「秀才枠」
入学式からはやくも三週間が経ちました。わりと深刻な問題が起きてます。
友だちができません。
女子には何度か話しかけようとしました。しかしそのたびにそそくさと距離を置かれてしまうのです。涙ながらに横尾さんや湯上さんを探しても見つからないし、偶然出会うこともできないし。なんか遠巻きにひそひそ言われてるような気がするし。
体育の授業では、さっそく100メートル走とか持久走が行われたからそこではちゃんと入学前の特訓を生かして注目の的になれたと思ったのに。陸上部の子とだって話せたのに。それをきっかけに友達に、なんてことができなかった。なぜ。
おっかしいなあ、努力はしたと思ったんだけどな、まだ足りないかなあ。このままぼっちコース決めてたらあっというまになんらかのきっかけで王様に目をつけられて王様ファンに調子乗ってんじゃねーよって嫌がらせされちゃうじゃん、いやだよそんなの。そうなった時に横尾さんと湯上さんは助けてくれるかなあ、いやでもあんなかわいい子を巻き込むのも嫌だなあ。なんだかひそひそと噂されてるような気配がするなあ、嫌だなあ。
はあ、そうだなあとにかく体育の授業が不発に終わったならこんどはテストだ。5月の長期連休明けには実力テストと称して学年内の成績序列を明らかにする儀式が行われる。内容は中3の学習内容が中心だけど復習しておかないとね、トップ3とは言わないけど、10位以内に入ることが目標かな。話せる友だちがいないならひたすら空いた時間は勉強しよう。
「ほー、この時期にまさか俺と同じことしてるやつがこの教室にいたとはな」
どこか癇に障る声がわたしの頭上にふってきた。
顔をあげてみると、ふちの無いメガネをかけた男がわたしを見下ろしている。いや、わたしというよりこの男の視線はわたしの手にある単語帳へ向けられている。片方の口角をあげた笑い方は、声同様にどこか気に入らない印象を与える。
やつはわたしの机へ浅く腰掛けた。机に座るな、わたしを見下ろすな。その毛足の短い髪の毛むしるぞ。
「てことはなんだ、お前も今度のテスト1位を狙ってんのか?」
別に狙ってはいないけど、「も」ということはこいつは1位を狙ってるというわけか。ふと周りの女子がザワついた気配を感じる。まさかと思ってやつの顔をもう一度見ると、なるほどたしかに整った顔をしている。おそらく間違いない、こいつは「天才枠」だ。いや、でも俺と同じことをしていると言ってわたしに目を付けてきたあたり勉強に対する努力をしているのだろう。だとしたら、どちらかと言えば「秀才枠」かな?
「いや、わたしは別に10位以内を目指してやってるから、1位はあんたに譲るよ」
そう答えるとやつは予想外という顔をした。
「そうなのか?中途半端な目標だな」
「わたしにとっては大きな目標だから」
「そうか?まあ、それならそれでいいがな」
こいつの人をバカにしたような笑いはやはり癇に障る。
「お前もなにか目的があっての目標なんだろ?」
「別に…」
あんたに言う義理はない。それを雰囲気で感じ取ったのかやつは先手を打ってきた。
「俺は学年1位になって、誰にも、何も言わせん、それが目的だ」
あの癇に障る笑いも封じ込めて言い放ったそれはやつの決意の表れのようだった。
そんな風に言われてしまっては、わたしだって適当にあしらうことなんかできないじゃないか。
まあ、ほかに言い訳が思いつかないというのもあるけれど。
「…わたしは、嫉妬されないぐらいすごい結果をたたきつけてやろうと思って」
それでもオブラートには包んだつもりだ。
するとやつは笑った。あの癇に障る笑い方じゃなくて、いや癇に障るはそうなんだけど、もっと爽やかな感じで。
「なんだ、俺と同じじゃん」
あっこいつ、性格は歪んでいるけれど悪い奴じゃないな。
そう思わせる笑顔でやつは笑った。
「だったらお前10位以内とかぬるいこと言ってないでやっぱり1位を目指せよ」
「いや、この時点で無理だって、それに1位とかそこまで目立ちたいわけじゃないし」
「おいおい、男ならドーンとだな」
「誰が男だ」
んっ?という顔をするな。むしるぞ。