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幸せの赤い竜  作者: さや@異種カプ推進党
本編

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第十九話~欲求~



 レンガ造りの家が建ち並ぶ町の赤土まじりの道を踏み進んでいると、正面から茶色のローブに身を包んだ壮年の男性が、分厚い本をブツブツと小声で読みながら歩いてきた。

 すれ違う際、ローブから手帳のようなものが音もなく落ちたのを見て、それをほとんど反射的に拾い上げた私は、振り向いて男性に声をかける。

 が、本に夢中になっているのか、男性は気付かずに歩いて行ってしまった。

 仕方がないのでマサにその場で待ってもらい、小走りで追いかけ肩を叩き呼びかける。


「すみません、日記帳落とされましたよ」


 その言葉に、男性は足を止めて首から上だけをこちらに向けてきた。

 私の顔と日記帳とに何度も視線をやった後、彼は目を大きく見開いて言う。


「お、お嬢さん。今、何と?」

「え? ですから、日記帳落とされましたよ……?」

「なぜ、これが日記帳だと思われた?」

「なぜって、表紙に日記って書いてあるから……ですが……あのっ?」


 男性は目をギンギンに輝かせて身を震わせたと思うと、日記帳を持つ私の手を両手で強く握って来た。

 先ほどまで読んでいた本が音を立て地面に落ちて土にまみれる。

 ちょっ……やだ何、怖っ!


「素晴らしい! 貴女のような方をずっと探し求めていた!

 お嬢さん、どうかこの私めと一緒に西南の国の研究所へ来てはいただけませんか!?

 無論、高待遇はお約束します! 報酬もお望みのまま! 必要な物は何でも揃えましょう!

 どうしても、貴女のその知識をお貸りしたいのです!

 ぜひ! ぜひ、お願いします!」

「え? え?」


 唐突なセリフ群に、とてもじゃないが何を言っているのか理解できない。

 グイグイと迫って来る男性に戸惑っていると、背後から誰かに抱きすくめられた。

 同時に、その誰かは男性の両手に手刀を落として私の手から外させる。

 まぁ、『誰か』と言っても普通の人間より一回り大きな各々のパーツで丸分かりだけれど……。

 肩から腰にかけて回された腕と彼の身体に隙間なくくっついた背に、心臓の鼓動が少し速まる。


「西南の国だぁ? 馬鹿も休み休み言いやがれ。

 あんな、しょっちゅう魔族の被害にあってるような危険な国に誰がやるかよ」

「なっ、何だ貴様は! 私の邪魔をするなっ!」

「俺ぁ、こいつの連れだ。人の旅の邪魔しようとしてんのはテメェだろうが。

 研究だか何だか知らねぇが、んなこたぁ1人でやりやがれ。無関係の他人を巻き込むんじゃねぇ」

「何だと、貴様!

 私の研究が完全なものとなれば、どれほど素晴らしく世界が変わるか!

 それを、分かっての台詞なんだろうな!

 私はこの偉大なる研究に人生の全てを捧げ……おい、どこへ行く!」

「うるせーな。そっちの事情なんざ知ったこっちゃねぇ。

 とにかく、こいつはダメだ。諦めろ」


 そう言って、マサは男性を睨み付けると、私の背を押しながら足早にその場を立ち去る。

 チラリと振り返った先に、悔しそうに地団駄を踏む男性の姿が目に入った。

 それにしても、マサに正面から食ってかかれる人間がいるとは思わなかった。

 おそらく、余程の興奮状態にあって、まともに彼の顔面を認識してなかったせいだろうが……ある意味では大したものだ。


 正直、マサがきっぱり断ってくれて助かった。

 喚いていた話もどうにも胡散臭いし、一方向からしか物事を捉えられないのに自分を正しいと頑ななまでに信じ込める彼のような人種は苦手と言うより他ない。

 ああいったタイプは変な所で感情のスイッチが切り替わる上に、その振れ幅が激しいから傍に居るだけで無駄に精神を消耗してしまう。

 できれば、あまり関わり合いにはなりたくない。


 再び絡まれないように明日の朝1番に町を出たいとマサに頼んでみると、彼は『元よりそのつもりだ』と頷いた後、顔を正面に向けて不愉快そうに眉を顰め1人何かを呟いていた。

 その際、背中を押していた腕が肩に回され軽く身を引き寄せられる。

 突然の行為に恥ずかしさと嬉しさと、少しばかりの悔しさに頬を薄く染めて俯いた。

 彼の無意識の行動に翻弄される自分の情けなさにため息がこぼれる。

 これじゃ、ミイラ取りがミイラだ……。



~~~~~~~~~~



 ようやく日が昇ろうとする早朝。

 ふと目を覚ましてマサのベッドへ視線をやると、そこはもぬけの殻だった。

 始めはトイレかなと思っていたけれど、5分、10分と時間が経つ内に、言いようのない不安が胸中に広がる。

 いてもたってもいられなくなって、私は簡単に身なりを整えて彼を探すために部屋から出た。

 まずは、フロントでマサが外に出て行ったかどうか尋ねようと下り階段へ足を向ける。


 そこで突如、背後から伸びた手に何かの薬品がしみ込んだらしき布で鼻と口を被われた。

 抵抗する間もなく、急激に意識が遠退いていく。


 私は気力を振り絞って、腰に下げていた残り一掴み程度の米が入った袋を逆さに持ち上げた。

 軽く開いた袋の口からパラパラと米の落ちて行く音を聞き、ほんの少し安堵する。

 東の国は目前とは言え、まだこの町にも米は普及していない。

 マサが発見する前に宿の人間に掃除されてしまう可能性もあるけれど、何もしないよりは良い。

 まぁ、見たからと言ってマサが助け出してくれるのかと問われたら、彼には私を探す方法がなさそうだから可能性は低いと思う。

 けれど、少なくとも私が自分の意思で彼の前から消えたのではないことだけは理解してくれるだろう。

 彼を騙して貢がせていたような、そんな誤解だけは受けたくない。

 思考が途切れる寸前、死の可能性すら視野に入れておきながら、最後に浮かんだのはそんな慎ましくも浅ましい想いだった。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 国境越えを明日に回して、俺たちはその手前にある小さな町を訪れた。

 夜間は警備人員が減ってしまうこと、また比較的凶暴性の高い夜行性モンスターが徘徊することなどの理由から、関所の扉は閉ざされる。

 一方の国で発生した問題が飛び火し、両国に無駄な軋轢が生まれないようにしているらしい。

 そのため、関所の周囲には旅人が一夜を過ごすための町がほぼ当たり前に存在する。

 こういった町は、人や物が忙しなく行き交うためか、喧騒に包まれがちだ。

 性質の悪い人間も多いからはぐれるなよと一言注意すれば、アミは俺の手を慎ましやかに握ってきた。

 それに一瞬身を強張らせる俺を知ってか知らずか『たまに思考に耽る癖があるから、出来れば離さないで欲しい』と上目遣いに頼んでくるアミ。

 内心で彼女の手の温もりと柔らかさに酷く動揺しながら、それを表に出さないよう必死に平静を装って1つ頷きを返した。


 適当に宿を探しながら道を歩いていると、すれ違ったローブの男が何かを落とした。

 親切にもそれを拾ったアミが声をかけるが、本に夢中になっていたらしい男はそのまま去って行く。

 アミは俺を見上げて『ちょっと待ってて』と言うと小走りで追って行った。

 そう遠くない視界の先で、彼女が男の肩に手をやり落し物を差し出すのが見える。

 すぐに戻って来るだろうと思っていたのだが、どうも様子がおかしい。

 何やら会話をした後、突然アミの手が男に握り込まれるのを見て頭で考えるより先に足が地面を蹴っていた。


 近付くことで聞こえて来た声によると、男は何かの研究のためにアミを西南の国へ連れて行こうとしているようだった。

 魔族領からすぐの西南の国というだけでも反対するに充分だというのに、甘言で釣ろうとしている所なんぞはいかにも怪しい。

 そんな男が彼女の手を取っていることに苛立ちを覚え、少々強引に引き剥がしてやった。

 男は憤慨して己の研究で世界がどうのと与太話としか思えないような発言をしてくるが、相手にせずにさっさとその場を後にする。

 本気にしろ虚言にしろ、そんな訳の分からない研究にアミを関わらせてたまるか。



~~~~~~~~~~



 あれから、いつもどおり適当な宿に部屋を1つ取り、さっさと就寝した。


 夜明け間近だと思われる時間に部屋のドアの閉まる音が聞こえて、俺はぼんやりと目を覚ました。

 内に向かって歩いてくる小さな足音からアミだと分かり、トイレにでも行っていたのだろうと再び眠りにつこうと瞳を閉じる。

 その次の瞬間。フワリと布団が持ち上がり、身体の上に何か大きなものが落ちて来た。

 驚いて目を開き顔を向けると、そこにはうつ伏せの体勢でスヤスヤと寝息を立てるアミがいた。

 咄嗟のことに声を出しそうになり、慌てて口を片手で押さえる。

 おそらく、寝ぼけてベッドを間違えたのだろうが……これは……っ。


 就寝時、俺は上半身に何も身に着けていない。

 おかげで、彼女の薄い寝間着を隔てた先の肉の感触と温もりが細かに伝わって来る。

 緊張でピクリとも動けずにいると、胸板を枕にしたアミが小さく吐息を洩らしながら頬を摺り寄せてきた。


 ……っ何の拷問だ。


 不埒な行為に及ぼうとする本能を理性で必死に抑え込む。

 朝までこのまま放っておくというのは色んな意味で危険だと判断し、俺は彼女の肩を軽く叩きながら呼びかけた。


「アミ、起きろ。寝ぼけてねぇで、自分の寝床に戻れ」


 運んでやることも考えたが、今の自分がそれをすると逆に煽られてしまいそうだ。

 できれば本人に移動してもらいたい。

 呼びかけが届いたのか、小さく意味のない声を発しながら、ゆるゆると瞼を上げるアミ。

 未だ寝ぼけているのか、彼女は焦点の定まらない目で俺の顔を見上げると『マサだぁ』と嬉しそうに名を呼んでふにゃりと笑った。

 いつものアミなら絶対にしないだろう気の抜けるような笑顔に、俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。

 先ほど抑え込んだはずの本能が再び暴れ出そうとしている。

 ……これは、マズイ。


「ん~? あれぇ? アミ、お布団間違っちゃったぁ?」


 1人で葛藤している内に、アミはキョロキョロと辺りを見回したあと、自分から布団を出て行った。

 少しの間の後、再びアミの寝息が聞こえてくる。

 ………………た……助かった。

 俺は額に手を置いて、安堵から深く深く息を吐いた。


 そんなこんなで完全に目が冴えてしまった俺は、頭を冷やす意味も込めて宿の屋上へと足を運んだ。

 ゆるやかな風を受けながら夜が明ける様を眺めていると、次第に気持ちも落ち着いてくる。

 1時間も経った頃、さすがにもう大丈夫だろうと踵を返し部屋に戻った。


 アミの不在はすぐに分かった。

 いくら何でも、この短時間で再びトイレに行ったりなどはしないと思うが……。

 軽く室内を見渡せば、彼女の手荷物がいくつか無くなっていることに気が付く。

 どうにも嫌な予感がして、俺は部屋を飛び出した。


 下り階段の前で不満気な顔をして掃除をしている従業員がいたので話を聞こうと近付いたのだが、そこに集められたゴミにハッとする。

 米だ。

 量から言ってもアミが持っていたものに違いないだろう。

 だが、もし彼女が散らかしたものなら、人を使わずに自分で片付けるはずだ。

 アミにはやたらと律儀なところがあった。

 従業員に頼むにしても、この場にいないことはありえない。

 そもそも袋の口は閉じられていたはずで、たとえ誰かとぶつかろうと1人転ぼうと簡単に中身が出るものではない。

 とすれば、それは故意に放たれたということになる。

 ……そこまで考えて、俺はある1つの結論に思い至った。


 彼女は何者かに攫われてしまったのだ。


 

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