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幸せの赤い竜  作者: さや@異種カプ推進党
リクエスト番外編
33/42

「そんな番外編で大丈夫か」「大丈夫じゃない。大問題だ」

番外編その2目次

1.男性が同じ痛みを味わうとショック死しておかしくないレベルなのだそうですね(出産的なアレ)

2.小柄な騎士ユウバードの見解(本編の一部を第3者視点にて)

3.疑ったら負け(知人への結婚報告)




◇男性が同じ痛みを味わうとショック死しておかしくないレベルなのだそうですね



 アミとマサは東の国を出て、現在、とある辺境の地にいた。

 妊娠出産にあたり高名な医者のいる町へ移ろうと決めてはいたのだが、いかんせんそういった情報の正確性はあまり高くない。

 ダメで元々と言うアミの案で、以前ヴェルスの件で銀の騎士団から派遣された王宮専属医師を訪ねてみると、腕は確かだと言う知り合いの女性医師を紹介してくれた。

 彼の元同僚だったようだが、何を思ったのか急に職を辞して、とある山の麓に家を建て生活を始めたらしい。

 紹介状を受け取って彼女の元を訪ねてみると、そのままその家に滞在するように言われ現在に至る。

 アミはすでに臨月を迎えており、いつ陣痛が来てもおかしくない状況だ。


「……しかし、コレがかの有名な鮮血の悪魔とはねぇ。

 噂とはまこと、アテにならないものだ。

 それとも、相手のキミがよほど特別なのかな」

「ふふ、先生ったら分かってるくせに。

 本当、冗談がお好きですね」

「冗談……ね。

 それこそ噂を信じている者からすれば、この光景こそ冗談極まりないんじゃないか」

「まぁ、それは確かに」


 マサは2人の目の前で、一心不乱に果実の皮を剥き種を外し食べやすい大きさに切り分けるという作業を行っている。

 その果実もまた『サッパリしたものが食べたい』というアミの一言で、彼が山へ赴き採って来たものだ。


「よし、出来た。アミっ」

「はいはい。ありがとー」


 マサが満足気な顔で差し出す皿から果実をつまみながら、アミは笑顔で礼を返す。

 彼の見た目さえ気にしなければ、実にほのぼのとした風景が広がっていた。

 だが、数時間ののち、緊迫した空気に変わらざるを得ない状況が3人を襲う。



~~~~~~~~~~



「っくそ! どうして子どもは女しか産めねぇんだ!

 代われるもんなら、いくらだって代わってやるのに!」


 絞り出すように言って、マサは己の膝を拳で強く殴りつけた。

 目の前の扉の中から絶え間なく聞こえてくる悲痛な叫びに、彼は眉間にこれでもかと皺を寄せ、歯を食いしばり手を固く握り込む。

 最初はいてもたってもいられずソワソワと身体を動かしていたのだが、あまりに心臓が激しく鼓動を繰り返すので、無駄に体力を消耗しないよう床に腰を下ろした。

 そのまま何時間経過したのだろうか。

 もう幾日もそうしていたかのような強烈な疲労感の中で、マサは小さく発された産声を聞きつけて素早く顔を上げた。

 すぐにその声は何倍も大きな音量となってハッキリと耳へ届いてくる。


 ……う、産まれた! 産まれた! アミ!


 マサは床から立ち上がり、アミアミとブツブツ呟きながら待ちきれない様子で扉の前をうろついた。

 と、そこで中から勢いよく扉が開いて彼は強く頭を打ち付ける。


「がっ……」

「おっ、すまん。マーシャルトくん。

 だが、喜びたまえ。無事に産まれたぞ。珠の様な女の子だ。

 今のところ、母子共に危険は無い。良かったな」

「っ……そ……うか。ありがとう、先生……ありが……とう。

 ぐっ、うぅ……」


 感極まって、その場にへたり込み涙するマサ。

 その様子を見て女医は呆れたようにため息をついた。


「泣くなら、せめて母子の状態を確認してからにしたらどうだね。

 まぁ、今の君は不衛生極まりないから結局は後にしてもらわないといけないわけだが……。

 というか君ね、医者の前で自傷行為とはいただけないよ」

「へ……え?」

「なんだ、自分で気が付いていなかったのか。

 手だよ。強く握り込みすぎて血が流れている。

 汗もかなりかいているようだし、いったん身ぎれいにしてから出直しておいで。

 それまでには君の奥さんも落ち着いているだろうしな」


 その言葉にマサは小さく頷いた後、フラフラと覚束ない足取りで扉の前から遠ざかる。

 女医はそんな彼の背を少々心配そうに眺めた後、再び部屋の中へと戻って行った。



~~~~~~~~~~



「マサって、案外泣き虫よね」


 すやすやと寝息を立てる我が子を前に、起こしてしまわないよう声を殺して涙を流し続けるマサ。

 そんな夫を前にアミは苦笑いを零さずにはいられなかった。


「……ねぇ、旦那様。

 そろそろ頑張った妻に労いの言葉のひとつでもかけて欲しいんだけどなぁ」 


 赤ん坊しか目に入っていない様子のマサに、軽く拗ねた風を装って催促する。

 途端に、彼はハッと目を見開いて素早くアミの横たわる寝台の傍へと移動し跪いた。


「……スマン。忘れてたわけじゃねぇんだ。

 …………その、アミ。よく、頑張ったな。

 なんつーか、言いたい事は色々あるんだが……どう言葉にしたらいいか分からねぇっつーか……。

 悪ぃ、上手く言えねぇ。悪ぃ」

「ううん。充分だから謝らないで。

 それに、そんなに泣いちゃうほど喜んでくれて、私とっても嬉しいよ。

 ありがとう」

「アミっ……」


 掠れる声で名前を呼んで、マサはアミの肩口に額を擦りつけた。

 アミはその行為を咎めるでなく、優しく彼の頭を撫ぜる。


「……マサ。

 これからはきっと苦労もたくさん増えると思うけど、それ以上に幸せになれるように、2人……ううん、3人で頑張って行こうね」


 彼女の言葉にマサはゆっくりと顔を上げて、次いで、その頬へそっと手を添えた。


「……あぁ…………そうだな」


 そうだな、と、もう1度心の中で呟いて、マサは幸福の余韻に浸るように静かに瞳を閉じた。

 彼があのどこまでも冷たい過去に心を凍えさせる時は、もう二度と訪れない。





◇小柄な騎士ユウバードの見解



 悪魔と称される男マーシャルト・グリンストンは、そんな表現すらも生温いほどのそれは恐ろしい容貌をしていた。


 鍛え上げられたガッシリとした肉体と3メートル近い身の丈など、その顔の前にはちょっとした付属品にすぎない。

 たっぷりと蓄えられたヒゲの下の獣のように大きく裂けた口。

 そこから覗く鋭く尖った歯はもはや牙と呼んだ方が正しいだろう。

 その蛇の様なギョロリとした瞳を見れば、生物としての本能的な恐怖心を呼び起こされる。

 どのような努力を重ねたところで永劫覆る事の無い絶対的上位種の立場にある者の放つ気配に圧倒され、男の身を2倍にも3倍にも大きく感じていた。

 これが同じ人間だなどと到底信じられるものではない。

 いいや、同じ人間であってたまるか。

 こんなもの、ただの怪物だ。

 今の自分はこの目の前の怪物の気まぐれによってのみ生かされている、卑小な存在でしかない。


 それでも、誉れ高い銀の騎士団の副団長としての矜持が、己をこの場に立たせていた。

 正義が悪に屈するわけにはいかない。か弱き存在を守るために命のひとつもせずして何が騎士か。

 それに何より、敬愛する団長の前で情けない姿を晒したくはない。

 本能を意思の力で無理やりねじ伏せ、怪物の背後にいる女性へと声をかけた。



~~~~~~~~~~



 何という事だ。

 団長ですら軽くあしらわれてしまうほどの力を持ったあの怪物が……あの怪物がっ……。

 あんなに小さく無力そうな女性に叱責され怯えている……だと!?

 先程まで放たれていた威圧感も今は雲散霧消し、もはや影も形も無い。

 彼女が武の心得のない一般人であることは、その動きを見れば明らかだ。

 もしや……この女性の話の通り、本当に彼はただ顔が怖いだけの善良な人間だったと言うのか!?

 そんな馬鹿な事が!


 茫然と2人を見ていると、突如団長が……あの強く気高く凛々しく誰にも平等でまこと尊敬に値する至高の存在である尊き団長が……泣きだした。


 今日という日の出来事が、全て夢であったのならどれだけ良かったか。



~~~~~~~~~~



 やはり団長の判断は正しかったようだ。

 意識を失った女性を前に激しく取り乱す姿を見て確信した。

 これは悪魔でも怪物でもない……どこにでもいるただの1人の男なのだと。

 よほど大事な相手だったのだろう。

 それはそうだ。

 彼の顔に怯まず話しかけられる女性が、いかに貴重な存在であるのかは想像に難くない。

 この男の、おそらく唯一の慰めとなる存在であったに違いない。

 彼の心情を慮れば、このまま放っておくことなどとても出来る事ではなかった。


 ヴェルスという男を監査へ引き渡し、副団長の権限を使って王宮専属医師を伴い宿へ向かう。

 女性が目覚めない可能性について示された男は、愕然とした表情で視線を落とした。

 次の日の、寝台横に佇んで動こうとしない彼の様子には、こちらの心も酷く痛んだ。



~~~~~~~~~~



 喜ばしい事に、数日で女性は目を覚ました。

 ヴェルスの件で話を聞くに、女性でありながら聡明で思慮深く義に厚い性格をしていることが分かる。

 だからこそ、彼女は外見に囚われずに男の真の姿を見抜く事が出来たのだろう。

 本当に良かった。


 当日の内に、団長から兵職に就く者は2人に最大級の敬意を払うようにとの命令が下された。

 彼らを知らない者たちは渋っていたが、自分は少しでもあの男に対する人々の態度が緩和されればいいと1人祈っていた。





◇疑ったら負け



 マサの友人の一部に結婚報告の手紙を出した。

 元々そんなに友人の数が多くないのと、旅をしていて居場所が分からない人がいるのとで実際に出した枚数はごくわずかだ。

 それでも、最近はその返事や祝いの品などがポツポツと届いている。

 ……のだけれど、それらが中々に個性的で面白い。


『ようやく伴侶を得たとの由、心よりお祝い申し上げる』

『おめでとう。お幸せに』

『知らせを聞いて安心しました。度胸のあるお嫁さんにも宜しく』

『冗談は顔だけにしろ。鬱憤が溜まってるなら話くらい聞いてやる』

『実は頭の中の話とかってオチだろ?

 こんな幼稚な嘘に引っ掛かるやつが見てみたいぜ』

『俺だってまだなのにお前が結婚!?

 俺は信じない! 絶対に信じないからな!』


「うーん、ちゃんとしたお祝いが半分に懐疑的なのが半分かぁ。

 まぁ、分からないでも無いけどね。マサだし」


 それらを整理し終わった頃に、誰かが外から扉を叩く音が聞こえてアミは玄関へと向かった。


「はーい。どちら様ですか?」


 開いたそこには、全身を黒い鱗に包まれた半竜族と思わしき亜人の男が立っていた。



~~~~~~~~~~



 旅の途中に寄った町のギルドで、たまたま昔の知り合いのヤスという牛の亜人と再会した。

 懐かしさから軽く立ち話をしていたのだが、そこで信じられない情報を得る。

 なんと、あのどんな亜人よりも恐ろしい顔面と圧倒的な力を持ったマーシャルトが結婚したというのだ。

 ヤスは彼らに祝いの手紙を送るためギルドの郵便施設を訪れていたらしい。

 その話が真実ならば喜ばしい事だが、あのこの世の全ての恐怖を一身に体現したかのような男と結婚しようという女が本当に存在するものだろうか。

 いたとして、それこそ、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 例えば、ヤツの金が目当てであるとか、油断したところで害するつもりであるとか。

 実際に相手の女を見た事があると言うヤスはあり得ないと否定するが、人前では演技をしているという可能性は捨てきれない。

 自分の目で見て確かめようと、ヤスからマーシャルトの居所を聞き出して東の国へと向かった。


 マーシャルトの新居だという小さな一軒家の前に立つ。

 まぁ、小さなと言ってもマーシャルトの背丈に合わせているせいか、天井はかなり高いようだが……。

 それにしても、アレの稼ぎからすればもっと豪邸が建つだろうに、少し意外だ。

 緊張と共に扉を叩けば、中から若そうな女の声が響いた。これが例の嫁だろうか。

 間もなく、家の中からかなり背の低い10代後半に見える女が姿を現した。

 西の国の特徴である黒髪黒目を持つ、どこにでもいそうな平凡な容姿の女だ。

 こんな弱そうな人間がマーシャルトに耐えるだけの胆力を備えているわけがない。

 という事は……。


「……すまない。どうやら家を間違えたようだ。

 失礼ついでに尋ねるが、マーシャルトという男の家はこの辺りだろうか」

「いえ、それならここで間違いないですよ。

 マサのお知り合いの方ですか?」

「え……あ、あぁ。そうだ」

「そうですか。それは、いつも宅のマサがお世話になっております」


 そう言って、女は微笑みながら頭を下げた。

 それを呆然と見つめる自分。


 ここで間違いない? 宅のマサ?

 …………まさか。では、この女が?

 いや、そんなはず……アレはこんな程度の女の手におえるような男ではないはずだ。

 だが、この言いようは紛れも無く……。


「あの? どうされました?」

「失礼。何でもない。

 それで、…………貴殿はマーシャルトとはどういう?」


 自分の中でも半ば答えは出ていたというのに、それでもハッキリと聞かずにはいられなかった。


「私ですか?

 私はマサの妻で、アミと申します」

「……っでは、やはり貴殿が。あ、いや。度々失礼。

 それがしはコルチギンと申す者。

 マーシャルトにはギンと言えば分かるはずだ。

 突然の訪問まことに申し訳ないが、ご主人は在宅だろうか?」


 聞けば、マーシャルトは隣人の畑の手伝いに行っているらしい。

 アレが真っ当な近所付き合いまでしているとは驚きだ。

 この町の人間は皆、並み以上に肝が座っているという事なのだろうか。

 すぐ近くだからと、彼女に畑に案内された。

 与えられた情報があまりに自分の持っているマーシャルトのイメージと違いすぎるので、もしや同名の人違いでは無いのかと密かに思っていたのだが……。

 案内された先には確かに己の見知った男がいて、彼は一般の人間と混じって談笑しつつ畑作業に精を出しているようだった。

 女がその名を呼ぶ前に彼女の存在に気がついたマーシャルトが、仕事を放り出して一直線に駆けてくる。

 彼が勢いよく迫って来る様子は酷く恐ろしいもので、情けなくもその場から逃げ出したくなったのだが、隣に立つ女はソレを目の当たりにしても全く堪えていないようだった。

 これが……マーシャルトの嫁……か。


「もー、マサ。せめて一言断ってからにしなきゃ迷惑でしょう。

 後でちゃんとみんなに謝っておいてね」

「……スマン。そうする。で、アミは何でここに?」

「マサにお客様。

 案内ついでに私も顔を見たくて来ちゃった」

「そっ、そうか。客っ、客な」


 もう一体どこに驚けばいいのか自分には分からなかった。

 獰猛な瞳を爛々と輝かせているマーシャルトに対し、一切脅えもせず開口一番注意を促せる女の度胸にか。

 それとも、これ程までに狂気的な顔を平然と眺め続け、あまつさえ会話まで出来る人間がこの世に存在した事にか。

 女の単純な言葉1つで首元まで真っ赤になって動揺するマーシャルトの意外すぎる姿にか。

 一瞬にして見ていられないほどの甘い空気を醸し出す、この2人の想像以上の仲睦まじさにか。


 …………あぁ、心配して見に来て損をした。


 これ以上2人にあてられたくなくて、未だ動揺しているマーシャルトにげんなりとした気分で簡単な祝いの言葉を送り、さっさと帰路についた。

 まるで、食べたくもない甘味を無理やり口に詰め込まれたような気持ちの悪さだ。


 ……自分に続く第2、第3の被害者が出ない事を心から祈る。



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