「幼馴染枠」
わたしがジョギングをはじめたという事実がついに幼馴染の耳に入ってしまった。
「なんだよ水臭いな、俺に言えよ俺にー!しっかりコーチしてやっから!」
「そう言うと思って伏せてたんだよ筋肉バカ」
「おい俺はそこまで筋肉バカしてないぞ」
バカだと思っていたこいつが前日の夜とかではなく朝、ジョギング前を見計らって乱入してくるなんて計算高いことをするとは思っていなかったことはわたしの不覚だ。その油断が今目の前で意気揚々としてわたしの前に立ちふさがる幼馴染―浦郡佑真を生み出したのである。
「だいたいアンタこの時間は朝練じゃないの?」
「んー、それは大丈夫、自主練に切り替えさせてくれって頼んだらオッケーもらったから」
「バカのくせに用意周到…!」
「バカのくせにってなんだおい」
この男はスポーツ推薦で高校入学を決めたため、入学まで身体がなまるといけないという理由でいまだ部活に参加している。もちろん試合とかは出られないけど。この時間は朝練で居るはずがないという油断もわたしの驕りだった。
「そもそも俺がいることで1,2年に肩身の狭い思いさせてたし、部長の威厳にも傷つけると思ったからさ、ちょうどよかった」
「…へえ、佑真がそこまで考えてるって驚きだわ」
「おまえなあ」
佑真の面倒見の良さが発覚したところで、ちなみにこいつはわたしのことは女としては見ていない。
「それにしてもどうしたんだよ突然、シンジがこんなこと始めるなんてさ、あ、太った?」
そうでなければこんなデリカシーの無い発言はしない。
走りながら自称コーチはいろいろと聞いてきた。
「で、目的はなんなの?ほら、目的によって走り方も違うだろ?」
「当面は体力づくり、でもできれば短距離のタイムを縮める方法が知りたいんだよね」
やはりスポーツ万能の代表格といえば100メートル走だろう。華麗な走りで一位をかっさらう姿は想像するだけでかっこいい。
「だったら足さばきもそうだけど、腕の振り方も鍛えていく必要あるぞ」
「腕?腕かあー」
なるほどそれは考えていなかった。自称コーチは案外頼りになるなあ。
「なに、陸上部にでも入りてーの?」
「いやそういうわけじゃなくて」
スポーツ万能を目指してだな。
「まあ、その、スポーツ万能を目指して女子にキャーキャー言われようと」
「ふーん」
この普通の人が聞いたらドン引きされそうな告白に、自称コーチの幼馴染は普通な返事をした。こういうところが、わたしがなんとなくこいつに一目置いているところだ。
「そうだな、おまえ運動神経いいんだし目指せるんじゃね?そしたらまずは基礎体力だよな!あっでも筋肉はつけすぎないほうがいいから筋トレはほどほどにしとけよ」
こいつがわたしのことを女として見ていないからあんな発言ができるんだという可能性はこの際銀河の彼方に置いておく。