23 勇者と魔王とお正月
魔王「ども、魔王です」
勇者「やあ、よい子のみんな、元気にしていたかな。勇者です」
勇者「はー、やっぱ実家は落ち着くわ。何つーの、この、安心感。ヒーリングスポット的なオーラが出てるよ」
勇者母「あなたが魔王さん? ウチの勇者がいつもお世話になっているみたいで」
魔王「いや、いいのだ。勇者の相手をするのも魔王の務め」
勇者母「あらあら。良くできた人ねぇ。勇者が言うような深刻な厨二病を患っているようには見えないわ」
魔王「…勇者よ」
勇者「だってお前厨二病じゃんあれ明らかに! 黒マント翻して高笑いとかどこのヒーローごっこだよ」
魔王「あー、あれな。だって皆期待するじゃん? あー魔王だよマント翻して高笑いだみたいな。やっぱりお約束はやっとかないとな」
勇者「……案外、律儀なのな、お前」
魔王「まあねー、これでも魔王やってますから。勇者こそ ないの、そういうお約束」
勇者「あー、あれじゃね? とりあえず必殺技は叫んどけ、みたいな」
魔王「おお、やっぱな、必殺技はな、叫ばないといけないよな」
勇者「何、魔王もそういう考え!? やだもうこの厨二病ワールド」
魔王「いいじゃん、かっこいいじゃん。叫んどけば」
勇者「やだよー、めっちゃ恥ずかしい。あれだね、俺に優しくない。心にダメージ入るよ、あれは」
魔王「そうかなー」
勇者「そうなの。お前も一度やってみればいいじゃん。《奥義! エターナルブレイズ!!》とか往来の真ん中で叫んでみろよ」
魔王「…やだよ。さすがにそれは恥ずかしい」
勇者「だろ? だからさー、俺は辛いわけ」
魔王「なるほどなぁ、大変だったんだな、勇者という職業も」
勇者「そらそうだよ。どこにもラクな仕事なんかないって」
魔王「うんうん」
勇者「はー……。お腹いっぱいになったら眠くなってきた」
魔王「寝ちゃえば?」
勇者「やだよ眠ったら死ぬだろ」
魔王「なんでだよ」
勇者「死ぬな盗賊ーー! 寝たら死ぬぞーー!」
魔王「勝手に仲間を殺すな」
勇者「魔王に勇者が寝顔見せるとかどうなの。どんだけ無防備なんだよw」
魔王「……まじで? 俺、魔王として認識されてたの?」
勇者「百分の1くらいの確率で」
魔王「確率かよw」
*
勇者「しかしなー、正月っつーのもお約束だよな」
魔王「まあな。だがむしろ、そこがいい」
勇者「お約束の帰省ラッシュとおせち料理で人は生きていることを実感するわけか」
魔王「ああ、今年もひでえ混み具合。俺、生きてる……!」
勇者「でもやっぱなあ、どうせなら空いてたほういいよな」
魔王「…まあね」
勇者母「おもちはいくつ焼くー? 勇者、魔王さん」
魔王「えー、5つ?」
勇者「そんな食うのかよ!? 人ん家で遠慮ねぇな。あ、母さん、俺は15個」
魔王「どんだけ食う気だよ。堅くなるぞ」
勇者「いいよ。そうしたらおぞうにに入れよう」
勇者母「私は108つ~♪」 < ぼとんぼとんどぼぼぼぼ!!!
魔王「あぁあああ、すごい勢いで大鍋に切り餅が!!」
勇者「母さんはおしるこがすきなんだ」
魔王「限度があるだろ」
勇者母「煮すぎたらおぞうにに入れましょう」
魔王「おしるこから取り出した甘ったるいモチをぞうにに入れんのかよ!! もう嫌だ、この母子(おやこ)」
勇者母「洗えばいいのよ」
勇者「洗えばいいんだ」
魔王「…もう俺、魔王城に帰る」
勇者「なんだよー! 実家のないお前の為にこうしてモチをごちそうしてやろうっていうのに」
魔王「魔王にモチなど必要ない」
勇者「モチ馬鹿にすんな馬鹿!!」
部下A(電話)「魔王様~、モチが焼けましたよ~。みんな揃ってますし、一緒に食べましょう~」
魔王「……お前もか、部下A」
部下A(電話)「おぞうにには側近様が有らん限りのもやしをブチ込んだので、すでに鍋料理と化してますが」
魔王「……側近……」
*
勇者「魔王、今年の目標は?」
魔王「……何か期待してね?」
勇者「ほら言えよ~、例の四文字熟語っ」ワクワク
魔王「えー…? 一日一善?」
勇者「がっかり」
魔王「……なんだよ、何なんだよ、そのがっかりフェイスは! 俺に恨みでもあんのか!!」
勇者「…ないよ。ないさ。…あーあ」
魔王「どうせ魔王だから世界征服が夢なんだとか思われてるんだろ!! いいよもうそれで!」
勇者「…あ、いや、ごめん。ステレオタイプなイメージって結構、重いよね…、うん」
魔王「健康第一、無病息災! 一日一歩、日々前進! 我が魔王軍は、今年、平和裡に世界を席巻します!!」
勇者「絶対無敵、強行突破! 日々是堕落、怠惰万歳」
魔王「…おい」
勇者「ダメじゃね、俺。正月からやる気ねぇや。うつ病かもしれん。病院行ってこようかな」
魔王「それだけ元気な人間がうつ病とかあるのか?」
勇者「双極性障害なんだよ!! ハイテンションとローテンションが交互に訪れるんだ!」
魔王「年中ハイテンションじゃねえか」
勇者「だよねー、はあ、落ち込むってどうやればいいの? 秘訣とかある? 側近とかに訊いてみようかな」
魔王「それ、訊かれた方もびっくりするだろうな」
勇者「そうかな。俺だって一回くらい、この世の終わりみたいに落ち込んでみたいよ…。あーあ」
魔王「面倒くさい奴……」