番外編か…。何もかも皆懐かしい。
番外編その4目次
1.シ~ラケ竜 飛~んで行~く 東の国へ♪(付き合い初期の話)
2.ムーディー・ブルースさんがアップを始めたようです(28話でカットした3か月について)
◇シ~ラケ竜 飛~んで行~く 東の国へ♪
2人が男女の関係になってから数日。
想いが通じ合って一気に距離が縮まるかと思いきや、なぜかマサの挙動不審が悪化するという事態が起こっていた。
「ねぇ、マサ」
「うぉっ! なっ、なん……どっ、どうした、アミ」
「あ……うん。
お隣の奥さんがね、収穫した野菜を分けてくれるって言うんだけど。
それが、木箱いっぱいに入れてくれるものだから、私じゃ全然持ち上げられなくって。
マサ、頼める?
あ、でも、ダメなら小分けにして運ぶから、無理はしなくていいよ?」
「いや、そ、そうか。よし、分かった。行って来る」
「ありがとー……って、マサ。玄関そっちじゃないよ?」
「えっ。あ、あぁ。そう、そうだな。間違え……あだっ!」
「やだドアにヒビっ……じゃなくて、マサ、大丈夫?」
「ぐ……あぁ、いや、大丈夫だ。悪ぃ、後で直しておく」
「うん。えっと、気をつけてね」
「あー」
重症だなぁ、とアミは歩いて行く彼の背を見つめながらコッソリため息をこぼした。
触れれば大げさに跳び上がり、話をすれば呂律が回らず、傍に寄れば反射的に距離を取られ、あまつさえ視線が合えば顔を真っ赤にさせてすぐにあらぬ方角を向いてしまう。
相手がアミでなければ、完全に不審者扱いされていたところである。
別段、2人の間に特別な何かがあったわけではない。
単にマサがアミに想われている事を意識しすぎて、どうにも平常心でいられないだけの話だ。
その心中をしっかり察してしまっているアミは、逃げられさえしなければ、後は時間と共に慣れていくものだろうと達観し、彼の様子を生温かい目で見守っている。
しかし、それが1週間も続くと今度は2人の変化を察したご近所さん達に心配され出してしまい、アミはどうしたものかと軽く頭を抱えた。
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「マサ、これからしばらく仕事禁止」
「……は?」
目の据わった状態のアミに大事な話があると言われて、マサは戦々恐々としながら彼女の正面に座っていた。
「は、じゃない。
ねぇ、最近の自分自身の様子が変だって事ちゃんと気が付いてる?」
「え……あ、まぁ、それは……」
しどろもどろになりながら、視線をさまよわせるマサ。
「分かってるなら話は早いわ。
私が傍にいる時は特にだけど、そうじゃなくても何もないところで躓いたり、壁にぶつかったり、誰かに話しかけられても気が付かずにボーっとしていたり、かと思えばいきなり頭を勢いよく振ったり、顔を叩いてみたり……。
あげればキリがないけど、とにかく、今マサは色んな人に心配をかけてるの。
どうしたのかとか、何とかしてあげてだとか、私が各方面から言われてるの知らないでしょう?」
「そ、そうなのか……スマン」
「それより何より、私はそんな注意力散漫なマサが心配で仕方がないの。
狩士って、一瞬の油断が命取りになりかねない危険な仕事でしょう?
普段のマサならともかく、今のマサが仕事に出かけるといつ怪我をして帰って来るんじゃないかって、私、毎日気が気じゃないわ」
「……アミ」
本当に不安げな顔を見せるアミに、マサは何とも言えない申し訳なさを覚えた。
それから、一度ゆっくりと目を閉じたアミは、今度は力強い眼差しでマサを見据える。
マサは多少たじろぎながらも、しっかりとアミの視線を受け止めた。
「だから、それが直るまで仕事禁止。
一連の行動の原因は予測がついてるから、悪いけど荒療治で行かせてもらうわ」
「あ、荒療治?」
不穏な空気を感じて、マサは口の端を引き攣らせて額からツッと汗を流した。
彼の様子を知ってか知らずか、アミは小首を傾げ微笑みながら宣言する。
「今日からマサが私という存在に慣れてくれるまで、お手洗い以外はずっと傍にひっついているから、そのつもりでいてちょうだい」
「なっ……!?」
予想外の内容に唖然とするマサ。
しかし、微笑むアミのその目が実は一切笑っていない事に気が付いて、彼はこの試練から逃れられないという現実を悟った。
かくして、彼はアミの手によって半ば強制的に不審行動を改善させられるのであった。
その間、マサが日に日にやつれていっているように見えて怖かった、とはお隣の旦那の談である。
◇ムーディー・ブルースさんがアップを始めたようです
「ん……?」
ゆっくりと意識を浮上させるアミ。
薄く瞼を開いてしばらくそのままボーっとしていたかと思うと、突然、目を大きく見開いて起き上がった。
同時に身体にかかっていた外套が地面に落ちる。
それを視線で追えば、アミは自分が簡素な長椅子の上に寝かされていたらしい事を理解する。
「……え? ここ……えっ!?」
「あぁ、起きたのか」
声をかけられて反射的に顔を向ければ、そこには少しだけラフな格好をして椅子に座っているマサがいた。
「マサ? ここは?
私たちイェンバーにいたんじゃ……」
「ここは遺跡の出口からほど近くの、西南の国の宿屋だ。
アミが眠っちまってから……まぁ、大体5時間くらい経ってる。
よく眠ってるみてぇだったし、起こすのも忍びなくてな。
そのまま抱きかかえて、脱出させてもらった」
「うわっ。それは……何と言うか……ごめんなさい。
あの、迷惑かけちゃって」
「気にすんな。迷惑っつーほどのこともねぇ。
本当はベッドに寝かせてやりたかったんだが、汚れた恰好のままじゃあアミは気にするだろう。
だからっつって、俺が着替えさせるわけにも身体を拭ってやるわけにもいかねぇからな。
とりあえずとして、長椅子に寝かせとく事にしたわけだ」
「あぁ、うん。ありがとう」
こっちの性格を良く分かっているなぁ、と感心しながらアミはマサに礼を言った。
確かに、何日もお風呂に入れなかったり、着替えもろくにできなかったりした上に、血まみれだったマサに抱きついた事もあり、彼女は上から下まで浮浪者も真っ青な汚れっぷりを晒している。
この状態で清潔な寝具に身を沈めていたら、あまりの申し訳なさに寿命が縮んでいた事だろう。
そこで改めて確認すれば、長椅子にも汚れないようマサの大きな外套が身体の下に敷かれてあった。
彼の細かな配慮にアミが心の底から感謝していると、続けてマサが話しかけて来る。
「着替えるにしろ公衆浴場に行くにしろ、今のままじゃ気になるだろ?
とりあえず、湯を貰って来るからそれで軽く拭うと良い」
言いながら立ち上がり、マサは部屋の外へと向かい歩き出す。
どこまで気が利くんだこの人はと思いながら、アミはその背中ごしにお礼の言葉を述べた。
その後、湯と新しい着替えをアミに渡して部屋の外で待機していたマサが、中から聞こえてくる水音や衣擦れの音に耳を塞いで必死に己の煩悩と闘っていたというのはまた別の話である。
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次の日、2人は今後の道程について話し合っていた。
「とりあえず、お互い怪我や疲れが癒えるまではこの町でゆっくり過ごすとして……だ。
すまんが、東の国に行く前に南の国に寄らせてもらっていいか。
遺跡で壊れた武器の調達をしてぇ」
「それは構わないけど。
どうしてわざわざ南の国まで?」
アミがそう尋ねると、マサは微妙に渋い顔になって小さくため息を吐いた。
「あー、あの斧は特注でなぁ。
普通に売ってるような代物じゃあ軽過ぎて持ってる気がしねぇし、サイズも小さすぎる。
しかし、俺に合う重さや大きさのモンっつーとこれが中々作るのが難しいらしくてな。
かと言って、命を預ける武器が適当な出来じゃあ困るだろう。
だから、信頼のおける馴染みの店以外では作らねぇようにしてんだ。
で、まぁ、その中でもここから一番近くにあるのが南の国ってぇ寸法だな」
「……なるほど、色々大変なんだね。
でも、それまで武器が無くて大丈夫なの?」
「まぁな。元々、手加減するために使う事の方が多かったぐれぇだ。
問題ねぇさ」
「手加減?」
理解が出来ないと怪訝な顔をするアミに、マサは苦笑いを返す。
「あー、よっぽどの相手じゃない限り、俺が素手で殴ったり蹴ったりするとだなぁ、その……グチャグチャになっちまうんだよ。
モンスターだと討伐部位も換金部位も全部おしゃか。
人間だと骨から何から粉々になっちまって治療もできねぇ。
見た目も後味も悪すぎてな……」
「そ、それは……ご愁傷様……?」
「いや、まぁ、今は以前よりはかなり調整がきくようにはなってんだけどな。
それでも、日常生活と違って戦いの最中じゃ絶対とは言えねぇからよ」
自虐的な笑みを浮かべるマサにアミは何と言っていいか分からず、その場は重苦しい沈黙に包まれるのだった。
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南の国。鍛冶職人が数多く集まる鉱山街。
その中でも特に多くの武器屋が軒を連ねる一角にその店はあった。
レンガ造りの周囲より一回り大きな店の正面に備え付けられた両開きの木扉を押して、マサは店内へと足を踏み入れる。
「邪魔するぞ」
「ひえぇッ!
……って、あぁ、マサの旦那かい。こりゃ失礼。
しっかし、随分とまぁご無沙汰だねぇ」
そう言って出迎えてくれたのは、しなやかな筋肉と美しい銀の毛並みを持った健康的な魅力の漂う狼の亜人らしき女性。
襟ぐりの深く開いた衣装からは、亜人種によく見られる豊満な胸(推定Iカップ)が覗いており、アミは何となく負けたような悔しいような思いに駆られて小さく眉間に皺を寄せた。
マサの背に隠れているためか、女性はアミの存在に気が付かず会話を続ける。
「で、今日はどうしたんだい?」
「ああーー、その、ちょいとした事情から、斧が2本ともボロボロに壊れちまってな。
悪ぃが1から作り直してくれるか」
言いづらそうに報告するマサに対して、女性はその大きな口をカパッと開けて叫んだ。
「はぁぁあ!? アレを壊しただってぇ!?
一体、どこの何を相手にしたらそんなことになるんだい!?」
「まぁ、んな事ぁいいじゃねぇか。
で、仕上がるのはいつ頃になる?」
マサが話を濁すと、彼女は呆れたような顔をしてひとつため息を吐く。
「はぁ、言いたかないなら別に良いけどね。
っても、完全に作り直しとなると、それなりに日数かかるよ」
「別に急ぐ旅でもねぇし、構わんさ」
「了解。他の仕事もあるし、材料も集めなきゃだから……んー、そうさねぇ。
うん、3週間後くらいにまた出直しといでな」
「分かった、3週間後な。んじゃまあ、コレは手付けだ」
「はい、確かに。きっちり前のと同じように仕上げといてやるからね」
「おう。よろしく頼まぁ。
……さて、アミ。用事も済んだし行くか」
「あ、うん」
結局、紹介とかはしてくれないんだなぁと思いつつ、マサの言葉に素直に頷いて踵を返すアミ。
が、1歩踏み出そうとした瞬間、背後からそれを止める声がかかった。
「っと、待ったぁーーーーッ!!」
そのあまりの大きさに驚いて振り返ると、目を皿のように丸くして人差し指を向けプルプルと震える女性の姿が目に入る。
「だっ、旦那! そのっ、そのお嬢さんは、どこのどなたさんだい!?
まっ、まさかついに……かどわかし(※俗に言う誘拐)を……なんてこった!
ダメだよ、旦那っ、いくら1人が辛いからって犯罪に手を染めちゃあ!」
「違ぇ!」
目の前で展開されるいつかの再現のようなやり取りに、もはや乾いた笑いしか出ないアミ。
それから、1人で想像を暴走させる女性に対し、2人がかりで懸命に説明を繰り返して、ようやく事なきを得るのだった。
その後、なぜか女性にやたらと気に入られてしまったアミが、斧を2週間で仕上げるからと強引に彼女の自宅に泊めさせられ、暇さえあればガールズトークを強請られる毎日を送るようになるのだが…、これについては全くの余談である。
ちなみに、アミは彼女から話を聞く事で、ようやくマサの溺愛っぷりが自分に対してだけのものであると知り、彼から向けられている感情に確信を持つのだった。
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「……マサ。
私、この町に住みたいかもしれない」
ついに東の国へと足を踏み入れた2人は、比較的治安の良い集落を点々と巡っていた。
そして、とある町へ滞在して数日。
大衆食堂のテーブル席で正面に座るマサを見つめながら、真剣な面持ちでアミが告げた。
怖れていた日がついに来てしまったかと動揺する心を抑えて、マサは静かに口を開く。
「……そうか」
「うん。仕事も沢山ありそうだし、町の皆の人柄も良いみたいだし、お米もあるし。
まぁ、住んでみないと分からない事もあるかもしれないけど、それはどこに行っても同じだしね」
「そうだな。
とりあえず、適当な借家を借りて仮住まいをしてみるのはどうだ。
長期に住むんなら宿より安上がりだし、どうしても許容できないような問題が起こった時にもすぐ出ていけるだろう。
初期費用と向こう半年分くらいの家賃なら払ってやる」
「んんー、そうねぇ。
費用は後で返すとして、お試しって事でその形で住んでみるのが1番良いかな。
じゃあ、早速だけどマサ。食事が終わったら、良さそうな物件を一緒に探してくれる?」
「あぁ、分かった」
この時点で2人には決定的な認識の相違があった。
アミは、最初に生活のめどが立つまでと約束を交わしていたので、仕事が軌道に乗って本当にこの町で生きようと決めてしまうまでは、彼と擬似的な同棲生活を送る事ができるだろうと考えて非常に浮かれた気分でいたのだが……。
マサは、すでにこの世界の常識も学び、人当たりも良く、翻訳の仕事も成功が約束されているであろう彼女にこれから先も自分が添う意味は無く、何より、傍にいることで彼女が他の人間から避けられないように離れてしかるべきだと考えて心に影を落としていた。
結局、アミに押し切られる形で一緒に住む事になるのだが、今のマサにそれを知る術は無い。
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2人で生活を始めてわずか数日で、マサは己の選択を非常に後悔していた。
宿とも違う完全な密室内で、己の惚れた女が無防備に目の前をウロついているという状況が、どれほど精神に負荷をかけるものであるか、彼はここに来てようやく気が付いたのだ。
ただでさえ理性ギリギリのところで欲望を押さえつけているというのに、アミはと言えば、しっかりと着込んでいるようで、上から視線をやれば谷間が垣間見えてしまう様な微妙な服を着ていたり、風呂上りに暑いからとやたら生地の薄い服を着ていたり、嬉しい事があったと言っては手を握って来たり、家の中に虫が出たと言っては怖がって涙目で抱きついてきたりと相変わらずの無防備さを晒している。
そのどこまでも無警戒な様子に、彼が湧き上がる衝動のまま彼女の柔らかな肢体を組み敷き貪り尽くしてしまいたいと思ったのは1度や2度ではない。
ただし、そうやってマサが日々身を切られるほどの思いで自らを律している裏で、アミがまったく逆の理由でヤキモキしていたなどと、現在の彼には知る由も無かった。
いい加減、自分に女としての魅力が無さすぎるのだろうかと本気で落ち込みかけていたところに、トドメのようにマサが出ていこうとするのを彼女が目撃してしまうのは、それからもう間もなくの事である……。