逆襲の朝
稚菜ちゃんの逆襲は次の日にやってきた。
下駄箱の前で靴を履きかえていると、背中に声がかけられた。
「ごきげんよう高波心慈!」
「おはよう、稚菜ちゃん」
振り返ると稚菜ちゃんが昨日の3人も連れて仁王立ちしていた。にこりと朝の挨拶を返すというわたしの反応に面食らったのか稚菜ちゃんはびっくりしたような顔をしていた。
「き、気安く名前を呼ばないでよね!」
「だって、苗字教えてもらってないから…それにかわいい名前だし、だめ?」
そう聞いてみると、稚菜ちゃんはばっと両手を頬に当てた。褒められるとそういうことするのくせなのかな。それから蚊の鳴くような声で、好きにしなさいよ…と聞こえた。するとまた後ろの3人が稚菜ちゃんを取り囲む。
「稚菜ちゃん繊細だって言ったでしょ!」
「もっと嫌味を含んで言いなさいよ!」
「褒められ慣れてないのよ!似合わない名前だなとか言いなさいよ!」
3人にけんけんごうごうと非難される。ていうかいいのか、それで。
取り囲まれていた稚菜ちゃんが調子を取り戻したらしく、3人に何か言う。3人は心配そうに稚菜ちゃんへ返事をするが、それを制して稚菜ちゃんが一歩前へ出てくる。
「ふん、どうせこの先あんたはずたずたに傷つくんだから、せいぜい今のうちに好きなようにしておくといいわ」
「じゃあ稚菜ちゃんて呼んでいいんだね、ありがとう」
「あ、あり…!」
「ああっ稚菜ちゃん!」
「だからもっと嫌味を含めろって言ったでしょ!」
「こっちのセリフだよとか言いなさいよ!」
ええー、稚菜ちゃんどれだけ優しい言葉に弱いんだ。かわいいけど、めんどくさいな。
「え、ええと、まあべつに許してもらわなくても稚菜ちゃんって呼ぶからいいけどね!」
「そうその感じ!」
「なんならワカちゃんってあだ名つけてやってもいいんだからね!」
「ワカちゃん…!」
「そのあだ名は優しすぎる!だめ!」
「えっじゃあ、えーと、童顔!」
「どうがん…!」
「それはマジで気にしてるやつだから言っちゃだめ!」
「もうめんどくせえな!なんでそんな繊細な心のくせに嫌がらせしてこようと思ったの!」
「繊細ゆえに思いが止められないのよ察してあげて!」
「繊細めんどくさい…!」
もうめんどくさいという思いが口からあふれてくるほどにめんどくさい。ああ、もうだめだ、言い合っていてもラチがあかない。体力を消耗するだけだ。一度落ち着こう。はあ、わたしたちの周囲だけ気温が1,2度高いような気がする。
「高波さん、おはよう」
そんなところに、一服の清涼剤が投じられた。
「友だちも、おはよう」
「ま」
「真利くん」
現れた清涼剤、真利くんはその爽やかな笑顔を稚菜ちゃんたちにもふりまいた。真利くんは稚菜ちゃんたちをわたしの友だちとみたらしい。さすが、真利くん。
真利くんに笑顔を向けられて固まっている3人と、稚菜ちゃん。すると真利くんが稚菜ちゃんを見てあっという顔をする。
「若林さん、高波さんの友だちだったんだね」
「ん、真利くん知り合い?」
真利くんが稚菜ちゃんを知っているらしいということにわたしも驚いたし、なぜか稚菜ちゃんも目を真ん丸にして驚いていた。稚菜ちゃん、苗字は若林っていうのか。どっちにしろワカちゃんだった。
わたしが聞くと真利くんはやはり清涼剤のような爽やかな笑顔で答えてくれる。
「うん、彼女も美術部だから、僕若林さんの描く空が好きなんだ」
「へえー」
稚菜ちゃんにそんな一面があったのか、と稚菜ちゃんを見ると思った以上に大変なことになっていた。
「稚菜ちゃんしっかり!」
「稚菜ちゃん気を確かに!」
「稚菜ちゃん最期に言い残すことは!」
失神寸前の稚菜ちゃんが3人になんとか支えられている。だから3人目の子はなんでわりと辛辣なの。まったく、仕方がないなあ。
「貸して、わたしが保健室まで運ぶから」
わたしは3人に近づくと、ぐったりしている稚菜ちゃんをぶんどった。そのままお姫様抱っこをするのだけれど稚菜ちゃんは恥ずかしいのか大人しくしない。
「危ないから、恥ずかしくてもじっとしてて」
危ないので少しきつめに叱りつけると稚菜ちゃんは大人しくなる。そうそう、そうして素直になればいいんだから。そうしたらきっと、優しい言葉にも慣れていくよ、稚菜ちゃん。




