっくりとしたアーサーよりも、随分と小さく、妹たちと変わらない身長。
しかし、オーラは歴戦の勇士のような研ぎ澄まされた覇気と圧倒的な強者の風格を持つ、初老のドワーフ族の男ーー学園長は、ふむと長いヒゲを触る。
「久々に学園に来たと思ったら、相変わらず、お主は面倒臭い爆弾を爆破しにくるのう。ほんまテロじゃな」
どこか呆れたような視線にアーサーの眉間が少しだけ寄ったが、すぐに戻った。誰がテロだ。
「しかし、うむ。まぁまぁ、お主のいうことは理には通っておる」
まるで孫を見る好好爺のように、笑う理事長。そんな彼に、アーサーは内心舌打ちを漏らす。
元々のアーサーも、この学園長は苦手なのだ。
恐らく、魔法も武術などの戦闘力の面では、アーサーに軍配があがるだろう。しかし、彼はアーサーとは比べられないほどの時を生きている。年季や経験というものでは、どうしても劣ってしまうのだ。
それに、この理事長は、アーサーにも悪いことは悪いと叱るし、良いことはよくやったと褒めてくれる。全くやりにくい相手なのだ。
ある意味アーサーが根本的な悪にならなかったのは、この人のおかげもあるかもしれないが、それは最早、今のアーサーさえも、わからないだろう。
しかし、この優しい慈愛に満ちた瞳が、アーサーにとっては居心地の悪いものなのだ。自分の全てが見られているようで。
(今は亡き母の面影を感じるから、なんてな)
ともかく、学園長は、今のアーサーにとっても苦手なのだ。
「して、お主がこれをする理由はなんじゃ?」
「もう、老獪したのか。先ほど述べただろう」
「機関を作ることによる学園へのメリットのことを言っておるのではない。
お主にとって、この機関を設けることのメリットじゃ」
「あ、それ僕も聞いてなーい」
黙って様子を伺っていたウィンが乗り出して聞いてくる。そんな興味津々な2人の瞳にアーサーは、真っ正面から見据えた。
「そんなもの、可愛い妹たちを守る為に決まっているだろう」
「んん?」
「はぁ?」
堂々と言い切るアーサーに、ウィンと学園長は、あれ?聞き間違いかな?と首を傾げた。アーサーをみるが、どう見ても変わらない無表情で真顔だ。
「えっと、アーサー。もう一度言ってもらっていい?なんか、風の精霊が騒いだみたいで聞こえなかったんだぁ」
「この世の宝である妹たちを守るためだ」
聞き間違えじゃなかった。しかも、なんか変な修飾語もついている。
学園長とウィンは2人で顔を見合わせて、もう一度アーサーを見る。
アーサーはどこまでも普段通りで、嘘を言っている様子もない。そもそも、アーサー自身、嘘や冗談を好むものではないし、積極的に言わない性格だ。
「んん? アーサー。お主の妹は1人ではなかったのか?」
「最近、もう1人できた」
学園長は、そうかよかったのうとほのぼのと笑っているが、ウィンはそこじゃないよね!?と突っ込みたくなるのを必死で堪える。
なぜながら、妹たちのことを学園長に話しているアーサーは珍しく、本当に珍しく嬉しそうなのだ(※無表情)。
こんなに、デレのアーサーなんて初めて見たよ!?とウィンは驚愕していた。
なんというか、アーサーも人の子だったんだなぁ。
「そうか。それなら、儂も協力しよう」
「当然だ」
「うぅむ、幼等部も作るか? そしたら、もっと妹ちゃんたちと一緒に居れるんじゃないかのう?」
「……学園長、いいのか?」
「ほっほっほ、何を今更遠慮なぞしておる。当たり前じゃぞ」
キラキラと目を輝かせるアーサーに、学園長は完全に孫を見る目でデレデレである。
おいそれでいいのか、とウィンは大変突っ込みたくなったが、ぐっと堪えた。アーサーが珍しく花を飛ばすほど喜んでいるのもあるが(※当社比)、先程から「水を差してくれるなよ」と学園長から大人気ない睨みが来ているのだ。怖い。
いくら、アーサーを孫可愛がりしていて、ようやく甘えてきてくれたとしても、贔屓が過ぎるんじゃないのかなぁ。ウィンは、冷めた目で、学園長を見ていたが、学園長はそんな視線に気にすることなく、ポコポコと花を飛ばしているアーサーを見て、微笑んでいた。アーサーも大分、キャラ違うよなぁ、と思いつつも、ウィンはまぁ、実害ないからいいか、と考えること放棄した。決して、学園長の睨みが怖かったとかそんなことはない。
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それから、アーサーたちは考えをまとめていき、学園に幼等部と、その後の機関としての、アーサー命名の大学院を作ることとなった。
幼等部に関しては、座学、魔法学などのすべての試験に合格した8歳以上の子どもたちであり、10名までと定員を定めた。ちなみに、試験監督者は、学園長、国王と王妃(予定)というとてもじゃないが、贔屓を一切しないメンバーである。誰も文句がつけられない。
また、彼らは任意の寮制にすることになった。さらには、この幼等部に合格し、その後も成績を維持して行ったら、奨励金などが出るようにもしているため、盛りだくさんである。ちなみに、維持できなかったとしても救済処置も作られている。これは幼等部だけだが。
そして、大学院に関してだが、こちらの試験監督者も、学園長、国王と王妃(予定)、先王(予定)である。本来ならギルド長や騎士団長などを入れたかったが、有望な人材はどこも欲しているため却下となったのだ。
大学院の旨味は、十分にある。何せ、研究費用や衣食住、すべてを国が負担してくれるのだ。また、毎月王宮魔法使いや騎士団員並の給与も与えられる。
その代わり、こちらが支払うのは、研究成果(半分)と、学園の臨時教師を担うことだ。研究成果においては、ここの大学院の者が発明したものはすべて、国の管理とされる。その代わり、その研究成果に応じての褒賞はキチンと与えられる。
あとの調整は、また国王たちを含めてやることになっている。
学園長室を後にした、アーサーとウィンは、休憩も兼ねて、カフェテラスへと向かっていた。
「アーサー、良かったね」
ウィンは、まるで春の木漏れ日のような暖かさと、花をポンポンと咲かせているアーサーに声をかける。
「あぁ、これで妹たちと一緒だ」
薄く、口元を釣り上げて優しく微笑むアーサーに、ウィンは思わず目を抑えた。
眩しい!!眩しい!!眩しすぎるのだ!!なんだこの光魔法!!?完全に目がやられる!!?と、ウィンは某大佐のように目を抑えていた。
ちなみに、ウィンのそばに控えていたウィンの側近である双子は、すでに倒れている。とても、穏やかな顔をしてるだろ?これ、気絶してるんだぜ?
ルーツは、ここにも、犠牲者たちが……ご主人まじテロすぎ、とウィンたちを哀れんだ目で見ていた。
ちなみに、クロエはテキパキと双子の側近たちをアーサーの視界に入らないように片付けていた。
「ウィン?」
「んん!!! いや!!!ちょっと、!!太陽が眩しくてね!!!」
目に、回復魔法をかけて、慌ててウィンは居住まいを正す。
そして、何事もないかのようにサングラスを着用した。
誰だ、アーサーの微笑みに慣れたとか言った奴。毎回威力上がってんですけど!!?やばくない??慣れる奴とかいんの??……妹ちゃんたちすごくない???と内心は荒ぶっていたが、外見上は落ち着いている。
突然、ウィンはサングラスを付けだしたが、それは割といつものことなのでアーサーはスルーした。
「アーサー、カフェテラスに行くつもりだったけど、いつもの花園にいかない?新しい花茶が手に入れたんだ」
このままのアーサーを、カフェテラスに連れて行ったら、恐らくテロになる。
流石に公爵子息が、全員の目を潰したとか笑えない。きっと、潰れた奴らは、非常に穏やかな顔をして本望だろうが。その色々と問題がある。
「花茶か、どこのだ」
「それは飲んでからのお楽しみぃー。女の子たちに人気のフレーバーだから、たぶん、妹ちゃんたち?も気にいるんじゃないかなぁ?」
ニンマリとウィンが笑うと、くるりとアーサーは方向転換をする。
わぁ、こんなに扱いやすいアーサー初めてだなぁ、とウィンは妙に感動していた。これは便利だ。というか、まぁ、ここまでの妹への愛が大きいとは思わなかった。今まで全く持ってそんなそぶりすら見せなかったというのに。
何があって、こんなに表に出すようになったのだろうか。
「アーサーさぁ、シスコンなの?」
思わず、溢れでた言葉にウィンは、あっと口を押さえた。
アーサーがピタリと止まり、真っ直ぐにウィンを見つめる。
もしかして、失言だったかなぁ、とウィンに嫌な汗が流れる。
「シスコンだが何か?」
「え、え????」
「だから、シスコンと言ってるだろう」
無表情で、言い放つアーサーにウィンは呆気にとられる。
「ぶっはっ!!!!!」
そして、思いっきり噴き出した。
アーサーが、不快そうに眉を潜めているが、この笑いは止まりそうにない。
「あはははははは!!!!! アーサー!!!君ってば最高だねー!! 」
「うるさい」
アーサーの肩を叩こうとするが、するりと避けられる。それもまた、ウィンのツボに入ってきた。
もはや、アーサーのやる事なす事が可笑しくてしかない。
全く、あんなに人間らしくなかったアーサーが、こんなにも人間らしくなるとは、これが笑わずにいられるだろうか。
遂に、ウィンは膝から崩れ落ちて、笑い出した。
「おい、ウィン」
「ひぃ!!! な、に!?」
痛む腹筋を抑えながら、ウィンは顔を上げた。
そこには、大層不機嫌そうな顔をしたアーサーが仁王立ちをしている。
「早く、行くぞ」
鬱陶しいのなら、先に行ってれば良いのに、彼はわざわざウィンを待つのだ。
ウィンは、笑いすぎて出た涙を拭いながら、立ちあがる。
ーーどうやら、人間らしくなったが、彼の根本は変わらないようだ。
アーサーは、アーサーなのだろう。
それは、なんとまぁ、愉快なことだ。
「うははははは!!!!!了解!!!」
ウィンは、勢いよくアーサーに飛びついた。
絶対に避けられると思い、覚悟していた痛みはなく、て どこか清涼とした優しい匂いと暖かいぬくもりににウィンはキョトンと首を傾げる。
「重い」
そう言いながらも、振り払わないなんて珍しいじゃーん!とウィンは、アーサーに絡もうとして固まった。
ウィンに対して仕方ない、というように微笑んでいるアーサーを間近で見てしまったのだ。
その微笑みは、まるで兄のようで。
ウィンは、真っ暗な視界の筈なのに、強烈な光を感じて、そのまま意識を失った。
それは、安らかな、穏やかな顔をしていた。
ちなみに、アーサーは、気絶したウィンをこれ幸いと背中にへばりつけたまま、花園へと向かっていった。
読んでくださりありがとうございます。