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サウザンブレスに教えて  作者: アルティメット☆かずき
一章『奇跡の風』
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一章『奇跡の風』 ヒトガタ②


 頬杖をつきなおし、アレゼルは乱暴な手つきで机に文を――自身の指先で描く。面白い事に、文字を綴る彼女の指先には光琳が帯びており、机には本当に光で、それらがすらすらと描かれていく。

 エルフのみが使えるとされる、『魔砲具』を用いない独自の術……『魔法』だ。

 テーブルを覆う古代文字は、アレゼルが指の先端を上に向けると、ふわりと『浮いた』。まるで実態はあるが、見えない紙にでも描かれているかのような、そんな文字列だ。


「契約の盟により……」


 アレゼルがボソリと呟く。宙に浮いた文字列が、横の窓に吸い込まれるようにして消えていく。すると、美しいステンドグラスは煙のように消え失せてしまった。同時に魔法の文字列も消え去り、砂塵のようにふわふわとした光の余韻が残る。

 数秒の間が置かれたあと、陽気な声が、長大な部屋内に滑り込んできた。


「いやぁ、わざわざ窓を開けてもらってしまいすいません。流石に外側から開けますと、窓硝子の防衛魔術に反応してしまいますからね。と、言い訳はこの辺で、遅くなって申し訳ありませんでした。あれ? 坊ちゃんは何処に行かれたのでしょう? 今日は戴冠式から三日前と言う事で、これからケルナ・クルフの様子でも見に行く御予定なのですよ?」


 余りにも滑稽だった。地上四階の窓枠につけているのは、魔砲具に跨った魔女でもなく、ましてやここまで壁を伝い登ってくるような盗賊でもない。そこにいた『竜』は、かなりの大きさだった。その堂々たる姿は、既に成竜へと成長をした証なのだろう。鋭い牙と、翼についた巨大な爪。赤い鱗が全身を覆う、恐ろしい容貌の竜だ。

 レッド・ドラゴンと呼ばれる、この地方ではもっとも見かけることの多い種族の竜だ。主に荒野地帯に生息し、性格は竜の中でも比較的温厚なものが多い。彼らは、その高い知能で人間の足とも、武器ともなってくれる。

 が、幾らなんで多種族である人間の言葉を器用に操る事は、この竜にはできまい。

 バサリ、バサリと翼を羽ばたかせる音が閑静な王宮に響く。

 窓の外にいたのは、一匹の赤き竜と……その圧倒的な存在感を持つ竜に跨る騎士だった。分厚い鉄仮面の所為で素性が知れないが、慣れた口調でアレゼルに話しかける声は、人好きのする印象があった。


「エデュミス、稽古するって。シグルエで」


 アレゼルも、エデュミスに習うように投げやりにそう言う。騎士は、仮面の覗き穴からでも見えるくらい、さも大げさに目を丸くすると声高に喉を震わせた。


「なんですって? 止めてくださいよそこは! イーシュ様の戴冠式は近いんですよ? どこぞのお馬鹿な国が動き始めても良い頃合いなのに、不用心すぎますし、何より俺との予定もあったのに! 昨晩は三回ほど言って聞かせたんですよ? 危ないから、常に近衛の誰かかアレゼル様の傍にいてくださいって。あぁ、でも『エルール』が坊ちゃんのスカウトをしているでしょう。安全と言えば、安全ですけどね。でも、二度いいますけど俺との予定があったのにひどい!! まったく、坊ちゃんは自覚が足らないんですよ。いっつも言ってるんですけどね! 高貴なる血をひいてらっしゃるんですから、余り粗野な真似はしないようにって! まったくどうしようもないなぁ!」


 呆れた、と口では言っている。だが、その態度と口調はまんざらでもなさそうだった。この騎士はむしろ、率先して死地に赴き稽古に励む王子の姿を、微笑ましく思っているような気がする。家臣としては三流どころかそれ以下の答えだが、エデュミスにはそれくらいの付き合いの方が合っていると、アレゼルは素直に感じた。


「参りましたねぇ。どうしましょうか」


 そう言い、腕を組んでドラゴンの背にあぐらをかいた騎士。分厚い鉄仮面を取り外し、騎士はその顔を外気に晒した。

 短い金髪に、口元には笑うとできる優しそうなえくぼが見える。その緩んだ表情は、口調と同じく何処か愛嬌を感じるものだった。彼は騎士だけが袖を通す事の出来る、赤と白のコントラストで描かれた鎖帷子を着ている。騎士にしては余りにも軽装だが、そこに裏打ちされた実力はアレゼルも知っている通りだ。

 男の名は『クーゼ=ラグオン』と言った。

 サシュア女王国の嫡子『エデュミス=サシュア』を守る、数少ない近衛騎士の一人だ。独断で彼専用の執事まがいの事もしているこの男は、困ったような顔をして、無遠慮に頭をボリボリとかいた。臣下としてとても儀礼の欠ける行為であるが、アレゼルは対して気に掛ける事も無く、ただ漠然と近衛騎士クーゼの言葉を待っている。その眼は、少し怖いものだ。


「……あ、お迎えに遅れてしまった理由をお聞かせしましょうか」

「そうね。あなたの所為でエデュミス、先に行っちゃったもの」


 その不満げな視線を受け止めたクーゼは、少し考えるような素振りを見せてからもう一度アレゼルに向きなおった。


「実は、イーシュ様にプレゼントする為の装飾品を探しておりまして……方々の街を探索していたんですよ」

「……へぇ」


 アレゼルはやはり、大して興味なさそうに、自身のブロンドの髪をくるくると弄りながら聞いた。


「一応聞くけど、誰の指示でそんなものを探してたの?」

「いや、坊ちゃんが、適当に見繕って与えておけと……」


 クーゼも大してあまり考えず、そう告げる。


「ふーん。そう言うのって、エデュミスには『絶対に言うなよ』とか、口止めされてるんじゃない?」

「あぁそうですね。でも言い訳がみつからなかったもので……。それに、坊ちゃんの近衛が主であり余り顔なじみでない俺が、個人的にイーシュ様へ装飾品のプレゼントなんて言うのも可笑しな話ではないですか。だから、坊ちゃんには悪いですが正直な話をさせてもらった訳です。まぁ、家臣と君主の禁断の愛? とか何とかがあれば、話は別だったんですがねぇ……。あはは、まぁそんな事も無い訳でして。それよりも……そうですそうです、その道中、実は美味い菓子を見つけてきまして、坊ちゃんやアレゼル様に頂いてもらおうかと持ってきたんですよ」


 頗る、口先が忙しい男だった。目まぐるしく動く口と舌の動きには、アレゼルも呆れてものが言えないほどだ。クーゼ=ラグオンと言う男は、そう言って竜の背に縛り付けてある菓子折りをひっぺがして差し出すのだが、


「あぁ! しかし坊ちゃんにも食べてもらいたかったんです! やはり『シグルエ森林』に行ってから、皆で一緒に食しましませんか」


 アレゼルからスッと菓子折りを遠ざけ、ハハハ、と笑う。

 お菓子を食べる頭数にさりげなく自分も入れているのが、このクーゼと言う男でもある。一対一で話していると、それが数分の出来事でさえ頭が痛くなってくるので、アレゼルは適当な言葉を返して話を進めることにした。


「別に。今あたし、お腹減ってないからいらないわ。それより、私もシグルエに行きたいのだけれど」


 クーゼを横目に、アレゼルは不機嫌な表情を絶やさず言った。クーゼはまた少し考えるように、今度は空を見上げると、菓子折りを竜の鞍にせかせかと縛り直した。それが終わると、きょとんとした間抜け面をアレゼルに向け、ぽんと両の手を合わせる。


「仕方ない、予定変更して行きますか、シグルエ森林に。……あぁしかし当然ながら、竜の背に乗るので、私の目の前に座っていただくことを了承して頂かないといけませんね。アレゼル様が落っこちたらえらい騒ぎになってしまいますから」


 つまり、背後から抱きすくめられることを承知しろという事だ。アレゼルは、人間に抱きすくめられるなどおぞましさで身が震える思いだったが、いいえ、と反発しても有無も言わさずそうして連れて行かれるだろう。この男はクーゼ=ラグオンである。貴族にも庶民にも、境界線のない男だった。それに、この男の行動に安全以外の他意はない事は、十数年の付き合いで承知済みである。


「……いいわ……不本意だけど」


 人差し指にくるまった髪をほどき、アレゼルは澄ました顔をようやくクーゼに向けた。すっかり根を張っていた腰をあげ、大きく伸びをする。色々と考え事をしていて、久しぶりに体を動かすものだから、少しだけ違和感を感じた。その違和感の合間に、ふと思いだす。


「……そう言えば」


 竜の背に乗り、いつの間にか膝をつくクーゼを見て、アレゼルは呟く。


「帝国の方は、どうなの?」


 その一言を聞き、金色の髪の騎士は、すぐさま態度を一変させた。心に芯が入ったかのように、空気が張りつめたのが何となくだが、アレゼルも分かった。


「一応、我が国の戴冠式に現れるそうですよ。流石に皇帝直々にではなく、王子である『レンティール皇太子』、そして騎士将軍の『ヴァネル=センチネル』」


 穏やかな表情だったクーゼは、いつの間にか引き締まった、本来の騎士である表情に成り代わっている。先ほどまでの緩くぼやとした雰囲気は消え、まるで相手を射殺すような……内に秘めた獰猛さを前面に出した眼差しを携えている。

 アレゼルは、その変化に少し思う所があるが、あえて口にはしなかった。器用に窓枠に飛び乗り、クーゼに手を差し出す。そんな小さなエルフに手を貸すと、クーゼは言葉の最後にこんな事を付け加える。


「……皇太子レンティールの近衛騎士も、護衛と称して現れるみたいですね。あの男には、申し訳ありませんが、アレゼル様も警戒をしていてもらいたい所です」


 竜がその巨大な翼を大きくはためかせる。クーゼの背にもたれながら、アレゼルは晴れ渡る空をぼんやりと見つめながら、相槌をうつ。


「……解ったわ」


 クーゼもこくりと頷くと、赤き竜はゆっくり飛翔しはじめた。小さく見える城下町を見降ろしながら、アレゼルとクーゼを乗せた竜が勢いよく動き始める。

 まだ風の冷たい、千年目の祝福期の三日前のことであった。


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