再会
花轟学園の敷地は広い。どれほど広いかと言えば、ほぼロの字型になった校舎の中心に庭園が広がっているぐらい広い。あるいは校舎の西にちょっとした竹林があるぐらい広いし、東にそこそこの規模の温室があるほど広いのである。
そしてある日のわたしは、花の廊下に導かれて温室へたどり着いたのだった。
ドーム状の温室は見上げるほどの大きさだった。ビニールの壁から中の緑が透けて見える。
緑だけじゃない、赤や黄色、ピンクにオレンジ、さまざまな色がわかる。
もっと近づきたいという思いが自然とわたしの手を動かしていた。温室の扉に手を伸ばし、そのノブをつかむ。
「あれっ」
開かない。鍵がかかっているらしい。まじか。出入り自由じゃないのか。
「温室に入りたいの?」
その時、ざあっと風が吹いた気がした。物理的に吹いたのも事実ではあるが、わたしはその風がなにかわたしの内なるものをも揺らしたような感覚だった。たとえば、心とか。
「あれ、もしかして」
振り向けば、そこには見覚えのある顔が。
「そうだよね、あの時公園で会った子だよね?」
「あ、はい、ですよね?」
思わず敬語になってしまった。
脇に大きなスケッチブックを抱えて、こちらに向かってふわりと微笑んでいるのはあの日、公園で出会った、紙に花を咲かせる少年。
「えっと、推薦で入学が決まってた高校って、ここだったんだ」
「そう、僕もまさか同じ高校だとは思わなかった」
嬉しそうに―これは嬉しそうに笑ってくれているんだよね?―笑う少年はやはり絵になる。
「すごく、うん、すごく嬉しいな」
そう言って顔をくしゃと歪める笑顔でさえひとつの絵画のようだった。
「こんなところで立ち話もなんだし、温室の中で話そうか」
「ああ、そうだね、そうしよう」
少年に先導されて温室へ入ると、まず湿った土の香りがぶわりとした。
それから葉や茎、緑の香り。そして少年に案内されたカフェテーブルに腰掛けると、ふわりと花の香りがした。
「まずは自己紹介から、だよね、僕は真利来栖です」
「わたしは高波心慈、改めてよろしくね真利くん」
「ありがとう高波さん」
花の香りと同じようにふわりと笑う彼を幼馴染や平胤と同じように呼び捨てにはできなかった。
「真利くんは温室に通ってるの?わたし、鍵がないと入れないって知らなかった」
「うん、まずは花を課題に絵を3枚描くことが目標だから、合鍵をもらったんだ」
そっか、やっぱり推薦入学って結果を求められるんだなあ。佑真も結果を求められて休みなく練習してるしなあ。
「まだしばらくは持っている予定だから、もし高波さんが温室に入りたいって時は僕に言って」
「いいの?なんか職権乱用させるみたいで悪いなあ」
「役得って言って」
ふふふ、とイタズラっぽく笑う様もやはり絵になる。
それにしても温室は暖かい。今日は天気がいいからなおさらだ。ビニールの天井は太陽の光を充分に取り込み、温室に明るさと暖かさをもたらすのだ。こういう陽気はいけない。ぼーっとしてつい口を滑らせることになるから。
「わたし、初めて真利くんを見たとき一輪咲きの花みたいだなって思ったんだよね」
「一輪咲き?」
言ってから、なんか恥ずかしいこと言ってしまったと思った。恥ずかしいっていうか、これはキザなセリフだ。しかし真利くんはドン引きすることなく、むしろ興味を持ってくれたのでよかった。ただ恥をかいただけでは終わらなかった。
「うん、なんていうかこう、すごくふわっとした雰囲気を持ってるのに、ちゃんと芯が通ってて一人でちゃんと立ってる感じが、一輪咲きの花かなって」
やはり言ってることは恥ずかしい。だけど真利くんはやはりドン引きすることなく、うんうんと聞いてくれている。優しいな真利くん。そういう姿は一輪咲きの花というより、うん。
「ふふ、なんだか照れるな、でも嬉しいよ、ありがとう」
彼はまるで王子様のように笑った。




