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空木  作者: 越智和紀
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1.王城の兄妹 3

 巫女女王の座所として王城が定められる以前よりその名で呼ばれる王城騎士団の歴史は古い。

 始まりは巫女の衛士であったといい、巫女を擁したウィスタの一族を中心とする勢力が国を興し巫女が女王となるに従いその職務は女王王家親衛隊、王城守護、国軍中枢と広がっていったが、巫女と共に烏合の衆にも似た勢力をまとめ導いた実績から統治においても女王を補佐する役割を担うこととなった。

 常に女王をそば近くで守り支え続けたその忠誠心は今もゆるぎなく、王家にとっては最たる忠臣といっていい。

 入団試験を受けることができるのは十五歳の成年に達した者で、他に資格は求められない。だが当然門戸は狭く、また入団から五年間は徹底した教育、訓練と選抜が繰り返される。年毎に半数に減る、とまで言われるその五年の末にやってくるのが最初の地方勤務だ。

 五年間王城で守られ鍛えられた若い王城騎士が真に女王と国家の騎士たりえるか、それを見極められる。

 それは王城騎士として規定の過程だ。例外的に統治に足を踏み込む方が早かったアーヴィングとてその過程を外すことはできない。むしろ、護国卿家を継ぐ者として、王子の息子として、女王の養い子としてアーヴィングこそが国の期待に応えなければならない。

 その気概をセスに語ったとき、セスはやはり笑って頷いていた。「がんばってください」と激励されたし、「下に付かれる方に意地悪してはいけませんよ」と自分の経験に基づくにしても見当違いの注意までされた。

 だからセスは大丈夫だ、と安心していた自分の迂闊さがアーヴィングは恨めしかった。



 行ってみれば案の定うなだれたセスの姿が見えた。

 女王宮の裏庭、存外死角になっている場所にある、木登りの木と昔アーヴィングが名づけた木の陰で溜息をついている。どこで、と言わなくともお互いに通じてしまう辺りが周囲の憶測を呼ぶのだろうが、気心が知れている相手がいるのは悪いことではない。


「盛大な溜息だな」


 のんびりと声をかけるとセスは驚いたように顔を上げた。


「アーヴィング様」


 セスはいつものように笑ってみせようとしているのだろうが、失敗だ。アーヴィングは大きな手を伸ばしてセスの頭を撫ぜ、心配そうに、馬鹿、と言った。


「俺の前で無理をするな。おまえの言うとおり、確かに俺のせいだ」


 アーヴィングが気遣わしげな目をしてセスを見下ろす。そばにいると二人の身長差が際立つ。セスはアーヴィングの肩ほどもない。少しうつむいたセスがアーヴィングに見せるのは、赤みのかった金色の頭頂だ。今そこにはアーヴィングの手がある。


「さっきは言い過ぎました。押さえがきかなくて・・・。私もお嬢様方と同じです」


 一瞬ぎょっとした。何が令嬢方と同じだというのか。


「切羽詰っているのはお嬢様方ばかりではありません。半年は長い・・・。アーヴィング様なしで私は大丈夫でしょうか。いつも頼ってばかりいたので、不安でたまりません」


 情けない声でぼそぼそというセスの言葉にアーヴィングは目を細めた。自分が寄る辺なのだ、とセスの口から告げられることにひどく満たされる。


 木陰に並んで腰を下ろし、同じ方向を見た。女神の祭壇所の鐘楼が春の穏やかな日差しにきらめている。その向こうには王家の墓所があるのだが座っていては屋根も見えない。


「前はどうだった? 三ヶ月いなかったときは?」


 視察に行かれた時ですよね、とやはりぼそぼそとセスは言った。アーヴィングは王城騎士による国内視察の一行に加わったことがある。本来なら五年目の軍務前にそういった任に就くことは稀だが、急な欠員の補充に実績のあるアーヴィングが選ばれたのだ。あまりに急でその時はセスは不安を感じる暇もなくアーヴィングを見送ることになった。


「王立救護院や王都の民間の治療院へ行ったりして、忙しくなるようにしました。料理ばかりしていたこともあります」

「それで腕を上げたのか。さっきの焼き菓子はうまかった」


 ありがとうございます、と小さく笑った。


「木には登らなかったのか?」


 アーヴィングは上を見上げた。座るによさそうな太い枝が伸びている。


「もう小さな子供ではありませんもの。いくら私が小さくても、あの枝に座っているのは勇気がいりますよ」


 王城へ来たばかりの頃はよくあの太い枝に座ってこっそり泣いていたな、とその姿を思い出す。意外な隠れ場所だったが、たまたまアーヴィングはそれを見つけたのだった。もう何年も昔の話だ。


「半年は、長いです・・・」


 もう一度アーヴィングはセスの頭を撫ぜた。髪をくしゃくしゃに引っ掻き回したが、くせのないまっすぐな髪は少し手でなおすだけで、元に戻る。

 トリニティ王女の世話係だった頃は、それらしくきちんと髪をまとめていたが、その死後、女王の用を足すだけでなく王城内の治療所と薬所に出入りするようになってからは、せいぜいうしろできつくひっつめる程度になり、女王宮で働く女の制服である前掛けをしてはいるが、その下に着ている衣装もだんだん地味になってきている。目立たないようにしている感じを受けるが、女王の膝元華やかな王城でその地味さ簡素さが逆に目を引いていることにセスは気づいているのだろうか。


「大丈夫だ。王都から近いのだから気が向いたら遊びに来ればいい」

「またそんなことを・・・。それこそいらぬ勘繰りをされますし、だいいち女王陛下がお許しになりませんよ」

「陛下はお前に過保護だからなあ」


 そんなことは、と言いつつも自覚はあるのか困ったようにセスは首を傾げた。


「父上もお前には甘い」


 わずかに身を強張らせたセスの様子を横目で伺い、アーヴィングは続けた。


「お前をここに連れてきたのは父上だ。娘が欲しかったとも言っていたことがあるし、お前の父親気分もあるのだろう。お前にしてみれば迷惑かもしれんが、父上に守られてはくれないか」

「…畏れ多いことです。レーヴェ様はすでに多くのものを守っておいでです。その上私などまで・・・」

「お前一人くらい増えたところで父上には何の負担もなかろう。むしろ癒しだとかなんだとか言って、陛下とお二人で嬉々としてお前をかまい倒しそうだな」

「もしかして、アーヴィング様の代わりですか?」

「まあ、そうとも言う」


 迷惑ですー、と情けない顔をして訴えるセスの表情が少し前までの強張ったものから幾分緩んでいるのを見て、アーヴィングはやさしく笑んだ。


「気が向いたら手紙をよこせ。返事を出そう。それから笑っていろ。昔、言っただろう? 嘘でも笑っていれば、本当になる」


 はい、と答える。前もそうやってセスは笑顔を取り戻したのだ。アーヴィングがセスに感謝しているように、セスにとってもアーヴィングは恩人なのだ。


「出立前に母上にご挨拶に行く。お前も来るか?」


 座っていては見えないが、この木の枝に座れば王家の墓所が見える。王族とその配偶者が眠る王家の墓所には誰でも入れるわけではない。葬られた者たちと濃い血縁のある者だけで、アーヴィングにはその資格がある。そして王家の墓所にはトリニティ王女も眠っているのだ。


「よろしいのですか?」

「荷物持ちだがな」

「・・・ありがとうございます」


 そうやってやさしく笑んでセスを見下ろしてくるアーヴィングを、セスもまた見あげた。


「いつでもお前を気に懸けている。笑って見送ってくれるな?」


 またセスの頭にアーヴィングの手が乗った。くしゃりと一撫ぜされ、セスは少し泣き笑いのような顔になって、はい、と頷いた。





 一礼してセスは仕事に戻って行った。


「立ち聞きとは王女殿下にあるまじき悪趣味だな」


 背後に近づいてきた気配に呆れたようにそう言う。セスに男が二人追いついたのが見えた。


「セスを捜していたのよ。一応遠慮したんだけど、なにあれ、口説いてるのかと思ったわ」


 護衛としてついていた王城騎士が赤面していた、とアーヴィングの横に並びながらアリシア王女が遠ざかる三人、セスと自らの夫フェルディナンドと護衛の王城騎士を目で追いながら言った。


「フェルディナンドがセスに用があってね、ついでに二人で散歩してたら。いやねえ、すっごいあまあまじゃない。うわぁ、アーヴィングのくせに気持ち悪い」

「別に甘くないし気持ち悪くない。護衛を行かせてよかったのか?」

「あら、護衛ならここに代わりがいるでしょ。散歩に付き合いなさいよ」


 さて今日は何を言われるのか、いずれにしても最後は「馬鹿男」で締めくくられるに違いない、とアーヴィングは溜息をついた。


 女王宮で育ったに近いアーヴィングにとってひとつ年上のアリシア王女はただ幼いだけのころは遊び相手だった。与えられる教育も同じようなものだったが、やがて差ができ始めた。それは王族とそうでない者の気概の差といっていい。いつしかアリシアはニギディア女王の娘王女たちと同じく、アーヴィングを自分の庇護対象と見るようになっていた。つまりは格下認定されたわけである。

 こちらは口やかましい苦手な姉と思っているし、むこうはできの悪い弟と思っているのは間違いない。人前でなければ王女に対する礼などいらない、と言われているが、そこには共に育った家族の情愛があるからだ。とはいえもともときつい性格を隠すことなくぶつけてこられるのには困るのだが。


「セスを怒らせたんですって?」

「・・・耳の早いことで」

「まったくあなたときたら・・・」


 気まずげなアーヴィングの返事に、アリシアは溜息をついた。


「あのお人好しのセスを怒らせるなんて大概ね。ついにセスに堪忍袋の緒を切らせるようなことをしでかしたってわけね」


 アリシアのきつい口調はいつもの事だが、今日は一段と辛辣だ。一歩退いて付き従うべき護衛だが、今は隣を歩くことを許されている。それもまたアーヴィングに許された特権ではあるが、うれしいか、と聞かれたらとてもそうだとは答えられない。


「いい気味よ」


 アリシアは吐き捨てた。そして殊勝に「反省している」と答えたアーヴィングの言葉を遮った。


「嘘ばっかり。本当に反省してたら、王家の墓所なんて、そんな馬鹿げたこと言えるはずないでしょう」


 アリシアは足を止め、まっすぐにアーヴィングを睨みつけた。


「どれだけセスに甘えているの。あなたがどんなつもりでも年頃の男と女がしょっちゅうつるんでいたら、誰だって勘ぐるわよ。それを避けてやるのが男の甲斐性ってものではないの? あなたはセスを妹だといって気に懸けているというけれど、じゃあセスを守れているの? 口ばっかりでちゃんとできていないのなら、やらないよりなお悪いとは思わない?」

「守れていないと、なぜ言える」

「こちらが聞きたいわ、守れているとなぜ言えるの。ファンベルクからの話はレーヴェおじ様が蹴ってくださったけど、そもそもそんな話が来たのはあなたのせいよ。レーヴェおじ様だから断ることができたけど、あなたでは無理。セスに迷惑をかけるばっかりで、セスを庇うこともできない。力不足もいいところ。見ててイライラする」

「そこまで言うならお前がセスを守ればどうだ」

「できるならそうしてるわよ。でも王族の庇護なんてただの女官には不利益が多すぎる。だからあなたに任せたんでしょ、すっごく不本意だけど」


 意識すらない回復の見込めない王女の世話という小さな少女には荷の克ちすぎる仕事を最後までやりとおしたセスに対する王家の信は篤い。トリニティ王女が身罷った後、成年に達していたセスを女王宮の女官として手元に留めた。だが身寄りのないたかが一女官の後見に王家がつくのは問題がありすぎるとして、結果アーヴィングが「今までさんざんいじめた罪滅ぼし」をすることで落ち着いた。


 アリシアの容赦のない言い様に腹立ちはあるが、それでもセスに怒られ泣かれまでした後では言い返すこともできない。アリシアが女王や父とは違う気遣いを常にセスにしているのはわかっていた。


「わかった。全面的に承服はしがたいが、確かに俺はいたらなかった。今後は十分に気を付けるし、俺の力不足でお前を不安にさせることもないように努力しよう。それでどうだ?」

「何よその偉そうな物言い。これで無能なら干してやるのに、本当に腹が立つわね」


 不機嫌に言い放つと、アリシアはようやくきつい視線を外した。


「わかったわ。あなたは嘘はつかないものね。あなたが努力するというのならそれは本当でしょう。ただ、覚えておいてほしいのは、レーヴェおじ様が結婚されたのは今のあなたより一つ上の時だったし、セスは来年には私が結婚したのと同じ年になる。あなたたちはそういう年頃だということ。兄だというなら兄であることを完遂して。中途半端に手を離すことだけはしないで」

「わかった」


 重々しくアーヴィングは頷いた。長い間アーヴィングに「箸にも棒にもかからない」だの「使えない」だのと低い評価しか下さなかったアリシアだが、ここ数年そんなことはなくなった。「馬鹿男」とは呼ぶがそれはアーヴィングに対するアリシアの期待が高いからだ。より多くを望まれるのはそれをかなえる力があると信じられているからだ。


 アーヴィングの返事にアリシアも頷き、大きくひとつ息をついた。この話は終わり、ということだろう。アリシアを見下ろしてアーヴィングは口の端を少し上げた。


「気が済んだか?」

「済むわけないでしょ。ほんっと、気に入らない男ね。でも、セスがあなたに頼ってるっていうのが一番気に入らないわ」


 アリシアの眉が寄り、口が不機嫌に歪む。それを見てアーヴィングの口角がさらに上がった。


「なんだ、さんざん人を詰っておきながら、結局は俺に嫉妬していただけか」

「私をからかうとはいい度胸ね。どうせ半年は帰ってこないんだから、せいぜい吼えておくといいわ。王家の墓所には私が連れて行く。いいわね」

「頼む」

「ほんっと、偉そう。馬鹿男のくせに」

「はいはい、申し訳ありません」


 軽口のたたき合いは、アリシアを部屋に送り届けるまで続いた。


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