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「ども、魔王です」「こんにちは、勇者です」  作者: 魔王@酒場
新米魔王様は食卓にて待つ。
150/162

勤労に感謝してみる日

「いらっしゃいましたァ!!」

「イラッシャイマシタァ!!」

魔物たちのおどろおどろしい声が店内に響く。


雑味のない白を基調とした明るい空間は、無機質でありながらも清潔感がある。


入店すると耳を奪うのは、まず入店のチャイム、そして客の思考を奪うアップテンポのBGMだ。

これは客から冷静な思考を奪い、必要のないものまで購入させ、さらには店内に長居をさせないという、

素晴らしい効果があるのでオススメだ。ぜひあなたの店でも採用してみてほしい。

売り上げが劇的に伸び、なおかつ、客の回転率は目覚ましい数値を記録するだろう。


店内で働く魔物たちは、緑と赤の縦じまの、まだシワのない真新しいエプロンをまとい、どこか誇らしげだ。

ここにはーーそう、労働の悦びがあふれている。


人に会える。

誰かの役に立てる。

自分にはできることがあるのだと、自覚できる。


勤労は、心ある生き物なら誰もがおそらく無意識に求めているであろう、そんな欲をたしてくれる。

ここに働くものたちは、今、そんな未知の欲求をたされていた。


(ーーああ、労働は素晴らしい)

レジを打つ八本足の魔物は、自分に八本の脚があることに、生まれかつてないほど感謝していた。

昼食時のピーク、「オベントウアタタメマス」が八件同時に起きても、何も問題はない。

それを温める火トカゲサラマンダーたちも、また。


「あたためますかー!」

「アタタメマスカー!!」

円陣を組んだ火トカゲたちが、中央に置かれたモノを決められた時間、炙る。これは冒険者にも好評だった。


「うぉおおおお!!! あつい、熱い!!」

「この性能なら、あの中ボスーー火炎魔人との戦いもバッチリね! ハニー♪」

「そうだなマーガレット(誰)! おれたち、あの中ボスを倒したらハネムーンに行こうな♪」

「やだぁもう! ジョー(誰)ったら気が早いわよ♪」

「うぉおおおお!!! 燃えるぜぇえええ!!!」

「うふふふふ」


ーー好評のようである。


***


「冷やしますかぁあ!!」

「…ああ。マイナス273℃くらいで頼む」

対し、隣のブースでは、氷の精霊たちがスクラムを組んでいた。

紺色のローブをまとった魔術師とおぼしき冒険者が、手に持っていた何かを差し出す。

「お客様、分かってるじゃあないですか」

店員をしている魔物が、ニヤリと笑うと、魔術師は無表情にこたえた。


氷の精霊たちの凍てつく吐息が辺りに満ち、『何か』を氷点下の絶対零度にて凍らせた。

その気温はーー、そう。全ての気体が動きを止め固体に変わるーー、いわゆるカルビン零度というやつである。

なお、液体窒素は便利なシロモノではあるが、いかにあなたの暮らす惑星が猛暑であろうとも、

気温を下げるために浴びてはいけない。--あなたの構成細胞が、もし、ミトコンドリアの生み出す細胞内通貨、ことATP(アデノシン三燐酸)で動いているのならば、ではあるが。


「打ちのめしマスカー?!」

「カミツキマスカ―?!」

「呪いマスカー?!}


他にも、魔物たちが店内で提供するサービスは、蘇生・再生・防具の性能評価・回復魔法の試験、毒物薬物の治験など多種あり、好評だ。


かつて、暗黒の支配する魔界でのコミュニケーションといえば、『喰うか食われるか』『死か服従か』『獲るか獲られるか』--そういうものであった。

ゆえに、こうしてサービスを提供する『お店』--『労働』というものは、魔物たちにとっては新鮮であり、

また、退屈な日常にいた人間どもにも、またかつてない娯楽となるようだ。


今後は、魔界の過酷な環境を活かした観光業なども展開していくつもりである。



ーー魔界歴236年。とある魔物の報告書より抜粋

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