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第十八話~裏と表~



 私が目覚めた日の夕方、騎士が事情聴取に訪れた。

 細かく話をすれば彼はヴェルスの性質の悪さを認め、簡単に釈放しないよう進言する、と神妙な顔で頷いてくれる。

 そうでなくても、マサに深い傷を負わせた事実があるので、少なくとも1年は強制労働に従事させられるらしい。

 まずは一安心といったところだ。


 次の日の朝、ふと目を覚ますとマサがベッドの真横に立って私を見下ろしていた。

 それに驚いて反射的に『わっ』と小さく声をあげると、彼は安堵したような顔をする。


「お、おはよう……あの、何かあった?」

「……あぁ、いや。また眠りっぱなしになるんじゃねぇかと、つい」

「そっか。でも、もう全然大丈夫だから、そんなに心配しないで?」

「そうだな……スマン」

「やだ、謝らないでよ。心配してくれる誰かがいるって嬉しいもの。

 ありがとう、マサ」

「っお、おぅ」


 にっこり微笑んでお礼を言うと、マサは顔を大きく逸らし、ほのかに耳を赤く染めて頬をかいた。

 前々から彼のこういう所はか可愛らしく思っていたが、今そんな風に照れられると頭をギュっとかき抱いて頬擦りしつつ撫でまわしたい衝動に駆られる。

 あー、可愛い。可愛い。子どもも適わないくらい純粋な人だ。

 現実にそんな真似をすればドン引きされてしまうかもしれないので我慢するが……。

 というか、その危険な思考に自分でも少し引いた。

 発見したくなかった己の新たな一面に心の内で項垂れる。


 それから後の2日間は、眠り続けて減った体力を取り戻すために部屋で軽い運動をしていた。

 本当は外に出て散歩をしたり、走り込みをしたりする予定だったのだけれど、マサに止められてしまったのだ。


 押さえつけるような物言いをされたのなら断ることもできるが、悲壮な顔(傍目にはヤクザが因縁をつけてくる時のような無駄に迫力のある顔)で懇願して来られてはこちらが折れるしかない。

 惚れた男の必死の頼みを無下むげにできる女も少ないだろう。

 少々過保護すぎる気もするけれど、私が本気で嫌がることに対して無理強いはしてこないので、言われて嫌だとは感じない。

 むしろ、それだけ大事だと思ってくれているのだとすれば、嬉しくもある。


 どうせなので、運動をする前にストレッチと称してマサに背中を押してもらったり腕を引っぱってもらったりしてみた。

 最初は壊れそうだの何だのと意味不明な理由で渋るマサだったが、落ち込むような表情を作って『やっぱり迷惑だよね。ごめんなさい』と言ってみたら、すぐに了承してくれた。


 あまりに彼がお人好しすぎて、変な人間に騙されやしないかと心配になったのはここだけの話だ。

 良くも悪くも凶器的な顔面は人を寄せつけないが、本来は相当の実力があってお人好しな人間なんて欲にまみれた亡者にとってカモ以外の何ものでもない。

 隣りにいる内はしっかり見張っていなければ、と私は拳を強く握りこんだ。



~~~~~~~~~~



 そんなこんなで、あっという間に2日が経過した。

 次に目指す東の国の主たる都はここから少し遠く、マサ曰く、急ぎのペースでも1ヶ月はかかるだろうとのことだった。

 最短距離で行けばもっと早いらしいが、食糧等の物資調達のためにはある程度発展した町を経由する必要がある。

 期限が定められている訳でもないし、小さな村があてにならないことはすでに充分すぎるほど知っているので特に異論はなかった。


 道を歩く際、いつものように人々はマサを避けていたけれど、1つだけ違うことがあった。

 通りかかった巡回の兵士が必ずと言っていいほど深々と頭を下げてくるのだ。

 そして、私たち2人が通り過ぎるまでずっとその姿勢を保っている。

 おそらく王弟の仕業なのだろうが、それを目の当たりにした周囲の人々は顔を青褪めさせていた。

 王が悪魔に屈服したのだとか、この国はもう終わりだとか、そんな囁きが聞こえてくる。


 当然、私の中の王弟の株はダダ下がりした。

 戦闘時の判断能力は高いし、潔い性格で、正しく物事を見ようとする姿勢は買うが、どうやら民草の心を理解し纏める資質というものは持ち合わせていないらしい。

 だから、政治に携わらずに騎士などやっているのだな、と1人で納得してしまった。

 王とやらも弟1人御すことが出来ずにこの先やっていけるのだろうか……。

 完全に余計なお世話ながら国の行く末を案じつつ、私は王都を発ったのだった。


 心が解放されたせいか、これまでずっと旅をしていて気付かなかった様々な事柄に目がいった。

 よくよく見れば、太陽は元の世界のものよりも少しばかり色が濃いことが分かる。

 草花も似ているようでどこか違和感のある作りをしているし、吹いてくる風には時たま生臭さが混じっていた。


 最初の頃はそれらが新鮮に思えて楽しくもなったものだが、その内『あぁ、本当に異世界なんだな』と今さらながら実感し、何とも言えない物悲しさを覚えた。

 特に夜は望郷の念に駆られて、堪らない気持ちになる。

 そんな時は、作戦がどうとか関係なしにひたすらマサにくっついていた。

 私の不安に気付いているのかいないのか、彼はただ黙ってそれを享受してくれた。

 人肌の温かさと彼の穏やかな空気に触れることで、私の心がゆっくりと凪いでいく。

 いずれ1人前になった暁には彼を失ってしまう可能性があるのだと考えると、先に進むのが少しだけ怖くなった。


 東の国の国境へは20日程度で到着した。

 夕方だったので関所手前の町で宿を取ることにしたのだが、その選択が思わぬ悲劇を生んでしまうことになるとは、その時の私たちには知る由も無かった……。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 医師から聞いたのか、夕方に騎士がアミを訪ねて来た。

 彼女は私的な感情を一切交えず、事実とそれに基づいた推測のみを真摯に語る。

 その姿はとても年若い娘のものだとは思えない。

 後で尋ねれば、公正な判断を必要とする騎士相手に愚痴のように話をすると、それだけ情報の信頼度が下がってしまうからということだった。

 本当に、どういう育ち方をしたのだか……。


 明くる日。

 早朝に目を覚ました俺は『昨日、アミが起きたのは単なる夢だったのでは』という不安に駆られて、彼女の眠るベッドへ足を向けた。

 彼女の血色の良い肌と安らかな寝息に安堵するも、払拭しきれない焦燥感にその場を離れることができない。

 あまり良くないことだとは分かっているのだが……。


 眺め出して2時間も経った頃、アミはゆっくりと覚醒した。

 そして、寝起きざまに視界に入った俺の存在に驚き、短く声を発する。

 状況を確認したアミは少々恥ずかしそうな顔をして、身体を起こしながら挨拶してきた。

 それから、軽く眉を寄せて何かあったのかと尋ねてくる。

 まぁ、確かに最近の傾向からいって、そう考えても無理はない。

 首を小さく横に振り気持ちを口にすると、彼女は苦笑い交じりに大丈夫だと言った。


 俺はこの時ようやく自分の中にある執着心が異常性を帯びてきていることに気が付いた。

 アミとの約束を果たした後は、適当に会いたくなった時にでも顔を見ることが出来れば満足するだろうと思っていたが……。

 それが、今の自分に当てはまるかは、正直分からない。

 彼女が目に見える範囲にいなければ酷く焦りを感じるし、いたとしても自分よりそばに他人がいると意味もなく苛立ちが募る。

 こんな状況で、俺は本当に彼女と離れることに耐えられるのだろうか?


 ただ、自分が1番恐れているのは、アミに拒絶されてしまうことだ。

 ならば、彼女に無理を強いるような真似は俺には出来ないだろう。

 それでも無意識に目で追っていたり、やたらと構ったりはしてしまうかもしれない。

 いずれ気味悪がられなければいいが……。

 複雑な感情を込めて一言謝ると、アミはその心配が嬉しいと言って微笑んだ。


 あぁ、くそっ。そんなだからお前は無防備だというんだ。

 おかげで、ろくでもない男に執着されちまって……。


 身体が鈍っているから外に出て運動したいと言うアミに、脳を介さずして口が否を唱えた。

 自分で言って、信じられなかった。

 制御のままならない心に戦慄を覚える。

 不思議そうに理由を尋ねる彼女に返す言葉が見つからず、俺は絞り出すように『頼む』とだけ口にした。

 すると、少しの間をおいてアミは困ったように笑いながら頷き、了承の意を示す。

 確実に彼女の優しさに付け込むような行為だ。

 その上で、仄暗い歓喜が湧き上がるのを止めることが出来ずにいる。

 最悪だ。この薄汚い悪党め。


 しかし、それからすぐに俺は自分のしたことを後悔した。

 彼女はスト何とかというものをするために、手を貸してほしいと言う。

 聞けば、それは本格的な運動をする前の準備のようなものらしい。

 1度は断ったのだが、悲しそうな表情をして俯く彼女を前にそれ以上拒むことは出来なかった。


 実際に始めてみれば、力加減に対してはアミが細かく指示をくれたので案外すぐに慣れた。

 逆に、最後まで慣れなかったのは彼女に触れることと、その声だ。

 動きやすさを重視して常より若干の薄着をしているアミに言われるまま手をやれば、はっきりとその下の肉の感触が伝わってくる。

 その上、悩ましげに「んっ……マサ……もうちょっと優しくっ……」だの「すごくいい……けど……あと少しだけ強くしてくれても……いいよ?」だの、声を上げられて、終わりまで己を律するのに、どれだけ苦労したか……。

 これで完全に無自覚なのだからタチが悪い。


 旅に出れば完全に2人きりの状態が続くことになる。

 今回のようにアミに触れる機会があったとして、果たして自分は最後まで理性を保てるのだろうか。

 ………いや、無理にでも保たなければ。

 彼女は俺の唯一なのだ。

 一時の劣情に負けて、その存在を永遠に失ってしまうなどあってはならない。



~~~~~~~~~~



 何だかんだで、すぐに出立の日は訪れた。

 それまでに以前のアミに戻るだろうと思っていたが、むしろ日が経つにつれ距離感が詰まって来ているように感じる。

 一体、彼女にどういう心境の変化があったというのだろうか。


 服の裾をツイと引っぱられて思考の海から意識を浮上させれば、いつの間にか王都を抜けて郊外を歩いていた。

 下方へ目を向けると、アミが気遣わしげな表情をして俺を見上げている。

 そして、『気分が悪いのか』とか『腕がまだ痛むのではないか』とか『これから数日は自分の足で歩く』だとか、そんなことを次々と言ってきた。


 ……もしかすると、微妙な態度の変化は俺に怪我を負わせたという罪悪感から来ているのかもしれない。


 とすれば、あまり嬉しいものではないな。

 心の中で若干不愉快に思いながら無言で小さな身体を抱え上げた。

 暴れこそしないが抗議の声をあげる彼女を珍しく無視して歩を進める。

 間もなく無駄を悟ったアミは、謝罪と感謝の言葉を述べて、ため息を吐きつつ俺の肩に顔を埋めた。


 旅立ちから数日の間、夜になるとほぼ毎回のように彼女は情緒不安定に陥った。

 アミは、どこか虚ろな瞳をして、何かを堪えるように力の限り俺の腕にしがみついてくる。

 その表情は酷く辛そうで痛ましい。

 相変わらず涙を流したり分かりやすく取り乱したりはしない彼女だが、下手に接触すれば脆く崩れてしまいそうな危うさがそこにあった。

 声をかけることも、まして抱き寄せることもできなかったが、それでも彼女は俺の隣で段々と平静を取り戻していく。

 不謹慎だが、ようやく自分に弱さを晒してくれるようになったことを嬉しくも思った。


 そのおかげと言っては何だが、己の中の劣悪な感情が現れることはついぞなく、久しぶりに落ち着いた気持ちで旅をすることができた。



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