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エピローグ



 5年の月日が経った。


 紆余曲折ありつつも夫婦となった俺たちは今、最初に2人が出会った魔の森の奥深くで、ひっそりと生活している。

 くだんの精霊の住む湖のすぐ傍らに、自らの手で家を建てた。

 大金をはたいて購入した結界の魔法石を常に発動させているので、悪意のある存在がこの家の周辺に近付くことはない。


「今、帰った」

「あっ、マサ。おかえりなさい」


 扉を開けると、アミが家の奥から姿を現した。

 3日ぶりの彼女の微笑みに、自然と安堵の息をつく。

 湧きあがる感情に任せて細い身体を抱きしめると、彼女は俺の背に腕を回しながら視線を合わせた。


「報酬、どうだった?」

「ん、アミの翻訳書は随分と売れているらしい。

 結構な額が手に入ったから、ついでに東の国に寄って米と醤油を買っておいたぞ」

「そっか、良かった。お米と醤油もありがとう」


 まるで猫のようにご機嫌に額を擦り付けるアミに、顔面の筋肉がだらしなく緩む。

 だが、それを見咎める者はここには誰もいない。


「町の連中がまだ体調が戻らねぇのかと心配していたぞ。

 早く元気になって帰って来いとさ」

「うーん、私も皆に会いたいのは山々なんだけどねぇ」

「こればっかりはな……」

「うん」


 苦笑を交わして、二人で家の中を振り返った。

 今はまだ、この場所を離れるわけにはいかない。


「あぁ、そうだ。帰りに熊を狩って捌いておいたから使ってくれ」

「分かった。じゃあ、今晩は熊鍋にしてシメに雑炊ね。

 金鳥卵が残ってたから、溶いて絡めるといいかも」

「ふむ、美味そうだな」

「あーっ、パパだ! おかえりなさいーっ!」


 アミとの他愛無いやりとりを満喫していると、家中を走り回っていた娘がようやく俺の存在に気が付いて、満面の笑みを浮かべる。

 そのまま勢いよく走ってきたので、アミをそっと放し腰を屈めて抱きとめてやった。


「おぅ、帰ったぞ。イイ子にしてたか?」

「シャロンはいつでもイイコだもんー!」

「ははは。そうか」


 言って、頭を撫でてやると、娘は気持ちよさそうに目を細めて笑った。

 そう、全てはこの子のためだ。

 アミと同じ柔らかな黒髪を持つまだ幼い娘は、上手く人形態と竜形態を使い分けることが出来ない。

 だから、それが可能になるまでは人目につかない場所で生活しようと2人で決めた。

 東の国の町の人間には、妊娠出産に伴って著しく体調を崩したアミの療養のため、医術の発達した他国に一時的に移り住んでいると説明している。

 娘が2形態の使い分けと人相手に対する力加減を覚えれば、家族でまたあの町の世話になるつもりだ。


「シャロン。

 パパはまだ帰ったばかりで疲れているんだから、せめてゆっくり座らせてあげてちょうだい」

「はぁーい。パパー、こっちにどーぞっ」

「おう。ありがとな、シャロン」


 ……ふと思う。


 長い間、忌み子と蔑まれ、悪魔と罵られ、全てを諦めて、ただ流れる時の中を無為に生きていた。


 強すぎる力に絶望した日もあった。

 醜悪な容姿を憎悪した日もあった。


 だが、あの日。

 如何なる神の采配か、天は俺にアミという奇跡を与えた。


 絶望するほどの力は、大切な存在を守るための希望へと変わった。

 憎悪するほどの容姿も、今になってみれば、真の悪意を遠ざけ、本当の意味での善人を選別する効果があったように思う。


 もし、あの不幸な毎日が彼女に出会うための布石であったというのなら、俺は今その全てに感謝したい。


「……マサ? どうかした?」

「パパぁー?」

「ん? あぁ、いや。

 ただ、ちょっと……幸せを噛みしめてたっつーか……」

「えぇ? なぁに、ソレ? ふふ、変なパパですねー?」

「ねーっ」

「って、おいおい。ヒデェな」








 人の踏み入らぬ魔の森の奥深くに、柔らかな笑い声がこだまする。

 凄惨な運命に翻弄され続けた1匹の若い竜は、今、愛する妻と娘の笑顔に包まれ満ち足りた日々を送っていた……。




幸せの赤い竜、これにて完結です。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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