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第二話~甘い罠~



「後は歩きながら話すか。

 いつまでもこんな森ん中にいるもんじゃねぇ」


 そう言うと、男は私のお腹に巻きつけていた腕を腿の下に移動させ、予備動作もなく立ち上がった。

 その勢いでバランスを崩しそうになった私は、咄嗟に彼の肩に手を置いて事なきを得る。


「大丈夫か?

 動くから、落ちないようにしっかり掴まっとけよ」

「はい」


 きちんと聞いてくる辺り、顔と違ってそれなりに気遣いの出来る人なのだろう。

 返事をすると、男は軽快な足取りで森を進み出した。

 まぁ、女性を勝手に持ち上げる辺り、あまりデリカシーはないようだけれど……あの顔面事情ではそんな繊細な異性の機微を学ぶ機会も、おそらくほとんどなかっただろうから仕方ない。

 現在の状態を簡単に説明すると、私は折り曲げた彼の腕にちょこんと座らせられており、俗にいう子供抱きのような体勢になっている。

 正直、良い大人が子供のごとく抱えられている図というのは恥ずかしくもあったが、素足で森を歩ける自信はなかったので、黙って彼の好意に甘えることにした。

 それにしても視界がものすごく高い。

 おそらくだが、彼の身長は3メートル近いのではないだろうか。

 丸太のように太く硬い彼の腕は、座り方さえ定まってしまえば中々に安定感があった。

 歩きながら、ふと何かに気がついたような仕草をした後、男は軽く視線だけをこちらに向け口を開く。


「……そういやまだ名乗ってなかったな。

 俺はマーシャルト。マサでいいぞ」

「マサさん、ですね」

「あー、スマンがさん付けは止めてくれ。むず痒い。

 一応、モンスター専門の狩士をやってる。

 各地を転々と旅しながら生きてる根無し草だ」


 マサと聞いて、任侠ものの登場人物みたいで、ある意味ピッタリだと思ってしまったのは内緒だ。

 狩士というのは初めて耳にしたが、要は狩人とかゲーム風に言うならハンターのようなものと判断して間違いないだろう。

 それにしても、職業として成り立つほどモンスターがいるとは……。

 いくらファンタジーに憧れていたからと言って、魔物や魔族がいる世界など希望するんじゃあなかったと、今更ながら後悔した。


「で、お前さんは?

 さすがに自分の名前も分かんねぇってこたぁねぇんだろ?」


 問われて、一瞬偽名を使うかどうか迷ったが、結局、本名を名乗ることにした。

 この世界に名前で精神や身体を縛る術が存在しないといいけれど。

 相手も言っていなかったし、とりあえず名字は黙っていても構わないだろう。


「亜美です」

「ふむ、アミな。

 ちなみに、ちょっと聞きてぇんだが……お前さん、旅の経験は?

 野宿とかやったことあるか?」

「いえ、ないです。1度も」

「まぁ、見るからにそんな感じだよな」

「……すみません」

「別に謝るこっちゃねぇよ。

 ……しかし、どうすっかなぁ」


 そう言うと、彼は思案顔で首を捻った。

 謝ることではないと言うが、一緒に連れていって貰うなら完全にお荷物案件じゃないかと思う。

 とりあえず、今日の寝床がどんな劣悪な環境でも文句だけは言うまいと心に決めた。

 それから、私は彼の顔をじっと眺めながら、次にかけられる言葉を待つ。


 ……待つ。

 ……………………待つ。

 ……………………………………待つ。


「……あー、アミ」

「はい」

「いや、その……あまり見ねぇでくれると助かるんだが」

「はい?」


 言われた意味が分からずに首を傾げて聞き返すと、彼は立ち止まって呻くような声を発しながら、空いている方の手で自分の顔をごしごしと擦った。

 それを止めると指の隙間からチラリと私の方を見て、その次の瞬間には顔を真反対に逸らしていた。


「……マサ?」

「あー、えー……と、だな。

 なんつーか……あの……慣れてねぇ……んだ。

 大抵の人間は、俺を見っと、そりゃあもう、すぐ顔を逸らすからよ。

 長いこと見られてっと、妙に居たたまれねぇっつーか、その……」


 要約すると『恥ずかしいから、あんまり見ないで』ということだろうか。

 よく見ると、彼の耳は朱色に染まっていた。

 その厳つい見目に全くもってそぐわない反応を妙に可愛らしく感じて、私は思わずクスクスと笑ってしまう。

 急に笑い出した私を不思議に思ったのか、彼は逸らしていた顔を戻して怪訝な表情を作った。

 ものすごく不機嫌で今にも誰かを手にかけそうな禍々しい面構えにも見えるが、よくよく観察すれば、彼の纏う空気には戸惑いの色が濃く出ている。

 笑いを止めて、深呼吸で息を整えた。


「はーっ……ごめんなさい、マサ。

 笑っちゃったのは、何でもないから気にしないで下さい。

 それと、先ほどおっしゃられた件ですけど、善処しますね。

 ただ、話を聞く時は相手の顔を見るようにと言われて育ったので、無意識に見過ぎてしまうかもしれません。

 だから、その時は遠慮なく注意しちゃって下さい」


 さすがに本人に向かって可愛いなどと言えるはずもないので、軽く誤魔化してみる。


「…………そうか」


 何となく釈然としないものを感じているような顔をしてはいたが、特に理由を聞かれることはなかった。

 無言で森を歩き出した彼は、しばらくしてふと何かを考えるような仕草を見せた後で、私にあることを尋ねて来る。


「なぁ、アミよ。お前さん、俺にどうして欲しい」

「どうというのは?」

「あー、そうだな……どこまで面倒を見て欲しいかってこった」

「面倒」

「例えば、どっかの村に着きゃ、もうそれで終いで構わねぇとか。

 大きめの町までは行って貰いてぇとか。

 はたまた、住む場所が見つかるまで世話になりてぇとか。

 後は、故郷が見つかるまで一緒に旅をしてぇとか。

 何かそういう色々だよ。色々。

 まぁ、俺も金に困ったりはしてねぇからよ。

 言やぁその通りにしてやる。

 元々あてのない旅だし、乗りかかった船だからな。

 ……で、どうだ?」

「そ、うですね。

 えっと、ちょっとすぐには答えが出そうにないです。

 少し考える時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「そうか、分かった」


 美味しすぎる話には裏があるとはよく言ったものだ。

 けれど、会って間もないとはいえ、彼がそういった害意のある人間であるようには思えなかった。

 顔はともかく。

 現状からして一切頼らないという選択肢は無いが、どこまでと問われるとやはり難しいものがあり、私はその日、1日中思考の海に沈んでいたのだった。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 話は移動しながらでも可能だと、少女を抱え立ち上がった。

 声をかけないのが悪かったのか、体勢を崩した彼女が俺の肩に手をつく。

 それから、更に具合の良い座り位地に収まったようなのを確認して、森から1番近い村のある方向へと足を進めた。

 暴れはされなかった。むしろ、大人しすぎるほどだ。

 こんな悪党顔の俺に持ち運ばれながら、こうもされるがままとは……。

 もしや、人売りだの強姦魔だの猟奇殺人者だの、そういった犯罪の知識がないのではとも考えたが、無垢なる幼子にも一目で嫌われる俺が相手だからには無関係だろう。

 全く度胸があるというか何というか……まず生物としての警戒心がなさすぎだ。


 そんな道中、ふと彼女の名を聞いていなかったことに気が付いたので、真顔の裏で少し心の準備をした後に折を見て話しかけてみる。


 おぉっ、やはり会話が通じるぞ。


 狩士であること、旅人であることを説明すると、少女は無言で頷いていた。

 だが、その表情からは何を考えているか読み取ることができない。

 次はそちらの番だと彼女の名を尋ねてみると、なぜか少し間を置いてから返事があった。


 どうやら少女の名前はアミというらしい。

 これから一緒に旅をするにあたって、確認までに野宿の経験などの有無について聞いてみたのだが、結果は推して知るべしといった具合だ。

 無駄に丁寧な話し方に、低い身体能力、鈍い反射神経。

 おそらく、このアミという少女は、人に傅かれる立場にある人間だったのだろう。

 そんな彼女が、不便極まりない旅続きの生活に耐えられるだろうか。


 沈んでいた思考を上昇させると、すぐ真隣から強い視線を感じた。

 何だか知らないが、じっとこちらを見られている。

 少女のつぶらな瞳が、まっすぐに俺を見つめている。

 何となく寄る辺ない気分になって、どうにか止めてもらおうと口を開いた。


「……あまり見ねぇでくれると助かるんだが」


 俺の台詞に対し、何を言っているのか分からないといった風に彼女は首を傾げる。

 その眼は未だに俺の顔を捉えたままだ。

 歩む足を止めて、羞恥から熱の上がってきた顔を手で擦る。

 指の隙間からチラリとアミを見ると、その穢れない瞳と視線が合ってしまい、慌てて目を顔面ごと反対方向へ逸らした。

 それから訝しげに名を呼んできた彼女に、しどろもどろに言い訳をする。


 これが、大の大人が子供相手に取る態度か……くそっ。

 自虐的な気分に陥っていると、すぐ隣からクスクスと音がして、俺は逸らしていた顔を元に戻した。

 見れば、アミが口に手を当てて楽しそうに笑っている。

 その反応が理解できずに、困惑し眉間に皺を寄せると、彼女は笑いを止めて深呼吸をした。

 アミは汚ぇツラの俺をやはり怖れる様子もなく、楽しげな表情のまま話しかけてくる。


 はて、話相手の顔を見るような躾を受けるなど、一体どこの土地の習慣だろうか。

 自分の知識の中の貴族たちは、各々の位によっては正面から見つめる行為を不敬だとしていたはずだ。

 特に女ともなれば、逆に男と顔を合わせて会話するなど、はしたないことだという感覚だった気がするのだが……。

 しかし『何でもない』と、そう言って首を僅かに傾けながら微笑むアミに、それ以上の話を聞くことが出来なかった。

 様々な疑問を飲み込んだ末に何とか一言を返し、俺は再び森を歩き出す。


 …………それにしても、だ。


 改めて考えてしまう。

 まだ出会って数時間も経っていないのというに、なぜ彼女はこうも平気で俺に笑いかけることが出来るのだろう。

 屈強な傭兵や狩士、その中でも旧知の仲であるはずの奴らですら、俺の顔を見ながら話してくる人間など1人としていなかった。

 無駄に背丈が高いということもあるだろうが、首から下、特に胸元辺りを見られながら、こちらは相手の後頭部に向かって、会話をするのが俺の普通だ。

 だというのに、まだ子供で、さらに女であるアミが平然と見上げてくるのが不思議でしょうがない。


 しかし……。


 人に正面から笑いかけられるというのはこうも心地の良いものだったんだな。

 どことなくくすぐったいような……温かいような……何とも浮ついた気分がする。


 だが、彼女がいなくなれば、再び誰もかれもに怯えられるだけの日々に戻ってしまうだろう。


 では、どうすればいい……。

 どうすれば、彼女とより長く一緒にいられる?

 どうすれば、アミにずっと隣にいてもらえるんだ?


「なぁ、アミよ。

 お前さん、俺にどうして欲しい」


 気が付けば、自然とそんなセリフが口をついていた。

 例えを重ねる度に、段々と願望を反映する内容になっていったようだが、途中でその事実に気がついて、1番告げたかった『ずっと一緒にいないか』という言葉だけは何とか飲み込んだ。

 そんな一方的な望みを暴露して、彼女が俺を拒絶するようになったら元も子もない。

 ただでさえこんな見た目なのだ、気はいくら使っても足りないということはないだろう。


 こちらの提案に対し、考える時間が欲しいという返しは中々賢明な判断だったと思う。

 いやはや、何ともしっかりした少女だ。

 同年代でこれだけ落ち着いている者もいまい。


 それからその日、アミは1日中難しい顔をしたまま黙り込んでいた。

 俺はそんな彼女の様子を酷く頼りない気持ちで何度も盗み見ていた。




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