その3
それから宣言通り、マサさんと私は街を出た。
当然、現代よろしくコンクリート道路が整備されているわけもなく、自然あふれる大地を二人で歩く。
移動用の魔獣なり馬車なり用意しようと提案してくれた際に、マサさんはいつも徒歩だと聞いて余計な出費をさせるわけにはいかないからと断った。
三・四日歩きづくめになるけど、まぁ毎朝ジョギング一時間してるし、週二でトレーニングジムにも通ってるし、何とかなるだろうと思ったんですよ、この時は。
あ、マサさん一人なら二日くらいで到着するそうです。
聞かなきゃ良かった。
私ってば、お荷物じゃないですかぁ。
歩いて、歩いて、暇になったらたまにマサさんと話をしながら歩いて、また歩く。
私の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれるマサさんに申し訳なくて一度早歩きをしてみたけど、それが分かったのか「先は長いんだから無理はするな」と窘められてしまった。
そういえば、このあたりは王都に近いおかげでちょっと心配していたモンスターも山賊や盗賊と言った類の輩も滅多に出ないみたい。
まぁ、マサさんはずっと一人旅してたみたいだし、当然強いんだろうから出ても問題ないとは思うけど、やっぱり荒事なんてなるべく無い方が良い。
日が落ちる少し前に小さな湖のある場所まで辿り着くと、今日はここで野宿をすると彼が言った。
さて、正直に言おう……私は旅をナメていた、と。
昼に出発し、実質半日しか歩いていないにもかかわらず、私はすっかり疲弊しきっていた。
うん。ちゃんと整備されてない道を歩くのってすごく疲れるんだって、初めて知ったよ。
生まれてこのかた、コンクリートジャングル以外では生活した事無かったからなぁ。
それでもマサさんに必要以上に迷惑をかけたくなくて、食事の準備の手伝いとか他にも自分でやれそうなことはやらせてもらった。
そして、この夜、私は何度もマサさんに驚かされることになった。
まず、彼は魔法が使えたらしい。
火の魔法しか使えないからと自嘲していたが、私からしたら充分すごい。
どーりで焚き木とかの用意しないなーと思ったんだよ!
夜も更けたころ、普通に火を消すから大丈夫なのか聞いたら、大抵の生き物はマサさんには近づいて来ないから火を灯しておく必要は無いと返された。
月明かりの下で見るマサさんはいつもより迫力あるなぁ、いきなり夜道で出会ったら絶叫ものだなぁ、なんてこっそり酷い事を考えながら火のいらない理由を聞くと、彼は自分が人間ではなく竜人族という亜人種だからだと教えてくれた。
マジですか!
マサさん亜人だったんですか!
しかも竜ってレベル高っ!
モンスターも普通の動物も、竜の気配を察知して近寄ってこないらしい。
警戒すべきは気配に鈍い人族だけだから、むしろ火はない方が安全なんだって。
何と言うか……普通の人間にもモンスターにも動物にも怖がられる上に、唯一寄って来るのはゲスだけとか……不憫すぎて涙出そうですよ、マサさん。
どう見ても人間にしか見えないと言うと、人間と竜の二形態をとれる種族だからだと教えてくれた。
人間と竜が混ざったような見た目の種族もちゃんといるそうだ。
マサさんの竜形態が見たいと言ったけど断られた。
何でって聞いても教えてくれなかった。
……っあ、もしかして変身すると服が破けるのかな。
そしたら戻った時は全裸だね。
うん、そりゃ断られても仕方ないな。
そして、理由を言えなくても仕方ないな。
一人で勝手に納得しつつ、それでも興味があったのでどんな見た目か聞いてみた。
体長六メートルくらいの赤い竜になるらしい。
ははぁ、髪の毛と同じ色なわけですね。
もっと二倍くらい大きいのを想像していたと言うと、これでも竜人族の中ではかなりデカイ方なんだがなぁ、と苦笑いされた。
でも、普通の竜ならもっと大きいサイズもいるんだって。
いざ寝ようという時になると、マサさんは自分の荷物の中から毛布のようなものを出して、私に渡してくれた。
お礼を言って受け取ったんだけど、その後、マサさんはそのまま荷物を閉じてしまった。
もしかして、マサさんの一枚きりの毛布を奪ってしまったんじゃと返そうとしたんだけど、普段からそういったものは使っていないと突っ返される。
竜人族っていうのは普通の人間と違って暑さ寒さにはめっぽう強いのだそうな。
どうやら、私の為にわざわざ用意してくれた物らしい。
ちょっとキュンとした。
マサさんは横にならずに木に背を預けて座った状態で寝るみたい。
多分、何かあった時にいつでも動けるように警戒しながら、って事なんだろう。
じゃあ、私はどうしよう、どこで寝よう、毛布をどう使おう、地面に寝転がるのは抵抗あるなぁ、マサさんと同じように座って寝ようかなぁ、などとぐちゃぐちゃ考えていて、ふと思いついた事を実行してみることにした。
おもむろにマサさんに近づき、トントンと指で肩を叩いて呼びかける。
「ねぇ、マサさん。
マサさんって利き腕は右だったよね?」
「あぁ、一応両方仕えるが基本はそうだな。
……それがどうかしたか?」
「うん、分かった。じゃあ右側はあけておくねー」
それだけ言って、私は胡坐をかいた状態のマサさんの膝の上に横向きに座り毛布を纏った後、彼の左腕を取って自分のお腹あたりに巻きつけ、頭を左胸に預けた。
この間、わずか二秒。
突然の行動に驚いて固まっていたマサさんがようやく言葉を発したのは、私がおやすみの宣言をした後だった。
「なっ、ちょ!
おやすみって、おい! アミ!?」
夜でも分かるほど真っ赤になって慌てるマサさんをスルーし、私はあっさり眠りについた。
~~~~~~~~~~~
照れ屋なマサさんのこと、てっきり起きたら木に代わりをさせてたり、もしくはその辺に寝転がされたりして離れてるかと思ったのに、普通に寝る前と同じ体勢で目が覚めた。
しかも、いつの間にやら左のみならず右腕も巻きついている。
ふーむ、これはどう見るべきかな。
無意識?
子供相手に対する優しさの延長?
多少なりとも下心アリ?
んんー、とりあえず、何かされた感じは無いな。
紳士な事で。
ひょいと上を向くと、こちらを見ているマサさんと目が合った。
「わっ! なんだ、起きてたの?」
「いや、俺もアミが動く気配で目が覚めた」
「そっか。んじゃ、おはよー」
「……あぁ」
しばしの沈黙。
寝起きの顔を無言で見つめるのは止めて欲しいなぁ。
「あーのー、顔を洗ってきたいんで、外して貰っても?」
「外す?」
何故、そこで首を傾げる。
寝ぼけてんの?
「腕」
そういって、ペチペチと私の腰に巻きついているマサさんの腕を軽く叩く。
「っ……すまん!」
慌てて両手を万歳させるマサさん。
やっぱ寝ぼけてたのか。
反応かわいいな、くそう。
よっこいしょと立ち上がって、軽く伸びをする。
うーん、筋肉痛にはなってないみたいだけど、同じ姿勢で寝てたせいか、若干身体が固まってるなぁ。
ボキボキする。
ま、ちょっと倦怠感あるけど、それなりに回復はしたかな。
体調を確認しつつ、軽く首や腕を回しながら湖に向かう。
身支度を整えて戻って来ると、マサさんは朝食の準備をしていた。
食べ過ぎない程度にお腹に入れて、のんびり出発。
流石に昨日よりも疲れやすいみたいで、何度も休憩をはさみつつ進んだ。
こんなペースで大丈夫なのかなと思いつつ、無事に一日を歩ききった。
そして、この日の夜も当たり前のようにマサさんに座って寝る私。
何なんだって深くため息を吐くから、満面の笑顔で「だってー、マサさんの傍が一番安全でしょ♪それにくっついてた方が寒くないしー」と言ってやった。
ある意味、恩を仇で返してるような気がしないでもないけど、何だかんだ嫌がりも断りもしない彼ってホントに甘いというか世話焼きというか。
いつか詐欺にあってしまわないか心配になるよ、マサさん。
まぁ、顔面凶器な男を詐欺にかけようなんて猛者はまずいないだろうけど。
……本当は、無駄に元の世界の事とかこれからの事とか考えて、孤独と不安に押しつぶされそうになって泣いちゃったりしたら嫌だから、なんて理由も少しあるんだけどね。
人肌と心音って、無条件で落ち着くじゃないですか。
でも、この理由ばっかりは大人の女として情けないから内緒。
最初から面倒見てくれる人が現れるなんて、絶対幸運なんだし。
きっと、この世界には私より大変な生活をしてる人だっているはずだから。
だから、口に出したってどうにもならない泣き言なんて言わない。
不幸とかそういうのは誰かと比較するようなことじゃないかもしれないけど、それでもそう思った。
~~~~~~~~~~
そして三日目の朝、事件は起こった。
起きようとして足をスイと動かした途端に感じるビキビキとした痛み……。
あぁぁぁ、初日の旅の筋肉痛が今日になってやって来やがった!
足が! 足がぁぁ!
顔を顰めて動きを止めた私を見て、マサさんが心配そうに声をかけてくる。
「どうした? 大丈夫か?」
「うぅ……あんまり大丈夫じゃない。
筋肉痛みたい。
かなり痛いから今日は歩けないかも」
「……そうか。
だが、そうだとすると、今日一日休めば治る様なものでも無いしな」
むぅと唸って、マサさんは思案するように眉を顰める。
「デスヨネー。
と、いうことで、マサさん。ちょっとお願いが……」
そして現在、私はマサさんの左腕に座るような形で抱きあげられている。
俗に言う子供抱きってやつね。
いやー、もうマサさん背が半端ないから視線が高いのなんの。
うん、自分で動けないならいっそマサさんに荷物扱いで運ばれてしまえばいいやーとね。
え? 自分の事は自分でなんて偉そうなことを言ってたくせにって?
だって、もう三日目なのに、これ以上の足止めとか食糧的な意味でも衛生的な意味でも遠慮したかったんですよ。
まともな風呂に入ってまともな布団で寝たいんですよ!
現代人のぬるま湯な精神を舐めるな!
で、姫抱きやおんぶは見た目の恥ずかしさと両手が塞がってしまうという理由から却下。
肩に担いだり脇に抱えたりもすぐに気分が悪くなりそうだし、何より誰かに見られた時に人攫いと勘違いされる可能性が高いからこれも却下。
よって、消去法でこうなったわけです。
一応、重かったら少しは自分で歩くから降ろしていいよって言ったんだけど、マサさんのタフネスとパワーは想像以上に高かったらしい。
早くちゃんとした場所で休みたいだろうとマサさんは駆け足で道を進み、さらに、その日の夕方に目的の町に着くまで、降ろすどころか昼ご飯以外で一切休憩を挟まなかったという。
しかも、全然疲れてないって……どういうこっちゃ。
何時間も動きっぱなしだったのに息もあがってないし、汗もかいてないよ。
おいおい、本当に人ですか貴方はー……って、良く考えたら竜人族でしたね。
それで納得していいのか知らないけど、もうそういう事でいいや。
「ていうかマサさん、お願いだから降ぉろぉしぃてーぇ」
本当は町に到着する前に降ろしてもらう予定だったのに、未だに私はマサさんの腕の中にいた。
何度言っても「無理するな」とか「遠慮するな」とか言って降ろしてくれないマサさん。
そういう問題じゃないんですよ!
分からないかなぁ!
いくら私が子供に見えようと、抱きかかえられてる格好を見られるのは、成人した女としてメチャクチャ恥ずかしいんだって!
大体、般若の顔を倍くらい怖くして髭もじゃにしたような強面のマサさんが、十代前半に見える私を抱えてる姿を見たら、そりゃ皆さん驚きますよ!
ギョっとして二度見する人だって続出ですよ!
いやそれより、いけないものを見たとでも言うような視線の逸らし方をするのは何故!
あー、恥ずかしい! 恥ずかしいよー!
くそぅ、ここに来て嫌がらせなのか!?
意趣返しの羞恥プレイなのか!?
周囲から無理矢理でも意識を逸らすために、マサさんの肩にグリグリ顔を埋めてみる。
「どうした? 疲れたか?」
途端に、どこか心配そうな声で聞いてくるマサさん。
やっぱ、天然だ。
あー、悔しいけど憎めない男ですよ、ホント。
気遣ってくれるのは素直に嬉しいけど、その場所が見事に見当違いなのよね。
もう少し女の心理を理解して欲しいって思うのは、やっぱり我がままなのかなぁ。
……でも、逆に女の扱いに慣れまくってるマサさんは胡散臭い感じがして嫌だし、言っちゃアレだけど面白くない。
うん。そんなマサさんになるくらいなら、このままでいいや。
「アミ? 大丈夫か?」
おっと、しまった。
また思考の海にダイブしてマサさんを無視してしまっていた。
「うん。大丈夫。問題ないよー」
顔をあげてニヘラと笑うと、マサさんも安心したように息をついた。
「そうか。
もうすぐ、この町の宿屋につくぞ」
「ん、分かった」
それだけ言って、また顔を彼の肩に埋める。
降ろしてもらう事はもう諦めたよ。
宿に入った後は、ベッドに座って足をマッサージして、宿の食堂でご飯食べて、お風呂に入って、またマッサージして、それからすぐ寝た。
そういえば私、まだ不安で眠れない夜ってのを体験してないな。
マサさん効果なのか、それとも単に図太いんだか……。