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第七話~旧交~



 マサと旅をするようになってから半月が経過した。


 今では人目のない移動時は彼に抱えられることがすっかり定着している。

 そうなった理由は色々あるが、端的に言うなら『私が1人で歩くことに限界を感じたから』だ。

 元々、特にスポーツや運動をしていたわけでもない。

 履きなれない靴で整備もされていない道を歩けば、半日も経たないうちに靴擦れや筋肉痛を起こして移動速度は鈍り休憩回数が増えていった。

 だから、旅の効率的な意味でもお互いの精神的な意味でも、この形が1番いいだろうという流れになったのだ。


 さておき、彼と旅を続ける間に1つ分かったことがある。

 それは、マサがどこまでも不憫な人であるということだ。


 道中、立ち寄った村で宿を頼もうと思っても、扉も窓も閉め切って居留守を使われたり、村中がパニックになって話を聞いてもらうどころじゃなくなったり、中には問答無用で襲いかかって来られたりしたこともあった。

 結局、泊めてもらうどころか、話を聞いてくれる人も滅多にいないというのが現状だ。

 1度だけ、私が先に交渉して了承を得た後にマサを連れていくという方法を取ったら、やっぱり無理だと言って固く扉を閉ざされたことがあって、それ以来、彼は『アミ1人で泊って来い』と村に入ることすらしなくなった。

 さすがに、1人で寝床を確保するのも気が引けるので、何か事情がない限りは彼に付き合って野宿をしている。


 境遇にそぐわない彼の穏やかな性質が、どうしてか私にはもどかしく思えた。



~~~~~~~~~~



 さて、私たちは現在、ある大きな町に来ている。

 深い堀と石造りの高い塀に囲まれた、草原の中に佇む町だ。

 ぐるりと回った反対側には、王都まで続く石畳の道があるらしい。

 検問等はないが、入町料がいるとのことで、入り口でマサが衛兵らしき年若い男にお金を渡していた。

 男は傍目に分かりやすいほどプルップルにふるえていて、上手くお金を受け取れず落としてしまい、悲鳴を上げ泣いて謝りながらソレを拾っていた。

 周囲の人間はこぞって男に同情の眼差しを向けていたが……この場合、真に可哀相なのは、さて、男なのかマサなのか……。


 町の中に入って最初に目に飛び込んできたのは、道沿いにずらっと連なる露天商だ。

 それぞれ、地面に薄い絨毯を引き、その上に商品を並べて声高らかに口上を述べている。

 人々が多く行き交い、中には例の半人半獣な亜人の姿も見ることが出来た。

 背丈は一般的な人間と変わらないが、見た目はほとんど獣がそのまま2足歩行を始めたような者ばかりで、確かにマサは特殊な部類であるのだろうと理解した。


 ちなみに、この町に来た目的は、私を保護する前に受けていたモンスター討伐依頼の達成報告と剥ぎ取った素材の換金をするためらしい。

 何となくゲーム等でお馴染みの冒険者と呼ばれる者が集うギルドを思い浮かべたが、さすがに全くそのままの施設ということはないだろう。

 まずは宿の確保ということで、宿泊施設が軒を連ねる区画へと続く石畳の大通りを2人並んで歩いた。

 周囲にはセメントで作られたような、薄い灰色の角ばった箱型の家々が建ち並んでいる。


 ……それにしても、モーセの十戒もかくやという人の波の割れっぷりである。

 割れた波の影から時折聞こえてくる、彼への悪意交じりの囁きが妙に悔しかった。

 どこに行ってもこんな扱いじゃあ、彼が根無し草でいるのも当然だと思う。


 マサの馴染みだという比較的小さな宿屋に入ると、牧場の牛が首につけているようなイメージのベルがカランと鳴った。

 扉のすぐ右側に木でできたカウンターがあり、その向こうに丸坊主の大男がいる。

 全長2メートル程の厳つい体躯、偏屈そうに寄せられた眉間の皺、年の頃は60程に見える初老の男性だ。

 彼は目を瞑り、踏ん反り返るような姿勢で椅子に座っている。

 けれど、ベルの音に反応してこちらに視線を向けると、途端に立ち上がって、腰に下げていたマチェット(山刀)を抜き、振り回しながらこう叫んだ。


「テメェ討ち入りか!

 ワシの宿に手ぇ出そうたぁ良い度胸じゃあ!」


 私自身は突然のことにビックリして動くどころではなかったが、至極冷静な態度を崩さないマサは、繰り出された刃をあっさりと左手の人差し指と中指で挟んで受け止めてみせる。

 まるで漫画のような技巧に感激した私は、心の中で盛大に拍手を送っておいた。


「落ちつけ、カウガン。俺だ」

「あん? ……おっ、何だマサじゃねぇか!

 相変わらず凶悪な面してんなぁ! ガハハハ!」


 カウガンと呼ばれた男は襲いかかったことを悪びれもせず、マサの腕をバシバシと叩きながら豪快に笑った。

 マサも全く気にしていない様子で話を進めている。

 彼と宿の主人との毎度お約束のやりとりか何かなのだろうか。理解不能だ。


「そんなことより、部屋を2つ頼む」

「えっ。いいですよ、わざわざ2つも取らなくて」


 聞こえてきた言葉に反射的に否定を入れると、マサは首を傾げて私を見て来た。 

 彼につられる様に私を見たカウガンは、大仰に眉間に皺を寄せて渋い顔をする。


「おぉいおい……マサ、何だこの女は。どっから攫って来やがった」

「人聞きの悪い。迷子を保護しただけだ。

 それよりアミ、本当に俺と同室で大丈夫なのか?」

「私1人じゃ何かあった時に対処できないし、必要な物がある度に部屋を訪ねないといけなくなるし、何よりお金が勿体ないでしょう?」

「別に金の心配なんか……」

「おぉいおいおいおい! マサと顔を合わせて会話する女だとぉ!?

 前代未聞だな! 明日の天気は槍か!?」


 自分がないがしろにされていることに気付いていないのか、宿の外まで聞こえそうな音量で驚きの声を上げる主人。

 私との会話を遮られたせいか、あんまりな言われように気を悪くしたのか、マサは口を閉ざして鬱陶しそうな表情をし、それから深くため息を吐いたのだった。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 最初の村を発って、半日としない内にアミは足を痛めたようだった。

 想像以上のか弱さだ。

 こんな身体で旅を続けて本当に大丈夫なのかと心配になる。

 だと言うのに、それを押して必死に歩こうとする彼女の健気さには心を打たれた。

 まぁ、とてもじゃないが見ていられなかったので、翌日からは有無を言わさず抱え上げることにしたのだが……。

 嫌がられはしなかったものの、アミは『ご迷惑お掛けして申し訳ありません』と言って項垂れてしまう。

 別に迷惑だなどと思ったこともないのだが、それを俺が口にすると嘘臭くなりそうで言えなかった。


 旅を続ける半月の間に、いくつかの村を訪ねた。

 ……が、結果はどれも散々だった。

 半ば予想は出来ていたとは言え、それでアミまで割を食う羽目になってしまうのが心苦しい。

 1人で泊って来いと言っても、逆に気を使われて野宿に付き添われる始末だ。

 情けない。



~~~~~~~~~~



 とりあえず、依頼の期限が近いということで、俺たちはギルドの支部がある町までやって来た。

 この町のすぐ傍を流れる河は北の国の都とつながっており、それを伝って盛んに交易が行われている関係で、様々な物資や人種が集っている。

 せっかくだから、アミに何か買ってやれればいいのだが……聞いたところで彼女の性格的に遠慮されそうだなと思った。

 どうせ、俺1人じゃ貯まった金を使う場所などないのだから、色々ねだってくれて構わないんだがな。

 彼女はあまり露店の商品には興味がないのか、町の風景を観察することに一生懸命になっているようだった。

 雑多な場所がもの珍しいのだろう。


 ちなみに、ここからは王都へ向かう魔獣車の定期便が出ている。

 アミにはまだ言っていないが、この町を出たら次はそこへ向かうつもりだ。

 この国の王都は現王の意向で大陸中の物資が集められている大交易都市、かつ、難攻不落と名高い城壁に守られている大城塞都市だ。

 その分、物価も高いし、定住しようと思えば様々な審査を通過しなければならないが、治安の良さは折り紙つきだし、女が1人で住む条件としては悪くない。

 そもそも、身分のある身であった彼女が少しでも不自由なく暮らすには、田舎よりも都会の方が都合が良いはずだ。

 何より、いずれ別れなければならないのなら、彼女には安全でいつでも会える場所にいて欲しい……。


 ギルドに行く前に不要な荷物を置いて行こうと、俺は知り合いの宿へ向かった。

 普段は人でごった返している大通りだが、俺が歩けばいつもあっという間に道がひらかれる。

 それはどんな場所でも、そこにどれだけ人がいようと同じだった。

 俺にとっては日常になっていて、すでに何も思う所はないが、隣を歩くアミはかなり居心地が悪そうにしていた。

 とは言え、これはもはや自然現象に近く、俺1人がどう頑張ろうと変えられるようなものではない。

 こんな日常事が原因で『もう一緒に旅は出来ない』など言われでもしたらと考えると、恐ろしくて身震いがしてくる。


 馴染みのカウガンの宿に入ると、初っ端からその当人から手厚い歓迎を受けた。

 昔っから、ここのオヤジはしょっちゅう寝ぼけちゃあ、俺に襲いかかって来るのだ。

 まぁ、実際に怪我をした過去もなければ、他人からいきなり攻撃されることには慣れているので、別にこんな程度で怒ったりはしない。

 そもそもの問題として、営業中に居眠りをするのはどうなんだ、とは思わなくもないが。


 ちなみに、カウガンは俺が出会うよりも以前、かなり名の売れた狩士だったそうだ。

 気立ての良い美人の嫁さんを貰ったことがきっかけで引退し、今の宿を始めたらしい。 

 ハッキリ言って、ここが潰れないのは全て嫁のナーエさんのお陰だろうと思っている。

 幾度も利用しているが、俺はカウガンが暇そうに受付をしているか、食堂で客と飲んだくれているか、外で誰かと楽しそうに喧嘩をしているか、ナーエさんに怒られて土下座しているか、そのあと落ち込んで部屋の隅で小さくなっているか、という姿しか見たことがない。

 ……離婚されないのが本当に不思議だった。

 この男のどこが良くてナーエさんは結婚に踏み切ったのだろうか。

 確かに、案外世話好きで俺のような男を平気で受け止める器のデカさはあるかもしれない。

 しかし、それを補って余りあるセコイ悪行(?)の数々を知っている俺としては、非常に理解に苦しむ夫婦だった。


 ともかく、昔から反省という言葉が右から左なカウガンに、今さら宿の主人としてどうのこうのと野暮な説教をかますつもりもないので、頭に響く笑い声を遮り端的に目的を告げる。

 だが、そんな俺の言葉に真っ先に応えたのは、カウガンではなくアミだった。


 わざわざ別の部屋をとらなくても……とは、どういう意味なんだ?

 アミの真意が分からずに無意識に首を捻る。

 彼女の方に目を移すと、俺の視線を追ってカウガンも顔をそちらに向けた。

 そして、アミの存在を確認した瞬間、カウガンは訝しがるような表情で彼女をジロジロと無遠慮に観察した後、とんでもない発言をかましてくる。

 事もあろうにこのオヤジ、俺が彼女を攫ったなどとのたまったのだ。

 カウガンの場合、冗談のように見せかけて7割がた本気で言っているのだから腹立たしい。

 しかし、今はこいつよりもアミだ。

 うるさいオヤジを適当に流して、俺は彼女に話しかける。

 僅かな期待を入り混じらせた『本当に同室で大丈夫なのか』という問いは、想像以上に合理的な思考で返された。


 それにしても、お金が勿体ないとはまるで貴族らしくない台詞だな。

 そもそも宿代程度を節約しなければならないほど稼ぎが少ないと思われているのか、俺は?

 ……まぁ、これまでの言動から考えるに、遠慮しているという部分が大きいのだろう。

 そんな考えは不要だと伝えるために口を開いたのだが、その途中でカウガンに邪魔されてしまった。

 いい年をした客商売を営む男が空気のひとつも読めないのか、と呆れて思わずため息が漏れたのはきっと仕方のないことだったろう。




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