なにか視線を感じる
ちかごろ、なにか視線を感じる。
「どうした、落ち着かないな」
教室の移動中、廊下で平胤がそんなことをわたしに言う。わたしはわかりやすいほど、そわそわしてしまっていたのか。
「いやなんか、最近視線を感じるんだよね」
「若林じゃなくてか?」
「いや、ああいうわかりやすい視線じゃなくて」
稚菜ちゃんはあれから時々廊下の隅からとか、下駄箱の影からとか取り巻き3人も含めてものすごい視線をわたしに送ってくることがある。なんかもう、ちくちくと刺さるような視線を。話しかけてきてくれていいのに。
しかしいまわたしが感じているのはそういうわかりやすい視線ではない。もっとこう、なんていうかな。
「わかりにくいというか、どこから見られてるかもわからないような視線で、落ち着かない」
そう話すと、平胤は顎に手を当ててふうむと考え込んだ。
「お前も人気者になってきたしな、そういう視線も増えるだろう」
「え、そう?」
人気者。
その言葉が嬉しくないと言えばそれは嘘になる。
「どうやら若林の陥落は思った以上に大きなことだったらしいぞ」
「稚菜ちゃん?」
稚菜ちゃんの陥落と、わたしが人気者になってきたのと、どういう関係があるというのか。
「真利がクラスメイトから聞いた話だそうなんだが、若林は入学当初からあの取り巻きを連れていてな、影では女王様と噂されていたらしい」
「女王様」
なるほど稚菜ちゃんに似合うような、似合わないような。
「あの周りとけして相容れない態度も相まって、次第にその噂も広まっていったそうだ」
「はー、なるほど」
「その女王様を陥落させたんだ、お前がどこぞの国の王様かと噂されるのも仕方がないだろう」
「ぶ」
王様て。
久々に聞いたその単語に、思わずふきだしてしまう。おかしくて、ではない、驚いて、だった。
「いや、この学校にはすでに名実を伴った王様がいるでしょ」
「あ、あーいやまあ、そうか…王様だったかあれは」
思わずそう言うと、平胤は思いのほかダメージを受けたようにうつむいてしまった。
そういえば前に王様のことをこいつにふったときも、こんな感じだったかもしれない。こいつ、王様となにかあったのかな。そういえば学年は違うとはいえ同じ中学校だったんだし、こいつの性格からしてもなにかあったのかもしれない。
しかし、まあ、こんな憔悴しきったような平胤に問い詰めるような、手ひどい真似はわたしはしない。
とりあえずそっとしておこうと、前を向いた。
おや、あれに見えるのは。
「横尾さん、湯上さん」
廊下の隅に2人を見つけて、嬉しくて思わず声をかける。
「あっ、高波さん」
「おねえさっ、高波さん!」
わたしが2人の方へ駆け寄ると同時に、2人の方もこちらに駆け寄ってきてくれた。横尾さんのおさげが、そして湯上さんのポニーテールが走るのに合わせて跳ねる様子はやはりかわいい。なんかもうもはや2人セットでいる姿がかわいらしいなあこの2人は。
わたしはつい思ったことを口に出していたらしく、横尾さんは頬に手を当てて顔を赤らめ、湯上さんは弾けるような笑顔で、ありがとうございますと言った。
移動の最中だったのであまり長く立ち話もできず、少し会話をしただけで横尾さんと湯上さんとは別れることになった。そういえば2人と会話している間は、あのよくわからない視線が気にならなかったのだけど、やはりあの2人の癒し効果によるものだったのだろうか。




