魔王様、山登りする
■ 魔王様、山登りする。
チュン、チュピピピ…。
青葉の天蓋が陽光を透かし、柔らかい風が頬をやさしく撫でていく。
小川のせせらぎは澄み渡り、どこから来たのだろう。青い羽根の蝶が、幻想の世界にいざなうように、
その上をふわりふわりと飛んでいく。
世界には、こんなに美しい場所があったのかーー
魔王は、目をみはった。
部下A「と、いうわけで今日、ぼくたちは、登山に来ています!」
側近「凶悪な感染症が流行しているという話を聞いて、人間界に足を伸ばすのはしばらく控えていましたからね。相変わらず、人間どもには勿体ない景色ですね」
魔王「…ひぃ、はぁ、ふぅ、まってぇえええ」よたよた
部下A「魔王様、大丈夫ですかー? だから、屈強なトロールにお姫様抱っこしてもらえばいいって言ったんですよぅ」
側近「もしくは、簀巻きにして俵担ぎもよいかと」
魔王「だってぇええ、外出自粛で、三ヶ月くらい引きこもっていたであろう? その間、我は座りっぱなしの生活を送り、なんと睡眠時間は毎日20時間にも及んだのだ…!」
部下A「逆によくそれだけ眠れますよね…」
側近「我々とは身体のつくりが違うのでしょう…。魔王ですからね」
魔王「ひぃ、ふぅ、しぬぅうううう」
***
魔王「おお? おおお? これは…もしや…」
部下A「はい。頂上ですよ、魔王様!」
側近「ようやく来ましたか。日が暮れるかと思いましたよ…」
冷えた風が、吹いてゆく。
魔王「おぉお、絶景であるな…!! まるで世界をこの手にしたかのような心持ちだ…!」
側近「気のせいですけどね」ひそひそ
部下A「まだ手にしていませんよね」こそこそ
魔王「うむうむ。このような絶景が拝めるのならば、毎日来たいくらいだ…!!」
側近「まぁ、そのくらいして身体を鍛えたほうがよいかもしれませんね、貴方は。」
部下A「えへへへ。用意してきた 塩おにぎりと魔界マグロのサンドイッチ、からあげがありますよ! ここで食べましょうか♪」
配下の魔物たち「「「さんせーい!!」」」
もぐもぐ…。
■ 勇者の山登り
勇者は頂に立っていた。
高山の風は冷たく、そしてどこか優しい。
そしてーー思う。
(ーーあれ? ここから魔王、突き落とせば、世界、救えるんじゃね?)
いやいや、ダメだそんなこと。断崖絶壁で背後から魔王を突き落とした勇者が、
三千世界のどこにいる?
(ーーいや、でもーー。チャンス、だよな?)
そうですね。
魔王の黒いマントを風がさらう。
ーーよし! 今だ!
勇者は両の脚に力を込めた。
勇者「魔王! 覚悟! 今日こそお前を倒す!
お前に苦しめられた人たちの恨み! 思い知れぅああああ!!!」
ゆうしゃの こうげき!
百裂張り手だ! この世の中では気軽に相撲も観戦できない!
ロボをアバターにスポーツを観戦する未来がくーるー♪ きっとくるー!
魔王「…えっ、ちょ…っ、ここで?!
俺様を見逃してくれれば世界の半分をくれてやるわぁああああ!!!」
側近「魔王様!」
わずかな差だった。
ほんの、わずかな。
側近の手は魔王のマントの裾をつかみ、勇者の手はくうを切った。
ゆえに。
勇者「ひゅううううううん」
魔王「勇者ぁああああ??!!??」
側近「魔王様、ご無事ですか?」
魔王「側近! 勇者が…、勇者が!!」
側近「ええ。落ちましたね。人間どもの希望の星が」
魔王「せっかく登山を楽しんでいたのに、俺様はなんということを…!!」
側近「不可抗力ですよ。やむをえません。正当防衛だったのですから」
勇者「おお! ゆうしゃよ! しんでしまうとはなさけない!!」
部下A「しぶといですね。木にひっかかって生きてますよ」
勇者「仕留めそこねた」(´・ω・`)
部下A「勇者さん。そろそろ、人類代表暗殺稼業みたいになってますから、もうちょっと
クリーンなイメージにしていきましょうよ」
勇者「いいや、世界を救う。そのためには、ちゅだん…言いまつがえ。ちゅどーんなど選んでいられんのだ!!」
側近「だからーーウィルスを世界にばらまいたというのですか、勇者よ」
勇者「やむを得なかった。--正当防衛だ。
我が国の主要輸出品目は、ウィルス、細菌、産業スパイ、マスク、消毒液、防護服、よく落ちる橋、デコボコの道路ーーそして独裁主義だ!」
部下A「それ、すでに悪の国では…?」
勇者「えらいの! 俺が偉いの! みんなチヤホヤしろよ~、もっと!
構われたい! 『いいね』が欲しい! もっとほしい!
10億あっても足りない! 『いいね』だ…! いいねをもっと寄越せ…ハァハァ」
魔王「手段と目的が逆になっていないか…?」
側近「哀れですね。映えるために世界を救おうというのですか…!」
部下A「ある意味すごいですけどね…」
勇者「でも、ぼうけんで忙しくて最近、インスタ使ってないな~。自撮り棒を戦闘中に使うと、剣と間違えてよく壊す」
側近「なるほど…。自撮り棒で攻撃し、剣の刀身で自分を映すというわけですか…!」
勇者「うん。こうげきりょくが低いから、1ターン無駄になっちゃって…」
勇者「動画は人気だね。『3分で魔王を倒す方法』とか『蘇生費用を安く抑えるには』とか再生数多いよ」
部下A「3分間で…魔王様を…」
勇者「や、もちろん実際には倒せないよ。だからそこは編集で…」
側近「……。」
部下A「せっかく登山に来たのに、暗い話題になっちゃいましたね」
魔王「うむうむ。この『登山』というものは、健康にもポジティブで、よいものであるな! ぜひ魔界でも広めようぞ!」
側近「そうですね。兵たちの鍛錬にもなります」
勇者「…よっし。この動画を編集して…、ふっふっふ。これで俺はヒーローだ!」
おしまい♪
Thanks for your Read !




