その1
珍しく古いデータを整理していたら、本作の元となった小説が出てきました。
設定や名前はほぼ同じですが、違う部分も多いので完全に別物として楽しめる人のみどうぞ。
特にアミの性格がヤバい事になっていますので、ご注意ください。かなりイタイ子です。
あと、マサの顔の怖さは本編のように一目で気絶するほど酷いレベルではありません。
異世界トリップを実際に経験するとしたら、どんな世界が良いって?
普通に空気があって重力が同じくらいで人間が住んでる世界ってのは大前提だよね。
憧れるのは亜人や魔族や妖精がいて魔法があるようなファンタジーな世界かな。
とりあえず、ドラゴンはいて欲しい。西洋竜の方ね。龍も好きだけど、王道いいじゃん。
でも、よくある補正ってやつがないときついよねー、異世界トリップって。
身ひとつで知らない世界に放り出されるんだもん。
それからそれからぁー……。
なーんて、言いたい放題言ってたら、本当に来ちゃいました。
どこって異世界ですよ、異・世・界。
どうりで変な夢だと思ったんだよ、こんちくしょー!
何か、心のどこかで異世界行ってみたいなーって思ってる人間全員に聞いた中で一番具体的で、しかも丁度それに沿った世界があったから選ばれたとかって、夢の中の自称神様が。
正直、パジャマのままだし、説明少ないうえに勝手に元の世界での存在消されて帰るって選択肢がないみたいだし、ふざけんなって話ですよ!
まったくもって。
~~~~~~~~~~
只今、絶賛土下座中。
なんかね、いきなり視界が変わったと思ったらね、落下してね、しかもその着地点にね、非常ーに怖いお顔のおじさんがね、いたんですよ。
え?
上から落ちてたのに、どうしておじさんの顔が分かったかって?
そんなの、叫びながら落ちてた私の声に反応して、彼がこっちを向いたからですよ。
ええ、勿論その怖~い顔のおじさんの上に落ちましたよ。ええ。
おじさんもビックリして固まっちゃってて、避ける事もできなかったみたいでね。
ぶつかった瞬間「ぐあっ」とかいう低ぅい声がね、聞こえたりしてね。
顔も怖けりゃ、声もですよ。
勘弁して下さいと思ったり思わなかったり。
そりゃ、落下の衝撃でペチャンコにならなかったのは良かったかもしれないけど、これはこれで命の危機じゃないですか。
一難去ってまた一難?
とにかく即座に上からどいて、ジャパニーズDO・GE・ZA開始ですわ。
あーあ、展開だけならそれこそ「親方! 空から女の子が!」って某有名なアレだったんですけどねぇ。
えぇ、展開だけなら。
必死こいて「スミマセン」とか「ゴメンナサイ」とか「命ばかりはお助けを」とか涙目になりながら言ってると、例の低ぅい声で話しかけられました。
「あー、嬢ちゃん。俺は何ともないから止めてくれ。
そっちこそ、大丈夫か? 怪我ないか?」
…………アレ?
もしかして、顔に似あわず良い人……なのか?
いやしかし、貫禄と穏やかさのある幹部クラスという線も捨てきれない。
怖いおじさんの顔を見つめていると、彼は苦笑いをして手を伸ばしてきた。
瞬間、ビクッと身体を縮込ませて目を瞑ってしまったのは仕方ないことだと思う。
でも、そのすぐ後にワシャワシャと頭を撫でられて、おじさんの意外な行動に驚いて、また目を開き彼の顔を見た。
「何もしねぇって。
で、痛いところとかないか?」
やっぱり良い人なんだね、おじさん。
怖がってごめんね。
そんなおじさんに残念なお知らせ。
笑顔の方が怖さアップだから!
マジ勘弁!
「え、と。多分、大丈夫です」
「そうか。そりゃ良かった。
それで、嬢ちゃん。お前さんどっから来たんだ?
見ない服装だし、この辺の者じゃないよな?
連れはいるのか? 迷子か?」
ぬおっ!
そういえば私パジャマですよ!
ノーヴラですよ!
恥ずかティー!
がばっと自分の体を抱き込んで視線を彷徨わせる私におじさんは首を傾げる。
ていうか、何て説明したら良いわけ!?
咄嗟に頭回るほど切れのいい脳してないのよっ。
「その……連れはいません。
夜、自宅で寝ているところに自分を神様だって言う人が現れて、気が付いたら空から落ちてて……」
「俺にぶつかった、と」
一部を意図的に省いて正直に話したところ、おじさんは難しそうな顔をしていた。
まぁ、同じ事を聞いたら私でもそうなる。
むしろ、頭が可哀相な子なのねってなる。
「はい…………あの、ここはどこでしょうか」
「ここはゼノア王国の王都に程近いディッセンマールという街だ」
うん、どこですかソレ?
ぬぅぁぁぁ、やっぱりあの自称神様の言ってた事は本当だったんだ!
うん、分かってた。分かってたよ! ちくしょう!
だって、赤い髪の毛で金色の目をしてゲームばりに背中に大きな斧を背負った冒険者風の服装したおじさんが普通に歩いてるような国なんかあるわけ無いもん!
あぁ、そうだよ、異世界だよ! 異世界! 異世界!
私は異世界トリップしちゃったんだよぉーーーーーッ!
「おい、大丈夫か?」
はっ、すみません。
思考の海にダイブしてました。
「大丈夫……のような、そうでないような」
「あー、そうか。そうだよな。
嬢ちゃんみたいな子がいきなり一人で放り出されりゃ、平気なわけないか」
そう言って、おじさんはまた私の頭を撫でた。
いやはや、意外と丁寧に撫でるよね、おじさん。
中々気持ち良いです、はい。
しかし、あんな荒唐無稽な話を軽く信じてくれるなんて、おじさんは本当に良い人だなぁ。
ところで……なんとなーく、なんとなーくだけど…………私、子供扱いされてません?
「なぁ、嬢ちゃんはどっから来たんだ?」
「日本……です」
「ニホン?
うーん、俺も大概旅してる身なんだが、聞いた事ねぇな。
悪ぃ、嬢ちゃん」
そーりゃそうだー!
世界からして違いますもの!
あーっはっはっは…………はぁ。
絶賛天涯孤独中の私は、ひとまずこのお人好しっぽいおじさんを頼ってみることにした。
「あのっ、突然こんなことを言ってご迷惑だと思いますが……」
「ん、どうした?」
「自称神様は、私という存在を皆の記憶からも記録からも消したそうなんです。
だから、帰ったとしても、もうどこにも私の居場所はありません。
それで、厚かましいお願いなのは充分承知しているんですが、他に頼れる人もいないし……その……私を一緒に連れて行って貰えませんか」
そう言って、再び土下座体勢に移ろうとしたところを、おじさんに止められた。
「頭なんか下げなくていい。
そうかぁ、天外孤独の身になっちまったのか。可哀相になぁ。
あぁ、安心しろ。俺なんかで良ければいくらだって力になってやる」
「本当ですか! ありがとうございます!」
顔は怖いくせにチョロいなおじさん!
そういうところを利用した私が言うのも何ですが、親切もほどほどにしないと食い物にされますよ!
「そういや嬢ちゃん、名前は何ていうんだ?」
「亜美です。アミ・ナカシマ。おじさんは?」
「おじっ……!
嬢ちゃん、俺はまだ二十八だ。頼むから、おじさんは止めてくれ!」
「は!? 嘘っ! 五つしか違わないの!?
絶対四十五くらいだと思ってたのに!」
いや、髭だ! 髭が悪いんだ!
そのせいで老けて見えるのであって、私は悪くない!
でも、二十八歳ってことは、幹部クラスの可能性はほぼ消えたと思っていいよね?
などと考えつつ老け顔を眺めていると、おじさんも私をポカンと見ていた。
…………何?
「五つ? おいおい、嬢ちゃん。お前ぇまさか……」
あぁ、そういうことか。
こっちはこっちで子供に見られてたんだっけ。
「私は二十三歳です」
「っウソだろ! てっきり十四かそこらのガキだと……」
なんと! そんなにも若く見られていたとは!
さすがは東洋人マジック!
って事は、見た目が四十五の男と十四の女が連れだって歩く事になるのか。
うはぁ、なんとも犯罪の臭いがプンプンするよ!
おじさん……訂正、私だっておばさん呼ばわりは嫌だもんね……老け顔のお兄さんは、心ここにあらずと言った雰囲気で一人腕を組んでブツブツ言っていた。
おや?
「あの……大人だったからって、放りだしたりしませんよね?」
老け顔のお兄さんの服の袖をつまみ、上目遣い&涙目で弱々しく言ってみる。
すると、それを見た彼はピタリと動きを止めた後、真っ赤になって首を振りまくった。
こうかはばつぐんだ!
しかし、こんな十人並みの容姿の上にスッピンな私を前にその反応とは。
……そうか、顔が怖いから女の人が寄って来なかったんだね?
よし、ここはとりあえず笑顔だ。笑顔。
「良かった。それで、あの、お名前は?」
「あ。あぁ、そうだな。
俺はマーシャルト・グリンストンだ。
マサでいいぞ」
マサて!
任侠ものの登場人物か!
似あうけど!
「マサさんですね。
これから宜しくお願いします」
すっと手を差し出すと、何故かあわあわと戸惑った後、服で手を拭いてから握ってきた。
おやぁ? そんな凶悪な顔でまさかの純情系ですか?
なんか可愛く見えてきちゃいましたよ、マサさん……くっくっく。
~~~~~~~~~~
私が寝巻きだってことを知って、マサさんは最初に服を買ってくれた。
スカートは嫌いなのでズボンにしたんだけど、マサさんはちょっと不思議そうにしてた。
ここに来るまでに見た女の人は皆スカートだったからなぁ。
でも、冒険者風の女性の中には短パンなんて人もいたし、変では無いはず。
ちょっと恥ずかしかったけど服を買うついでに「下着も買っていいですか?」って首を傾げながら聞いたら、「しっ!」って言って固まって、また真っ赤になっちゃって。
いやもうね、そこまで反応されるとこっちは逆に冷静になるわ。
その後、「ひ、一人でっ」とどもりながら言って財布ごと渡してくるから、私は彼の純さと警戒心の無さに苦笑いをして「すぐ戻って来ます」とだけ言ってその場を離れた。
支払いについては、マサさんが買うところを見てたからもう大体分かるし、問題ない。
何となく急ぎで用を済まして十五分ほどで戻ると、そこには修羅がいた。
彼は相変わらず顔を赤くしたまま、眉間に皺を寄せて腕を組み小さく唸っている。
その姿は一見、怒れる鬼神のようにしか見えず、周囲の人間を恐怖に陥れていた。
小走りで近寄ると、どこからか「おいっ!」とか「危ないぞ!」等の声が聞こえてきて、親切のつもりなんだろうけど、どう反応して良いか分からずため息をつきたくなった。
とりあえず、大人のスルースキル発動。
簡単に言うと聞こえないフリ。
だって、下着を買う女性を待つってシチュエーションに羞恥を覚えて悶えているだけだと思いますよ、彼は。
笑顔で「お待たせしました」と言って財布を返すと、マサさんは無言で肯いて歩き出した。
まだ恥ずかしいのか早歩きになっていたので、後ろから服を掴んで早いと抗議したら、謝罪の言葉を述べて、今度は私に合わせてゆっくり歩いてくれた。
靴や鞄、その他必要そうなものを揃えた後、昼時だということで大衆食堂でご飯を食べた。
食堂には味噌汁味の具沢山スープがあって嬉しかったけど、白飯は無くてちょっと残念。
私は、彼にせがんで、今いる国とその一般常識について教えてもらった。
ちなみに、どこに行っても周囲からはそれなりに奇異の目で見られていた。
うん、まぁ、二人でいるところって、元の世界だったら誘拐か援交かって感じするもんね。
犯罪臭が半端無いもんね。
一応、そんな事実は無いんだけどね。
皆から関わりたくないオーラ出てて、ちょっと混んでる道とかもそれなりに快適に歩けた。
私は若干いたたまれない気持ちになったんだけど、マサさんは平然としていた。
もしかして、彼は一人の時でもこんな風に皆に避けられているんだろうか。
顔も怖いし、ガタイも良いし、何より玄人っぽいオーラが漂っているから、仕方ないのかなとも思うけど、ちょっぴり悲しい気分になった。
そうこうしている内に夕方になっていたので、マサさんが滞在している宿に二人で戻る。
宿に入ってすぐ、彼はもう一部屋とろうかと提案してくれたけど、私は同じ部屋で構わないと言って断った。
無駄金を使っちゃぁいけねぇぜ、マサさん。
それでも渋るマサさんに「信用してますから♪」と天然を装ってにっこり笑ってあげたら、片手で顔を覆ってため息をつきながらも折れてくれた。
牽制の意味も含めての発言だったんだけど、男のマサさんには分かるまい。ふはは。
一応、ベッドが一つしかない部屋から二つある部屋に移動はしてもらいました。
本当の事を言うと、ここに来るまではまだ完全にはマサさんを信じきれていなくて、どこかに売られたらどうしようなんて考えてた。
自分から連れて行ってくれって言ったくせにね。
だって、ヤクザ屋さんて、最初は優しくして、油断させたところでヤバいことに手を出させて、抜けたくても抜けられない地獄へと落とすのが常套手段だと思うし……。
でも、マサさんはいつだってどこか不器用だったり、ちぐはぐだったり、それでも誠実なのは伝わって来るから、とても人を騙すようなタイプの人じゃないって、思えた。
どちらかというと人慣れしてなくて、どうしていいか分からない感じっていうか。
だから、私はこの人の優しさを信頼する事にした。
疑ってばっかりだと疲れるし、何より人を信じられないって寂しい。
あと、顔が怖いってだけで人に避けられちゃうマサさんが可哀相に思えて、自分だけでも怖がらずに接してあげたいなって、そんな同情心も少しあった。
傲慢だけどね。
部屋に入って最初にした事は荷物の整理だった。
マサさんは結構几帳面な性質らしく、色々ときっちり仕分けしていた。
しかも、私が持つ荷物を最低限まで減らしてくれたり、必要のある時に使えるように少しお金を持たせてくれたり等、それは細かい配慮に感心させられる。
宿の一階にある酒場で夕食を取って再び部屋に戻った後、今後の予定とか、今までの旅の事とか少し話してもらった。
ところどころ何かを隠してるなって感じの話し方だったけど、別に言いたくない事を聞き出す趣味はない。
会ってすぐの人間に全てを話せる人なんかいるはずないしね。
話し終わった頃に、マサさんが思い出したように言う。
「そういえば、この宿には共同の浴場があるんだがアミの住んでいたところでは風呂に入る習慣はあったか?」
「一応ありました。
ただ、こちらでの入浴作法と同じかどうか分かりません」
「そうか。まぁ、でも大体同じだろ。
一応簡単に説明するとだなぁ……」
話を聞いた後、マサさんからタオルと石鹸を買うための小銭を貰って浴場に向かった。
簡単に言うと、学生時代に林間学校で泊った施設を思い出させるようなショボぃゲフンゲフンッ素朴なお風呂だった。
他にお客もいなかったので、のんびり湯船につかりながら一人考える。
彼はやっぱり独り身だった。そして現在想い人もいないらしい。
…………どうするよ、私!?
一.あくまで恩人。ただでさえ迷惑をかけているのだから弁えましょう。
二.籠絡して利用しつくす。そしてこの世界に完全に慣れたらバイバイビー。
三.本気で嫁の座を狙っていく。反応が可愛いし、良い人だし、ライバル少なそう。
四.一発ヤってから考える。やっぱり、身体の相性って大事だよね。
五.保留。世の中はなるようにしかならないもんだ。流れに身を任せようじゃないか。
……うん、自分の人間性に疑問を持った。
何この選択肢!
もっかい言う、何この選択肢!
とりあえず、二だけは何がなんでも無いわ!
人の心を弄んではいけない!
特に二十八にもなって独り身のモテナイ君の純情を利用するなんて鬼の所業だ!
そして四も駄目だ!
色んな意味でダメダメだ!
大体からして、自分から誘うとか、平凡な容姿の私にはムリ……って違う!
それに万一身籠ったら、それから考えるも何もない……じゃなくて!
マサさんは二メートル強の大男だし、十四にしか見えないちんちくりんな私じゃ満足できなくて逆にフられる可能せ……だっから、何を考えてんだ私ぃぃぃ!
何ですか!?
マイ辞書の貞操観念の項目がゲシュタルト崩壊でも起こしたのですか!?
知らない間に宇宙の法則でも乱れたのですか!?
いや、アレだ!
自分でも気づいてないだけで、異世界初日で混乱してるんだよ、多分!
マサさんと旅をしている間に他の出会いが無いとも言えないし。
とりあえず選択肢は五の保留でいいか。うん。よし。
後は、これからのマサさんの態度次第で一か三か決めればいいさ!
ええい、日和見の何が悪い!
ズルくったっていいじゃない、大人だもの!
色んな意味でのぼせそうだったので、お風呂から出た。
そういえば、化粧品買ってもらうの忘れたなぁ。
別にスッピンでも困らないっちゃ困らないけど、せめて乳液とか化粧水とかに相当する物がないと肌荒れが気になる。
うーん、でもそんな贅沢品を買ってもらうのは、流石に負担かけすぎか。
一応、自分で何かしら稼げるようになってから返す気ではいるんだけど……。
財布を預かった時にそれなりに持ってるなっていうのは見てとれたけど、それでもこれから先、何にいくら必要になるかも分からないし、節約は当然するべきだよね。
よし、やっぱり我慢しよう。
下手に身綺麗にして攫われフラグとか立ってもヤダし。
部屋に戻ると、マサさんに開口一番冷えない内に寝ろと言われ、特に異論もなかった私は、すぐにベッドに入った。
横になるとやはりというか疲れていたようで、間もなく眠気が襲ってきた。




