59 黒くて甘くてほんのりビター。口の中でとろける例のアレ
さてはて。魔王たちのバレンタインは……。
勇者「いつも世話になっている魔王のために、今日は義理チョコを持ってきました」ババーン
魔王「ま、まじかよ!? いやぁ、悪いね。ホント悪いね。でもホントはチョコなんかほしくないの。アレだろ? 体脂肪とか怖いだろ?」
勇者「100倍に拡大した伊勢エビをかたどってみました。これのすごいところは、なんと、脚や尻尾が動くことだァ!!」
魔王「ま、まじで? いやぁ、なんか悪いね。こんなに精巧に作られちゃうと、食べるの勿体ないね、わあ。飾っちゃおうかな。魔王城の中央ホールに。みんなに、邪神像だって言いふらして崇めることにするよ!」
勇者「なに、食わねーの、魔王?」
魔王「……え?」
勇者「あ~ん。はむはむ。もきゅもきゅ。うま~」
魔王「うワッ!? 食ってるよ!! この人、自分で持ってきた義理チョコ、相手の目の前で完食しやがった!!」
勇者「げふー。いやぁ。今年も思い出に残るいいバレンタインだった。そう思わないか、魔王!!」肩ポン
魔王「ひどい……。楽しみにしてたのに……。勇者が作ったチョコ……。大切に春までとっておこう、って……。世界征服したら食べようって思ってたのに!!」
勇者「……え、マジ?」
魔王「」コクリ
勇者「しょうがねぇなあ。そこまで言われちゃなぁ。ホラ、やるよ」
魔王「チロルチョコだ! ひとつ10円のやつだ! ありがとう! ありがとう勇者!! 俺、このチョコを邪神様の祭壇に捧げてくるよ!」
勇者「ちょ、待て、お前。仮にも、勇者だぞ? 聖なる鍋で湯煎し、聖なるカカオの木からとれた、聖なるチョコだぞ? ーーそれを邪神様に、だと? フン。所詮お前は、俺より邪神が大切なんだな。お前はいつもそうだ。二言目には『世界征服』。俺との決戦より世界征服が大切なんだ! 」
魔王「うん。そうだよ?」
勇者「グギャアアアアアア!!」
☆
部下S「側近様! 好きです」
側近「奇遇ですね。わたくしも好きですよ(もやしが)」ニッコリ
部下S「……いえ、その。そうではなく、ですね……、ええと。愛しています」
側近「ええ、わたくしも愛していますよ(もやしを)」微笑
部下S「いえ、その、何と言えば……、つまり私は、側近様を食べてしまいたいくらいです!」
側近「……なるほど。その発想はありませんでしたね。しかし……、となると、少し考えなければなりませんね」
部下S「側近様……!」
側近「……ええ。わたくしも食べてしまいたいくらいですよ(もやしを)」イイ笑顔
部下S「では早速……!!」
側近「ええ。スーパーは20:00まで開いています! 売れ残りを処分するセールを逃す手はありませんよ部下S!!」
部下S「はいっ!!」
(以下、長文。ここで読み終えて下さって良いかとw)
部下Sは泣きながらスーパーへ走った。あの方は。いつもそう。もやしと世界征服のことしか考えていない。
少しくらい、こっちを見てくれてもいいのに。今日はいつもよりちょっと早起きして、念入りに化粧をした(フルフェイスの兜の表面に)。
洗顔は、泡立てスポンジを使ってこんもりとできた泡を、そっと顔の表面に載せていく。まず、額に。そして左右の頬に。鼻の頭に。顔のおうとつを丁寧に指でなぞり、顔全体をマッサージするように、泡を広げてゆく。
ぬるま湯でさあっと流して、ふわふわのタオルで拭う。洗剤の優しい香りが、顔全体を包む。その感覚にしばし酔いしれーー。彼女(ただし、黒光りする『生ける鎧』だが)は、化粧水の瓶を手に取り、数滴を、手のひら(ただし手甲)に落とす。
通販で手に入れた、ちょっとお高いブランド品だ。去年のクリスマスに、自分へのプレゼントとして、買った。あの日もそうーーもやしに負けた。屈辱だった。彼はもやしの薄片を顕微鏡で見るのに夢中。染色体が綺麗に見えるって、はしゃいでいたっけ。その様を思い返し、彼女は少しだけ、頬を緩めた。
あの方はいつもそう。もやししか、みていない。
ーーでも。そう。そんな所が少しだけーー
冷たい化粧水の感覚に、我に帰る。
化粧下地として使っているクリームを塗り込んでいく。ちょっとずつ。鏡の中の兜(!?)の表情が変わってゆく。オフタイムの彼女から、仕事中の彼女の顔へと。
パウダーをパフではたいて、基本は完成。
ピンセットでつけまつげをつまみ、まぶたに挟む。二、三度、まぼたき。
青色のアイシャドウをマブタにひいてーー待って。面頬のドコにマブタが。
つけまつげとアイシャドウをあきらめ、彼女は、ふう、と息をつく。
人間の女みたいにマブタがあったら、あの方は振り向いてくれるだろうか?
あとは、そう。チークだ。パレットからお気に入りの淡い桃色を選び、頬につけていく。ーー雑誌の『男性にウケるメイク』特殊号を熟読し、何度も自分の頬で試した、一撃必殺のチークである。
最後に、口の周りに、真紅。女友達には評判が悪いけれど、この毒々しい紅色だけは、譲れない。
上下の唇を合わせて、馴染ませる。ーー完成。
鏡の中を、ちょっと女優目線で確かめる。
漆黒のフルフェイス兜の表面に施された愛されメイクは、ひたすらにキモいだけであった。
「あぁあああぁああっ!!? 最悪ぅ!!!」
彼女はゴシゴシと必死でタオルを握り締め、鎧の我が身を呪いつつ、化粧水と、化粧下地と、白粉と、結局使わなかったアイシャドウとつけまつげと、あと真紅の口紅を、すべてなかったことにした。
そして走る。スーパーへと。まだ開いているはずだーー。私は、これでいい。もやしを買うために走れる、二本の黒光りする脚がある。それだけでいい。
明日はきっと、もやしラーメンを作ろう。
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