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「王様」

 その日は、午後から雨の予報だというのにとても穏やかな晴れた朝だった。

 だからといって油断はせずに傘は持って出た。そういう油断はしていなかったのだ。

 ただわたしがしていた油断といえば、そう。



 王様のプライドの高さと、行動力と、そして心の狭さを舐めていたということ。




 教室がざわついている。

 それは、「王様」が今、この教室の扉を勢いよく開けたからだった。


「な…!」


 わたしの机に腰掛けていた平胤がひゅっと立ち上がった。なんだ、どうしたお前。

 しかし平胤のことを気にする間もなく、王様がずんずんとこちらに近づいてきたのが見える。えっなに、うそ、こっち来る?

 いよいよ王様が目の前に立ちはだかった時、隣の平胤が身構えたのが見えた。だからお前は何をそんなに、怯えて。



「お前じゃねーよ」

「な、お前」


 王様が平胤をちらりと見て、乱暴に言い放った。え、お前って呼び合うほど?知り合い?仲いいの?



「お前だ」


 王様がやはり乱暴にそう言って、座るわたしを見下ろした。

 ほどよく短い黒い髪。整えられた眉。つりあがった、きれいなアーモンドのような形をした目。言葉を発するために開いた口に見えた、あれは、八重歯だろうか。全てが均衡のとれた顔と、体は、たぶん見る者を魅了する、そんな力を持っているのだと思った。



「お前、王様とあだ名されているらしいな」


 王様が不機嫌そうにそう言った。



「まあ、女だてらにそうあだ名される実力は褒めてやらないでもない、が」


 それから、じろりと、わたしを睨む。



「この学園に王様は2人いらないと、わかるな?」



 怖いと、感じたわけではなかった。けれどもわたしの胸はどくりと鳴った。ぎゅうと、胸が締め付けられるような気がした。心はそうでなくとも、体は恐怖を感じたんだろうか。

 声を出すことが出来なくて、わたしはただうなずいた。王様はふんと鼻を鳴らす。



「理解が早いな、では、勝負だ」

「え、はい?」


 ちょっと思ってもいなかった言葉が耳に入り、わりと簡単に声が出た。勝負?何言ってんのこの王様。

 すると王様は懐からなにか、折りたたまれた紙を取り出した。そして、それをわたしの机にたたきつける。えっなにそれ、マンガでしか見たことない。わたしがそれと王様の顔を交互に見ると、王様はわたしがこれの意味を理解していないと気付いてくれたのか「果たし状だ」と簡潔な説明をくれた。いや、それでもよくわかりません王様。

 よくわからないのだけど、王様は、威厳あふれる態度でこう言い放つのだった。



「俺とお前、どちらが王にふさわしいか勝負ではっきりさせる」

「えっいや」


 その顔にはだんだんと自信に満ち溢れた笑みが浮かんできさえしている。いや、待って、なんか、いろいろ、意味が分からない。思わず抗議の声が出そうになるのだけど、あの、なんて言えばいいんだ。

 王様が「なんだ」と言う。わたしがなにか言おうとしたのに気が付いたのか。



「あの、そんなことしなくても、わたしは別に王様の称号はいらないんです、けど」


 とりあえずそう抗議してみると、王様は自信に満ち溢れた笑みを浮かべたまま、はっと鼻で笑った。おい、鼻で笑うな。



「当然王にふさわしいのはこの俺だ、だが、それを1年共に示す必要がある、これは必要な儀式なんだ」


 つまりなにか、わたしは、その儀式の、イケニエだと。

 わたしが黙っていると、王様はまた口を開いた。



「勝負の方法はお前に決めさせてやるよ」



 王様は「女だからな」と付け足した。

 勝負の方法、と言われても、えっそれって今ここで決めなきゃいけないこと?いや、王様の目を見るに今、ここで、決めなくてはいけないことらしい。ええと、なんだ、勝負って。勝負、勝負といえばうーん。



「あーじゃあ、200メートル走、とか」



 苦し紛れに出したわたしの答えは、そんなものだった。そんなものだったのだけど。



「わかった、では3日の猶予をやろう」


 それは、あっさりと通ってしまった。

 そして王様はそれだけ言うと、あっさりと帰っていった。


 いつの間にか、教室は水を打ったような静けさになっていたのだった。








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