37 魔王様のお買い物日和
正午。魔王城、最上階ーー
心地よい風が吹きぬけ、窓の外では小鳥たちが愛くるしいさえずり声をふりまいていた。
観葉植物(ちなみに側近が手入れしている)の葉はつやつやと光り、朝ごはんの食欲をそそる香りが厨房から流れてきている。
誰かが、魔王の肩を微かにゆすった。
???「……起きて下さい。起きて下さい、魔王様……」
魔王「ん……、ううん……、あと三年……」
???→側近「何でですかっ! 早く起きて下さいよっ! 今日は人間界を滅ぼしに行く大事な日でしょう!? まさかとは思いますが、忘れてるんですかっ!」
魔王「だからあと三年待てってば。ダイエットは明日からするし、勉強は明後日からするよ。三年経ったらちゃんと人間界征服するからぁ~」
側近「いいえ待てません! 魔王様が行かないというのならわたくしがッ! 不肖この側近めが! 人間界を征服してご覧に入れます!」ブシッ
側近は 清涼飲料水の缶をにぎりつぶした!
側近「フフフ・・・、どうです、魔王様。今日のわたくしは絶好調。まさにもやしを得た側近とはわたくしのこと・・・!」
側近「さあ、行きますよ飛竜部隊、骸骨剣士部隊、オークとトロールのちゃんこ部隊!!」
オーク「あー、ついに行くんスね、人間界。この日のために棍棒と腰布、新調して待ってたっス!」wktk
トロール「ガイドブックもチェック済みですよ。側近様! まずはトーキョーディズ●ーランドに侵攻しましょう! 人間たちがあんなに集まっているなんて、重要な軍事拠点に違いありません!!」wktk
オーク「キョートの清水寺も見逃せません! 寺のテラスから飛び降りると願いが叶うって噂あるんスよ!! オレ挑戦してみたいっス!!」wktk
飛竜「オキナワとホッカイドーから侵略しましょう!! 博多ラーメン屋と盛岡冷麺屋の制圧も忘れちゃあいけませんぜ」wktk
側近「皆さん……、今日という日を待ち焦がれていたのですね……」感涙
側近「ではーー進軍!!」
☆
勇者「やっべ、マジやっべ。魔物たちが本気で42.195km走る気だ。俺ら全力で迎え討っても勝率、半々じゃね?」
国王「そう言わずに何とかしてよ。あんた勇者でしょ」
王妃「そうですよ。この日のために高い給料払って来たんですから。」
勇者「勇者が重い……、肩にめり込んでる。」
トゥルルルル 電話を掛ける勇者。
魔王「ダメッ、そこは、ああんっ、ゴキブリが・・・!」寝言
勇者「あー、魔王? 何オマエ、寝起きなの?」
魔王「うん。まあね。最近何だか無性に眠くてさー、3日くらいフツーに寝てた」
勇者「協力しろ。人間界を救うために協力しろ。」
魔王「……は? 何言っちゃってんの? 俺、魔王なんだよ、これでも。」
勇者「お前の大好きな牛丼屋も、映画もマンガ雑誌もゲームソフトも、人間界なくしては成り立たないんだぞ。分かっているのか、魔王!!」
魔王「中古で買えばいいじゃん」
勇者「そのブック・●フ経営してんのも人間なんだよ!!」
魔王「ウッソ、ありえない。なんでよ、魔物も雇えよ。差別なんじゃないの?」
勇者「手当たり次第に人間喰う奴なんか雇えるか」
魔王「まじで? そこには気づかなかったなー」
勇者「あああぁあ、魔物の群れが王城に迫って……、もうダメだ」
魔王「……勇者?」
魔王「……ああ、電話切れちまった」
魔王「……。」
魔王「……ま、あれだよね。カタチあるものはいつか滅ぶっつーか。仕方のないことってあるじゃん?」
☆
オーク「ブック・●フの前に誰かいます」
側近「構いません。殲滅なさい」
オーク「おぉおおお、オレのこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ!! 必殺! 魔物フィンガぁぁあぁぁあ!!」
ドゴォォオン!
爆音、爆風。煙が晴れると、その人物は平然とその拳を受け止めていた!
???「……フッ、オークよ……。お前の実力はその程度なのか?」
オーク「ま、まままっ! 魔王様っっ!?」
???→魔王「この店には指一本触れさせん……。何故なら、俺様がまだ『ガ●スの仮面』を読み終えていないからだ……」
オーク「ハッ!! 失礼致しました!! 魔王様が読み終えるまで待機致します!」
魔王「悪いね。……あ、ついでにコーラとポテト、買ってきてくれる?」
オーク「おい、お前行け」
トロール「ハッ!! トロール部隊総員、総力を挙げて周辺ハンバーガーショップを制圧します! かかれぇ!!」
トロール百体「おぉおおお!!!」
側近「さすが魔王様……。全軍の志気が上がった……! あんなんだが案外人望だけはある……!!」
☆
京都、清水寺。
観光客「オークが集団で紐なしバンジー!!! 誰か止めてあげてぇ!!!」
ひゅるるるる×100体
住職「おお……、なんてことだ……」
ドォォオン!!!
なんと 大地を揺るがし、次々にオークたちが着地した!
タクシー運転手「無傷……だって?」
オーク「やったぁあぁぁあ!! オレ、やったよ! 母ちゃん! まさ子も拓郎も!! 観てるかぁ!! 父ちゃんはやったぞォオオオ!!!」
ニュースキャスター「何てことでしょう……!! まさにモンスター! ガッツポーズ! 勝利のガッツポーズです!!!」
☆
一方、勇者は王城で魔物の群れを相手にしていた。
勇者「ああ……、目が霞んでる……、腹から血が流れて……、力が抜けていく……、くそ。こんなところで終わるのかッ!!」
それでも勇者は剣を握り直す。
俺はーー、勇者だ。人類の、希望なんだ。
俺が倒れたら、世界は闇に閉ざされる。
それは、それだけは。
世界を、大切な人を、ちっぽけな日常を守りたい。
誰もが笑って暮らせる、そんな世界をーー!
勇者「……俺は、あきらめないからな。俺は、あきらめない。なぜなら……」
俺が、勇者だからだッ!!
放った斬撃が、魔物の頭蓋を砕く。骸骨剣士の、骨が千切れ飛ぶ。オークの棍棒が、まっぷたつに割れた。
勇者「うぉおおお!!!」
☆
とつじょ 勇者の前にひとつの人影が現れた!
魔王「……ども、魔王です」
勇者「おぉおおお、遅いよオマエ!! 世界を救う戦いに遅刻!? ありえない!!」
勇者「ていうかそのトロールたちが背負ってる段ボール箱は一体……!?」
魔王「今日は人間界をたっぷり堪能したからさぁ、そろそろ帰ろうかなって。な? みんな」
トロール「サー! イエス・サー!!」敬礼
魔王「……うん。というわけだからさ、それじゃな」
勇者「……ち、ちょっと待。腕の折れてる俺の苦労は一体……?」
魔王「いい温泉紹介してあげるからさ。じゃーな」
勇者・国王・王妃「ちょっと待てやコラぁあぁぁあ!!!」
☆
勇者「結局オマエ、何しに来たの、今日」
魔王「側近がえらく張り切ってたけど……。俺はただマンガ買いに行ったけだよ?」
勇者「ひでえ……。人間界侵略のきっかけがマンガ本とか……ひでえ」




