序.王家の悲劇
ウィスタリア女王国はこの世界において現存する最も古い国の一つである。その建国は数百年前とも千年より前ともいわれ、世界がまだ混乱にあった時代に秩序を打ち立てた最初の国でもあった。
建国王の名はレオあるいはレオンと伝わっており、その妻はウィスタの巫女であったという。
以来連綿と続く王家は女神あるいはその巫女の末裔として、この世の数多の神の中でも力ある一柱ウィスタの女神を奉じている。
ウィスタリア女王国が他国と異なるのは、その国名が示すとおり女王を戴くことである。女神あるいはその巫女の末裔だからか王家ウィスタ家は女系相続であり、時に女王の代理、中継ぎの王として男性の代王が立つこともあるが、不思議と代王の統治下では安定しない。
また少なからぬ回数王家打倒の動きもあり、実際ウィスタ家が王位を追われたことも一度や二度ではなかったが、結局王家として復位している。
長い歴史の中で何度も浮沈を経験してはいるが、女王を戴く限りウィスタリアは存続する、と人々は信じている。
今も信じている。だが。
ウィスタリア女王国にとって、その年は悲劇の年だった。
その前年、女王ニギディアが身罷った。数年患った末のことだった。その跡を継いだのがニギディア女王の長女ソフィ・アマリア。しかしその即位からまもなくニギディアの次女でソフィ新女王の妹クレメンティアが風邪をこじらせ、あっという間もなく亡くなった。そして続くようにその妹、第三王女アレクサも突然の死を遂げ、即位後の多忙、打ち続く肉親の死にすっかり顔色の悪くなっていた女王ソフィ・アマリアもあとを追うように亡くなった。わずか一年にも満たない間のことだ。
ニギディアの子供は女ばかり五人。第一王女から第三王女まで既にこの世の人ではなく、第五王女トリニティはその十数年ほども前に謎の失踪を遂げている。残されたのは第四王女ユージェニーだけだった。
他に王族はクレメンティア王女の娘アリシア。行方の知れぬ第五王女トリニティ。だがユージェニー女王の即位直後に王城に戻ったトリニティは、王都への帰還途中に何者かの襲撃を受け瀕死の重傷を負い、意識が戻らない。そしてニギディア女王の弟の息子で五人の王女たちの従兄弟にあたるレーヴェ・マリアヒルフの三人だけ。
ウィスタリア女王国の王家ウィスタ家は女系相続である。そして王族は女王の孫までと規定されている。ユージェニー女王は既に三十路を超えて未婚、トリニティ王女は廃人同様、年若く未婚のアリシア王女は世継ぎであるが女王孫であり女王にならねばその子は王族には加えられない。そして残った王族では一番の年長の女王孫男系男子であるレーヴェ王子も女性王族たちが存命である限り王位には就けず、彼の一子は王族ではない。
五人の王女、一人の王孫王女と王孫王子という、王位継承に何の不安もないと思われていたウィスタリア女王国の王家はこの年、非常に不安定な状態に陥ったのであった。
しかし、それは王族の人数の少なさによるものではない。あまりに不自然に続いた王女たちの突然の死に誰もが疑いを抱いたのだ。
王家弑逆。
確たる証拠はない。しかし不安は疑心暗鬼を生む。
王家執政府の施策に誤りがあるわけではない。統治が不安定なわけではない。民から王家執政府に不満が出ているわけでもない。ならば民の安寧を第一に掲げる王家としては王位を他の者に渡すわけにはいかない。
しかし。
王家を滅せんとする者がある。王家を覆さんとする者がある。何度目かの王家転覆の兆しであるのかも知れぬ、と決して口にはできぬ疑いを人々は抱き始めていた。




