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第二十四話~再会~



 その巨大なドラゴンは胡乱うろん気な表情でゆっくりと都市を見回した後、少なくとも1キロは離れているであろう場所にいる私へと金の瞳を向けてきた。

 最初はたまたまかと思ったが、いつまでも視線を逸らさないところを見ると、私の存在に気が付いているらしい。


 ……熊に出会った時は死んだふりをするよりも、目を合わせたまま背を向けず後ろ歩きでゆっくり逃げろと聞いた覚えがあるけれども、ドラゴンにも通じるだろうか。

 まぁ、それすらも単なる通説でしかないことは知っているけれど、不確かなものにだって時には縋りたくなるものだ。


 そんな詮無いことを逃避ぎみに考えていると、こちらを見ていたドラゴンが大きく翼をはばたかせた。

 太く硬そうな4本の足が軽やかに宙へ浮く。

 頭の中では逃げなければいけないと思うのに、足が地面に縫い付けられてでもいるかのようにその場から1歩も動くことが出来ない。

 それから真っ直ぐにこちらへ飛んできたドラゴンは、浮いた時と同じように静かに地へ足をつけた。

 連鎖的に起こった風で、髪が後方へ舞いうねる。


 意外なことに目の前で私をじっと見下ろしている雄大な生き物からは、何の敵意も感じられなかった。

 少しだけ安堵して小さく息を吐く。

 ふと、その聡明そうな金の瞳を見ていて、何ともいえぬ既視感を覚えた。

 それが何か思い出そうとして見つめていると、なぜかドラゴンの瞳孔が不安げに揺れ始める。

 ものすごく見覚えのあるその動きにハッとした。


「…………マサ?」


 呼んだ途端に、ドラゴンは目を大きく見開いて1歩後ずさった。

 デジャヴを感じる反応に、ますますマサであるという思いが強くなる。

 普通に考えればこの巨大なドラゴンが彼と同一の存在であるなどありえないことかもしれない。

 けれど、ここは魔法があるようなファンタジーの世界だ。

 元の世界の常識に当てはめて考えるなんて馬鹿げている。

 でも、もし本当にマサだとしたら、どうして何も言ってくれないのだろうか?


「あの……マサじゃ……ない……の?」


 おそるおそる尋ねてみるも、相手は身動き1つしない。

 やはり突飛な考えだったのかと不安になりだした頃、急にドラゴンが淡い光を纏った。

 そして、次の瞬間。目の前にいたはずのドラゴンの姿が消え、そのかわりに見慣れた修羅が立っていた。


「マサ!」


 嬉しさから駆け寄って抱きつこうとして、直前で足を止める。

 久しぶりに会った彼は全身ボロボロで、血に塗れていない個所を探す方が難しいというような凄惨な状態に陥っていた。

 高揚した気分が一気に下降して、顔からサッと血の気が引く。

 小刻みに震える手で口を覆って、絞り出すように言葉を発した。


「…………っ酷い。

 こんな、どうして……こんな……あっ、そうだ、手当てっ。

 すぐ手当てしないと!」


 オロオロと周囲を見回す姿に何を思ったのか、マサは突然両手で私の身体をつかみ持ち上げた。

 そして、まるで子供がぬいぐるみを抱きしめるかのように、彼はその大きな懐の内に私をかき抱く。

 予想だにしない行動に、一瞬思考が停止した。


「……えっ、なっ!?

 あっ、だ、ダメだって、マサ、離してっ、傷にばい菌入っちゃうから!」


 すぐに現状を思い出し慌ててもがくも、ふたまわり以上も大きな巨体はビクともしない。


「んなもん、とっくに塞がってる。

 …………無事で……良かった……アミ」


 頭上から聞こえる掠れた声に胸がじんと熱くなる。

 私はそっと彼の首まわりに腕を回して強く抱きしめ返した。

 こびりついている血はもう乾いているようだったけれど、首筋に顔を埋めれば錆びた鉄の臭いが鼻につく。

 身体中に傷を負いながら、それでもここまで私を助けに来てくれたのだと思うと目頭が熱くなった。


「ごめんなさい、私のせいで……でも、来てくれてありがとう。

 ……………会いたかった」

「アミ……」


 気が弱っていたこともあって、言うつもりのなかった気持ちまで素直に口にしてしまう。

 気恥ずかしさから、寄せた頭を左右に小さく動かした。

 瞬間、どこからか耳が痛くなるほどの爆音が轟き、私は反射的に顔を上げる。

 音の発生元だと思われる方向へ首を回せば、私が逃げ出してきた施設の一部が倒壊し瓦礫と化しているのが目に入った。

 驚いて固まっていると、その内に中から何かが飛び出してくる。

 隣の建物の屋上に着地したその何かは、それから緩慢に視線を彷徨わせていたが、ふとこちらを向いて動きを止めた。

 そして、コウモリのような翼を広げて飛び立つと、フラつきながらもこちらに向かってくる。

 その姿を確認して、私は恐怖から喉を引き攣らせた。


 まるで何体ものモンスターとチョウが融合でもしたかのような……とんでもなく気味の悪い化け物がそこにいた。


 真っ青な皮膚。

 鱗に覆われた異様に太い腕と足。

 その先の鋭く巨大な黒い爪。

 背後からは大量の尾が伸びており、そのほとんどはミミズのような見目と質感をしていたが、中には毛の生えた細長いものやトカゲのような根の太いものも混ざっていた。

 胸元から腹部にかけてはモンスターの顔らしきものが折り重なるようにボコボコと張り付いている。

 首から上部分にはチョウの面影が多分に含まれていたけれど、窪んだ眼球はうつろで焦点があっておらず、大きく裂けた口からは薄黄色で粘りのある涎が流れっぱなしになっている。

 耳と思わしきものは魚のヒレにも似た形をしており、太い血管の浮き上がった頭に生える髪は無理やり引き抜かれたかのようにまばらにしか残っていない。

 そして、右側頭から赤黒い脳みそのような物体がつき出していた。


 アレを直視して、よく吐かなかったものだ……とは、後になって思ったことだ。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 これがあの幻の地下帝国イェンバーか。

 まさか本当に存在していたとは……。

 地面の下にこれほど大規模の都市があるなど、この目で見なければ到底信じられるものではない。

 軽く全体を見渡していて、ふと目に入った影に視線が釘づけになった。


 アミ……?


 彼女を認識した途端、急速に意識が引き上げられ、身体の制御が自分に戻って来るのを感じる。

 それと同時に胸の内に強く歓喜と畏怖の念を抱いた。

 アミと再び会えたことに対する喜びと、竜の姿に怯えられてしまう可能性に対する恐れだ。

 今すぐ傍に行って抱きしめたい。このまま踵を返し逃げてしまいたい。

 そんな、相反する気持ちが俺を動けなくする。

 だが、視線の先のアミがあまりにも真っ直ぐこちらを見てくるので、俺はその瞳に引き寄せられるように、知らずうち空を翔けていた。


 気が付けば、すぐ目の前にアミがいる。

 ……あぁ。少し、痩せたか?

 髪のツヤも失われているし、目の下には薄らとクマができていて、全体にどことなく疲れが見える。

 どうやらあまり良い環境で過ごせてはいなかったようだ。

 何とも痛ましい。

 それにしても、俺を見上げたまま動く様子がないアミは、今何を考えているのだろうか。

 胸の内にじわじわと憂いが広がる。

 それから彼女はほんの少し首を傾げたあと、ポツリと俺の名を口にした。


 っ……!?


 あまりに衝撃が大きすぎて、無意識に身を引いていた。

 まさか、信じられない。

 彼女は俺が竜人族だということなど知らないはずだ。

 当然、2つの形態を持つ種族が存在するということも。

 だったら、なぜ。どうして、彼女は俺を俺だと認識したというのだ。

 そんなこと、奇跡でだって有り得ない。

 ……そうだ、有り得ない。

 もしかすると、意味を勘違いしているのかもしれない。


 一旦、冷静になってみればすぐに正しい結論は出た。

 単に色合いが似ているから、竜に俺の存在を重ねて思わず名が口をついたのだろう。

 あまりにも都合の良い勘違いをする愚かな自分を心の中で嘲笑した。

 しかし、次に発せられた彼女の言葉で、俺は更なる驚愕に身を固めることとなる。


「あの……マサじゃ……ない……の?」


 困ったように眉尻を下げたアミは、自分でも半信半疑といった風情で弱々しく聞いてきた。

 あるはずのないことだと思っていたが、やはり彼女は竜と俺を同一の存在として認めた上で名を呼んできたようだ。

 では、俺はどうしたらいい。どうするべきだ。

 幸い、こちらを見上げる彼女の瞳には困惑以外に恐れや嫌悪といった悪い方向の感情は見受けられない。

 一応、助けに来た身としては、このまま放置というわけにもいかないだろう。

 ならば……と、俺は意を決して人の姿に戻ることにした。


 人形態に戻った俺を視界に入れたアミは、それはもう嬉しそうな花の如き笑みを浮かべて駆け寄って来た。

 名を呼ぶ声も先程までと違い歓喜に満ちており、その事実に心臓が大きく跳ねる。

 あとほんの少しで彼女の身に触れることが出来るという位置まで来て、アミは急にピタリと動きを止めた。

 俺の身体に視線を這わせて、悲壮な表情を見せる。

 あぁ、そういえばあちこち杭に貫かれて見るに堪えない状態になっていたんだったな、と他人事のように思った。

 竜形態は、人のそれよりも自己治癒能力が何倍も優れている。

 致命傷と呼ぶほどの怪我がなかったのもあって、完治とまではいかないが、すでに身体の傷はある程度塞がっていた。


 まるで我がことのように辛そうな顔をして、アミは手当てをと慌てた様子で辺りを見回す。

 俺のために必死になるその姿を前に、心が求めるまま彼女に向かって伸びていく自身の腕を止めることが出来なかった。

 わずかに残った理性で、力を込めすぎて壊してしまわないように調整する。

 すぐそこにあるアミのぬくもりに、俺の心が何かで満たされていくのを感じた。

 身の内にすっぽりと収まった彼女は突然のことに動揺しているようだったが、なおもこちらの心配をしてくれる。

 そんなアミの変わらぬ気遣いに触れて、ようやくその身をこの手に取り戻せたのだと実感することができた。

 溢れる感情に任せて名を呼べば、彼女はそっと首に腕を回して顔を押し付けてくる。

 そして、呟くように小さな声で謝罪と感謝を口に乗せ、最後に『会いたかった』と言葉を添えた。

 彼女の言動ひとつひとつに、身の内に流れる血潮が熱く滾る。


 他の誰でもない、俺という存在を求める声を聞いたのは、人生で初めてだった。

 それはそうだろう。

 たとえ親しい間柄であっても、誰もが視線を逸らすような強面の男を相手に積極的に会いたいなどとは思えまい。


 だというのに、お前はそんなにも容易く……一体、俺をどこまで溺れさせれば気が済むんだ、アミ。

 これじゃあ、本当に本気でお前から離れられなくなっちまう。


 俺の苦悩を知ってか知らずか、アミは甘えるように押し付けた頭をむずがる子どものように左右に動かした。

 昂ぶる衝動を抑えきれず、いよいよ彼女に襲い掛かってしまいそうになった瞬間、突然後方の建物の一部が激しい音と共に粉々に吹き飛んだ。

 助かったような残念なような感情を抱きながら、即座に警戒の気を強める。


 そこから姿を現したのは、これ以上はないというほど、あまりに不気味すぎるモンスターだった。

 醜悪な見目に、一瞬思考が停止する。

 すぐ傍でアミが息を呑む音がして、正気に返った。


 試しに探ってみれば、今まで出会ったどのモンスターよりも上位の気配を感じる。

 体力も魔力も半分以下で装備はボロボロ、さらに相手の攻撃手段も不明とくれば、不安にもなる。

 この状況で俺は彼女を無事守りきることが出来るのだろうか……?



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