第六話~処世術~
男性の悲鳴を聞きつけたのか、年若い男女と壮年の女性が相次いで玄関先に駆けつけてくる。
私の想像通り、彼らは皆、私より随分と身長が高いようだった。
もしかすると、地球よりもほんの少しだけ重力が低かったり、もしくは地球人にない遺伝子を持っていたりするのだろうか。
いや、あまりその辺りを考えすぎるとサイエンスフィクションものになりかねないから止めておこう。
壮年の男性が村長と仮定して、彼と同じくらいの年齢に見える女性がその奥様、若い男女は2人に面差しが似ていることから息子と娘だろうと推測した。
マサを見て息子は村長と全く同じように悲鳴を上げて腰を抜かし、娘は声を引き攣らせて気絶。
奥様は青褪めつつも子らを守るように手を軽く広げて前に出た。
いくらマサの人相が鬼も怯えて生贄を差し出し始めるほど怖いからと、あまりに大げさなのでは……。
私が彼らの反応に少々呆れていると、村長が涙を流しながら悲鳴にも似た声で叫ぶ。
「いっ、命ばかりは!
村の物は何でも差し上げますからっ、たっ、助けて!」
家族であろう人達を前にして、何とも情けない姿を晒すものである。
何でも差し上げますなどと軽々しく言って、後ろで倒れている彼の娘を要求したらどうするつもりなのだろう。
まぁ、答えは考えるまでもないけれど。
マサが村長の言葉に返事をしようとしたので、私は彼の肩を叩いてそれを止めた。
今、この状態の村長にマサのあの地獄の底から響いてくるかのごとく重低音の声を聞かせれば、ほぼ確実に逆効果になること請け合いだ。
なので、視線を私に移したマサの耳に顔を近付けて、小声で少々提案してみた。
「マサ。私から話してみますから、降ろして貰っていいですか?」
「…………頼む」
自分の顔面の威力を理解しているのか、彼は案外すんなりと意見を通してくれた。
それから、ゆっくりと腰を屈め、私を床に降ろしてくれる。
地に降りた私は、マサと村長の視界の間に立つことで、強制的に意識をこちらに向けさせた。
そこでようやく私の存在を認めたようで、村長は戸惑いの表情を浮かべる。
そんな彼に警戒心を抱かせぬよう微笑みかけながら、私は子供に言い聞かせるかのごとく、出来る限り穏やかな声でゆっくりと話しかけた。
「私たちに貴方がたを害する意思はありません。
まずは落ち着いて、話を聞いてはいただけませんか?」
「……え……あ、お、お嬢さん……は?」
「私はアミ。
つい先日ですが、そちらの彼……えっと、マーシャルトさんに命の危機を救われまして、ご好意で今は一緒に旅をさせていただいております。
この村には一夜の宿をお願いしたく、立ち寄った次第です」
「……や……ど?」
「はい。きちんとした寝床がなくても構いません。
どこか、雨風の凌げる場所をお貸しいただけないでしょうか?」
話を理解しているのかいないのか、ただただ目を白黒させるばかりの村長。
やがて、そんな私の言葉に反応を返したのは、未だ混乱の渦中にある彼ではなく、後方にいた奥様だった。
「それは、構いませんけれど」
「お前、何を……っ!?」
妻の発言に驚いて振り向いた村長に、彼女は冷ややかな視線を向け口を噤ませた。
そして、打って変わって優しげな表情を浮かべた奥様は、私に近付いて言う。
「ところで、お嬢さん。
その恰好は? 靴はどうしたの?」
「……あの、彼に保護される前に、身に着けている服以外は全て失ってしまいました。
保護されてからは、こちらが初めての村になりますから、まだ……」
あまり詳しく事情を聞かれないように、視線を落とし『辛すぎて思い出したくもない』というような悲痛な表情を浮かべるよう心がけながら、弱々しく言った。
ついでに、両手を震わせながら握り込むという動作も忘れていない。
……私の知り合いには絶対に見せられない演技だ。
まぁ、もうどこにもいないわけだけれど。
少しあざといかなとは思うが、下手に事情を話し過ぎると私の心が決壊するきっかけになってしまうかもしれないし、目の前に村がありながら野宿というのも侘しい。
「あらあら、まぁまぁ。
それは大変だったでしょうねぇ」
奥様は同情的な視線を向け、優しく頭を撫でて来る。
私は、彼女に大人しく触れられながら『かなり適当な説明しかしていないというのに、どう見ても怪しい2人組を簡単に信用してしまうとは危うい人だ』と思った。
しかし、見方を変えれば度胸があって懐が広い、とても素敵な人でもある。
未だ無意味に尻で床を温めつつ、阿呆みたいに口を開いて私と奥様のやり取りを見ている村長には、少々勿体ない気がした。
その後、彼女に誘われるまま、村長宅で夕食をごちそうになった。
内容は、村で作られたと予想される見慣れない色形をした野菜や鶏肉と思わしきものが入ったやたら薄い塩味の具沢山スープに、手作り感満載の少し固めのパン。
現代人には物足りないどころじゃあないけれど、要するに、調味料一式は当然、海もなければ岩塩もろくに採取できないのであろう田舎村での精一杯の持て成しを受けた。
奥様、ちょっと太っ腹すぎて逆に怖いです。
マサの食べ方を観察した限り、特に見慣れない作法があるわけでは無いようだったので、安心して口を付ける。
勿論、いただきますは心の中だけ。
ところで、食器類が全て木製だったけれど、金属や陶器はそこまで普及していないのだろうか?
それとも、日本にも文明から隔絶されたような田舎があるように、ここもそうなのだろうか。
何となく後者のように思えた。
ちなみに、この時相手をしてくれたのは奥様だけで、村長もその子供たちもそそくさと自室にこもっていた。
せめて息子くらい母を守るために見張りとして残る程度の気概はないのだろうか……。
この村の行く末が心配だ。
そして夕食後、私とマサは別々の客室に通された。
なぜか、奥様はやたらと私に良くしてくれる。
体を拭いたいだろうと水を用意してくれたり、娘さんのお下がりの服だの靴だのをいくつかくれたり、彼女が愛用していた木の櫛や手鏡をくれたり、裁縫セットも分けてもらった。
もしかして、このラインナップ。奥様ってば、実はいいところのお嬢様だった過去とか持ってます?
本当に至れり尽くせりで、逆に申し訳なく思ってしまったのは日本人の性かもしれない。
ついでに、生理時の処置の仕方を聞いておいたのだが、途端に頬に手を当てて『あらあら』と言いつつ慈しむような眼差しを向けられたのは何だったのだろうか。
まぁ、害が無いなら良いかな…………って、ちょっと簡単に信用しすぎかもしれない。
私もしょせんは平和ボケした日本人、か。
花びらの入った匂い袋の良い香りに包まれて、私は久方ぶりのベッドでゆっくりと横になった。
明日、目が覚めたらマサがいなくなってたり、知らない場所に監禁されてたりしたら嫌だなぁ。
なんちゃって。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男の家族が悲鳴を受け駆けてきた。
とは言え、結局2次的3次的に被害が広がっただけに終わったが……。
俺にとっては見慣れた光景だが、そうでなければ充分異常に映るはずだ。
アミはどうだろうかと目だけ動かして視線をやると、彼女は眉をハの字にさせて困ったような表情をしていた。
おそらくだが、状況が呑み込めなくて困惑しているのだろう。
彼女の為にも早く事態を収束させようと考えていると、足元に転がっている男が余計なことを口走った。
何が、命ばかりは、だ。
何が、助けてくれ、だ。
止めてくれ。
誰がいつそんなことを望んだ。
これが原因で、アミの俺に対する心象が悪くなったらどうしてくれる。
こんな言われ方は日常茶飯事だというのに、たったそれだけの理由で俺はいつになく不愉快な気分になった。
眉間に皺が寄りそうになるのを堪えて、とにかく男を黙らせようと口を開く。
だが、言葉を発する前に、アミに肩を叩かれ止められた。
彼女が俺を見る目は、いつものように真っ直ぐだ。
杞憂で済んで良かったと安堵していると、アミはこちらの耳に顔を寄せた。
ぎょっとして固まる俺に、彼女は小声で自分が男と話すと提案してくる。
いや、あの、ちょっと、近い。待ってくれ、近い。近すぎる。
アミがしゃべるたびに俺の耳に温かな息が当たって、理由はよく分からんが心臓がこう、グワーッっとだな、収縮するというか、あ、いや、大丈夫だ。話はちゃんと聞いているぞ。
そうか、この親父にアミから話を、うむ。そうか。あー。
怯えた人間は何をするか分からないという点では彼女が傷つけられないか些か不安ではあったが、確かに、この状況を作った原因である俺よりは、彼らから見ても無害そうな少女から話しかけられた方が遥かに早く片が付くに違いない。
そう判断し、俺はゆっくりとアミを床に降ろした。
彼女の存在を認識した男は、それまでの恐慌状態から一変、戸惑いの色を濃く見せる。
一瞬で話を聞いてもらえそうな情勢へ傾いたという現実に、何となく理不尽な思いに捕らわれないでもなかったが、本当に今更だと1つ息を吐いて諦めた。
それにしても、アミの話しぶりはとても少女のものとは思えない。
これが貴族の子供というものなのか?
告げてもいないのに、この家を訪ねた目的も正確に理解しているようだ。
旅の経験はないと言っていたが、では、その判断材料はどこから来たものなのだろうか。
しかし、これだけ立派な子供がいなくなって支障の出ない家族とやらは一体?
後から後から湧いてくる疑問について考えている間に、アミは男ではなく先ほどまで後方にいた白髪交じりの女と話をしていた。
背後にいるので表情は分からないが、少し俯き加減で震える両手を握り込みながら事情を説明するアミは酷く痛々し……い……。
……待て。ちょっと、待て。
これは誰だ?
昨日、出会ったばかりの俺が言うのも何だが、こんな彼女は知らない。
眠りながら涙を流していた時ともまた違う、今にも壊れてしまいそうな儚げなアミの様子に、俺は驚きを隠せなかった。
数分も話していない相手にこうも無力な姿を晒すとは……。
女の態度に、自らの母親の姿でも重ねたのだろうか。
いや、彼女の立場を考えれば、仲の良かった乳母や侍女かもしれない。
やはり俺のような男では心の拠り所には成り得ないと、そういうことなのだろうか。
頭を撫でられながら安心しきったような顔を見せるアミを、俺は複雑な気持ちで眺めていた。
それから間もなく、アミの説得のおかげですんなりと客室を提供してもらえることになった。
夕食をふるまわれたのだが、アミは目の前に置かれた食事に対しほんの刹那、戸惑うような様子を見せた。
彼女の故郷にない料理だったりするのだろうか。
もしくは、普段そうと認識しているものと比べ、あまりに質素で驚いたのだろうか。
俺が食べ始めたのを見て、彼女は恐る恐るといった風にスープを口に含み、一瞬だけ眉を下げて残念そうな顔をした。
……あぁ、やはり舌が肥えているのだな。
女に気を使ったのか、アミはすぐに笑顔を浮かべて美味しいと返していたが……俺はそれを、何とも子供らしくない気遣いだと思った。
その後、別々の部屋に案内された時、気の弱っているアミを1人にして大丈夫かと少しばかり不安を覚えたが、しかし、すぐに『どうせ俺がいたところで彼女が弱音を吐ける訳ではない』と自嘲する。
まぁ、人畜無害そうなこの家の者が彼女を害することはないだろう。
部屋に入る前に、『明日は他の村人たちが起き出すよりも早くに出発したい』と告げると、アミは真面目な顔で『それがいいでしょうね』と深く頷いた。
細かい説明をする前に納得されてしまったことに軽く落ち込んだが、ここを訪ねた際の家族の反応を覚えていれば、それも仕方がないのだろう。
鬱屈とした感情を振り切るように、この日はさっさと就寝した。
翌朝、アミは見覚えのない簡素な茶色いワンピース姿で俺の前に姿を現した。
どうやら、昨夜はこの家の女に色々と融通してもらったらしい。
容姿が派手でない分、こういった服装の方が似合うなと思ったことは胸の内に留めておいた。
自分のような男に褒められたところで危機感ぐらいしか抱かれないだろうからな。
服や靴は俺が預かり、小物等に関しては彼女がいつでも使えるよう小さめの皮袋を渡して自分で持つように勧めた。
その際、なぜか『マサ、もしかして女慣れしてます?』などと俺に限って在り得ないことを聞かれる。
きっぱりと否定はしておいたが、何がどうしてそんな質問をするに至ったのか、アミの思考回路は全くワケが分からない。
どんなに効率が悪かろうと荷物を所有者に持たせるのは、俺に近付きたがらない周囲の人間の態度が作った癖のようなものだ。
アミに限っては俺を怖がって話かけられないなんてことも、俺が触った物を汚物のように忌避することも、取り上げられると疑心暗鬼になることもないだろうが、やたらに遠慮して欲しい時に欲しい物を使えないのでは可哀相だと思っただけなのだ。
本当に彼女は分からない。
見送りに起きてきた女に大量の野菜を持たされつつ、2人で村を去った。
靴を貰ったことと荷物が増えたことから、アミは俺の隣を自分の脚で歩いている。
それを何となく残念に思いながら、俺は彼女に合わせてのんびりと歩を進めるのだった。