その2
朝、私はまだ完全に日が昇りきらない内に目を覚ました。
時計が無いから分からないけど、トリップした際の夜からいきなり朝という時差(?)にも負けず、いつものジョギング時間に起きてしまったっぽい。
毎朝の習慣だったし、今では走らないと逆にすっきりしないくらいなんだけど、正直こんな異世界の町を一人で出歩く気にはなれない。
マサさんに付き合わせるのは論外。
だからと言って、目覚めバッチリな自分には二度寝も難しい。
ベッドの端に腰かけて思考していると、声をかけられた。
「……何だアミ、もう起きたのか。まだ日も昇ってないぞ」
頭をガシガシと掻きながらのっそりと上半身を起こすマサさん。
「あ、起しちゃいましたか?
スミマセン。
いつもこのくらいの時間に起きていたから、自然と目が覚めちゃって」
ほほーぅ、マサさん寝る時は半裸派ですか。
って!
上半身に何も身につけていないのを確認して即座に下半身まで視線を落とすとか、どうなの自分!?
痴女なの!?
あ、でも私がいるから、全裸派でありながら気を使って半裸で寝たのかもしれない。
だからって、直接「全裸派ですか?」なんて聞けるわけもないし。
聞いて肯定されたところで、全裸を容認できるわけでもないからなぁー、さすがに。
それにしても、すぐ照れる割に女の前で自分の裸体を晒すのは抵抗ないんだ。
不思議。
ふむ、やっぱり筋肉質だね。
あと、思ったより体毛が濃くなかった。
これは意外。
などと朝っぱらからとんでもなくアホなことを目の前にいる女が考えているとは欠片も思ってはいないだろうマサさんは、普通に会話を続けている。
はっはー、ポーカーフェイス万歳。
「そうか…………起きたんだったら、水でも貰って来るか?」
「そうですねぇ、お任せするのも心苦しいので一緒に行きましょう」
「おいおい、別にそんな風に気なんか使わなくていいんだぜ?
昨日からずっと思ってたんだが、面倒見るって言ったのは俺なんだから、そっちはもっと遠慮なくだなぁ」
「やー、それはちょっと難しいです。お世話になってる身ですから。
でも、正直言って、これでも随分と遠慮のない方だと思いますよ?
色々買ってもらったり教えてもらったりしてるんですから、気ぐらい使わせて下さい。
心苦しいですもん」
「そういうもんか?
だがなぁ、せめて敬語を無くせないか。どうも肩っ苦しいっつーかな」
「んー、年上には敬語って主義だったんだけど、マサさんがそう言うなら……」
「あぁ、頼む。さて、話がまとまったところで行くか」
そんなこんなで、朝早くからすっかり身支度を終えた私たちは、朝食時間まで部屋で話をしていた。
「じゃあ、今日は朝食を取ったらギルドに行くのね?」
「あぁ。この国ではどの街に入るにも身分証がいるというのは昨日話したな?
ギルドで登録すれば、その登録証が身分証代わりになる。
他にも方法が無いわけでもないが、それが一番時間もかからないし自己申告だけで済むからな」
「ふーん。でも、ギルドって言ったら仕事斡旋所でしょ?
そんな簡単に登録できていいの?」
「問題を起こせばすぐに登録証は取りあげられるし、以後どこのギルドでも再登録することはできなくなる。
ランク付け制度のおかげで国としても有益な人間を労せずして知る事が出来るしな。
登録大いに歓迎ってとこだろ」
「へぇ……でも、名前や姿を変えればまた登録できたりするんじゃない?」
「ギルドでは最初に血を登録するんだ。
どういう技術かは知らねぇが、その血で本人確認が出来るらしい。
だから、いくら名前や姿を変えようと再登録は出来ねぇんだとさ」
……何そのDNA鑑定みたいな謎の技術、怖い。
「す、すごいね。
その技術のおかげで解決した事件なんてのもあるんじゃないの?」
「普通にあるな。
ただ、その技術は一応門外不出のものだって事で、理屈を知っている人間はギルドのお偉いさんだけなんだそうだ」
「……なるほど」
というわけで、早速やってまいりましたギルドです。
外から建物を見た時は神殿かと思ったよ。
あ、パルテノンとかそっち系ね。
王都に近くて大きな街だから、ギルドも立派なんだそうです。
マサさんに案内されて、受付で登録書類を受取り空いた机に座って記入。
異世界補正でしゃべる方も書く方も問題ないので、サラサラと項目を埋めていく私。
名前、年齢、性別、種属はすぐに埋められたけど、住所や職業などの項目に戸惑う。
すると、隣で見ていたマサさんが、そこは任意だから空欄でいいとアドバイスをくれた。
ありがとうマサさん。
とことんお世話になります。
書類を受付に提出し血液登録。
それから十分くらいで登録証は完成した。
仕事早いな。
ドッグタグのようなソレには、私の名前とランクと登録番号が彫り込まれている。
無くしたら再発行するのに日本円換算で千円程かかるらしい。
高いような安いような微妙な金額だけど、勿体ないから無くさないようにしようと思った。
依頼受注には制限は無くて、どのランクの仕事をいくつ達成したかで評価されるそうな。
マサさんのランクを尋ねてみたけど、曖昧にはぐらかして教えてくれなかったよ。
登録はしてるんだよね?って聞いたらハッキリ肯定してチラッとタグを見せてくれたから、こっそり考えてた問題を起こして登録を消されてしまった説は消えた。
しっかり見せてくれなかった事で何となく予想してみる。
マサさんに限ってランクが低いということは無いだろうから、あんまり高い事を公言したくなかったって感じかな。
彼のランクがどうだろうと特にどうこう思わないし、私の中で何が変わるわけでもないからマサさんの杞憂にすぎないんだけど、聞かれたくないというのなら敢えて聞くまい。
わたくし、おとなのおんなでございますから。おほほ。
マサさんは特に仕事を受けるでもなく、昼飯にするかとギルドを後にしようとした。
……んだけど、出口に向かって歩く私たちの背後からマサさんの名前を呼ぶ人がいて、二人で振り向いた。
そこには、無駄に洗練された佇まいで尚且つ白銀の美しい甲冑に身を包んだおそらく二十代であろう金髪碧眼の美青年がいた。
「やはり、マーシャルトか」
「……なぜ貴方がこんな場所にいるんです」
なんとっ、マサさんが似あわない敬語を!
見た目通り、この人お貴族様とかですか!?
「一度はお前を諦めた身だが、このような場所で出会うとなると運命的なものを感じるな。
なぁ、マーシャルト、あの話もう一度考え直さないか?」
お前を諦めたって何ソレ!
運命とか言っちゃってるし!
これ、まさかのアッー展開!?
「相変わらず話を聞かない……。
アミ、すまんがちょっと向こうで待っててくれるか」
「あ、うん」
「ん? 誰だ?
マーシャルトに怯えない人間がいるとは珍しいな。
しかも子供か」
マサさんに話しかけられた事で私の存在を認めた青年はこちらに目を向けた。
むっ、ジロジロと品定めするような目で見るなんて不躾ですことよ!
そんな彼からの視線を遮るように、マサさんは私をその広い背中に庇う。
「別に何でもありませんよ。
迷子を一時的に保護しただけです」
ふむ、マサさんも年齢の勘違いを正す気は無いのね。
その方が厄介事を回避できると踏んだわけだ。
だったら私も話を合わせる?
……いや、いいや。
下手な事言ってもいけないし、黙っていよう。
「ふぅん、とてもそうは見えんがな。
なぁ、マーシャルト。
まさかとは思うが、こんな子供一人の為に私の話を断ったわけではあるまいな?」
「私はどの国にも仕える気は無いと申し上げたはずです。
この子は関係ない」
はい、BL展開とかあるわけないですよねー。
分かってましたよ、ハイハイ。
って、なんじゃ国に仕えるって!
規模デカっ!
何、マサさんもしかして国の騎士団とかに誘われてんですか!?
そして、その誘いをかけるってことは、この人まさか王宮関係者とかですか!?
うっわぁ、余計な話を聞いてしまった!
さっさと離れてれば良かった。
どうか変なイベントスイッチが入ってませんように!
「別に国に仕える必要は無い。
私の私兵となって貰いたいだけだ。
安定した高収入は勿論、武器や食糧、その他必要な物資も全て経費として払ってやる。
望むなら貴族位でも領地でも与えてやろう。
働きに応じて随時追加報酬を支払ってもいい。
悪くない話だと思うが?」
「どんな条件をつけようと無駄です。
私は誰にも傅くつもりは無い。
アミ、行くぞ」
そう言って青年を睨み彼が怯んだところで、マサさんは私の手を掴んで早歩きでギルドを後にした。
~~~~~~~~~~
あれからマサさんは黙ったまま街を歩き続けている。
かれこれ三十分くらい。
んー、元からそう口数が多い人でもないんですけどぉー、普通に空気は重いよねぇ。
ていうか、背中から思いっきり不機嫌オーラ出てるしね。
それはそうと手を握ったままですよ、マサさん。
きっと、無意識なんだろうなぁ。
うん。てか、いい加減に小走りも限界というか。
傍目からだと本当に人攫いにしか見えない状況なのも、ちょっと勘弁なわけで。
「あのっ、マサさん、そろそろ、速度を、落として、もらえると、助かるん、だけど。
あと、手を、繋ぎっぱなしで、若干歩き辛い、というか。ぜぇ」
言うと、マサさんはバッと振り向いて息も絶え絶えの私と繋いだままの手を確認し、大慌てで離した。
「っすまん!」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと息が上がっただけ……ふー。
……ん、よし落ち着いた」
キョロキョロと辺りを見回して、マサさんはバツが悪そうにガシガシ頭を掻く。
「無意識で随分連れ回しちまったみてぇだな。
悪かった」
「別に気にしてないって。
ね、それよりご飯にしよ、ご飯!
お腹すいちゃった!」
笑って背中をバシバシと叩くと、マサさんは「痛ぇよ」と言って苦笑いした。
その後、目に入った食事処で昼食を摂る。
先に食べ終わったマサさんが、どこか真剣な顔つきで私を見てこう告げた。
「アミ、急な話で悪いんだが……街を出ようと思う。
この後、宿に戻ったら荷物を纏めてすぐに発つから、そのつもりでいてくれ」
「ん、分かった」
私はこくりと頷いて、また食事を続ける。
マサさんは至極あっさりと返事をした私に、少し驚いたように目を見開いた。
それからゆっくりと視線を逸らして、頬杖をつき深く息を吐く。
「……アミは何も聞かねぇのな」
「なぁに? 聞いて欲しいの?」
「……いや」
「だよねぇ。
正直、聞きたいって思いが全然無いわけじゃあないけど、マサさんが話すべきじゃないって判断したんだったら私はそれに従うだけだよ」
聞かなくても見てれば大まかな事情は分かるし、とは言わないでおいた。
マサさんはその言葉を聞いて複雑そうな顔をしたあと、「そうか」とだけ呟いた。