62 日々に追われて忘れた夢を
『かつての勇者と魔王が、21世紀の街中で、出会ったーー』
勇者【ゆう-しゃ】
かつて、世界を救った。今は、大手銀行に就職し、スーツ姿で営業に飛び回る日々。毛先の枝毛が、最近の悩み。
魔王【ま-おう】
かつて、世界征服を企み、勇者たちに倒された。今は、少年誌のマンガ家のアシスタントをして暮らしている。手先が器用で、フィギュア模型の作家として一部のひとの間では有名。
◇
バッタリ
勇者「あー、おー、魔王じゃん? その後、元気? 今、なにしてんの?」
魔王(無精ひげ)「……フッ。勇者か。あの頃は、世界を救った英雄としてもてはやされ、連日、テレビに出ていたな……。出版した自伝『光と共に生きる』は、発売されるや、1000万部突破。」
勇者「よ、よせよ。そんな昔の話……。それよりどうだ、ひさびさに、麻雀でもどう?」
魔王「……フン。私は忙しい。買ったあんまんが、冷めてしまうからな……」
勇者「あんまん? 魔王、今、何してんの? ケータイ・ショップの店員になりたいって、毎日のように言ってたじゃん? あの頃の夢は叶えたのか?」
魔王「……角が二本、頭の左右に生えてるひとはお断りだって。門前払いだよ」
勇者「ひでえな、そりゃ! よし、俺が一言いってやるよ! その店、どこ?」
魔王「よせ。元はといえば、人間社会でマトモに暮らせると思った俺が間違えていたのだ……。身分証のない人間など、強制送還されてあたりまえ……。こうして、社会の片隅で暮らせるだけでも、有り難く思わなければ、な」
勇者「魔王、おまえ……。」
魔王「……フッ。勇者こそ、どうなのだ。我が必殺の一撃ですりむいたひざこぞうの傷は、完治したのか?」
勇者「あ、あたりまえだよ! そんなん、とっくだよ……」
勇者「でも、俺。傷口にかさぶたができていくのが、怖かった。」
勇者「あの必死で戦った日々が、なかったことになってしまうみたいで。あの頃は寝ても覚めても、ただ、お前のことだけを考えていたんだ。あの、夢中でお前のことだけを追っていた毎日が、幻みたいに、消えてなくなりそうで……」
魔王「……。」
勇者「でも今は、ふっきれたよ。頑張ってた俺は、なくならない。いつまでも俺の心の中にあるんだ。これだけはーー"思い出"だけは、誰にも奪えないんだーー」
魔王「フン」
◇
勇者「まぁ、それはさておき。」
魔王「さておき」
勇者「毎日毎日、会社に行っては、家に帰るだけの日々。もうね、これね、会社に住んじゃえって思うの。通勤時間とか、意味なくね?」
魔王「家庭は安らぎの場らしいぞ。世間一般的には。」
勇者「マジかよ。やべぇな、俺。家帰ると、ひとけのなさに凹むだけだよ。」
勇者「それにさ、なんつぅの。正直、このままでいいのかなって、考えちゃうね」
勇者「給料に不満はない。人間関係に不満があるわけでもない。仕事だって、それなりに楽しい。でも、……でもさ、ときどき、考えるんだよ。俺、このままでいいのか。毎日をだらだらと、ただなんとなくで生きてて、ホントにいいのか? って」
勇者「俺には他にやるべきことがあって、俺の助けを待ってる誰かが、どこかにいるんじゃないか、って」
魔王「そんなものかね」
勇者「今の俺は、自分の、10年後20年後が、予測できちゃうわけ。それは確かに、安定した暮らししてるってことだよ? でもさ、もっとチャレンジして、自分を変えていきたい、とも思うわけ」
魔王「チャレンジ、ねぇ」
勇者「そうそう。外部からの働きかけを待つんじゃなくてさ。自発的? ってゆうの? とにかくさ。なんかもうちょっとガンバリたいなぁ、って思うわけよ」
魔王「あー、そういうものかね。俺なんか、毎日、ベタ塗りとトーン貼り、背景描くのに忙しくて、ソレドコロじゃねえし。今だってほら、おせんべと中華まん買ってこいって言われてさ」
勇者「それはつまりさ、毎日が充実してるってことじゃないの? 思い悩むヒマもないっていうのはさ」
魔王「そうかな~。結局、流されてるだけなんだよな。その時、自分に与えられた状況で、精一杯やるしかないっつーか」
勇者「むしろ、それが羨ましいね、俺なんかだと。工夫して、努力して、勉強してさ、その『状況』が少しでも良くなっていくのって、すごい達成感じゃん?」
魔王「そかな~。必死すぎて、そんなん考えるヒマもない。」
勇者「はは……。笑っちゃうよな。毎日休まずに会社行くのって、世界を救うより大変なんだぜ?」
魔王「マンガ家のアシスタントなんて、世界征服に比べればはるかに楽だ」
勇者「……ああ、昼休み終わっちまう。またな、魔王! こんど、カラオケでも行こうぜ!」
魔王「……フッ。それまでせいぜい、馬車馬のように働くのだな」
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