表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はるよ、こい!  作者: いろみず
1/1

秋、上京初日

高校の授業で書いたやつで、以前2chに投稿したことがあるものです。

列車の窓から見える風景は、田畑や林から西洋と江戸の混ざったような建物の並ぶ風景となっていた。

栃木の農家で五人兄妹の末っ子として生まれた、まだ14の美矢子には、すべてが新鮮に感じられる。

初めての列車、初めての遠出、初めて見る欧風の建物、初めての東京。

美矢子は着物の胸元からメモを取り出した。

出稼ぎに来ている父との待ち合わせ場所が書かれている。

その父が、どういう訳か洋食屋を開くとか開かないとかで、美矢子を手伝いに東京へ呼んだのだ。

(何で洋食屋なんか開けるんだろう・・・)

美矢子はメモを見て心の中でつぶやいた。



実家の暮らしが厳しいものであるのは、美矢子も分かっていた。

長男と次男は海軍に入隊し、三男と長女は実家で畑を守っている。

長男と次男の仕送りを足して、やっと生活が成立っているようなものなのだ。

とても洋食屋を開けるほどの余裕があるとは思えない。

父は20代の頃、料亭で働いていたことがあるらしいが、その縁かなんかだろうか?

美矢子の頭の中をぐるぐると、いろいろな事が巡った。



しかし、彼女の目の前には、帝都、東京の街。

どうしてもこっちも気になってしまう。

列車の走る高架の脇に黒い自動車が現れた。

美矢子はそれを凝視する。

「あれが自動車かぁ~」

思わず声が出た。

正面に座る老婆に笑われる。

美矢子は咄嗟に窓に張り付くようにして外を見ていた体勢を直し、姿勢正しく、背筋を伸ばして座りなおす。

そっと老婆の方に視線をやると、老婆の顔はまだ笑っていた。

一瞬目が合って、恥ずかしくなってしまい、下を向いて顔を赤くした。


少しの間をおいて、老婆が話しかけてきた。

「お嬢ちゃん、東京は初めてかい?」

一瞬、美矢子はピクリとした。

「あっ、初めてです!」

「そうかい」

老婆は微笑みながら頷いた。

「しかしお嬢ちゃん、可愛い着物着てるわね」

「本当ですか!?ありがとうございます!

 これ、母が東京に行くからと、一番のものをくれたんです!」

美矢子は袖口を手で握りながら腕を前に伸ばし、袖に描かれている桜花を見ながら嬉しそうに言った。


「じゃあ、一人で東京に出てきたのかい?大変だねぇ」

大変も何も、いきなり呼び出されたことが一番大変だ。

昨日手紙が来て、母に行くように言われて、バタバタだったのだ。

「あ・・・いえ。父が上野駅で待ってるそうなので大丈夫ですよ」

「じゃあ安心だね。もう上野に着くから、身支度しなさいね」

「はいっ!」

やさしい老婆に、美矢子は元気に返事をした。



列車を降りた美矢子は、なす術もなく人の波に呑まれた。

町のなかもこんな人ごみなのかと不安になる。

田舎で育った美矢子に、こんな経験は無い。

新鮮というよりかは、恐怖に近い感覚を感じていた。

何とか改札を抜けると、人がばけたせいか、視界が広くなった。

さて、父を探そうとメモを取り出そうと鞄を置こうとすると、美矢子の背後から聞き覚えのある声がした。

「美矢子か?」



振り返ると彼女の目の前には見覚えのある人がいた。

農作業の時とはちがい、絣の着物を着ている。

「お父さん・・・」

苦しい家庭の現実があるのに、父はなぜか洋食屋を開くという、不透明な事案が美矢子の中にあるため、

あまり再開を素直に喜べなかった。

「すこし大きくなったんじゃないか」

「一寸ほど、お父さんが東京に行ってから伸びました」

父はごつごつした手のひらを美矢子の頭頂部に乗せながら、成長を確かめている。

しかし、美矢子はあまりいい気分ではない。



体の弱い母を家に残し、嫁入り前の姉に畑を耕させ、東京で勝手に洋食屋を開く父に違和感を感じた。

以前はまじめに畑仕事をし、筋の通っていないことはしない人であった。

そんな父が、今回のようなことをするのを信じられなかったのだ。

美矢子は、父が別人になってしまったのかとも思った。

でも、きっと何か理由があるのかもしれない。

初めての東京に続き、初めての感覚であった。


店がある場所までは徒歩で20分ほどかかる。

その間、会話らしい会話はほとんど無かった。

美矢子は店についてから話を切り出すつもりだった。

最悪、外で口論になるのは避けたかったのだ。

小さな路地に入っていくと、駅での混雑が嘘のように静で、生活感の漂う場所になっていた。

そんなところにひっそりと建つ汚い家屋がある。

「ここだ」

「えっ、これが店ですか?」

「正確にはまだ店じゃねえ。これから準備すんだ。安いとこ探したらここしかなくてな・・・」

父はそう言いながら、建物の入り口をガタガタと横に開けた。



中は美矢子が思っていたよりも広く、すでに4人用ほどのテーブルが3つと、厨房があった。

しかし調理器具の汚れはひどく、とても料理ができる状態ではない。

父が明かりをつけると、更に状況がよく分かった。

テーブルや椅子はたくさん埃をかぶり、壁にはたくさんにシミが着いている。

「今はこんな状態だ。とりあえず居間と便所と風呂、二階の一部屋は片付けた。お前は二階の部屋を寝床にしろ」

「・・・はい」(手伝いって、掃除なのかしら?)

美矢子はすべてを聞き出そうと決めた。

床の抜けそうな階段を上り、見るからに一番綺麗な部屋に入る。

窓から差す陽はかなり西に傾き、隣の家の屋根に隠れかかっていた。

ざっと部屋を見渡し、鞄を置いて居間へと降りた。


居間に下りると、父は煙草をふかしていた。

「もう風呂は入れる。少し冷めちまっただろうが、大丈夫だろ」

美矢子は一回、聞こえないほどの深呼吸をして、正座した。

「あの、お父さん?」

「なんだ?」

「その・・・なんでいきなり洋食屋を開くことになったんですか?」



ゆっくり煙草を吸い、父は口を開いた。

「今のご時世はな、畑耕してるだけじゃ食っていくのは難しいんだよ」

地方の農家はどこも厳しいというのは、前、姉が言っていた気がする。

「でも、うちに店出せるほどのお金は・・・」

「余裕なんかねぇよ。有り金はたいてこのボロ屋買ったんだ」

少し間が開く

「その事・・・お母さんには言ったんですか?」

「まだ言ってねぇ。こんな賭けみたいなこと、京子が許す訳が無いからな。言う前に建物を買った」

「いくらだったんですか・・・?」

「子供は家計に首突っ込むな!!」

数秒の沈黙

「でもな美矢子。もう農家以外で食ってくには、俺には料理しかねぇんだよ・・・。

 悪く思わないでくれ・・・。京子にはちゃんと話すから」

「はい」


美矢子はゆっくり立ち上がる。

「あの、先にお風呂どうぞ」

「ん・・・、俺は後でいい。今日は疲れただろ?、先に行け」

「じゃあ、先に行きますね」

「飯は後でこのちゃぶ台の上に置いとくからな」

「はい」

居間を出て、階段を慎重に上るり、部屋に入る。

畳の上で寝転がり、大の字になる。

ほっとため息。

父の考えていることが分かり、違和感は消えた。

後は父が母に話すのを待つだけだ。

(ひとまずは安心ね・・・)

なんだか気持ちがゆったりしてきて、美矢子はそっと目を閉じた。




美矢子を呼ぶ声がかすかに聞こえる。

直接でなく、間に何かを挟んで聞こえる。

美矢子はそれに気づき、少し目を開ける。

視界が暗い。

「美矢子!! まだ風呂行ってなかったのか!! 何してる!?」

「えっ・・・えぇっ!?」

美矢子は跳ねるように起き上がる。

部屋も窓の向こうも闇になっている事に気が付いた。


「ごめんなさい! 今から行きます! あ~寝ちゃったよ~!!」

浴衣と手ぬぐいを拾い上げ、ふすまをはじき飛ばすように開け、部屋の外に出る。

しかし、目の前にいた父に衝突した。

「おわっ!?」

後方に倒れる美矢子。

「危ねぇだろ! 第一、女が家の中ドタドタ走るんじゃねえ!」

「はいっ!ごめんなさい!」

すぐに立ち上がり、今度はゆっくり歩く。


やはり時間がたってしまっていたせいか、浴槽のお湯は冷たかった。

美矢子は浸かっていると風邪をひくと思い、すぐに風呂を済ませた。

廊下に出て、居間の方に歩く。

その時、廊下の左にある店への入り口が目に留まる。

(今から、どんな生活が始まるのかなぁ・・・・?)

期待で心がいっぱいである。


居間に入ると、ちゃぶ台の上に握り飯が二つ、皿の上に収まっていた。

その横で父が寝転んでる。

ちゃぶ台の前で正座し、合掌する。

「いただきます」

その時、ちゃぶ台の横の父が寝息を立てているのに気が付いた。

(誰も見てないし、ちょっとくらいなら大丈夫よね。)

ふだん食事をするときは、正座してないと起こられるが、今回は誰も見てる人はいない。

正座していた脚を崩し、胡坐に組みなおした。

でも、一人の食事は、なんだか少し寂しかった。


食事を終え、そのまま自室に直行した。

たたんで部屋の隅に置いてある布団を広げて、そのままそこに倒れる。

「ふう」

一息。

暗い部屋で一人、美矢子の中に色々な事が巡った。

(そういえば、私、いつまで東京にいるのかな?)

(いつかお母さん達も来るかな?)

(畑はどうするのかな?)

(お兄ちゃんたち、横須賀にいるんだっけ?)

(横須賀ってここから近いのかな?)

(まぁ、明日考えよう)

美矢子の意識は深く落ちていった。


大正九年 秋の暮のとある日

とある少女の新しい毎日が始まったのでした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ