03 悩むテコ入れ
あやめという少女と出会ったのは不思議で他ならない。
あの一声は今でも忘れられない。
「あやめさんをキサキさんの小説に出してください、なんでもやります」
女のコとあまり話すことのなかったボクにとって、度肝を抜かれた一言だった。
「なんでも!!」
始めのお願いよりも、後の言葉の方を意識してしまった。
「はい。なんでも好きにしてください」
「じゃあ……」
良からぬことを考え、あれやこれやと妄想を立ち並べる。このコなら、と、ニヤニヤとしていた。
「わかりました。女賢者あやめにしてください」
「え?」
あやめの意図する意味がわかった。
「――好きってそっちの」
「女賢者あやめで登場してください」
あやめはなんでもいいから小説に登場させてください、と、いう意味で「なんでもやります」と言っていたのだ。
ボクが何も言わなかったので、あやめは前からやりたかったのであろう賢者役をお願いした。勘違いしていたボクは断ることもできず、「はい」と答えてしまった。
それからあやめは事あることにボクと話しかけてくる。カオを会わせると、決まってこの言葉を投げかけてくる。
「あやめさん、活躍している?」
またも、あやめはいつもどおり自分の活躍について聞いてきた。
他のクラスメイトにはボクがネット小説を書いていることを知らないから仕方がない。ボクが佐川方として書いていることを知っているのはこの三人しか知らない。その上、小説をきちんと読んでいるのは幼なじみのユリぐらいであり、後の二人は、なにそれ、おいしいの? と、読む気がないようだ。
「ああ、一応、活躍しているよ」
「いちおー?」
あやめは頬をふくらませてプンプンする。このままだと、激おこプンプン丸となって、だんまりになるだろう。
「大活躍! 大活躍! あやめの助言がなければ、みんな死んでいた」
あやめは嬉しそうにチョキのポーズを決める。
「ぶぃ」
いや、Vサインを決めた。まったくセンスが古いぞ。
いちいちボクに話しかけるぐらいならボクのネット小説を読めばいいだろうと言っている。だが、あやめは完結してから読む派だからいいと答えていた。
元々、ネット小説にあやめを入れることは反対だった。いや、もうこれ以上、ボクの小説に登場人物を入れることをしたくなかったが、話の展開からして誰かを入れないといけない状況だった。
ネット小説の感想で「マンネリで読んでいるのが苦痛」「もっと話を面白くしてください」というメールが来ていた。そのことを師匠と相談した所、シリアスで場を和ませるキャラが必要、いわゆる、テコ入れをするべきだと指摘された。
テコ入れ、あまり響きの良くない言葉だ。カンフル剤、もしくはドーピング剤みたいな気がして、まるで薬物を使用している気がしてたまらない。物語の寿命が短くなって、グダグダになると予想していた。
加えて、自分の力不足もあるかもしれないが、これ以上、キャラクターを増やすと会話文と地の文が交差することになり、とても読みにくい文章になってしまう。話のリズムが取れなくて、テンポの悪い話になってしまうのではないか。自分の中で一番の問題にしていたのはそれだった。
そのためか、師匠の意見を受け入れず、そのまま小説を書こうと決めた。……そう決めたはずだった。
しかし、あやめと出会ったことで、賢者あやめを小説に出すことになってしまった。結果として、文体は軽くなり、物語はとても面白くなり、多くのヒトに読まれることになった。塞翁が馬だった。