邂逅―公園にて
明日から本気出す、みたいな閉めを前回したと思うけどわたしはほんとに本気出す。
まずは朝食前のジョギングからだ。このジョギングは朝食前と夕方、帰宅して夕飯前の一日2回をこなそうと決めた。
初日はまず、そうだな、近所の公園まで往復してみるぐらいかな。
おいしい朝食を作って待っていてくれるという母親にいってきますの挨拶をして、私はジョギングにくり出すのだった。
目的地である近所の公園は、昔よく行った場所である。それはもちろん、隣の幼馴染と一緒に行った思い出の場所でもあるのだ。もっと言えば結婚の約束を交わしたのもこの公園だったかもしれない。
公園へ遊びに行く、なんていう遊び方をしなくなったのはいつごろだっただろうか。たぶんわたしが幼馴染のファンに嫉妬されて嫌がらせを受け始めたころからだ。その時はとにかくファンの女の子よりも幼馴染のことが嫌いになったような覚えがある。
こいつが幼馴染だからこんなことに、と今考えれば完全な八つ当たりだけどそんなことを思っていた。
そしてたぶんこれからそんな八つ当たりを彼にすることになるだろうという予感もある。
今のうちに謝っておこう、ごめんね。
そんな考えをめぐらせていれば近所の公園までなんてあっという間だった。
だがしかし、これまでたいした運動なんてものはしてこなかったわたしの体はやはり悲鳴をあげていた。考え事をしながら走っていたのもいけないのかもしれない。はあ、息がくるしい。
すぐに折り返すつもりだったけど、もうちょっと休んでから帰ろう、そうしよう。
ベンチに座ると、隣のベンチにも人が座っていたことに気が付いた。
それはどこか儚げな雰囲気をまとう少年で、それでも芯が通っているような雰囲気はまるで一輪咲きの花のようだった。
手に持っているのは、スケッチブック?
「おはようございます」
「あ、おはよう…ございます」
なんてことだ、少年がこちらに気づいてあいさつしてきた。そんなにじっと見ちゃってたかな。
でもまあ、いいきっかけだと思って聞いてみよう。
「絵を描いてるんですか?」
「ええ、まあこれは趣味ってわけじゃないんですけど」
ふわりと笑っても困ったように笑っても絵になる少年だなあ。
「僕は絵の推薦で高校の入学が決まってて、このスケッチブックを埋めて提出するのが課題なんです、でもテーマはなにも決められてないから好きな花を描いてるあたり、半分は趣味かな?」
そしてこんどは少しだけイタズラっぽく笑う。
そうしていろんな笑顔が似合う少年は、そう、まるで彼自身が彼の描く絵画みたいな。
「どのくらい埋まりました?」
「うーん、いま半分を超えたあたりですかね、この時期だから梅が中心になってます」
「ああ…早咲きが咲くころだから」
この公園には、比重としては桜が多いけれど梅が咲く一帯もある。
まだつぼみの梅が多いけれど、早咲きの梅はすでに咲いている花が多い。これを描いていたのか。
「あの、見ていいですか?」
「えっ」
そう聞くと少年は声をあげた。だ、だめか?
「そうだね、誰かに見てもらうことも絵の勉強だって先生に言われたから、どうぞ見てください」
「わ、ありがとうございます」
またふわりと笑ってスケッチブックを手渡してくれた。どれどれ。
パラリとめくると、秋の花から始まる。キキョウ、サザンカ、名前の知らない花も多い。
植物園で描いたのかと思われる南国の花も咲いていた。そうだ、どれも描かれているというより、スケッチブックに咲いているのだ。それはけして写実性が高いとかそういうことではないのだけれど、思わず撫でてめでたくなるような花々がそこにはあった。
「やっぱり照れるな、そんな顔で見てもらえたら」
「え、わたしどんな顔してました?」
聞こえた少年の声に思わずほほに手を当ててしまう。
それからそう聞くと、少年は少しだけ驚いた顔をしたように見える。いや、目が泳いだと言うべきか。
「え、えっと、その、とても嬉しそうに笑ってくれたから」
そんなに顔に出ていたんだろうか、だとしたら照れるのはこっちだ。
「思わずみとれてしまって」
やはり照れるのはこっちだ少年よ。