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2.妹と仲よくなろう(餌付け)

お久しぶりです。生きてます。

『はは、ふはははっ!!!! あぁ、こんなに笑ったのは初めてだ! 誇っていいぞ!! この俺をここまで笑わせたのはお前だけだ!!

  実に! 実にくだらない!


 幻想に囚われるている哀れな乙女(アリス)よ!



 ーー貴様、今一度その戯言を口にしてみろ』


 エメラルドに輝くその瞳には、燃え尽きることない憎悪に満ちていた。

 その瞳を真正面に、見つめる麗しき乙女(アリス)は、口を開いた。


『私はーーーーー』


 *


 目が醒めるとそこは、見覚えのない天井だった。


(なーんて、よくあるお話だよな)


 残念なことに、アーサーにとっては昨日も見た天井であるため、見覚えがないわけがない。というか、ここ数十年過ごした部屋である。

 すでに覚醒しつつある頭で、アーサーは立ち上がった。

 窓のカーテンを開けると、どうやらまだ日が昇っていないようだ。

 アーサーは思いの外、早く起きてしまったらしい。


(あんま寝てない割には、全然疲れてないな)


 寧ろ、ぐっすり眠った後のような爽やかさがある。流石、最強魔王キャラ(アーサー=ホワイト)のスペックのおかげか。

 そう思うと納得してしまうから、この身体は恐ろしい。

 身仕度を、魔法を()()()()()()()使いつつ、備え付けられている椅子に座り、お茶を用意し、一服する。


 そこで、アーサーは我に返った。


(いやいや、俺ナチュラルに何しちゃってんだ?!)


 思わず、ノリツッコミをした。これまで染み付いてきた習慣というのは、恐ろしい。

 元々のアーサーは、もちろん家事も万能だ。クロエや家のシェフがいるが、それと劣らないレベルの技術を持っている。


 すごいぞ、アーサー。

 

 そこに、前世の記憶からの家事スキルと合わせて、格式高いのに、何処かほっこりするこのお茶加減となっている。お茶がうまい。この場合は、弊害かもしれないが、自分好みだから問題はない。

 

  とりあえず、まずは、今日の予定を思い返す。

 

 正直な所、アーサーは貴族としての教育は、すでに全て受け終わっている。学園も無論スキップスキップで学業は修めており、自由登校だ。自由登校万歳。

 そのため、基本的にアーサーは裏工作と父親の弱み探しを行っていたのだ。これから何をするか、とアーサーの出来の良い頭で考えても思い浮かばない。

 何せ、恋姫のストーリー最大の黒幕というか、元凶というか。それらが、片付け終わっているのだ。ルーツは相変わらず、クロエに泣かされながら指導されている。


(ルーツに関しても、クロエさんがなんとかやってくれるから、俺の出る幕じゃないし)


 そうなると、残された問題としては、シェリーとアリス、妹たちのことが思い浮かぶ。シェリーが悪役となると色々と面倒臭な事件が引き起こされることは間違いない。


 それならば、ここの元を断つべきだろう。


 元凶は燃やし尽くしたが、よくあるこの世界の抑止力というものが働くと、アーサーにとってよろしくない。

 アリスは恐らく、父親がつきっきりになっているだろうから、シェリーの嫉妬心が燃え上がるのは、火を見るよりも明らかだ。

 

 なんだかんだ、シェリーはファザコンだったのだ。

 

 アーサーからしたら、あれのどこがいいのか全く理解できないのだが。

 つまり、これからアーサーがやる事としては妹との交流を深めることだろう。前世の記憶から、妹を溺愛してきたシスコン野郎としては、思わずそわそわとしてしまうのだ。


 アーサーは、シェリーをめちゃくちゃ甘やかしたいのである。


 何せ、妹。

 されど、妹。


 アリスももちろん、甘やかしたいのだ。


 しかし、順番というものは間違えてはいけない。前世で、嫌という程に実感してるのだ。

アーサーの前世は、それはもう、妹を溺愛していた。自他共に認めるシスコン野郎であった。

 

 そして、彼には他にも弟達がいた。


 弟たちも嫌いではなく、可愛がっていたのだ。多少、妹に比べるとあれだったかもしれないが。弟たちも充分可愛がっていたのだ。

 そもそも、末っ子の妹を他の弟たちも溺愛していたのだから、前世のアーサーにとってあんなことになるとは思わなかったのだ。


 彼ら弟たちは、確かに妹の兄であったがそれ以前に、彼の弟であったのだ。


「怒る次男の事件簿」や「拗ねる三男と四男によりストライキ」と名付けられた出来事が、たくさんあったのだ。ちなみに、この時の腐れ縁の悪友たちは、爆笑していた。前世のアーサーにとっては、全く笑えない事件たちであったのだが。


 渋いものを食べた後のように、眉間にしわを寄せながら、アーサーはお茶を飲む。

そのため、弟妹の扱いにはそれなりの心得がある。だからこそ、間違いを犯してはいけない。

 

 初手を間違えると、それはもう拗れまくるのだ。

 

 アーサーは、シェリーの本日の予定を思い出す。確か、シェリーの今日の予定は礼儀作法の教育だったはずだ。

 そうなると、家庭教師は、臨時王宮家庭教師でもあり、自身も伯爵令嬢と地位も名誉持つリイザベル女史であろう。彼女にはアーサーも師事していた。大体1ヶ月ほどで免許皆伝したのだが。

 イザベル女史は、授業では自身にも他者にも厳しいが、理不尽ではない。そのため、シェリーの教育に見学したいと言っても拒否はされないと予測される。


(休憩の時に何かを持っていくか)


 シェリーは、甘いものが好きである。食事の時に、デザートを嬉しそうに食べているのを知ってるのだ。

 そして、イザベル女史も甘いものが好きだったはず、とアーサーは冷蔵庫にあるものから予想を立てながら、今後の予定を組み立てていく。

 すると、誰かがこちらに早い勢いでやってきている気配を感じた。

 おや?と顔を上げ扉に視線をやると、勢いよく開かれる。


「んーーーーっ!!!」

「アーサー様、ノックもせず大変失礼しました。申し訳ございません」


 ルーツが涙目で口を押さられて、クロエに捕獲されていた。クロエはルーツの事を気にせず、申し訳なさそうに頭を下げる。

 アーサーは、顔には出さないが、少し引いていた。

 何故なら、ルーツの顔が真っ青であり、ガタガタと体が震えていたからだ。

 アーサーは、ルーツに襲ったであろうクロエによる恐ろしい教育を思い浮かべ、心の中でそっと手を合わせた。それは間違いなくルーツのために必要な教育であるのだ。


「いや、気にしてない。クロエ、ルーツを離してやれ」

「お言葉ですが、それは出来かねます。恐らく、私が手を離したらルーツはアーサー様の元へ走り出すと思われます」


 何故か黒いオーラを発するクロエに、アーサーは目を逸らした。いや、だって怖いんだもの。

 アーサーの頃も、ちょっぴりクロエに対して苦手意識を持っていたことはある。クロエの行動の全ては、アーサーの為だとわかってる。

 自身が、それを享受できる存在であるともアーサーは理解してる。しかし、クロエの忠誠心は現在のアーサーにはちょっと扱い辛い時がある。


 端的にいうとくっそ、重いのだ。


「……問題ないから、離してやれ」

「……仰せのままに」


 不服そうなオーラを隠さず満面の笑みで、クロエがルーツを離す。すると、予想通りにルーツはアーサーの元へと駆け出し、飛びついた。


「うぁああああんんん!!!!ご、ごしゅ!!わた、!!こわ!!おちゃ!!!めい!!!」


 意味不明な言葉を言いながら、泣きまくるルーツをアーサーは何も言わずに、背中を撫でてやった。

 流石に、引き離すなんて追い打ちをかけるようなことはしない。ルーツは、すでにアーサーの身内となってるので、身内には優しいのだ。父親は別だが。

 あと、クロエを教育者にしたのにちょっとした罪悪感があったり、なかったり。

 アーサーにとっては、クロエに任せるのが最善であり、最高であることには間違いはないのだ。怖いけど。

 そんな後ろめたさありで優しくするアーサーと徐々に禍々しさを増してきたクロエに、ルーツは嬉しさと恐怖で涙腺はぶっ壊れているようだ。


「クロエ」

「なんでしょうか」

「なんでこうなった?」

「アーサー様の側控えになるのですから、それ相応の教育を行っております」


 クロエの言葉は、最もである。

 アーサー、基ホワイト公爵の時期当主の側仕えとなれば、それ相応の技術が求められる。

 礼儀作法や戦闘技術、話術など、超1級のものが必要だろう。

 アーサーはちらりと、腰にしがみついてるルーツを見る。

 まるで、前世の携帯電話のバイブレーションの様に震える彼女に、憐れみを感じる。

 何せ、クロエの指導は、一切の手加減はない。身体に覚えされる、を地で行く鬼畜ぶりなのだ。

 そのため、クロエの指導されたものたちはアンドロイドかと思うレベルで、機械じみており、クロエに絶対服従だ。

 因みに、クロエの主人であるアーサーは、もはや神とされている。毎回、拝まれて泣かれるのはどうかしてほしいと思っている。宗教かな。

 アーサーのあのハイスペックは神のように信仰が集まっているせいだとか、前世では検証スレが立っていたと前世の妹の談だ。実際笑えないところである。

 そんなわけで、ルーツがアーサーの所に逃げ込むことをしてるため、流石元凶といったところか、余力はあるようだ。

 そもそも、どんなに指導したとしても、あの自分自身以外の側仕えを置こうとすらしなかったクロエがルーツを「側仕え」にすると言ったのだ。

 そこにアーサーは内心驚いていた。

 ルーツは、クロエを納得させる器量は持っているようだ。流石、黒幕。

 アーサーは、「側仕え」に関しては大体クロエに一任してるため、特に増やすことにも減らすことにも不満はない。

 だって、クロエの働きで充分すぎるのだから。

 そのクロエが、ルーツを今後の側仕えとして認めているのだから、ルーツは誇って良いだろう。その分、大変ではあるが。


「ルーツ」

「ぶぇええええええん!!!やぁ!!!もうー!!!!鞭はいやぁわー!!!」


 黙ってクロエを見ると、素晴らしい笑みを浮かべていた。

 黒髪の美少年が白髪の美少女を鞭で叩く光景は、色々と倫理的にまずい気がする。

 アーサーは内心でため息をついて、タオルを召喚させて、ルーツの顔に押し付ける。

 むご!?っと淑女としてらしからぬ声が出たが気にせずに拭く。このタオルは、アーサーが監修のもとで洗濯されたふわふわな触り心地なため、間違えても顔を傷つけることはないだろうため、この扱いである。


「クロエ、ルーツを側仕えにするのは1年、いや3年を目処に教育しろ」

「…………承りました。では、失礼しました。また何かあればお呼びください」


 お辞儀をして、ルーツを引きづりながら優雅に去って行くクロエを見送りながら、アーサーはお茶を入れ替える。

 これなら、多少は緩やかになる、といいなぁ?と、そっと心の中で手を合わせた。


 *


(割とうまくいったな)


 アーサー部屋に備え付けられてる専用のキッチンにて、甘い匂いに包まれながら、綺麗に焼きあがったシューに、ホイップクリームとカスタードクリームを入れてシュークリームを作り上げていく。

 アーサーの体で作ったのは、初めてだがうまくいった。流石、最強スペックはお菓子づくりでも妥協しないようだ。

 懐中時計で時間を確認しながら、魔法を発動させてシェリーの様子を伺う。

 どうやら、指導が終わり休憩として裏庭に向かっているようだ。

 バスケットに入れて、向かおうと扉を開ける。


「お供いたします」


 いつの間にかに控えていたクロエにバスケットを奪われた。


(こいつ、いつの間にきたの!?え!!?俺まだ何も知らせてねぇけど!?というか、気配全くなかったぞ!?)


 これがクロエクオリティか、と若干慄く。しかし、アーサーの表情は全く何も変わらない。いつものように、鉄壁の仮面である。


「ルーツはどうした?」

「現在、休憩時間です」


 ちらっと千里眼の魔法を使ってルーツのところを探ると、ソファーにぶっ倒れてる白い髪の少女が見え、そっと手を合わせる。できるだけ、ゆっくり休ませてやろうとアーサーは歩き出した。


 アーサーたちが裏庭に出ると、予想通りに、艶やかな白銀の髪を風になびかせている妹のシェリーと、赤茶の髪を綺麗にバレッタでまとめ上げられた妙齢の女性がテラスに座って談笑をしていた。

 アーサーの姿に気づき、目を丸くしながらもお辞儀をするシェリー付きの侍女に手を上げると、彼女たちもこちらに気付いたようだ。


「おにい、さま?」


 母とよく似た海を写し取ったような青い瞳を丸くするシェリーに、アーサーはまるで子猫のようだなぁと和み、口元を緩ませた。


 ざわり、とその場が揺れ、そこにいた者たちが固まったがアーサーは気づかずに、シェリーに近づいていく。

 理知的で無表情なクール系美女であるイザベル女史も、何やら驚いた表情で固まっている。アーサーは、どうしたんだろうか?一瞬疑問に思ったが、今の最優先は妹だ。


「イザベル先生、休憩中に申し訳ないです。シェリーに用事がありましたので、ご休憩中に失礼します」


 アーサーは先ほどの笑みは幻覚、あれ?夢??と言わんばかりに、何時もの無表情で一言述べる。

イザベルはまだ固まっていたが、声をかけられて我に返って、なんとか頷いた。

 アーサーは、許可は取ったぞ、と意気揚々としながらも、シェリーの前に立つ。シェリーは、未だに驚いた表情のままアーサーを見つめていた。


「シェリー、よく頑張っているようだな」


 アーサーは、シェリーに目を合わせながら、自分にできる最大限の慈愛を含めながら、ゆるりと微笑んだ。何せ、今まで殆ど交流のなかった兄がいきなりくるのだから、少しでも良い印象を与えるためにも、アーサーの表情筋は頑張って仕事をしている。


 その瞬間は、パタリ、パタリとシェリー付きの侍女たちが倒れていく。

 

 クロエが迅速に対応し、彼女たちを横にしたため、アーサーたちが気がつくことはなかった。アーサーは最大限に表情筋を動かしながら、柔らかく微笑んでいる。


「偉いぞ。流石、自慢の妹だ」


 アーサーは、シェリーの頭をそっと撫でると、ポン!とシェリーの顔が赤くなる。アーサーは、あぁ照れているのか、嫌がられてないならいいけど、と赤くなった妹を可愛い可愛いと撫でる。シェリーは、アーサーの手を叩くことなく、顔を真っ赤にし、目線を彷徨わせながら、大人しく撫でられている。


(うちの妹がこんなにも可愛い!! うちの子可愛いなぁ。というか、シェリーの髪の毛サラサラだなぁ。うむ、ちゃんと手入れしてるな)


 その様子は、どこからどう見ても麗しい兄妹の姿である。

 しかし、周りはアーサーの微笑みによって、侍女並びにイザベルまでも、倒れてしまい、死屍累々になっている。

 そして、クロエもテキパキと倒れた者たちを運び出している。兄妹たちは、そんな周りの様子に全く気がつかない。すでに己たちしか世界にはいないのだ。


「お、おにいさま?」

「どうした?」

「それは、わたくしのせりふですわ。その、どうされましたの?」


 困ったようなどこか怯えを含んだような瞳をするシェリーにアーサーは、また更に顔を緩ませる。どこか、人見知りする子猫のように、こちらを窺ってくる妹に、アーサーは全力で悶えていた。


(うちの妹くそかわ!!)


 しかし、冷静な部分ではシェリーの言い分は理解していた。いきなり、兄に褒められたら邪心するのは当たり前だろう。

 アーサーも自分がいきなり父親に撫でられたりしたら、こいつ何を企んでやがると警戒して魔法をぶっ放すくらいする。


「シェリーが頑張ってるのが見えたからな。ちょっと、兄として差し入れを持って来たんだ」

「さし、いれですか?」


 そういうと同時にクロエがそばにやって来て、バスケットの籠を開ける。

 すると、シェリーの目がみるみるうちに開きキラキラと輝いていた。


(うちの妹、可愛いすぎじゃない?大丈夫?)


 アーサーの口元が再び緩む。類に見ない勢いで表情筋が仕事している。どうやら、元のアーサー自身もシェリーを可愛がりたかったようだ。やっぱり、妹って最高なんだな。


「シェリーは、シュークリームが好きだったろう? 頑張ってるご褒美だ」


 普通なら貴族たちはナイフとフォークで食べるが、幼いシェリーにはまだうまく食べられず、いつもの潰してしまい、落ち込んでいることをアーサーは知っている。そんな妹も可愛い。

 そのため、今日は特別とナプキンに包んで、シュークリームを渡した。まぁ、行儀は悪いがいいだろう。アーサー()が許可する。


「お、お兄さま?」

「今日は許す。こうやって食べるんだ」


 アーサーは、同じようにナプキンで包んだシュークリームにかぶりつく。ほんのりと品の良い甘さのバニラビーンズの香りが広がっていく。高級店のシュークリームと言われても納得する味だ。流石は魔王スペックと改めて感心した。

 シェリーはアーサーの行儀の悪い食べ方に驚愕していたが、あの兄と同じ食べ方ならいいのかな、と恐る恐るシュークリームを口につける。


 そして、シェリーは目を見開いた。


「お兄さま!! これ!! おいしいです!!!」


 シェリーは、頬を紅潮させ、目をキラキラとさせて喜ぶ。アーサーが微笑ましそうにそうか、と撫でたため、シェリーは我に返った。淑女として相応しくない態度を取ってしまったと青くなる。

 そんな、シェリーの内心を見通したアーサーは優しく笑う。


「言っただろう? 今日は許すと。ほら、食べなさい」

「は、はい!!!」


 それからは無我夢中で食べていくシェリーにアーサーは微笑ましく思う。

うちの妹まじ可愛いと思うと、同時に、全く甘やかしてあげてなかった、と後悔した。これからは、存分に甘やかすつもりなので、シェリーには少しずつ甘え方を学んでいってほしいと兄心に思う。もちろん、ただ甘やかすだけではないが。間違えたことをしたらきちんと叱る。メリハリは大事である。

 イザベラ先生たちにもシュークリームを渡すかと、アーサーが後ろを振り返るとクロエしかいなかった。おや?と疑問を口にするよりも早く、クロエが口を開いた。


「イザベラ様を含め、侍女たちはどうやら立ちくらみで倒れてしまって医務室に運んでおります。何かありましたら、私にお申し付けください」


 確かに今日は結構日差しが強いものな、とアーサーは納得する。それなら、クロエに渡すかと声をかけると恭しく受け取った。そんなに、立派なものでもないんだが。

 クロエが懐にしまおうとしたので、嫌な予感がしたのでここで食べていいと許可を出す。


「いえ、私は側仕えですから」

「クロエ、俺が良いと言っている。2度も言わせるな」

「申し訳ございません、では頂戴させていただきます」


 クロエが食べると、少し驚いたように目を開きながらも食べ続けていた。どうやら、お気に召したようだ。アーサーは満足げに頷いて、シェリーを見るとじっと残りのシュークリームを見つめていた。

 ふむ、とアーサーは考える。


(あげてもいいが、夕飯が入るかどうか微妙だな。明日にするか)


 アーサーがそう声をかけようとすると、シェリーがおずおずとこちらを向いた。


「お兄さま、あの、もう1つだけたべてはいけませんか?」

「あぁ、もう1つだけだぞ」


 可愛い妹のおねだりを拒否できるわけがなかった。幸せそうな笑みを浮かべながらシュークリームを食べるシェリーに、アーサーはまた作ってこようと決意した。

(お兄さま、そのあの、)(もうだめだ)(ひとくち、だけ、)(……一口だからな)

お読みいただき、ありがとうございます。

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