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邂逅―夜の公園にて

 この3日間のことは、言葉では語りつくせないほど壮絶なものだった。

 朝は佑真とジョギングを中心にした練習、昼は協力してくれる陸上部員とダッシュ練習、そして放課後はひたすら、200メートル走の練習を重ねた。それはもう壮絶な練習で、並走する陸上部員をちぎっては投げちぎっては投げ。時には手にダンベルを握って走らされることもあり、汗でそのダンベルが滑って飛んでいき尊い犠牲が払われたこともあったのである。それはもう、壮絶だった。


 そして3日目の夜、わたしはなんだか落ち着かなくて近所の公園まで散歩に出ていた。

 ささやかながら街頭に照らされた公園は、それなりに明るい。夜の公園というのは、なんだか不思議だ。わたし一人しかいないはずなのに、誰かがいるんじゃないかという気持ちにさせる。それは時に不快とか恐怖の感情になりうるのだけど、今日感じるそれは違った。誰か、予想もしない人に会えるような気がして、少しだけ期待してしまうような。

 その時、ざ、と地面をこする音がして振り返った。



「あ」

「お前…」



 わたしの予感は、当たった。

 閑静な住宅街にある、小さな公園に似合わない風格を持ち合わせた人。ジャージ姿が少しだけその風格を貶めているけれど、それでも余りある風格を持つこの人は。



「王様…」



 わたしがそうつぶやくと、王様はふんと鼻を鳴らしてわたしをじろりと見た。



「高波心慈か」

「えっ」



 王様がわたしの名前を言ったので驚いてしまった。王様、名前知ってたんだ。

 わたしが驚いたことに対してだろうか、王様が眉をひそめた。



「何を驚いてんだ」

「いや、王様、わたしの名前知ってたんですね」



 王様がそう問い詰めてきたので素直にそう言えば、王様は、何を当然のことを言っているんだみたいな顔をする。ああ、なんか王様と平胤が幼馴染だってのわかる気がする。あれ、幼馴染って似るんだっけ。



「勝負をする相手の名前を知っているのは当然だろうが」



 わあ、平胤の言うとおり、王様は勝負には本気だ。当然だろマジで何言ってるんだみたいな顔でわたしを見るそれは、やはり平胤にどこか似ていた。ただ、この暗い公園で、ささやかな外灯に照らされた王様の方がなんというか、幻想的な演出が加わってより、より、なんだろう。よくわからないけれど、わたしの心を動かすのだった。

 ところで、王様がそっちこそ自分の名前を知っているのかというようなことを聞いてこなかったことにわたしは少しだけ安心していた。だって聞かれても即答できないから。王様は王様で、名前、なんだっけ。



「ところで、臨が世話になってるようだな」



 王様が突然そんなことを言ったので、わたしはやはり王様の名前を思い出すことはできなかった。

 えっとところで、臨って誰だっけ。



「アレは偏屈な奴だが、まあ、悪い奴じゃない、お前さえよければこれからも仲良くしてやってくれ」



 ああ、平胤のことか。そういやそんなかわいい名前だったっけ。



「幼馴染のこと、気にかけてるんですね」



 そう返すと、王様は思いのほか嫌な顔はしなかった。



「俺がずっと面倒を見てきたからな、まあ、あいつにとってはそれが煩わしかったのかもしれねえけど、かといって放ってもおけねーし」

「ああ、それは、わかります」



 思わずそんな相槌を打ってしまう。王様はちらりとわたしを見たけれど、やはり嫌な顔はしなかった。



「わたしにも、そういう幼馴染いますから」

「そうか、まあそういう存在は貴重なもんだ、大事にしてやれ」



 あ、王様、笑った。

 その笑った顔からなんとなく目をはなせなくて、わたしは王様の言葉にただうなずいて答えるしかできなかった。



「しかしあいつにできた最初のまともな友だちが女とはな、あいつもなかなかやるもんだ」

「いや、でもわたし平胤にもだけど、幼馴染にも女扱いされてないですから、女友だちとカウントするにはちょっと…」



 続いて出た王様の言葉には、なんとか声を出して返すことが出来た。いやだって、これはちゃんと言い訳しておかないと、王様に誤解させるわけにはいかないし。平胤とはおろか佑真とだって、そんな甘酸っぱい関係なんかじゃない。たぶんきっと、なる見込みもない。

 だからちゃんと王様にそういう意志を伝えようと言い訳をしたのだけれど、王様は思いがけないような顔をしてわたしを見た。

 王様、なんでそんな驚いた顔してこっち見てるの?



「お前は、女だろう?」



 王様は、なんでそんなこと簡単に言えるの?




「あ、あの、男友だちみたいな扱いされてるってだけで、その、そう、深く考えないでください」



 そしてわたしはどうして、こんなに動揺しているのだろうか。

 なんだかわからないけれど気まずくて、王様から目をそらす。だから「そうか」と言った王様がどんな顔をしていたのか、わたしにはわからなかった。



「おい」

「え、はい?」



 呼ばれて、王様の顔をぱっと見てしまった。

 王様は、普通の顔をしていた。



「家まで送る、案内しろ」

「えっ」



 思わず声をあげると、王様はぐっと眉間にしわを寄せた。



「勘違いするなよ、お前の為じゃない、こんな暗い中女を一人で帰すなんてこと俺ができねえからだ」

「あ、ええと」


 ああ、どうしてわたしはこんなにも動揺しているのだろうか。わからない。わからないからとりあえず、王様の言葉に「はい」と答えることしかできないのだった。


 結局王様は宣言通り、家の前までわたしを送った。

 送ったというか、わたしが王様を家まで案内するような感じだったのだけど。わたし、何してんだ。



「じゃあな」


 王様がくるりと背を向けた。

 あ、行っちゃう。



「あ」

「…何だ」



 わたしはなぜか、王様の服の裾を掴んでいた。わたし、何してんだ。えっいや本当に、わたし、何してんだ?

 ああ、王様が不審な目で見てる。何か言わなきゃ。



「あの、わたし、明日は全力でやります」



 わたしがなんとかしぼりだした言葉は、そんなものだった。

 こちらを振り返ったままの王様はわたしのそんな言葉に、ふっと笑った。



「当然だ」



 気が付いたときには王様の姿はもう見えなくなっていて、わたしは玄関の扉の前で立ち尽くしていたのだった。








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