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第五話~コンタクト~



 昨日までは普通の森にしか見えなかったけれど、モンスターが住んでいるのだと教えられただけで、どことなく不気味に感じるようになってしまった。

 出て来ないと言われていてもやはり不安は拭えないもので、私は彼に掴まる手に知らずうち力を込めてしまう。

 そんな感情を察してくれたのかどうかは知らないが、マサはポンと私の肩を叩いてこう言った。


「アミ、こっからちょっと飛ばすぞ。

 今のペースだと食糧が……確実に手に入る町まで保つか微妙だ」


 その食糧難の原因は間違いなく、いきなり増えた私にあるのだろう。

 だからと言って『私のせいでごめんなさい』なんて、卑屈になって謝ったりはしないけれど。

 そんな思考は建設的じゃあないし、何より彼の親切心に水を差す行為だと思う。


「舌ぁ噛まねぇように、しっかり口閉じてろよ」


 不穏な言葉に疑問を抱いたのも束の間、彼は風の如くものすごいスピードで森を駆け出した。

 肩より少し上くらいのそう長くはない私の髪が後方にバッサバッサと流れる。

 具体的な速さは分からないが、肌にぶち当たる風と薄目の先の捕えては消え行く木々の姿から見て、少なくとも時速80キロは出ているような気がした。

 うーん、ゴーグルが欲しい。

 行く手を遮る障害物を避けながら走るので、当然のごとく右に左に体が揺れる。

 幸い三半規管は、その昔、絶叫マシンに連続で20回乗った時もケロリとしていたレベルで強い方なので、酔いはしなかった。

 が、そんな状態が30分も続くと、しがみつく腕にも力が入らなくなってくる。

 それがマサにも分かったのか、彼は徐々にスピードを落とし、やがて最初と同じゆるやかな速度で歩き出した。

 ゆるやか、といっても歩幅が大きいので私のそれと比べたら随分と速いのだけれども。


「スマン、飛ばしすぎたか? 大丈夫か?」

「あ、大丈夫です。

 掴まる手が疲れてしまっただけで、速度に問題はないです」

「……そうか。

 まぁ、こんな細っこい腕じゃ無理ねぇやな。

 安心しろ、このままあと30分も歩きゃあ森を抜けられるはずだ」


 あと30分?

 昨夜は1日かかりそうなことを言っていたのに?

 私の体感でしかないので実際とは異なるだろうが、時速80キロで30分進んだのならその距離は40キロだ。

 一般的な歩行速度を時速5キロと仮定した場合、40キロ歩くのに8時間かかる。

 さらに、今からの歩行時間30分とトイレ休憩(トイレ事情については私の自尊心が激しく傷ついてしまうので、詳しく聞かないで欲しい)など諸々を挟んだ計1時間をプラスして、全行程にかかるのはおよそ9時間。


 なるほど、本来それだけ時間がかかるというのなら、昨日の発言がおかしいわけではない。

 しかし、9時間を1時間に短縮するとは……マサと同じ階級の人間は全員こんな人外な能力を持っているのだろうか。

 そう考えると、この世界を生き抜く自信が少しなくなった。



 その後、森を抜けて初めて見る異世界の風景は、何とも荒野然としていた。

 目の端にところどころ草や木が生えているだけの、あまり生命の息吹を感じない寂しい土地だ。

 呆然と地平線を眺めていると、マサがある方向を指さしながら言った。


「あの山に向かって進めば、規模は小せぇが村がある。

 ちょっとばかり早歩きで行きゃあ、月の出る辺りには到着できるだろう」


 私は彼の指した遥か遠くに見えるなだらかな山を見ながら、小さく頷きを返した。



~~~~~~~~~~



 村に到着したのは、日が落ちてから3時間ほど経過した頃だった。

 日本のように街灯はないが、月の光がとても明るいので視界はそれほど悪くない。

 よくあるファンタジー設定のように2つ浮かんでいるなんていう分かりやすい相違はなかったけれど、地球のそれよりサイズが大きいのか、もしくはもっとずっと近い位置でこの星を公転しているのだろうと思わせる距離感で煌いていた。


 不思議なことに、まるで砂漠の中のオアシスのように、村の周囲にだけ豊かな緑が広がっている。


 木製の簡単な柵に囲まれたその村は、祖母の住んでいた田舎を彷彿とさせる素朴さがあった。

 夜のためか、外に出ている者は1人もいない。

 それをいいことに、私は初めての村落を無遠慮に観察した。

 いたる所に畑があったり、あちらの世界と似たような家畜が飼われていたり、何とものどかな雰囲気が漂っている。

 獣のいる関係か少しばかり臭うのが難点だけれど、我慢できないほどでもない。

 ポツポツと建てられた家々は、どれもログハウスのような風体をしており、その傍を通れば時折中から笑い声が響いた。

 窓から漏れる光は淡く柔らかい。

 おそらく蛍光灯が存在せず、未だランプのようなものを使っているのだろう。


 マサは村の中でも一際大きな家に向かっているようだった。


 そうして扉の前に立ったマサを見て、私はある重大な事実に気が付く。

 その扉のサイズは目視で横が1メートル、縦が2メートルと20センチくらいだ。

 日本でよく目にするソレよりは大きいが、ハッキリ言ってマサと比較すると一回りは小さい。

 つまり、彼ほど高い身長と体躯を持つ人間はそうそういない、という結論に達する。

 更に推測するに、この世界の一般的な人間は高くても2メートル程度、平均は大体180センチで女性ならもう少し低い175センチと言ったところではないだろうか。

 私の身長は166センチと、日本人女性としては高い方だった。

 こちらでは低く見られるかもしれないが、それでも140センチ台の女性みたいなもので、ありえないというほど稀な存在ではないだろう。

 そう推測すれば、これまでにない安心感が私を包んだ。


 考えに耽っている間に、マサがノックでもしたのか、客人の存在に気が付いた家人が中から声を響かせる。


「はいはい、こんな時間にどなたかな」


 ギイと立て付けの悪そうな音をさせて扉から出てきたのは、人のよさそうな壮年の男性だった。


「っひいぃ!!」


 男性はマサを一目見た瞬間に、恐怖に顔を歪ませて、その色を蒼白に変える。

 そして、彼は叫び声を上げると同時に、その場に倒れるように尻餅をついていた。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 昨夜、モンスターの話をしたのは失敗だったかもしれない。

 おかげで、今アミは風で揺れる草木にすら怯えた反応を見せている。

 顔には出さないので分かり辛いが、何かと俺を掴む手に力がこもる様子から、それを察することが出来た。

 俺はその負担を軽くしてやるために、少しでも早く森を抜けてやろうと思い、彼女の肩を軽く叩いて速度を速めると宣言した。

 理由については適当だ。

 全くの嘘といったわけではないが、アミのような小さな少女の食事量などたかが知れている。

 それに、何日も飲まず食わずでモンスターの討伐にかかったことも幾度かある。

 そんなことより、彼女の服や靴、その他諸々を早く何とかしてやりたいという思いの方が強かった。

 自然と気持ちもはやる。


 かなり抑えて走ってはいたが、俺の首に回されていた彼女の腕が緩んだことに気が付き速度を落とす。

 歩きながら軽く視線を下げると、アミがホッとした様子で腕を外し、軽く手を振っているところだった。

 安否を気遣い尋ねてみるが、彼女は即座に大丈夫だとこちらの心配を否定する。

 こんな短時間で疲れるほど強くしがみついていなければならなかったのなら、問題がないとは言わないと思うのだが……あまりにきっぱりとした態度だったので、それを口に出すことは叶わなかった。

 だから、心の内でこっそり『走って移動するのはしばらく控えよう』と決めた。

 彼女が我慢をするなら、俺がそうさせないように気遣ってやればいい話だ。


 30分も歩けば森から出られるだろうと告げると、なぜかアミは急に思案顔になって黙り込んだ。

 何を考えることがあるのか分からないが、とりあえず俺は風でめちゃくちゃになった彼女の頭を手櫛で梳いてやっておいた。

 俺のゴワゴワとした硬い髪とは全く違って、サラリと柔らかく触り心地が良い。

 整え終わった後も少し撫で続けてみたのだが、彼女は自分の思考に浸っていて俺の一連の行動には一切気が付いていないようだ。


 そこに付け込んでいる自分が言えたセリフではないのかもしれないが、本当にアミは無防備すぎる……。


 森を抜けた先で、アミはこの地を見て何か思う所があったのか、遠い目をして地平を眺めていた。

 進む方角の目印に指した山に視線を移してコクリと頷いた彼女は、どこまでも無表情だ。

 これが、およそ年端も行かぬ少女の浮かべる表情なのだろうか。

 幼子のような純粋さと老成した知性、一見すると矛盾するような性質を併せ持つアミを、俺はどう扱ってやるのが正解なのだろう。


 歩き出して間もなく、外套を貸して欲しいとねだられて、俺は彼女に言われるまま袋からブツを取り出し手渡した。

 アミはそれを受け取ると、頭の先から足の先までスッポリと全身を覆うように身に着けていた。

 寒いのかと心配したら、日に焼けるのが嫌だからと返される。

 長く旅をしてきたが、そんなことを言い出す人間にはとんと出会ったことがない。

 それとも俺が知らないだけで、貴族の間で肌を焼かない習慣でもあったのだろうか。

 彼女の感覚が理解できずに1人首を傾げつつも、アミがそう言うなら気を付けてやらなければと、その情報を深く頭に刻んだ。



~~~~~~~~~~



 結局、当初の予定よりも少し遅く村に到着した。

 ちなみに、この村を訪れたのは今日が初めてだ。

 不用意に人を恐怖に陥れることもないだろうと、普段は宿のある町以外には寄らないようにしている。


 荒れた土地の中で、村の周辺にだけ草木が青々と生い茂っていた。

 この国の現国王は民の安寧な生活を重視した統治姿勢で有名で、どんなに小さな集落にも定期的に王宮魔法師を派遣して大気の清浄化や水源の確保に努め、また、そこで何か問題が発覚すれば騎士や文官の派遣も行われるという、至れり尽くせりな制度を作っていたと思い出す。

 この村の井戸にも、おそらく地下水が枯れないような特殊な魔法がかけられているのだろう。


 何気なしに視界に入れれば、村を囲う柵は随分とお粗末なものだった。

 この辺りにはろくに水源もないため、人を襲うような大きな生き物は生息していない。

 また、野盗の類ももっと実入りの良い土地がいくらでもあるので、わざわざこんな辺境の村まで襲いに来ることはない。

 だから、必要のない物に労力を割かないという村人の判断は分からないでもないのだが……。

 それでも、夜に見張りの1人もいないというのは、あまりにも油断が過ぎるのではないだろうか。

 今まで何も起こらなかったからと、これからもそうであるという保障はないというのに。


 そんな風に考えながら、俺は村に足を踏み入れた。


 アミは小さな村が珍しいのか、興味深げな様子で視線をキョロキョロと忙しなく動かしている。

 その口がゆるく開いているのが、なかなか微笑ましかった。

 初めて彼女の年相応の反応を見た気がする。

 どれ、少しゆっくりと歩いてやるとするか。


 それから、俺はこの村の村長が住んでいるであろう家を訪ねた。

 一応の目的は、今夜の寝床の確保だ。

 自分はともかく、最悪彼女だけでも屋根のある場所で寝かせてやりたかった。

 ついでに、アミの衣服関係やまともな食糧を分けてもらえれば御の字なんだが……村の規模からいっても期待しすぎない方が良いだろう。


 木でできた扉を壊さないように慎重に叩くと、そう間も置かず応答があった。

 家の中から出てきたのは、気の弱そうな白髪交じりの男だ。

 俺を見て男は尻からすっ転げたが、まぁ、こんな反応はいつものことで今更驚きもない。

 ここから、まともに話を聞いてもらえる状態に持っていくのが毎回一苦労なのだ、と俺はウンザリした気持ちで軽く息を吐き出した。



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