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第二十六話~終息~



 封呪でモンスターの動きを制限できるといっても、音の届かない位置にいたのではどうしようもない。

 欲を言えば拡声器のひとつでも欲しいところだが、存在するかどうかも分からない物を探すなど時間の無駄もいいところだろう。

 あったところで、電池代わりになる魔力がなければ使えないかもしれないし……。

 やはり、目をつけられるのを覚悟で、声が届く距離まで近付くしかないか。


 そういえば、あれだけ色々なモンスターがくっついた状態のチョウは何の種に属することになるのだろうか。

 1番体積の多い種族?

 それとも該当する部分ごとに効く?

 人間の身体がベースだと認識されていれば、どれも効果がないという結果も有り得る。

 まぁ、すっかり変わり果てたあの身体を見る限り、さすがにその可能性は低い、とは思うけれど。

 もっとも、一覧表に記してある名前だけ見たところで姿形など想像がつかないので、結局は上から順に読み上げていくしかないのだが……。


 不安なのが、相手に聴覚が存在しているかどうかだ。

 見た目にはそれらしいヒレがついていたけれど、本当にあれは耳なのだろうか。

 聴覚の存在しないモンスターに対して使用する、封呪代わりの首輪のようなものもあるらしい。

 万が一を考えたらそちらを用意した方がいいのかも知れないが、その在り処や使い方が明確になっていない以上、頼りにはできない。

 まず懐の一覧表を試してみて、ダメならまたどうするか考えよう。

 とりあえず、現場でマサの邪魔にならなければいい……そんな風に考えつつ、私は駆ける足を速めた。



~~~~~~~~~~



 地面や建物が広範囲に渡って焼け焦げていたり倒壊していたりしたけれど、そこにチョウとマサは見当たらなかった。

 耳を澄ましても、それらしい音は聞こえてこない。

 仕方がないので、一先ずの案として、封呪を唱えながらこの辺りを練り歩くことにした。

 近くにいるのならチョウかマサ、どちらかが必ず反応してくるだろう。


 なるべく周囲にも気を配りながら、大声で一覧表を読み上げつつ、ボロボロになった道を歩く。

 上から半分ほど読み終わったところで、突如前方に見えていた建物が内側から爆発を起こした。

 粉塵の中から奇声を発しながらチョウが姿を現す。

 その視線は、真っ直ぐに私を捉えていた。

 マズイ……と思った瞬間、ボンという破裂音と共にその背が大きく燃え盛り、チョウは雄たけびを上げて苦しみだす。

 直後、彼は身体をくの字に曲げて、ものすごい勢いで彼方へ吹っ飛んで行った。

 ふと顔を戻せば、先ほどまでチョウがいた場所にマサが立っている。

 あちらも私の存在に気が付いたようで、彼は驚愕に目を見開いた後、100メートルはあろうかという距離を、まさに一瞬といった恐るべき速さで詰めて来た。

 瞬間移動さながらの速度に思考の追いつかない私へ、切羽詰まったような表情のマサが頭上から怒鳴りつけてくる。


「バカ野郎、アミ! 何で戻って来やがった!」

「……っごめんなさい!

 モンスターの行動を封じるっていう呪文が書かれた紙を見つけて、マサの助けになりたくて……」

「俺……の……?

 そんなことのために、テメェの命を危険に曝したってのか!?」

「そんなことなんかじゃないっ!

 そもそも私のせいでマサが死ぬかもしれないって時に、黙って見てるだけなんて出来るわけないじゃない!」

「……っくそ! 俺だってなぁ!

 お前がいなきゃ、この先まともに生きてなんかいられねぇんだぞ!

 そんな理由で無茶がまかり通ると思ったら大間違いだからな!」

「え……」

「チッ、もう動き出しやがった。

 どうやらアミの言う呪文とやらが効いたみてぇで、あの野郎、動きが鈍ってやがる。

 即行で片ぁ付けてやっから、今度は余計な真似せずにそこで大人しくしてるんだぞ!

 いいな!」


 ちょ、待っ! マサ、さっきの台詞どういう……!


 突然放たれた言葉に唖然とする私には目もくれず、マサは再び戦いに身を投じていった。

 彼が言ったように封呪の効果はちゃんとあったようで、危なげなくチョウの攻撃を捌いている様子に胸を撫で下ろす。

 物陰からそれを眺めていると、段々怖さとは別の意味で心臓の動悸が激しくなっていった。


 いくらなんでも、子供扱いしている相手にあんな台詞言わない……よね?

 えぇ、何っ。じゃあ、期待していいの?

 実は両想い!? そんな簡単な話があっていいものなの!?

 そ、それとも私を探すために利用した黒い組織の偉い人に突きつけられた条件が、助けた後の私の身柄を引き渡すことで、生かして連れて帰らないと今度はマサの命がその組織に狙われて……って、有り得ないから!

 咄嗟の発想としてどうなのよ!

 どれだけフィクションに毒されてるの自分!


 ……ダメだ。

 混乱して思考がまともに働いていないらしい。

 何とか気を落ち着けなければ。


 それから、少しだけ冷静さを取り戻した私は、改めて思考を巡らせた。

 とにかく、マサの本音がどうとか今はそんな気楽なことを言っている場合じゃあない。

 ただでさえ、彼が1人で戦ってくれている最中だというのに不謹慎だ。

 そんなことは地上に戻った後でいくらでも確認すればいい。


 結論が出たと同時に、遺跡中に轟くほど大きなチョウの断末魔が響き渡った。

 それは、彼が人間だった時とは比べ物にならないくらい醜悪で……そして、悲痛な叫びだった。

 耐えきれず、その場にしゃがみ込んで懸命に己の耳をふさぐ。

 現実にその叫びが途切れた後も、いつまでもいつまでも彼の声が耳の奥で再生され続けた。

 脳が侵されるような感覚と同時に、罪の意識が私を襲う。


 私は私の為に1度ならず2度までもチョウを……人間を見殺しにしたのだ。

 そんな自分自身の汚さに吐き気がした。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 一進一退の攻防が続いていた。

 激しく動き回ったおかげで、塞がっていた傷がいくつか開き、少なくない量の血が流れている。

 相手に疲れらしきものが見られないことや、例の唾液を防ぐために1つ斧を使えなくしてしまったことから考えて、状況は激しく不利と言えるだろう。


 叩きつけられて壊れた天井の穴から、俺を追ってモンスターが建物内へ侵入してくる。

 迎撃しようと瓦礫から飛び出せば、血を失い過ぎたせいか、ほんの一瞬だけ視界がかすんだ。

 それが相手には大きな隙となったようで、気が付いた時にはその凶悪な爪が脳天に振り下ろされるところだった。

 防御も回避も間に合いそうにない。

 咄嗟に死を覚悟したのだが、そこでなぜか急にモンスターの動きが僅か鈍った。

 おかげで回避行動が間に合い、こめかみに浅い切り傷がつく程度で済む。

 俺から軽く距離を取ったソイツは、明らかに動きがぎこちなくなっていた。


 理由が分からず困惑するも、視線を逸らさずに油断なく体勢を整える。

 だが、当の本人は俺から意識を離して、殺気とはまた違った憎悪の気配をまき散らしながら、明後日の方向を睨みつけ唸りだした。

 そのまま壁に全ての尾を叩きつけて一面崩壊させたかと思うと、雄叫びをあげながら外へ歩いて行く。

 踏みつける瓦礫の崩れる音にハッとして、慌ててソレに追従するように炎を放った。

 掌から飛び出した炎は至極あっさりと醜悪な背に命中し、モンスターは悲鳴を上げて歩みを止める。

 間を置かず、一気に駆け寄って腹部に全力の回し蹴りを見舞った。

 瞬間、そこから浮き出ている顔のいくつかがグチャリと潰れて、そのあまりの感触の悪さに眉を顰める。

 家屋を倒壊させながら吹っ飛んでいく相手を追おうとして、目の端に入った存在に思わず動きを止めていた。


 ……な……んで……アミが、ここに?


 邪魔にならないようにと、安全な場所に避難していたのではなかったのか。

 もし、俺が横向きでなく正面にモンスターを飛ばしていたら、間違いなくアミは巻き込まれていた。

 そうなれば、まず彼女は生きていなかっただろう。

 考えてゾッとした。

 彼女の無謀な行いに対して、理不尽な怒りが込み上げてくる。

 俺はそれに我を忘れて、モンスターを追いもせずに彼女の元へと駆けつけ、開口一番怒鳴りつけていた。


 話を聞けば、どうやらアミは俺を助けるために危険を承知で戻って来たようだった。

 しかし、モンスターの行動を封じる呪文とは……。

 ということは、先程アイツの動きが鈍ったのは少なからずその呪文とやらが効いたから……か。

 合点がいった。

 つまり……俺はあの時、図らずも彼女に命を救われたらしい。

 それに報いるためにも、絶対にあのモンスターを仕留めなければと思った。

 だが、これはこれ、それはそれだ。

 気持ちは嬉しいが、俺なんかのために自分の命を粗末に扱うんじゃあない。


 心配が過ぎてつい口調が厳しくなってしまったが、そんな俺を恐れることなく反論を返してくるアミを素直に凄いと思う。

 過去、人間相手に怒鳴った記憶はないが、ほとんどの者は少々声を低くするだけで顔色を悪くし、喉を引き攣らせていた。

 特に臆病な相手では、小便を垂れ流されることすらあった。

 だからこそ、稀有な存在である彼女を失ってしまうことに、底知れぬ恐怖を感じるのだろう。

 しかし、売り言葉に買い言葉というか……途中、流れでとんでもないことを口走ってしまったような気がする。

 アミが呆気にとられたような顔で見上げてくるのに耐えきれず、俺はモンスターが動き出したことを理由に、誤魔化すように指示を出してその場から走り去った。


 そう高くない建物の屋上へと飛び乗って、意識を切り替えて集中力を高める。

 視界の先の倒壊した家屋の中から、怒りの波動をまき散らしつつモンスターが勢いよく空へと舞い上がった。

 こちらの存在を確認したソイツは、最初に目にした不安定な飛び方が嘘のように、風の如き速さで真っ直ぐ下降してくる。

 徐々に速度を増していることから、そのまま突っ込んでくるつもりなのだと理解した。

 まともに喰らえばただでは済まないだろう攻撃を、残っていたもう1本の斧を使い受け流す。

 すでに限界が近かったのか、その後こちらも修復不可能なほど粉々に壊れてしまった。


 数秒前まで斧だったものを捨てて、格闘術の構えに移行する。

 それから、モンスターはまるで全ての力を使い切ろうとでもしているかのように、我武者羅に襲いかかって来た。

 が、やはり動きは鈍くなっているようで、繰り出される暴力を余裕を持って捌いていく。


 とは言え、その身の耐久性まで落ちたわけではないだろう。

 生半可な攻撃ではコイツを死に至らしめることはできないはずだ。

 そう考えた俺は、モンスターの猛攻の合間を縫って、腹部にある傷から手を体内にめり込ませた。

 そして、残っていた全魔力を炎に変換し、その体内で一気に爆発させる。 

 モンスターは身体中の穴と言う穴から炎を吹きつつ、悲鳴らしき甲高い声を轟かせていた。

 普通なら肉体がバラバラになってもおかしくない威力があったのだが、五体満足なのはさすがと言うべきか……。


 膝からゆっくりと地面に伏したモンスターは、しばらく痙攣したのち、やがて、事切れた。

 念のため、死亡したモンスターの肉体を細かく潰しておく。

 ないとは思うが、万が一にも再生されたら厄介だ。

 血液に相当するのであろう紫色の体液がそこかしこに飛び散った。


 戦闘が終わったことを認識した瞬間、集中力が途切れて、急に全身を重く感じる。

 それでも、大きな問題が片付いたおかげか、頭はスッキリしていた。


 安堵から深く息を吐き、次いで、俺はアミの待っているであろう場所へと足を向けた。



家屋等が簡単に倒壊するのは、年数が経って比較的モロくなっているからです。

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