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第二十一話~接触~



 結局、ベッドの脇に腰掛けて相手を待つことにした。

 寝たふりをしていると誘拐犯の顔が見えないし、いきなり襲いかかって来られた場合に対処が遅れる。

 扉が開いた隙に脱出を謀るのも、外の様子が全く分からない状況じゃあすぐに捕まってしまうのがオチだ。

 体力も知恵も人並みだし、戦えるわけでも特技があるわけでもない。

 急いては事をし損じる……ということで、まずすべきは情報収集だ。


 元の世界での私の1番の趣味は読書だった。

 色々と読んだ本の中には、今回のような場面が出てくることも少なからずあった。

 ほとんどフィクションとは言え、そこから得た緊急時の対処方法は現実に基って作られたものだし、全く役に立たないということはないだろう。

 それに、問題の想定範囲は同じ年齢の一般女性より広いと思う。

 まぁ、逆に固定概念に囚われて本質を見誤る可能性もあるのだが、それに関してはどうにもならないので捨て置くしかない。


 考えているうちに、足音の主が部屋の扉の錠を扱い始めた。

 いよいよ犯人とご対面らしい。

 私は緊張から無意識に両手を強く握り込んでいた。


 ゆっくりと開いた扉から見覚えのある人間が姿を現す。

 国境の町で日記を落とした壮年の男性だ。

 と、いうことは……どうやら人攫いの目的は私自身だったらしい。

 ならば、マサに対してのかせとなるような使われ方をすることはないだろうと、表情に出さずに少しだけ安堵した。

 一方、男性は私を視界に収めると、それは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 状況にそぐわない反応に、思わず眉を顰めてしまった。

 それを受けて、男性はコホンとひとつ咳払いをしたあと、姿勢を正して口を開く。


「……失礼。

 私はチョウデルク・ダウニード。

 どうぞ、チョウと呼んで下さい。

 此度はようこそお越し下さいました」


 そう言って、男性は再び笑むと、深々と頭を下げた。

 勝手に攫って来ておいて、この態度。

 厚顔無恥にも程がある。

 理不尽に軟禁されていることに私が怒らないと、その上で何のわだかまりもなく研究に協力すると、本気でそう信じているのだろうか?

 だとすれば、なんというオメデタイ思考回路だ。

 しかし、ここで癇癪かんしゃくを起こしたところで、私の利になることはない。

 心の中の不快感を悟られないように、私は慎重に話しかけた。


「あの、チョウさん、でしたか。

 少々、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「はい。何なりと」


 それは良かった。

 もちろん脱出に関することには口を噤むだろうが、ここで質問すら禁じられていたら本当にお手上げ状態だっただろう。


「この場所は、先日言っておられた西南の国なのでしょうか?」

「えぇ、その通りです」

「私が気を失ってから今日で何日になります?」

「まだ1日しか経っておりませんよ」

「え?

 でも、あの町からこの国まで到着するのに魔獣車を使ったとしても、半月はかかったと思うのですが……」

「ふふ、驚かれるのも無理はありません。

 これも我が研究の賜物ですよ」

「研究の……そういえば、まだ伺っておりませんでしたが、チョウさんは何の研究をしていらっしゃるのでしょうか」

「おぉ、私としたことがウッカリしておりましたな。

 私は幻の地下帝国イェンバーについて研究をさせていただいております。

 その名は貴女もお聞きになったことがあるでしょう。

 現在よりも遥かに高度な文明を誇っていたとされる、あの伝説の国ですよ。

 私はそのイェンバーの技術を現世に復活させることを目的に活動を続けています」


 勿論、異世界からの来訪者である私がそんな帝国の名を知っているはずがない。

 とりあえず、聞いた限りでは元の世界でいうムーやアトランティスといった眉唾ものの存在と同種のものなのだろう。

 友人の中にもこういった超古代文明やオーパーツに魅入られた人間がいたな、と頭の片隅で懐かしく思った。

 しかし、人を誘拐してでも謎を解明しようなどと、中々に常軌を逸している。


「では、研究の賜物というのは……」

「はい。

 公けにはされておりませんが、私は長年の捜索の末、今から5年前に帝国の遺跡を発見致しました。

 その場所が、この西南の国の地下……というわけです。

 規模の大きさと発展の具合から、主要都市のひとつではないかと推測しているのですが、色々と調べておるうちに更に地下通路を発見致しましてな。

 後に分かったのですが、この通路、なんと大陸中に張り巡らされておるようなのです。

 現在では、残念にもそのほとんどが土に埋もれてしまっておりますが、それでもいくつかは無事に残っていました。

 そして、そこで発見した不可思議な物体。

 微に入り細に入り調べ尽くして、それが帝国の民の乗り物であったのだと理解したのは、半年が過ぎた頃でした。

 さらに、そこからぎこちなくでも動かせるようになるまでに3年半。

 未だにその構造の全てを理解しているわけではないので運行も手探り状態ですが、それでも魔獣車よりも何倍も速く、乗り心地もずっと良い。

 全く、帝国文明の技術は素晴らしいの一言に尽きます。

 そもそも、イェンバーという存在には謎が多く……」

「ち、チョウさん? お話の途中で申し訳ありません。

 そんな高度な文明を持った帝国の研究に、私のような素人が一体何のお役に立てるというのでしょうか?

 皆目見当もつかないのですが」


 放っておいたら、いつまでも語り続けそうなチョウの説明を遮って、再び質問を投げかける。

 聞いている限り、研究に必要なのは、優秀な技術者や歴史学者といった人種のように思えた。

 この世界に全くの無知な自分など、どうせ役に立たないんだから帰して欲しい……という気持ちを込めての言葉だったのだが……。

 これがまさか藪をつついて蛇を出す結果になるとは、さしもの私でも全く予想することが出来なかった。


 後悔先に立たずとはよく言ったものだ……。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 とある酒場の薄暗い個室で、俺は淡々と語る男の言葉に耳を傾けていた。


「そいつの名はチョウデルク・ダウニード。

 年は57歳で、元北西の国の王宮お抱えだった高名な歴史学者だ。

 きっかけは分からないが、30歳の時分に幻の地下帝国イェンバーの研究にとりつかれ、その1年後、地位も名誉もかなぐり捨てて遺跡を探す旅に出る。

 以後は各国を転々としていたが、当の遺跡を発見したとかで、現在は西南の国に腰を落ち着けている。

 が、ここ半年で再び各所で目撃情報が上がるようになった。

 しかも、南東の国にいたと思えば、その数日後には北の国に現れたりという、ありえない早さで、だ。

 その移動方法は分かっていないが、どれも本人であるとの確認は取れている。

 肝心の研究所の場所だが……実はこれも分かっていない」

「分からねぇ……だと?」


 何より聞きたかった情報が得られないことに苛立って、知らず内に唸るような声が出てしまう。

 だが、情報屋は右手を前に突き出して制止のポーズと取ると、至極冷静にこう言った。


「まぁ、待て。全く分からないわけじゃあない。

 大体の場所の推測はついているんだ」

「あん? 推測できているなら、なぜ人をやらねぇ。

 怠慢か?」

「まさか、人はやったさ…………誰も帰って来なかっただけだ」

「……そりゃ、どういうこった」


 そう問い詰めた俺に、情報屋はしばしの間押し黙った。

 それから深く息を吐き、ゆっくりと口を開く。


「どうやら、チョウデルクはその発見した遺跡に居を構えているらしい。

 西南の国のとある町で食糧を買い込む姿を幾度も目撃されていることから、その近くに入り口か何かがあるのだろうと当たりをつけている。

 何度か奴の後をつけさせたり、町の周辺を捜索させたりしたのだが、ある地点へ足を踏み入れた人間は誰1人として戻らなかった。

 その後、どれだけ優秀な人材を送っても同じ結果しか出ず、これ以上は無駄だと判断して調査は打ち切られた。

 ………………で、だ。

 命が惜しくないというのなら、その場所を教えてもいいが……どうする?」



~~~~~~~~~~



 チョウデルクが買い出しに出る間隔は大体10日に1度だという。

 確実に場所を探し当てたいなら、奴が町に出て来た所で後をつけた方が良いと忠告を受けた。

 が、こうしている間にもアミが理不尽な扱いを受けている可能性もある。

 あの時の態度からして殺されてはいないと思うが、救出するなら早いに越したことはないだろう。

 そう思った俺は、すぐに町を出て情報屋から教えられた地点へ向かった。


 あまり深くはない森の中、唐突に草木の1本も生えていないむき出しの地面が広がっている。

 その茶色の土に1歩足を踏み出すと、途端に地面から何かが浸み出て来た。

 あまり良くないモノのような気がして、素早く足を引いて観察していると、それは徐々に形を成し、1分も経たない内に半透明な薄黄色の楕円形をした生物に変わった。

 鋼鉄すら、ものの数秒で溶かしてしまうという、Aランクモンスターの強酸スライムだ。

 その生態の多くは謎に包まれており、ギルドで正体不明魔物に分類されている。

 それがむき出しの地面の底から何体も何体も浸み出しては形成されていく。

 たまたま上にいた野ネズミが、ジュッと嫌な音を立てて骨も残さず溶かされていた。

 なるほど、最初で気付かずに奥まで歩いて行ってしまった人間はもれなく命を落としたことだろう。

 

 しばらく見ていたが、どうやら奴らのいる範囲内に侵入さえしなければ襲われることはないらしい。

 5分ほどすると、スライム達は地面に吸い込まれる様に消えていった。

 魔法で炎を出して蒸発させながら進んでもいいが、それよりも1つ気になることがあったので、先にそちらを試してみることにする。

 上手くいけば、苦もなく足をつけることが出来るだろう。


 東側のとある場所へ迂回して、試しに土を踏んでみる。

 …………やはり。

 特定の場所を歩けば、強酸スライムは発生しないらしい。

 先ほど、浸み込んで行く際に全面が薄黄色に染まる中、僅かに隙間があったのを俺は見逃さなかった。

 記憶の中の30センチ程の幅から足がはみ出さないように注意深く進んで行く。

 むき出しの地面の丁度中央辺りに差し掛かった時、不自然な盛り上がりのある部分を見つけて、その場に膝をつけてしゃがみ込んだ。

 土を払うと、そこには透明な硝子のようなものにスッポリと覆われた2つの押しボタン。

 覆いを外し、指を伸ばす。

 片方はすでに押されて凹んでいたので、もう1つの方を起動させる。

 押してから間もなく、何かが擦れるような極小さな音がしたかと思うと、すぐ傍らに地下へと続く階段が出現した。


 ここから先も即死級の罠が多く仕掛けられていることは容易く想像できたが、俺は構わず地下へと降りて行った。

 どんな道程になろうが、アミの存在と天秤にかけられるものではない。

 地下は光源がなく、完全な暗闇に包まれていた。

 松明代わりに自身の指先に小さく火をともす。

 元々夜目は利く方なので、ごくわずかな光さえあれば行動するには充分だ。

 そもそもの話、罠やモンスター等の危険な気配を察知するには、視界に頼りすぎない方が良い。

 さっと周囲を見渡して、眉を顰める。

 宝石のように艶めく白さを持った継ぎ目1つない平らで固い床。

 壁面には人の手で施されたとは思えない細かな模様がどこまでも刻まれていた。

 まるで全く別の世界に迷い込んでしまったかのような違和感に、言い知れない気味の悪さを覚える。

 これが幻の帝国イェンバーの技術によるものだとしたら、永く語り継がれるのも頷けるというものだ。


 幸い1本道のようだったので、俺は軽く頭を振り、気持ちを切り換えてから慎重に歩を進めて行った。



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