あの世で俺にわび続けろ番外編ーーーーッ!!!!
番外編その5目次
1.ひとり上手と言わないで(シャロンの自分語り)
◇ひとり上手と言わないで
私が覚えている1番小さな頃の記憶。
それは、3歳の誕生日を迎えた当日のこと。
お母さん手作りの、ケーキという名前のお菓子を食べて、プレゼントを貰って、それがすごく嬉しくて興奮してしまった私は、生れて初めて竜形態へと姿を変えた。
いきなり視界が高くなって驚いたのと、天井や壁にぶつかって痛かったのと、残っていたケーキと貰ったプレゼントがグチャグチャになってしまったことにしばし茫然とする。
それからジワジワと状況を理解して、一気に悲しみに襲われ癇癪を起こした私は、竜の姿のまま暴れ出したらしい。
らしい、というのは私にその時の記憶がないからだ。
後で聞いた話、お父さんが竜形態に変わって私を気絶させたそうで、咄嗟にそんな乱暴な手段しか取れなかったことを何度も謝られてしまった。
きっとお父さんのことだから、それをした当時はもっと落ち込んでいたんだろうなぁと思う。
不可抗力なのに。
まぁ、どうせお母さんが慰めたんだろうから、どうでもいいや。
本っ当に、あの両親はいくつになっても新婚みたいにベタベタして鬱陶し……話が逸れた。
次の日の朝に目を覚ました時、心配そうに私をのぞき込んでいる2人の姿が印象的だった。
家がなくなっていてビックリしたけど、お父さんがその日の内に森の木を組み立てて新しい家を作ってくれたおかげで、私は本来なら抱いていたであろう罪悪感に悩まされずに済んだ。
そして、その次の日から、お父さんとの特訓が始まった。
お父さんはいつの間にか森の中にとても大きな広場を作っていて、毎日決まった時間になると2人でそこへ出かけるという習慣が出来た。
最初は竜になる練習と、人に戻る練習を繰り返していたように記憶している。
お父さんはいつだって優しくて、上手くいけば必要以上に褒めて嬉しくさせてくれるし、そうじゃない時も厳しくするなんてとんでもなくて、むしろふてくされる私の機嫌を取ろうと森から果物を集めて来てくれたり、練習そっちのけで2人で遊び呆けたりと、それはもう甘やかされっぱなしだった。
お母さんにその日の出来事を報告しようとすると、お父さんはどうしてかいつも慌てて私の口を塞いだ。
当時は不思議で仕方なかったけれど、きっと躾けに厳しいお母さんのことだから、私の見ていないところで私を甘やかしたことについて、こってり絞られていたのだろうと思う。
お父さんとの特訓が始まったのと同じ時期にお母さんとのお勉強が始まったけれど、お母さんはお父さんと違って一切甘やかしてはくれなかった。
それでも耐えきれたのは、お勉強の後にいつも美味しいお菓子を作ってくれていたからに他ならない。
お母さんは飴と鞭を完全に使い分けるタイプだった。
半年くらい経って竜に変わることに少しずつ慣れてきた頃に、今度はその姿で空を飛ぶ練習と柔らかいモノに触れる時の力加減の練習をした。
さらに1年くらい経って、形態変化がほぼ自分の思う通りに使えるようになると、お父さんは『絶対に人に向けて使ってはいけない』と前置きをして、私の適性だという氷の魔法の使い方と竜形態での氷のブレスの噴き方について教えてくれた。
あの時はお父さんとお母さん以外の人間を見たことがなかったから、言われた意味がきちんと分かっていなかったけれど、それでも元気よく返事をしていたように思う。
お父さんは攻撃性の高い魔法だからと心配していたけれど、お母さんは生活に便利な能力だと言って喜んでいた。
さらに1年くらい経って上手く魔法を扱えるようになってからは、お母さんの発案で食べ物を凍らせて長く保存したり、果物や野菜を冷たくして食べたり、熱が出た日には作り置きしておいた氷柱を砕いて氷枕を作ったりと、色んなことに役立つ自分の能力が幼心にとても誇らしく感じられた。
中でも、お母さんの作るかき氷やバニラアイスという食べ物がとても美味しくて、我が家の暑い日のおやつの定番になっている。
現在が不幸というわけではないけれど、この幼少期の森での生活が1番苦労もなく幸せだったのは間違いないだろう。
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いつだって叱られる役はお父さんだったから、逆にお父さんがお母さんに怒鳴ったのを見た時は、とにかくすごくショックで、私はこの日生まれて初めてお父さんを怖いと思った。
子供心に、父親は何をしても怒らないチョロい存在だと認識していただけに衝撃が大きく、それから私は少しだけ大人しい女の子に変わった。
本当に滅多なことでは見られないため、お父さんがお母さんを怒るのは本気で心配するような何かがあった時だけなのだと理解できたのはごく最近だ。
でも、お父さんはどんなに怒っていてもお母さんが謝るとすぐに自分も謝って、その後はいつも以上にイチャイチャし出して、完全に2人の世界に入ってしまう。
……色んな意味でお父さんには怒って欲しくないと思う私だった。
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6歳になった頃、私は両親に連れられて東の国の町へと移り住んだ。
事前に、人のいる場所では何があっても竜になってはいけないと注意されたけれど、私自身としてもそれを破るつもりはなかった。
5歳になって間もなくの頃、1度だけ竜の姿でお母さんを傷つけてしまったことがトラウマになっているのだ。
その時、お父さんは今までになく慌てていて、赤く染まったお母さんを何度も呼びながら抱きかかえ、どこかへ連れて行った。
お父さんはお母さんのことしか目に入っていなかったようで、私は何をどうしたら良いのかも分からないままその場に1人残される。
何時間経ったか分からないけれど、外が真っ暗になった頃にようやくお父さんが帰って来た。
お母さんを傷つけたショックから抜け出せず、未だに茫然と立ち尽くしている私を見たお父さんは、とても痛そうな顔をして走り寄って来て、私の身体を強く抱きしめた。
お母さんは大丈夫だとか、置いて行って悪かっただとか、そんなことを言っていたんじゃなかっただろうか。
でも、私はそんなお父さんに何の反応も返してあげられなかった。
それから数日して、元気になったお母さんが帰って来た。
わんわん泣きながら抱きついて何度も何度も謝り続ける私を、お母さんは怖かったねとか、もう大丈夫と声をかけつつ笑いながら撫でてくれる。
気にしなくていいんだとお母さんは言ったけれど、私はその日から竜形態に変わることを止めた。
もうほとんど制御できるようになっていたし、日常生活に支障があるわけじゃあないからと、お母さんは私を咎めることはしなかった。
もちろん、それはお父さんも同じだ。
ただ、やたらと心配性になって何かと構ってくるようになって、それがとにかく鬱陶しかった。
態度に出すとすぐに傷ついた顔をされるからあんまりハッキリとは指摘出来なかったけれど、大抵は私が本気でキレそうになる前にお母さんがお父さんを窘めてくれて、それで事無きを得ていた。
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初めて両親以外の人間を見た時は正直怖かった。
それでも、お父さんとお母さんの子供だというだけで、まわりの大人はみんな優しくしてくれたから、慣れるのは結構早かったと思う。
私と同い年くらいの女の子たちとも、結構すぐに仲良くなれた。
私の知らない遊びをたくさん知っている彼女たちと遊ぶのは楽しかった。
逆に、男の子たちは私の存在を快く思わなかったようで、何かと仲間外れにしようと嫌がらせを繰り返してきた。
その筆頭がガキ大将カッちゃんこと、カークライベルである。
彼曰く、新入りのくせに大人たちにちやほやされて調子に乗っているのが気に喰わない、ということらしい。
当然、私はことあるごとにちょっかいをかけてくるカッちゃんが大嫌いだった。
ただ、私が本気で彼に反撃をすれば、万が一にも大けがをさせてしまう可能性があるので、どれだけ悔しくても悲しくても耐えるしかなかった。
心配をかけたくなくて家ではいつも笑っていたけれど……お母さんには多分、みんなバレていたんだと思う。
いつだったか、何の脈絡もなく『シャロンはマサに似て我慢強いね』と頭を撫でられて、すごくビックリしたのを覚えてる。
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そんな男の子たちとの関係がハッキリと変わったのは8歳を過ぎた頃。
来なかったら友達の女の子を標的にすると脅されて、私は町の外の草原に呼び出された。
町の外はモンスターがいるから子供たちだけで出歩くことを禁止されていたけれど、秘密の抜け穴を見つけたとかで、彼らはしょっちゅう大人の目を盗んでは抜け出しているらしい。
きっと、町で守られて暮らしていたから、モンスターの怖さというものを知らないのだろう。
指定の場所に赴くと、そこにはすでに男の子たちが揃っていて、私は戦々恐々としながら彼らに近付いて行った。
でも、当の彼らは木の棒を振りながら何かを夢中で追いまわしているようで、私が来たことには気が付いていない。
自ら声をかけようとも思えず、近くの木に隠れて様子を見ているうちに、その何かがとあるモンスターの幼生体であることが分かった。
この辺りで最も怖れられている、Cランクモンスター雷虎の子供だ。
幼生体の傍には必ず成体がいるはずだということを、私は森に生きていた時の経験で知っている。
思わずその場を飛び出して、雷虎の幼生体の前に立ちはだかり、男の子たちへ危険だから止めるように忠告した。
けれど、彼らは根拠のない自信でもって、私の言葉を嘘だと否定する。
瞬間、どこからかモンスターの咆哮が轟いて、その場にいた全員が固まった。
私の背後にいた幼い雷虎が、それに応えるように必死に鳴き声を響かせる。
大声で町に逃げるように促せば、数人を除いたほとんど全ての男の子たちが悲鳴を上げ慌てて走り去って行った。
残っているのは、どうやら腰を抜かしたらしい兎の亜人と、未だに固まったまま動かないビア樽のような体形の少年、そしてなぜかカッちゃん。
再び逃げろと声をかけると、カッちゃんは私を睨みながら『子分と女が残ってるってのに、オレが逃げられるか』と怒鳴ってきた。
気丈な態度とは裏腹に、彼の足は可哀想なほどに震えている。
バカだと思った。
そんな小さなプライドのために自らの命をドブに捨てるつもりなのかと。
そして、低い唸り声と共に脅威が訪れる。
誰かが小さく息を呑んだ音が聞こえた。
雷虎はその名の通り雷の魔法を使うモンスターで、それ以外にも素早い動きで攻撃が当たりにくいという特徴がある。
竜の姿ならまだしも、私はお父さんと違って人形態ではそんなに強くない。
雷なんてスピードのある魔法を使われたら避けきれないし、こちらの魔法も当たるかどうか微妙なところだろう。
モンスターはこの場で1番力のある私に狙いを定めたようで、真っ直ぐこちらを睨み付けてきた。
弱気なところを見せれば、雷虎はすぐにでも襲い掛かって来るはずだ。
いつでも氷の魔法を放てるように、自身の魔力を引き出しながら負けじと睨み返していると、視界の端でカッちゃんがビア樽少年を揺さぶっているのが目に入った。
ようやく正気に返ったビア樽少年は、私の正面にいるモンスターを見て引き攣った悲鳴を上げる。
それを受けて、カッちゃんが彼の頬をガツンと殴りつけ無理やり黙らせていた。
さらに、カッちゃんは自分が時間を稼ぐから兎の少年を連れて逃げるようビア樽少年に告げる。
いじめっ子のカッちゃんがどうして男の子たちに慕われているのか不思議だったけれど、私はこの時になってようやくその理由がほんの少しだけ分かったような気がした。
どうしてか渋っているビア樽少年にカッちゃんが再び拳を振り上げると、彼は慌てた様子で兎の少年を抱え、その短く太い足で町へ向かいドッスドッスと走り出す。
足音が小さくなっていくのを聞きながら、足手まといが減ったことに心の中で小さく安堵の息を吐いた。
本来なら、カッちゃんにも彼らと一緒に逃げてもらいたかったのだけど……。
僅かでも意識を逸らせば途端に雷虎が襲いかかってきそうで、結局、口には出せなかった。
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ものすごく長かったような気もするし、あっという間だったような気もする。
運良くモンスターが魔法を使って来ることはなかったけれど、飛ばしても飛ばしても氷は当たらないし、雷虎は本気で怒ってて怖いし、カッちゃんはオレが囮になるからそこを狙えだとか出来もしないことを勝手にやろうとして怪我をするし、怪我をした彼を守るために氷の壁を作らなくちゃいけなくて無駄な魔力を消費させられるし、いっそ気絶でもしてくれれば竜になれるのに、なんてジレンマを感じつつ、とにかく色んな意味で辛い時間が流れた。
魔力も体力も底を尽き本気でもうダメだと諦めかけた時、大きな何かが私の横を風のように通り抜ける。
次の瞬間には、すでにモンスターは力なく地面に伏していた。
…………お……父……さん?
町に逃げ帰った誰かが状況を知らせてくれたらしい。
お父さんは、いつもの優しいけれど気味の悪い笑顔を向けて、『よく頑張ったな』と褒めてくれた。
それから、頭をゆっくりと撫でてくれて、すっかり安心しきった私は、ギュっとお父さんの服を掴んでわんわん泣きだしてしまう。
そのまま泣き疲れて眠ってしまったから私は知らなかったけれど、あの後、お父さんはカッちゃんに対して大人げなく脅しをかけたらしい。
カッちゃんがそれにどんな反応をしたのかは教えて貰えなかったけど、お父さんは『案外、根性ありやがんなアイツ』なんて言って、なぜかちょっとだけ彼を気に入ったみたいだった。
この日以降、私が男の子たちにイジメを受けることはなくなった。
ただそのかわり、カッちゃんが毎日のように『オレと勝負しろ』と真正面から喧嘩をふっかけて来るようになった。
嫌だと返事をするより前に襲いかかってくるので、相手をしないわけにいかない。
面倒臭く思いながら、手加減しつつ彼を負かす日々がそれから年単位で続いた。
グングン強くなっていくカッちゃんとの勝負を段々と楽しむようになっていったのは、自分だけの秘密である。
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……さて、話を現在に戻そう。
私がここまで長々と脳内で昔語りをしていたのには、それなりに理由があった。
なんて言うと偉そうだけど、要は単に現実逃避をしていただけだったりする。
目の前でちょっとばかり有り得ない出来事が起こってしまって、それを正面から受け止めたくなかった私は、つい意識を遠くへ飛ばしてしまっていたのだ。
「っおい、聞いてんのか!」
「……あー、はいはい。聞いてますよー、っと」
「何だよ、その返事は! オレは本気だからな!」
「そんなこと言われても、私より弱いカッちゃんを一緒になんて連れて行けるワケないじゃん。
足手まといを庇いながら旅が出来るほどの実力なんてないよ、私は」
「ウルセェ、誰が庇って欲しいって言ったよ!
自分の身くらい自分で守れる!
いいから黙って連れてけ!
勝ち逃げなんてさせねぇぞ、コラ!
あと、カッちゃんて呼ぶな、カークって言え!」
「あぁ、もーっ! そっちこそ話を聞きなさいってーの!」
いつもお父さんの旅の話を聞くたびに羨ましかった。
私も大陸中のキレイなものや珍しいものをこの目で見たくて、お父さんのように旅をしたいと何年も何年も駄々をこね続け、ようやく両親から条件付きで許しを得たのはつい半年前のこと。
お父さんは最後まで反対していたけど、お母さんが『道を誤って傷つくのも子供の権利だから、大人のエゴで奪ってはいけない』と諭すと、渋々納得してくれた。
きっと何年経っても、お母さんは私の尊敬の対象なんだろうなぁとしみじみ思う。
将来はあんな余裕のある大人の女になりたいものだ。
お父さんとの目に痛いラブラブっぷりは別としてね!
準備万端、約束の16歳の誕生日にいざ旅立とうとした時に、なぜかカッちゃんが目の前に立ちはだかった。
見れば彼も旅立ちの装備を整えている。
首を傾げながらも興味がないのでそのまま彼の隣りを抜けようとすれば、腕を掴まれ引き止められてしまった。
怪訝な顔をして振り向けば、こちらよりもさらに怪訝な顔をしたカッちゃんが一言『俺も一緒に行く』などとフザけたことをぬかし出す。
全くもって意味が分からなかった。
大体、カッちゃんは私を目の敵にしていたはずじゃなかったのか。
それがどうして一緒に旅をしようなんて発想に到るのか、理解不能だ。
何が良くて、好きでもない異性と2人旅なんぞしなくてはならないのか、その理由を説明して欲しい。
力のない普通の女の子なら守ってもらえるという利点があるのかもしれないけれど、私に関して言えば、彼は本当に足手まといにしかならない。
いざという場面で竜にだってなれなくなる。
そもそも赤の他人と四六時中一緒だなんて、楽しめるものも楽しめないじゃないか。
本当にデメリットしかない。
必死に説得を試みるも、前述の会話でも分かる通り、相手は一向に耳を貸してくれなかった。
いい加減面倒臭くなって、もういいやと無視して歩き出せば、カッちゃんはそのままギャアギャア騒ぎながらピッタリ後をついて来る。
心の底から意味が分からない。
結局、押し切られて仕方なく2人で大陸を旅をする破目に陥ってしまう。
こんなはずじゃなかったのに、と深くため息を吐きながら私は今後についてどうしようもなく憂えてしまうのだった。
彼が勝ちにこだわり続けた理由が私に告白するためだったなんて意外すぎる事実が発覚するには、これからさらに5年の月日を要することになる……。
番外編これにて終了です。ご愛読ありがとうございました。
併せて、リクエストの方も閉め切らせていただきますのでご了承ください。
以降、リクエスト書き忘れ等が発覚した場合は、文字数によってこちらか活動報告の方に掲載させていただく予定です。
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